78 / 157
4章 小さな世界に集いしモノ
37
しおりを挟む「エリューシア嬢、助かりました。ありがとうございます」
「いえ、ここに置いておけばいいですか?」
「はい、お願いします」
エリューシアは両手で抱え持っていた本を、近くにあったローテーブルにそっと置く。
今日はメルリナが不在だったが、いつものように温室で昼食をとり、午後の授業が始まる時間が近づいて教室に戻ろうとしたのだが、その途中温室の窓を閉めたか心配になったのだ。
オルガが行くと言ってくれたのだが、メルリナが不在の為、アイシアの護衛が自分だけになってしまう。
確かに精霊防御もカウンターもあるとは言え、あくまでそれはエリューシアに対してだけ発動するものであり、アイシアが狙われた場合にうまく機能するとは断言できない。つまり純粋に護衛と言う意味でなら、エリューシアよりオルガの方に軍配が上がる。
それなら全員で、とも言ってくれたのだが、確認して閉まっていればそのまま戻るだけの事だったので、一人で向かう事にしたのだ。
ささっと一人温室に戻り、窓とついでに扉の施錠も確認して、来た道を戻る。
そのまま来た道を通れば良かったのだが、建物の中を抜けたほうが早いかもしれないと、途中で校舎内に入るルートを選んだことが裏目に出た。
前をよろよろと歩いているサキュール先生の背中に気付いてしまった。
どうやら両手が多くの荷物で塞がり、その重さもあって足元が覚束ないようだ。
そのままそっと反転して見なかった事にするのは些か罪悪感が刺激される。一人苦笑交じりに肩を落としてから、小さく深呼吸をして声をかけたのだ。
結果、現在上位棟の教職員室の一つに来ている訳だが、荷物を運びこんだのはその奥の資料室と言う場所だった。
普段見ることのない場所に、思わず見回してしまう。
学院には図書室も設けられているが、魔法分野に限ってならこちらの資料室の方が充実しているように見えた。
「珍しい書物もありますからね。何か興味を惹かれるものはありますか?」
サキュールが抱えていた荷物は重いだけでなく貴重な書物だったので、彼としてもエリューシアが手伝ってくれたことは、とても助かっていた。
お茶がお駄賃代わりになるとも思えないが、準備している合間の雑談として訊ねてみれば、エリューシアは棚にずらりと並ぶ書物を真剣に見つめながら返事をする。
「はい、あそこにある『魔具製作における錬金術の応用』と言うのは見た事がないので、とても興味を惹かれます」
「ほう…あれは魔具製作中級者以上が読むような本ですが……エリューシア嬢は魔具に興味があるのですね」
どうぞと暖かなお茶を勧められて、エリューシアは近くに椅子に腰を下ろした。
貴重な本のある場所で湿気はマズいのではないかと心配になるが、サキュールが用意したものを無下に断るのも申し訳なく、早々に辞した方が良さそうだと判断し、失礼のない程度の速さでカップを傾ける。
「はい。選択授業を魔具製作にするか錬金術にするか悩んでいます」
「魔具か錬金ですか…それなら魔具製作を選んだ方が良いかもしれませんね」
まさかここで相談に乗ってもらえると思っていなかったので、思わずカップを傾けていた手が止まる。
「そうなんですか?」
「えぇ、魔具製作と錬金は切り離せない部分がありますからね。錬金術についての講義や実験も組み込まれていますよ」
「ありがとうございます。ずっとどちらにしようか悩んでて……相談に乗って頂き、ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ。本は重かったでしょうに、手伝って下さって本当に助かりました」
「私がお手伝いしたのはたった2冊ほどですし、お手伝いと言える程ではありません」
「ふふ、その2冊でとても助かったんですよ」
「恐縮です。ぁ、そろそろ戻りますね」
エリューシアは壁にかかっている時計を見上げ、御馳走様でしたと言いながらカップを置いて立ち上がる。
資料室の扉の所で一礼して去ろうとしたところで、エリューシアはふいに足を止めて振り返った。
「どうしました?」
サキュールが不思議そうに訊ねてくるが、逡巡しているのか、エリューシアの視線が泳いでいる。
「……ぁの…ズモンタ様は……」
暫く待って出た言葉がそれだった。
「あぁ、彼女は既に迎えを呼んで帰邸して頂きました」
「………」
「エリューシア嬢は気に病む必要はありません。
貴方の事情は学院には既に提出されていましたし、彼女にも丁度その話をしていたと聞いています。
にも拘らず、ですからね。
処遇については現在検討中ですし、あちらにも経緯含め他も色々とお話してありますので、心配は無用ですよ。ただそうですね…もし何か言ってくるようであれば、御家の方だけでなく学院の方にも報告してください」
「…はい」
サキュールに見送られ、教職員室からも辞したところで、ふぅと思った以上に大きな溜息が零れた。
これまでの態度も態度だったし、彼女の自業自得な部分が大いにあるというのも本当なのだが、骨折他骨の回復をしきれなかった事が気にかかっていた。
きちんと適切な処置を受けることが出来て居れば良いのだが、適当な処置では後遺症が残りかねない。
ここでエリューシアが気に病んだ所で何も変わらないのだが、つい気になってしまい『ン~』と唸りながら思わず頬に手を当ててしまう。
(ぁ、いけない、午後の授業がはじまってしまうわ。急がないと……それにすぐ戻ると言ったのに戻ってないからシアお姉様たちに心配かけてるかも……それはマズいわ!)
足早に廊下を抜けようとしたところで、あまり聞きたくなかった声が耳に届いた。
「いました! 見つけました!」
関わりたくないと歩調を更に速めるが、それを阻止するようにエリューシアの前に立ちふさがる影があった。
仕方なく足を止め、顔を上げれば想像通りの人物が並んでいて、エリューシアの表情が酷く曇る。
(ゲッ……何故王子一行がこんな所に居るのかしら)
温室から戻ったという事は、上位棟より通常棟の方が遠いという事で、午後の授業がもうすぐ始まると言う時間に、ここに通常棟の生徒がいると言うのは本来あり得ない事だ。
「やぁん、ホントにキラッキラ! お人形みたーーい! ムギュギュウゥ…でもでも! ぜーーーーーっ対にマミの方が可愛いモン!!」
身体をくねらせているのか、揺らしているのか……何にせよ、生理的嫌悪感を催させる気持ちの悪い動きと言葉遣いをしている少女と、それを腕にくっつかせている少年。
その少年とマミとか言ってる少女の前方にも少年が一人。そいつがエリューシアの進路を阻んでいる。
その3人の後ろで、マミとか言う少女を睨みつけているのは、過日の魔法実技でカリアンティと派手にやらかしたチャコット・メッシングだ。
一度整理しよう……。
とりあえず、気持ち悪い少女を腕にぶら下げている少年…これはバルクリス王子だ。くすんだ色合いの金髪にピンクの瞳で、黙って立ってるだけならクリストファと並んでも見劣りしない美少年だ。『黙って立っているだけなら』という条件は絶対に外してはならない。
そしてぶら下がってる少女。
自身を指してマミとか言っていた少女だが、やっと記憶の端に入学式典当日に『マミカ』と言う名を聞いた記憶が蘇った。栗色の髪に朽葉色の大きな垂れ目で、少々ふっくらした輪郭がとても可愛らしい少女だ。しかしオツムの方は見た限りではかなり残念そうである。
その二人の後ろに膨れっ面で続いているのがチャコット。彼女については割愛で良いだろう。ただマミとか言う少女の事は目の敵にしているようだ。
そしてエリューシアの前に立ちはだかる少年…消去法でいけば、彼がハロルド・メッシングだろう。
攻略対象に相応しく、その面立ちはなかなかなものだ。
脳筋攻略対象の名に恥じぬ、同年齢の他の子供達より少々大柄な体格に赤い髪と茶色の瞳と言う、ゲーム画面で見たそのままの姿だ。
何故か制服となっているローブ型の上着は着ておらず、騎士服もどきに帯剣している。
(いやいや、なんで帯剣が許されてるのよ…。
護衛騎士でも学院内は不帯剣が基本で、何か理由や不測の事態でも無ければ許されないのに、模擬剣か木剣なんでしょうけど学生が帯剣してるって、ありえないんですけど)
41
あなたにおすすめの小説
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
水しか操れない無能と言われて虐げられてきた令嬢に転生していたようです。ところで皆さん。人体の殆どが水分から出来ているって知ってました?
ラララキヲ
ファンタジー
わたくしは出来損ない。
誰もが5属性の魔力を持って生まれてくるこの世界で、水の魔力だけしか持っていなかった欠陥品。
それでも、そんなわたくしでも侯爵家の血と伯爵家の血を引いている『血だけは価値のある女』。
水の魔力しかないわたくしは皆から無能と呼ばれた。平民さえもわたくしの事を馬鹿にする。
そんなわたくしでも期待されている事がある。
それは『子を生むこと』。
血は良いのだから次はまともな者が生まれてくるだろう、と期待されている。わたくしにはそれしか価値がないから……
政略結婚で決められた婚約者。
そんな婚約者と親しくする御令嬢。二人が愛し合っているのならわたくしはむしろ邪魔だと思い、わたくしは父に相談した。
婚約者の為にもわたくしが身を引くべきではないかと……
しかし……──
そんなわたくしはある日突然……本当に突然、前世の記憶を思い出した。
前世の記憶、前世の知識……
わたくしの頭は霧が晴れたかのように世界が突然広がった……
水魔法しか使えない出来損ない……
でも水は使える……
水……水分……液体…………
あら? なんだかなんでもできる気がするわ……?
そしてわたくしは、前世の雑な知識でわたくしを虐げた人たちに仕返しを始める……──
【※女性蔑視な発言が多々出てきますので嫌な方は注意して下さい】
【※知識の無い者がフワッとした知識で書いてますので『これは違う!』が許せない人は読まない方が良いです】
【※ファンタジーに現実を引き合いに出してあれこれ考えてしまう人にも合わないと思います】
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾もあるよ!
◇なろうにも上げてます。
心が折れた日に神の声を聞く
木嶋うめ香
ファンタジー
ある日目を覚ましたアンカーは、自分が何度も何度も自分に生まれ変わり、父と義母と義妹に虐げられ冤罪で処刑された人生を送っていたと気が付く。
どうして何度も生まれ変わっているの、もう繰り返したくない、生まれ変わりたくなんてない。
何度生まれ変わりを繰り返しても、苦しい人生を送った末に処刑される。
絶望のあまり、アンカーは自ら命を断とうとした瞬間、神の声を聞く。
没ネタ供養、第二弾の短編です。
ダンジョンに捨てられた私 奇跡的に不老不死になれたので村を捨てます
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
私の名前はファム
前世は日本人、とても幸せな最期を迎えてこの世界に転生した
記憶を持っていた私はいいように使われて5歳を迎えた
村の代表だった私を拾ったおじさんはダンジョンが枯渇していることに気が付く
ダンジョンには栄養、マナが必要。人もそのマナを持っていた
そう、おじさんは私を栄養としてダンジョンに捨てた
私は捨てられたので村をすてる
悪役令嬢の慟哭
浜柔
ファンタジー
前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。
だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。
※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。
※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。
「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。
「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。
転生したので好きに生きよう!
ゆっけ
ファンタジー
前世では妹によって全てを奪われ続けていた少女。そんな少女はある日、事故にあい亡くなってしまう。
不思議な場所で目覚める少女は女神と出会う。その女神は全く人の話を聞かないで少女を地上へと送る。
奪われ続けた少女が異世界で周囲から愛される話。…にしようと思います。
※見切り発車感が凄い。
※マイペースに更新する予定なのでいつ次話が更新するか作者も不明。
【完結】男爵令嬢は冒険者生活を満喫する
影清
ファンタジー
英雄の両親を持つ男爵令嬢のサラは、十歳の頃から冒険者として活動している。優秀な両親、優秀な兄に恥じない娘であろうと努力するサラの前に、たくさんのメイドや護衛に囲まれた侯爵令嬢が現れた。「卒業イベントまでに、立派な冒険者になっておきたいの」。一人でも生きていけるようにだとか、追放なんてごめんだわなど、意味の分からぬことを言う令嬢と関わりたくないサラだが、同じ学園に入学することになって――。
※残酷な描写は予告なく出てきます。
※小説家になろう、アルファポリス、カクヨムに掲載中です。
※106話完結。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる