【完結済】悪役令嬢の妹様

文字の大きさ
73 / 157
4章 小さな世界に集いしモノ

32

しおりを挟む



 入社して以降、仕事一筋で生きていた。
 望んで仕事一筋になった訳ではなく、ただただ忙しく、気づけば仕事一筋にならざるを得なくなっていた。やっとの休日には出かける気力も体力もなくて、引き籠っていられるオタク趣味にいつしか染まり切っていた。
 婚期も逃し、いつの間にかなっていた中間管理職。

 丁度そんな頃だ…部下の女性たちが真珠深の悪口に花を咲かせていた。
 お局様、喪女、よくもまぁそこまで口が回ると感心したが、仕事ができないくせにと言われていなかった事だけは幸いだった。とはいえ傷つかない訳ではない。

 本当は大声で問いかけたかった。

 何故そんな事を言うのか…
 何故貶める事しかできないのか…
 何故…何故………何故…………

 だけど何処かで分かっていた。問うた所で納得できる答えなんて返ってこない。
 プライベートで関わりがある訳じゃなく、関わるのは仕事の時間と場所でだけ。雑談もほとんどする暇もなく、したのは精々お昼のニュースで見た話題程度。だからこそだろう、悪口の内容は、仕事とは一切関係のないものばかりだった。

 真珠深は真珠深なりに良い上司であろうと頑張ったし、気も遣っていた。それが見当違いだと言われれるなら、甘んじてその叱責は受けるが、良い関係になりたいと思っていたのは本当だ。
 だからその頃嵌っていたゲームのアイシアに惹かれたのだろう。

 間違えた事をしていないのなら、俯かずに前を向いていた彼女。
 毅然と、悪い事は悪いと言い、良い事は良いと褒めることが出来る彼女。
 自分自身を詭弁で誤魔化し、楽だからと流されたりすることのなかった彼女。

 そうしてあの時頑張れた。
 エリューシアの魂は、元々この世界のエリューシアだったと言う下地もあった事も確かだろうが、それでもアイシアは、真珠深だった頃にも間違いなくかけがえのない人だったのだ。

 そんなアイシアの足枷になるなど真っ平御免である。

 シナリオを踏みつけ、アイシアに降りかかる危険を排除した後だが、いずれエリューシアは一人になるだろう。
 別に不幸を気取るつもりではなく、状況的にも自分にとってもそれが一番落ち着く形だと思うからだ。だからいつかやって来るその時の為に色々と備えておきたい。その備えが役に立つかどうかは、また別の話だが。



「エルル……時折とてもエルルが遠く、儚く感じてしまう…どうしてだろうね…」
「お父様…」

 アーネストが片膝をついてエリューシアと目線を合わせる。
 そのままぎゅっと抱きしめてくる父親に、エリューシアもそっと抱き締め返した。

「望むようにしなさい。だけど忘れないでくれるかな……私達は家族だ。一人で抱えないでほしい…いいね?」
「……はい」



 そして翌早朝、アーネストとセシリアは領地へ戻って行った。ナタリア達メイドと騎士達も一部を残して父母に随行していった。
 然程広くはなかったはずの借り上げ邸が、とてもがらんとして寒々しく感じる。
 朝食を済ませ、学院へ向かうべく扉を出ようとしていたところで、エリューシアがネイサンの姿に気付き、慌てて駆け寄った。

「ネイサン、宿の方から何か連絡はない?」

 借り上げ邸の執事として残ったネイサンに訊ねる。

「まだ何もございません」
「そう、じゃあこれ渡しておくわ。交代の人員が向かうときに持ってって」

 きちんと宿に連れてきた子供の事を引き継いでくれているらしいネイサンに、自作のポーションを2本ほど手渡す。
 肺炎にまで至っていたから、完治までは少しかかるかもしれない。

「承知しました」
「ごめんなさい、お仕事を増やしてしまって」
「問題ございませんよ。今日の担当はマニシアとモンテールと聞いていますので、後程渡しておきます」
「ありがとう、宜しくお願いね。それじゃ行ってきます」

 いってらっしゃいませとネイサン達が見送ってくれるのに笑顔を返してから扉を閉めた。

 今日はエリューシアにとって憂鬱な一日となる予定だ。
 それと言うのも、本日1限目の授業内容がダンスだからである。当然のように各家で教練は積んでいるだろうが、学院でもしっかりその授業があるのだ。
 精霊防御と精霊カウンターがあるせいで、ダンス授業は免除してもらえるのだが、だからと言ってその時間を別の何かに充てる事は許可されていない。つまり見学していないといけないのだ。
 本を読むくらいは許されると良いなと思いながら教室の扉を開ける。

「おはよう」
「おはようございます」
「お、おはよーご、ざ、イマス!」
「「「おはようございます」」」

 最近はシャニーヌ以外に、バナンとポクルもエリューシア達より先に教室に居ることが多い。

「やっぱり高位の御令嬢方は落ち着いてるなぁ…」
「そうだね」

 何の話だろうと首を傾げていると、椅子に座ったまま身体を捩っていたバナンが困ったように鼻先を掻いている。

「ほら、今日の授業ってダンスだろ? 俺苦手なんだよね」

 納得したようにオルガがあぁと小さく漏らす。

「自分も……苦手と言うよりダンスなんてした事ないよ」
「あ、あたしも! 家に居たら毎日なんかかんかと手伝いで、寝る前くらいしか時間なかったもん」
「はは、わかる。自分ン所もそう」

 ポクルとシャニーヌの会話にバナンが目を見開いた。

「それって実話? 盛ってない?」
「ナイナイ。正真正銘実話だってば」
「そうなんだよね。あれこれやってるうちに気付いたらもう夜で」
「夜になると灯りも早く消さないといけないから、余計なんだよね。そんなんだからダンスとかまでなんて無理ぃ~」

 バナンは伯爵家の令息だったと思うが、シャニーヌ、ポクルのどちらとも、既に仲良しの様だ。
 しかしこの話題は下手につつけない。灯りの心配など公爵家にはないから、一歩間違えば盛大な自慢にしかならないのだ。
 こうなったら話題を変えるしかない。

「そう言えばダンスの教師って何方か聞いてらっしゃいます?」

 エリューシアが問えばバナンが首を傾けた。

「そういえば聞いてないね。誰なんだろ」
「入学してから初のダンス授業だから、わかんないね」
「それらしい方を見かけた記憶がないのです」

 どうやら話題の変更には成功したようだ。

「それらしいって、そういうのって見たらわかるモンなの?」

 馴染んだバナンやポクルが居るおかげか、シャニーヌもどもることなく饒舌だ。

「こうダンスの得意な方って歩き方とか違いそうな……そんな気がしません? 服装なんかも」

 ブハッとバナンが盛大に吹き出して笑う。

「あーー、それ、わかる! こうすっごくカッコつけてそう」

 扉が開く音と共に、涼やかな声が割り込んできた。

「おはよう、何だか朝から楽しそうだね。カッコつけてるとか何とか聞こえたんだけど、何の話?」

 本日もアイシアとは別口で麗しいクリストファが入ってきたのだ。当然のように後ろにはマークリスとフラネアが居る。

「おはよう」
「お、おはヨー、ゴザイマス!」
「「「「おはようございます」」」」

 笑いすぎて涙が出ていたのか、目元を拭いながらバナンが返事をする。

「あぁ、ダンスの先生って誰だろうって話してたんだけどさ、エリューシア様が笑かしてくれちゃって」

 エリューシア的には話題を変えたかっただけで、笑わせるつもりは欠片もない。

「ダンスの得意な人って歩き方とか服装が違いそうって」
「あぁ、言われれば確かに。歩き方に限らず所作が綺麗な印象があるね」
「それで俺がなんかカッコつけてそうだよねって話してたんだよ」

 ずらりと並んだ高位貴族の子息子女に、シャニーヌが思い出したように頭を抱えた。

「ああ~~やっぱりオロってるのってアタシだけじゃない? 皆落ち着いてるし、もう、どうしよ~」

 唐突なシャニーヌの様子に後から入ってきた3人には訳が分からず、マークリスが思わず訊ねる。

「何? 何かあった?」
「あぁ、シャニーヌさんとポクル君はダンスをした事がないって話でさ」

 クリストファとマークリスが微妙な表情で視線を泳がせていると、後ろで大人しくしていたはずのフラネアが呟いた。

「なんて恥知らずなの」




しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

乙女ゲームの悪役令嬢、ですか

碧井 汐桜香
ファンタジー
王子様って、本当に平民のヒロインに惚れるのだろうか?

水しか操れない無能と言われて虐げられてきた令嬢に転生していたようです。ところで皆さん。人体の殆どが水分から出来ているって知ってました?

ラララキヲ
ファンタジー
 わたくしは出来損ない。  誰もが5属性の魔力を持って生まれてくるこの世界で、水の魔力だけしか持っていなかった欠陥品。  それでも、そんなわたくしでも侯爵家の血と伯爵家の血を引いている『血だけは価値のある女』。  水の魔力しかないわたくしは皆から無能と呼ばれた。平民さえもわたくしの事を馬鹿にする。  そんなわたくしでも期待されている事がある。  それは『子を生むこと』。  血は良いのだから次はまともな者が生まれてくるだろう、と期待されている。わたくしにはそれしか価値がないから……  政略結婚で決められた婚約者。  そんな婚約者と親しくする御令嬢。二人が愛し合っているのならわたくしはむしろ邪魔だと思い、わたくしは父に相談した。  婚約者の為にもわたくしが身を引くべきではないかと……  しかし……──  そんなわたくしはある日突然……本当に突然、前世の記憶を思い出した。  前世の記憶、前世の知識……  わたくしの頭は霧が晴れたかのように世界が突然広がった……  水魔法しか使えない出来損ない……  でも水は使える……  水……水分……液体…………  あら? なんだかなんでもできる気がするわ……?  そしてわたくしは、前世の雑な知識でわたくしを虐げた人たちに仕返しを始める……──   【※女性蔑視な発言が多々出てきますので嫌な方は注意して下さい】 【※知識の無い者がフワッとした知識で書いてますので『これは違う!』が許せない人は読まない方が良いです】 【※ファンタジーに現実を引き合いに出してあれこれ考えてしまう人にも合わないと思います】 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるよ! ◇なろうにも上げてます。

心が折れた日に神の声を聞く

木嶋うめ香
ファンタジー
ある日目を覚ましたアンカーは、自分が何度も何度も自分に生まれ変わり、父と義母と義妹に虐げられ冤罪で処刑された人生を送っていたと気が付く。 どうして何度も生まれ変わっているの、もう繰り返したくない、生まれ変わりたくなんてない。 何度生まれ変わりを繰り返しても、苦しい人生を送った末に処刑される。 絶望のあまり、アンカーは自ら命を断とうとした瞬間、神の声を聞く。 没ネタ供養、第二弾の短編です。

ダンジョンに捨てられた私 奇跡的に不老不死になれたので村を捨てます

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
私の名前はファム 前世は日本人、とても幸せな最期を迎えてこの世界に転生した 記憶を持っていた私はいいように使われて5歳を迎えた 村の代表だった私を拾ったおじさんはダンジョンが枯渇していることに気が付く ダンジョンには栄養、マナが必要。人もそのマナを持っていた そう、おじさんは私を栄養としてダンジョンに捨てた 私は捨てられたので村をすてる

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

悪役令嬢はモブ化した

F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。 しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す! 領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。 「……なんなのこれは。意味がわからないわ」 乙女ゲームのシナリオはこわい。 *注*誰にも前世の記憶はありません。 ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。 性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。 作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

転生したので好きに生きよう!

ゆっけ
ファンタジー
前世では妹によって全てを奪われ続けていた少女。そんな少女はある日、事故にあい亡くなってしまう。 不思議な場所で目覚める少女は女神と出会う。その女神は全く人の話を聞かないで少女を地上へと送る。 奪われ続けた少女が異世界で周囲から愛される話。…にしようと思います。 ※見切り発車感が凄い。 ※マイペースに更新する予定なのでいつ次話が更新するか作者も不明。

処理中です...