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4章 小さな世界に集いしモノ
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しおりを挟む目の前の様子に、エリューシアの方が固まってしまっていた。
エリューシアこと真珠深の記憶からすると、ここは『マジカルナイト・ミラクルドリーム』の世界そのものと言うか、とても酷似していて、ヒロインなら言いだしそうな事をシャニーヌは言っているのだから、シャニーヌ擁護が多くても仕方ないと思っていた。
だが実際にはシャニーヌを諫めている。
思った以上にこのクラスの生徒は、貴族として問題ない者が多かったという事だ。
シナリオに抗った結果かどうかはわからないが、エリューシアは泣きたくなる程の嬉しさを感じていた。
シャニーヌの言いたい事も、エリューシアとしてではなく真珠深としてなら理解できるのだ。前世日本でなら似たようなことを思っただろう。勿論、被害者の身の安全第一だから、無関係の者が騒ぎ立てるものではないと言うスタンスに変わりはないだろうが…。
しかしこちらの世界では、そう単純な話とはいかない。
勿論この世界にも秘密厳守と言う考えそのものはあるし、多くの場所でそれが求められる。それ自体に前世との違いは然程ない。
だが前世との決定的な違いがある。
命の重さだ。
今回の場合、誰かの利益になるとなれば、被害者の身の安全の優先順位は下がって行く。下手に口を滑らせれば、行方不明と言う情報そのものが悪意をもって利用されてしまう事になるのだ。
利用した側は被害者の身の安全や、今後の影響等考えたりしない。
そう言った諸々の危険性をシャニーヌが納得はせずとも、せめて理解してくれれば良いのだが。
「行こう。後は彼らに任せよう」
横からかけられた声に、そちらへ顔を向ければ、クリストファが立っていた。
その言葉にバナンがニッと口角を上げて頷いた。
「おう、こっちは任された」
確かにエリューシア達が居ても、どうしようもないだろう。
どう転ぶのかわからないが、ここはバナンやポクルに任せた方が良さそうだ。
クリストファに促され、アイシアやオルガと共に教室を後にする。
いつもより早めに上位棟は終わったはずなのだが、諸々で結局いつもと変わらない時間となり、メルリナが待っているはずの花壇までクリストファが送ると言ってくれた。
断る口実を探すが誰も思いつかずそのまま歩いていると、メルリナの声が聞こえてきた。
「(謹慎中のはずでしょ? って、なんでこっちに寄ってくるのよ)」
だが、次に聞こえた声に、エリューシア達は揃って足を止め、目を見開く事になった。
「(一緒に帰ってるんだろ? ならお前の所で待ってれば会えると思って)」
既に帰邸したはずのハロルドの声だ。
どうしたものかと、咄嗟にアイシアやオルガを見るが、2人とも難しい表情をしている。
「どうやら君達に会いたいみたいだね。どうする?」
「どうするって……メルリナが心配だし行くしかないでしょう」
エリューシアはクリストファからの問いに、困ったように答える。
じゃあ行こうと言うクリストファが先導する形で向かえば、目を吊り上げているメルリナと、憮然と腕組みして立っているハロルドが見えてきた。
「ぁ、お嬢様」
「!」
メルリナがエリューシア達の到着に気付き呟けば、ハロルドが弾かれたように顔を上げる。
「……帰ったはずでは?」
オルガが一歩進み出る。
先だっての記憶が蘇ったらしく、思わずたじろぎそうになるハロルドだったが、そこは腐っても攻略対象と言うか男の子と言うか…両手を拳に握り、下がりそうになる足を踏みとどまらせていた。
「その……は、なし…話を……聞いて欲しくて…」
「そうですか。今度は床ではなく地面と仲良くなりたいんですね?」
「な! そ、そ、そうじゃなく!……」
オルガが殺気を隠しもしない様子に、エリューシアもアイシア止めようと手を伸ばすが、クリストファがそれを制してからハロルドに近づいた。
「メッシング令息…それは些か虫が良すぎないかい? さっき怒鳴り込んでおいて、少し謝罪の言葉を口にしただけで、これまでが帳消しになるとでも思ってる?」
「怒鳴り込んだですって!!??」
通常棟のメルリナは知らなくて当然だが、予想外の単語に、更に目を吊り上げる。
「ご、ごめ……だからごめん…だけど、俺……」
クリストファの威圧とメルリナの剣幕に、とうとう半歩下がってしまったハロルドだったが、握った拳を再度握り直し、ガバリと頭を下げた。
「何度だって謝るよ! だからお願いだ、話を……話を聞いてくれ…頼む」
『お断りよ』と、今にも口から飛び出そうとする言葉を、エリューシアは辛うじて飲み込む。
心を落ち着けるように、ゆっくりと細く長く息を静かに吐いた。
「メッシング令息様…話を聞いて欲しい言うのであれば、親や教師……大人に願うべきではありませんか?
私もお姉様も……ここにいるのは全員子供で、貴方の助けとなる事等できませんよ? なのにどうして?」
ハロルドは小さく深呼吸をしてから、おずおずと顔を上げた。
「兄上は『何もするな』『大人しくしてろ』って言うだけで、父上母上も何も教えてくれない…だからつい思い込みでここまで来ちゃって……もう、俺、どうしたら良いかわかんないんだ」
この場に居る者の中で誰より大柄で体格の良いハロルドが、ポロポロと涙を零ししゃくりあげ始める様子に、全員が困惑するしか出来ず顔を見合わせた。
これまでの事を思えば冷たくあしらってやりたい気持ちになってしまうが、藁をもすがる状態なのだろうと思えば、無下にするのも躊躇われる。
「「「「「…………」」」」」
「困ったね」
状況を打開する術など思いつくはずもなく、クリストファの呟きが、ハロルド以外の全員の気持ちを代弁していた。
しかし、この場でこうして留まっている訳にもいかない。
「………話を聞く事だけなら…」
エリューシアの短い言葉に、アイシアとオルガ、メルリナは眉根を寄せ、ハロルドは顔を勢いよく上げた。
ただ一人、クリストファだけが小さく苦笑しているのが、見透かされているようで気にくわないが仕方ない。
「本当か…本当に聞いてくれるのか?」
「聞く事しか出来ませんよ? 聞いた所で何もできませんし……手助けは勿論、助言さえできないかもしれませんが、それでも良いのですか?」
「ああ、それでも良いんだ! ありがとう!」
しかし話を聞くと言っても、ここで話し込むという選択肢は取れない。ハロルドは謹慎処分中の身だし、姿を見られれば噂になるのは避けられない。しかもエリューシア達と一緒であるなら尚更だ。
そう言った諸々を避けるために、早々の帰邸を促したのだが…今更言っても始まらない。
「だけど……ここで、と言う訳にも行きませんし」
「そうね…だけど出来れば邸は避けたいわ」
アイシアのいう事も当然の事で、エリューシアも借り上げ邸に招くと言う選択肢は、欠片も考えて居なかった。
確かに外野の目がないという点においてだけは、借り上げ邸に招くと言うのはアリではあるのだが、警備面で魔力の登録など煩雑な作業が発生してしまうので、到底現実的ではないのだ。
「副学院長に頼むのも手だけど……どうする?」
クリストファの言葉に、副学院長ビリオー先生の顔を思い浮かべる。
確かにビリオー先生は噂を広げるような人ではないと思えるが、副学院長と言う地位故の不都合もあるはずだし、何より謹慎中のハロルドには苦い顔をするしかないだろう。
「ちょっと待っててください」
エリューシアがハロルドたちの横を通り抜けて進んでいく。
(巻き込んでしまうのは申し訳ないけど、ダメ元でお願いしてみよう)
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