83 / 157
4章 小さな世界に集いしモノ
42
しおりを挟む振り返った先に居たのは、氷麗の天使ことクリストファだ。
最も、そんな呼び名の事等エリューシアは知りもしないし、たとえ知っていたところで、氷麗の天使どころか凶霊の悪魔とでも呼びかねない。
(公爵家の御令息が、何だってこんな所に居るのよ……まぁ、人通りは少ないけれど、少し行けば大通りに出る事もできる脇道だし、あまり自己主張してないだけでお店なんかもありそうだから、そこまで危険な通りではないのだろうけど…)
先日アーネストに連れて行って貰った警備隊の詰所も近くにある。
とは言え、少し奥に入り込めば壊れかけの家屋なんかもあり、実際そこに病気の子供が居た事も事実だから、貧民街やスラムと言う程ではないにしろ、少々警戒した方が良い場所だとは思うが。
ただ、あの一角は崩壊が目に付くだけでなく、妙に静まり返っていたのは気になる。
「護衛は? まさか一人なの?」
つい考えに耽ってしまって、クリストファが居ることを失念していた。
(ん~、これは確信してる? まさか…ね。だって特製のカツラと眼鏡で容姿はわからなくなってるし、黒いローブからも誰だが分かるとも思えない。
ちょっと声は洩れてしまったけど、人物特定に至れるほどではないはずよ……となれば、しれっと立ち去る事も不可能ではないかも)
貴方なんか知らないと言うように、大きく首を傾げながら距離を取る。
「まさか他人の振りが通用すると思ってる?」
「……………」
クリストファがククッと小さく笑ってから、スッと少しだけ屈みこみ、エリューシアが俯けて隠そうとしている顔を覗き込んできた。咄嗟に更に顔を俯かせて横に逸らす。
「妖精姫」
「!!」
「不思議だと思わない? 妖精姫じゃなく精霊姫って呼ぶ方が普通な気がするのに、どうしてあえて妖精姫なんだろうね?」
いったい何時何処に人物特定に至る要因があったのだろう……皆目見当がつかず、気持ちにどうにも焦りと言うか、不安の様なモノが混じり始める。
完全に気づかれてるようだが、だからと言って素直に白旗を上げたくはない。覗き込んでくるクリストファを躱し、横を通り抜けようとするが、あっさりと塞がれる。
「………」
「僕がレディをこんな場所に一人で放置するような奴に見える?」
そう問われるが、そこまでクリストファの為人を知ってるわけではない。温室で昼食時に会話をするようになったとはいえ、話す内容は精々課題や授業の事くらいで、個人的な何かを話した事はない。
「心外だな…まぁ君以外だったら放置するかもしれないけれどね」
何だか不穏な事を言っている気がするが、それよりもだ。
どうしても見逃してはくれないらしい。
これ以上押し問答を繰り返した所で、見逃してくれないのであれば全て無駄な努力に終わる。エリューシアは軽く両手を上げた。
「降参よ」
「ん、じゃあ大通りの方へ行こう。それほど奥まった場所ではないけど裏通りではあるからね」
大通りに出ても、子供の同居人に出会える可能性はほぼない以上、大通りに行く理由がエリューシアにはない。
「……そ、れは…だけど、貴方こそどうして? 貴方のような方が来る場所とも思えないのですけど」
誤魔化そうとか考えたわけではないけれど、つい気になって訊ねてしまった。
「僕のようなって……どんな印象を持たれてるのか不安になるよ」
妙に大人びた仕草でくすりと笑うクリストファの表情は、どことなく陰りを帯びて見えた。
「そうだね……用のついでに買い物してただけだよ」
「買い物って……そう、貴方の御家はこの近くだったのですね」
グラストン公爵邸に行った事もないし、調べた事もないので、まさかこの近くだと思わなかった。
「家って自邸っていう意味? それならここからは結構離れてるかな…僕は寮住まいだからね」
「……ぇ…」
これまで個人的な事は確かに話した事はなかったが、まさか公爵家の御令息が寮住まいだなんて思いもよらなかった。
「って、誤魔化そうとしてもダーメ。君はどうしてここに? 護衛もなしなんて危ないじゃないか」
その言葉、そっくりお返しすると言い放ちたいのは山々だが、クリストファに見逃す気も誤魔化されてくれる気もない事は明白だ。
「誤魔化すつもりなんてないわ……だって、誤魔化されてくれるつもりも何も、さらさらないでしょう?」
「そうだね」
「………ちょっと行きたい所があっただけなんです」
そう…行きたい所はあったが、予定変更せざるを得ないと思われる。エリューシアが一人でうろついている事は看破されている以上、何処に行こうとした所でガッツリくっついてくるつもりだろうから。
「そう、じゃあ僕が護衛について行く」
やはりと言うか何と言うか………。
彼の魔力量はかなりなものだと分かるが、まだ入学したばかりだし、何より魔法実技の授業は、先日のカリアンティとチャコットの騒動があった事で、まずは『基本からゆっくりと』という方針になってしまった。そのおかげで実力を知る機会がなく、戦闘力と言う点ではさっぱりだ。
剣技やら戦闘術の訓練なども当然まだないので、推し量る事さえも難しい。
エリューシアは自分の力量はある程度把握できていると思うが、そう言った理由でクリストファの力量が全くわからないし、それ以前に公爵家の御令息を危ない目にあわせる訳にはいかない。
いざとなったら自分が彼の護衛側にまわるのも吝かではないが、何もそんな危険を冒してまで『今日』に固執する必要もないだろう。あっさり日を改めれば良いだけの事だ……まぁ、子供の同居人の心痛を思うと、申し訳なさは募るが。
「お気持ちだけ…ありがとう。
また今度にするから帰ります。クリス……ぁっと、貴方はお買い物の途中だったかしら……お邪魔してしまってごめんなさい」
「流石にこんな路上で名を明らかにする訳にはいかないから、会話が不自由に感じるね。
あぁ、僕の買い物は終わってる」
そう言いながらクリストファは手に持っていた紙袋を軽く掲げた。
「そうだ、さっき僕が出てきたそこの扉の奥に雑貨屋があるんだ。品揃えも悪くないから、良ければ今度案内するよ」
ぶつかりそうになった場所でそのまま話していたので、クリストファが出てきた扉はすぐ傍に見えているのだが、彼の言う雑貨屋とはスヴァンダットの店の事だろうか…。出入り口は一箇所しかないと思っていた。
「もしかしてスヴァンダットさんのお店?」
「あれ、知ってるの?」
「先日、父に連れてきてもらったんです」
「そうだったんだ。じゃあ今度一緒に買い物に来よう」
買い物は兎も角、何故一緒に来なければならないのかと、その辺しっかり釘を刺しておこうと口を開いた所で足音が近づいてきた。
近づいてくる足音は、何故か大きくなったり小さくなったり止まったり……一定のリズムを刻まないそれに、危険性よりも、もしかすると何か……『誰か』かもしれないが、探しているかのような気配を感じて、つい2人して音の発生方向に顔を向ける。
―――ダダダ…タ…タタ……ダダダダダ
見つめる細道の奥から近づいてくる影は、頻繁に足を止めて辺りをキョロキョロと見回したりしている様子が窺える。
シルエットからは自分達よりも年が上の子供か、小柄な女性程度の身長体格である事しかわからない。
その人物も、大通りからちょっと逸れただけの場所に立っているエリューシア達に気付いたのか、一瞬足を止めた後、真っすぐに駆け寄ってきた。
念の為エリューシアが身構えると同時に、流れるようにクリストファが前に進み出て、その背にエリューシアを庇うように位置を変えた。
34
あなたにおすすめの小説
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
水しか操れない無能と言われて虐げられてきた令嬢に転生していたようです。ところで皆さん。人体の殆どが水分から出来ているって知ってました?
ラララキヲ
ファンタジー
わたくしは出来損ない。
誰もが5属性の魔力を持って生まれてくるこの世界で、水の魔力だけしか持っていなかった欠陥品。
それでも、そんなわたくしでも侯爵家の血と伯爵家の血を引いている『血だけは価値のある女』。
水の魔力しかないわたくしは皆から無能と呼ばれた。平民さえもわたくしの事を馬鹿にする。
そんなわたくしでも期待されている事がある。
それは『子を生むこと』。
血は良いのだから次はまともな者が生まれてくるだろう、と期待されている。わたくしにはそれしか価値がないから……
政略結婚で決められた婚約者。
そんな婚約者と親しくする御令嬢。二人が愛し合っているのならわたくしはむしろ邪魔だと思い、わたくしは父に相談した。
婚約者の為にもわたくしが身を引くべきではないかと……
しかし……──
そんなわたくしはある日突然……本当に突然、前世の記憶を思い出した。
前世の記憶、前世の知識……
わたくしの頭は霧が晴れたかのように世界が突然広がった……
水魔法しか使えない出来損ない……
でも水は使える……
水……水分……液体…………
あら? なんだかなんでもできる気がするわ……?
そしてわたくしは、前世の雑な知識でわたくしを虐げた人たちに仕返しを始める……──
【※女性蔑視な発言が多々出てきますので嫌な方は注意して下さい】
【※知識の無い者がフワッとした知識で書いてますので『これは違う!』が許せない人は読まない方が良いです】
【※ファンタジーに現実を引き合いに出してあれこれ考えてしまう人にも合わないと思います】
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾もあるよ!
◇なろうにも上げてます。
心が折れた日に神の声を聞く
木嶋うめ香
ファンタジー
ある日目を覚ましたアンカーは、自分が何度も何度も自分に生まれ変わり、父と義母と義妹に虐げられ冤罪で処刑された人生を送っていたと気が付く。
どうして何度も生まれ変わっているの、もう繰り返したくない、生まれ変わりたくなんてない。
何度生まれ変わりを繰り返しても、苦しい人生を送った末に処刑される。
絶望のあまり、アンカーは自ら命を断とうとした瞬間、神の声を聞く。
没ネタ供養、第二弾の短編です。
悪役令嬢はモブ化した
F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。
しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す!
領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。
「……なんなのこれは。意味がわからないわ」
乙女ゲームのシナリオはこわい。
*注*誰にも前世の記憶はありません。
ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。
性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。
作者の趣味100%でダンジョンが出ました。
【完結】男爵令嬢は冒険者生活を満喫する
影清
ファンタジー
英雄の両親を持つ男爵令嬢のサラは、十歳の頃から冒険者として活動している。優秀な両親、優秀な兄に恥じない娘であろうと努力するサラの前に、たくさんのメイドや護衛に囲まれた侯爵令嬢が現れた。「卒業イベントまでに、立派な冒険者になっておきたいの」。一人でも生きていけるようにだとか、追放なんてごめんだわなど、意味の分からぬことを言う令嬢と関わりたくないサラだが、同じ学園に入学することになって――。
※残酷な描写は予告なく出てきます。
※小説家になろう、アルファポリス、カクヨムに掲載中です。
※106話完結。
不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます
天田れおぽん
ファンタジー
ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。
ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。
サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める――――
※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。
転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ
karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。
しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる