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4章 小さな世界に集いしモノ
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しおりを挟む「アッシュってこれまで本当に経験ないの? 嘘でしょ…」
メルリナが感嘆交じりに溢す。
現在エリューシアが、庭で痩せ細った少年に文字を教えているその横で、同じく痩せてはいるが、それなりに成長している少年がメルリナと木剣を交えている。
「いや、だって俺「私!」ぁ、はい! わ…わ、たしは……えっと」
木剣を構えている少年はカーティスだ。
随分と身綺麗になって、つい先日までの彼とは同一人物に思えない程である。
あれからクリストファを見送った後、病気の子供が療養している部屋へ向かえば、ソファに寝かされていたカーティスが目を覚ました。
病気で保護した子供は間違いなくカーティスの弟だと確認がとれ、名をピオットというのだと教えて貰った。
エリューシアとしては危険排除の為にカーティスを囲い込もうとしているが、ヒロイン側にさえつかないで居てくれるのなら、囲い込む必要は特にない。
なので召し抱えの話をする前に、気になっていた事を含め、話を聞く事にした。
気になっていた事は、あの地域――スヴァンダットの店から更に奥へ奥へと入り込んだ、人の気配の乏しいあの場所の事。
あそこは何故あんなに人が居なくなり、破壊されていたのかずっと引っかかっていた。
かなり奥まった場所とは言え貧民街でもスラムでもなく、大通りから徒歩で充分動ける範囲内で、利便性は決して悪くない場所なのだ。
結果分かった事は、ある日突然破落戸達が、あの場所で暮らしていた人々を追い出したらしいという事。
カーティスとピオットの父母は、その破落戸に逆らったらしく、散々暴力を振るわれた後どこかへ引き摺って行かれたらしい。
突然の事態にカーティスは弟を連れて一旦逃げたようだが、暫くして様子を見に戻れば、人を追い出し破壊した、あの残骸の様な区画が放置されていたのだと言う。
雨風をしのぐにも幼い弟の事を思えば、路上に留まるより残骸のようになった家の方がマシに思えて戻ったのだそうだ。勿論破落戸達が何時やって来るかわからず、戻った当初は眠る事も出来なかったらしいが、様子を見にやって来る事もなかったらしい。
色々と突っ込みどころ満載の話だが、カーティスから見てわかるのはこの程度でも仕方ないと、聞いた後に少し調べてみれば、すぐに出てきた。
どうやら何処かの貴族が、あの辺り一帯の破壊を指示したらしい。
住まう人々を追い出し、建物を破壊した跡地に何かを建てるつもりだったらしいのだが、横やりが入ったか何かで、計画は頓挫したまま放置される事になったようだ。
誰が指示し、誰が遂行し、誰が横やりと言うか阻止したかについては、調べていけばそのうちわかるだろうが、あの辺りはもう破落戸達が来る理由がないという事だけわかれば、今はそれで十分だ。
その上でカーティスに提案したのは3つ。
一つは弟を連れて新天地に向かうと言うもの。
シモーヌと接点が出来たのは前世の記憶では王都だった。つまり王都から離れてくれれば危険性は減る。
次に提案したのはエリューシアが召し抱えると言う話。
エリューシアとしてはこれを選択してくれるのが一番助かる。結局のところ敵に回らないで居てくれるのなら、どの提案を受けてくれても良いのだが、この選択をしてくれれば、危険性を減らせるだけでなく、エリューシア個人の従者を手に入れられることになり、今後市井で色々と動きやすくなる。
ただこの選択をした場合、最初の提案と同じく、彼らはこれまでの生活も、もしかしたら家も手放す事になってしまうだろう。
最後に提案したのは……これは出来れば一番選択して欲しくない提案。
選択はして欲しくないが、あの場所に彼らの家がある訳だし、思い入れがあるのなら無理に取り上げる事もあまり良くないと思われるので、あの家に住みながら、仕事の斡旋他をエリューシアが面倒を見るという提案だ。
勿論どの選択をしても裏社会との繋がりは持たないよう等、最悪魔法契約も視野に入れている。
そしてカーティスが選んだ提案は、エリューシアが召し抱えると言うもの。
まだ暫く安静は必要だが、意識が戻った弟――ピオットも兄カーティスについて行く選択をしてくれる。その時に連れ去られた両親の事も、捜索はエリューシア側で行うと言ったのだが、これについては不要と言われた。
既にカーティス自身が探し、死亡を確認していたようだ。
疎まれ遠ざけられていたとは言え、暴力を振るったりする事はなく育ててくれた両親に思う所はあっても、憎悪にまでは至っていなかったのだろう。
ただ召し抱えるにあたって、ほんの少しとは言え気掛かりがあった。
カーティスもピオットも『王都』に住まう人間だ。誰かの思惑で簡単に家屋を破壊し、住まう人々を追い出す様な真似を見過ごす王都の役人が、まともに仕事をしているとは到底思えないが、税他でカーティスらの記録があるのはちょっぴり面倒かなと思ったのだ。
その話を伝えれば、カーティス本人はあっさりと改名を受け入れてくれた。憎悪まで至っていなかったと言っても、何も思っていなかったはずもなく、両親から最初のギフトとも言える名前には、あまり良い感情は無いようだった。
彼の弟のピオットに至っては、両親は好きだったが、やはり兄カーティスへの態度には納得できず、複雑な感情を持て余していたようで、兄が改名するなら自分もと、何故かとても嬉しそうに受け入れてくれた。
そうして2人は名を改めた。
カーティスは『アッシュ』。これと言って思いつかず、髪色から決めた。
ピオットは『ジョイ』。これはカーティスが良く寝物語に語っていたという童話からだ。よくある英雄譚の子供向けの話で、主人公の名が『ジョイ』というのだ。その大好きな主人公と同じ名前にできるとあって、喜んでいたらしい。謎が解けた。
ピオット改めジョイと違って、カーティス改めアッシュは文字の読み書きは最低限出来ていた。あの初対面時に読めていなかったのは、アーネストが文字を真似られるのを警戒して文字を崩していたからと言う事が判明した。
それなら次はと、護衛としての素養を見極めるべく、メルリナが木剣で相手をすると言う話になったのだが、騎士としてずっと鍛錬を続けてきたメルリナの剣を、アッシュはあっさり受け止めて見せたのだ。
そして冒頭部分になる。
「えっと……わた、しは…武器を手にした事はあり…ま、せん。ずっと普通に暮らして来たんだ…あ、じゃなくて…暮らしておりまし…た?」
ジョイに文字を教えながら、耳に届いたアッシュの最後の部分。疑問形に語尾が跳ね上がる声に、エリューシアがクスリと笑う。
「あ~あ、お嬢様が笑っちゃったじゃない。まぁ言葉遣いはおいおいね。で、護衛としての素養は十分すぎるほどあると思うわ」
そこまで言ってメルリナが、笑うエリューシアに身体ごと向き直る。
「このまま私が教えても十分モノになるとは思いますけど、どうします? お嬢様の近くに仕えるなら普段帯剣する訳じゃないでしょうし、暗器の方が良いかもしれません」
「そうね……武具の相性もあるでしょうから…オルガに話してみるわ」
「そうしてください。もうオルガが拗ねると面倒ですからね」
アッシュとジョイを召し抱える事になったので、アイシアは勿論、オルガやネイサン達にも話をしたのだが……。
「エルル…これ以上エルルとの時間が減ってしまったら……あぁ、そんな悲しいわ」
と、アイシアはほろりと涙を、何故かその美しい瞳に浮かべ……
「はい? エリューシアお嬢様の専属の席は譲りません。
アッシュとやら、即刻その首飛ばして差し上げますので、覚悟なさい」
と、オルガはただでさえ能面なのに、絶対零度の声音でナイフを取り出し……
「旦那様から話は伺っております。お嬢様が私的にお抱えになると言う話ですが、私の補佐として仕込んでも宜しいですよね?」
と、ネイサンは何故か喜色満面の笑顔で……
「エリューシアお嬢様の直臣という事ですか?
新参が直臣だなんて……私達の方からまず直臣にしてください! 私はオルガの次でも良いので、そやつらより先にお願いします!」
「直臣……良い響きじゃない! 私も直臣に立候補!!」
と、普段仏頂面のサネーラが珍しくむぅっと膨れた後に、メルリナが手を上げたままピョンピョン飛び跳ねて……
「あらまぁ、痩せ細って可哀そうに…ほら、これ美味しいんだよ。もっと沢山おあがり。あ~、可愛いわねぇ」
と、メイド他がジョイにほっこりしていた。
オルガとサネーラ、メルリナの直臣云々はどうなるかわからないが、そんなカオスな場面を通過して、アッシュとジョイは学院敷地内の公爵家借り上げ邸に、足を踏み入れる事になったのだ。
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