【完結済】悪役令嬢の妹様

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4章 小さな世界に集いしモノ

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 細道の奥は暗く、身長体格くらいしか判別できなかったが、近づくにつれてその人物の姿が、ざっくりとでしかないが薄暗がりの中にも見て取れるようになった。

 ごく普通の平民の服装をした男の子。
 所々破れたりしている箇所から覗くのは傷だろうか? 布の裂け目から見えているのは、どうやら瘡蓋になった傷のように見える。この数日の間に負傷したのかもしれない。
 他にも擦り傷の様なモノが見えるが、痩せ細ったり悪臭を放つまでにはなっていないから、やはりこの辺りは裏手とは言え貧民街とまではいかないのだろう。

 その人物はこちらが警戒している事に気付いたのか、少し手前で立ち止まる。

「あ、あの! 文字って読めますか!?」

 必死の形相と叫ぶように紡がれた文言に、思わずクリストファと顔を見合わせ首を捻る。唐突過ぎて意味がわからず、どういう事か訪ねようと口を開きかけた所で、すかさずクリストファに後ろ手で制されてしまった。

「どういう意味ですか?」

 自分が訊ねると言う意味の後ろ手だったようだ。
 その意図に気付いて口を噤み、クリストファの背中越しに平民の少年を見つめる……と言っても、クリストファが前に立っているので、辛うじて頭や手などの一部が見えるのみだが。

「家に文字の書かれた物が置いてあって……でも俺、文字が書いてあるとしかわからなくて…近所のおばさんもおじさんも、もう出て行っちゃったから……それにこんな物も…」

 怪我をした少年の方が身長は高いので、クリストファ越しでも灰色の髪色は見えるが、それ以外は声だけになってしまうので、エリューシアからは何かごそごそしてる事しかわからない。

「これは……」
「何かわからなくて…これでこの紙が押さえられてたんだ」

 少年の言葉尻がだんだん小さくなって、微かにしゃくりあげるような声が聞こえる。どうやら泣き出してしまったようだ。
 エリューシアの前に立っているクリストファは、手渡された何かに見入ったまま動かない。
 状況がわからず、背後から伸びあがって、クリストファが渡された物を覗き込もうとした瞬間、その当の彼が振り返った。

「こっちはポーションか何かに使われるような瓶だから兎も角…こっちの手紙に見覚えはある?」

 クリストファが手に持っていた紙を少し掲げ、文章が書かれている面をエリューシアに見やすいようにしてくれる。

「見覚えも何も……」

 過日にアーネストが書いたものだ。エリューシア自身もその場に居たし、見間違うはずもない。当然瓶の方も見覚えがある。何しろエリューシア本人が出したものなのだから当たり前だ。

「これ、もしかしてサイン? 多分というか、君の家の……に見えるんだけど…」

 文末に書かれたミミズがのたくったような絵らしきものと、アーンと辛うじて読める文字部分を、クリストファが指さして訊ねてきた。
 絵らしきものは家紋をパーツに分解したもので、知ってるものが見れば『あぁ』と納得する事は可能かもしれない。
 可能も何も、クリストファはラステリノーア公爵家の家紋だと気付いたみたいだった。

 名の部分に限らず、きちんとアーネストが書き残さなかったのは、犯罪に利用される危険性を考えての事だ。
 筆跡を真似られると面倒でしかない。
 とは言え、普段から家紋なんて書く事等ないだろうから、これは苦肉の策だったのだろう。思わず苦笑が浮かぶ。
 一応父アーネストの名誉のために添えておくが、アーネストは普段、とても流麗な文字を書く。
 容姿のみならず文字まで美しいとは…といつも嫉妬しているエリューシアなのだ。

 エリューシアが足を踏み出し、すっと横にずれてクリストファの隣に並び、泣き濡れた瞳を驚いたように少し見開いている少年の方をマジマジと見て頷く。

「貴方はあの子供の御家族か御友人ですか?」
「え…」

 クリストファの隣に並び出た黒ローブの子供が、まさか女の子だとは思わなかっただろうし、もしかすると口調から平民ではないと気付かれてしまったかもしれない。
 一見ただのありふれた黒ローブだし、素材も平民が使っておかしくないものだが、やはり織等の違いがある。見る者が見れば、平民が使うにしては上質な物だと見抜く事は然程難しい事ではないだろう。

「お、弟です! 俺の…」
「そう。
 その書置きを読むまでもありません。
 貴方の弟さんは無事です。ただ見つけた時には病状が酷くて、放置しておくこともできなかったので、温かい場所にお連れしました。
 これはその旨を書き記した置手紙と言うだけです。

 直ぐ案内するから安心して下さい。
 あの子に家族か同居するような友達がいると思っていたから、私も探しに来た所だったんです。

 それで貴方の御名前は?」

 少年が目をぱちくりとさせながら自分を指さしている。
 肯定する為に頷けば、名乗っていなかった事に気付いたのか、少年が慌てて口を開いた。

「俺! 俺の名前はカーティスだ」



 ――は?……
 ―――なん、です…と………?

    ―――――――――なんですとおおぉぉぉぉおお!!??



 こんな偶然があって良いのだろうか。
 改めて少年をじっくり観察する。

 確かにゲーム内と同じく灰色の髪に深緑の瞳をしている。
 だが、本当に同じ人物なのだろうか……あまりにも印象が違いすぎて、ただの同名別人と言うやつではないかと疑ってしまう。

 それというのも、ゲーム内のカーティスというキャラクターは、所謂隠しキャラと言うやつで、全ルートを攻略した後、王子ルートを再周回した後にやっと分岐が出るのだが、暗殺者と言う設定だったので、当然見目もそれに相応しく、目つきの鋭い、酷薄な美貌のキャラだったのだ。

 再度瓶底眼鏡越しにカーティスと名乗った少年を見つめる。
 だが何度見直した所で、前世の記憶の中のカーティスとの差は埋まらない。
 目の前の彼は、ちょっと汚れて怪我をしているけれど、どこまでも善良な、弟を本当に心配して狼狽えているだけの、とても普通な子供でしかなかった。

 顔つきも何もかもが違いすぎて、脳がパニックを起こしそうになるが、もしかすると本当に別人かもしれない。
 それならそれで、このまま弟のいる宿の案内すれば良いだけだ。………良いだけなのだが、そうなると召し抱え計画をどうするか再考する必要が出て来る。

(彼が攻略対象じゃないなら確保する意味があまりない……というか、全くないと言って良い。弟クンの肺炎が直れば、そのままさよならして問題なしよね。
 だけど、金策計画には市井に明るい人材はいてくれた方が助かるのも本当で……どうしたものかな……せめて攻略対象なのかそうじゃないのかの判別くらいはしておきたいのだけど)

 エリューシアは微かに首を傾ける少年2人を無視して、腕組みしつつ思考の海にあっさりとダイブした。

(何かなかったかしら……カーティスだと判別できるような何か……
 顔つき等の容姿はもう全く手掛かりにならない。まず年齢も違うからそれはどうしようもないわ。
 他……あぁ、弟死亡ルートの時って確か形見の……って、それも却下よ、だって弟クン死亡してないし……他には……。

 ………頑張って自分! 頑張るのよ真珠深!!

 って……あぁ、そうよ!! アレがあったわ!!)

 何か手掛りを思い出したのか、エリューシアは顔を上げる。
 顔を上げた所でハタと少年2人の顔を交互に見つめて、思わず口を半開きに固まってしまった。

 ―――少年達ヨ、済マナカッタ……ダケド、ヨク、黙ッタママ、待ッテイテクレタモノダ…。
 ―――暇人カナ?



 そんなとてもとても失礼な思考が、エリューシアの頭をよぎっていた。







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