【完結済】悪役令嬢の妹様

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5章 不公平の傍らで

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 通常棟4年の教室の一つでは、ミリアーヌとヤスミンが、未だ復活できないままのクロッシーに付き添って早退する事となり、メルリナが戻った教室には3人分の空席が出来ていた。

 上位棟4年の教室でも、元々の空席2つに加え、鞄が置かれたままの2人分の空席が追加されていた。
 一つはお昼休憩の間に副学院長室へ向かったクリストファ。
 もう一つは何処へ行ったのかわからないがマークリスだ。

 それは午後の授業が終わっても埋まる事はなかった。
 ただどちらの席についても、教師が何も言わなかった事から、承知している事なのだろうと推察する。そうであるなら心配しなくても大丈夫だろうと、エリューシア達は何時ものように花壇脇で合流してから帰邸した。

 帰りの道すがらメルリナの話を聞いていたエリューシアは、自室に上がって鞄を置き、制服を脱いで皺にならないように吊り下げてから、地味な外套を羽織って音もなく転移する。
 転移先は薄暗い…まるで理科室か実験室と言った風情の、フラスコやビーカー、その他諸々の置かれた一室。
 直ぐに魔具の照明が反応し、室内は明るくなった。
 その明かりに照らし出されたフラスコもビーカーも、他にもスパーテル等々…殆どがエリューシアが前世の記憶にあるものを再現して作り出した物だ。
 この国にも『塔』に代表されるような研究機関があるので、実験道具はない訳ではないのだが、素材や精密さについて残念な物が多い。また重量もそれなりにあるので、取り扱うだけで腕が疲れるのだ。

 エリューシアはその中で冷蔵庫の様な箱の扉を開ける。
 と言っても見た目がそうと言うだけで、冷蔵庫と言う訳ではなく、ただの保管箱だ。冷蔵庫のような魔具もあるにはあるのだが、断熱材他まだまだ改良の余地が多く、長時間の保管には向かない『なんちゃって冷蔵庫』でしかない。

 保管箱の中には薄緑色の液体が入った、大き目のフラスコが幾つも日付順に並んでいる。
 書かれた日付が遡った物になるにつれて綺麗な青緑色になっていて、熟成が進むと色が濃くなっていくのだという事が見て取れる。

 一番右側の、一番濃い色の液体が入ったフラスコを取り出して、エリューシアは軽く手を翳した。

「ぅん、なかなか良い出来に仕上がったんじゃないかしら。えっと…小瓶は…」

 近くの棚に置かれた箱から小瓶を大量に取り出して机に並べ、フラスコの液体を分注していく。
 そう、今エリューシアは商材となるポーションを作っているのだ。
 分注を終え、全てに栓をし、平たい箱に並べてから部屋の扉を開ける。

「お待たせ、これ、今日の分ね」

 開いた扉から、平たい箱ごと持ち込んだエリューシアは、棚の影で何やらごそごそしている人物に声をかけた。

「んあ!? お嬢様!?」

 声に反応して飛び出てきたのは、灰色の髪に深緑の瞳を持った………少女の様な可愛らしい顔立ちの少年だ。
 慌てて駆け寄り、エリューシアが持っていた平たい箱…前世風に言うなら商材オリコン…だろうか…。
 折りたたんでコンパクトに仕舞えるコンテナで、当然これもエリューシアが前世の記憶を駆使して作った物だ。

「こんな重い物、持っちゃダメですってあれほど! 俺を呼んで下さい!」
「ふふ、ジョイは心配性ね。このくらい大丈夫よ」
「大丈夫とかそう言う問題ではありません!!」

 そう、少女のように愛らしい顔立ちをした、エリューシアより背の高い少年の名はジョイ。
 攻略対象カーティスの弟ピオットで、現在はどちらも名を変えている。
 カーティスは『アッシュ』に、ピオットは『ジョイ』に。
 アッシュと並ぶと、弟と言うより妹と言った方がしっくりくるくらいだが、声はしっかり涼やかな少年声だ。
 崩れた家屋の中で肺炎に苦しんでいた、あの少年である。

 兄弟2人とも、現在はエリューシアが個人資産で召し上げた使用人となっていた。
 揃ってなかなかのハイスペックで、エリューシアが私的に抱えた使用人なのだが、何故か借り上げ邸での仕事も任されている。
 特に借り上げ邸で執事を務めてくれているネイサンは、アッシュとジョイの兄弟を気に入っており、あれこれと仕事を教えては任せるのだ。
 公爵家で雇った使用人ではないと言うのに困ったものだが、アッシュもジョイも、勉強になるからと嫌な顔を一つする事なく働いてくれている。
 アッシュもジョイも、自分達はエリューシアに救われたのだと、絶対の忠誠を誓うくらい忠実な使用人に育っていた。

 そしてここ、奥に実験室の様な一室のあるこの場所は、元アッシュ達の家があったあの場所だ。
 どこぞの貴族が所謂地上げをしようとした一件の場だが、前世日本なら違法と言われる事間違いなしの手法で、付近の住民は追い出されたり殺されたりしていた。
 悲しく腹立たしい話だが、そう言った手法はこの世界、この国では珍しい事ではなく、また処罰される事も殆どない。
 そうして中途半端で投げ出され、放置されたままになっていた土地を、エリューシアが一部買い取ったのだ。
 そこにアッシュ達の家を再建し、その隣に店舗と研究室を作ったのだが、家の方は殆ど使われる事がない。それと言うのもアッシュは借り上げ邸でエリューシアに仕えているし、ジョイも寝るのは借り上げ邸の方で、ここには通っているような形だからだ。

 ジョイがささっとエリューシアからコンテナを掠め取る。
 近くの椅子を引き寄せ、その座面にコンテナを載せて、中に並んだポーションの小瓶を一つ手に取って見つめた。

「あれ? また品質上がりました?」
「そうなの! 熟成の時の温度を少し変えてみたのだけど、良い感じに仕上がってるでしょう?」
「はい、これなら…」

 ジョイは手に取った小瓶を棚に置き、メモの方を眺めつつ唸る。

「そうですね……値段はこのくらいにしましょう。多分この値段でも問題なく売れると思います」

 そう言ってジョイが提示したのは、元々の5割増しの値段だ。
 それにエリューシアは苦笑交じりに首を横に振る。
 場所柄、ターゲットの客層は平民や騎士、兵士等なので、元々流通しているポーションに比べれば、かなり値段を抑えていた。素材も栽培できる物は自作したりして、可能な限り安くするように努力している。
 勿論、神殿他から必要以上に睨まれない程度には抑えていた為、激安とまではいかなかったが…。
 だが…だからこそ品質が上がったからと言って、値上げをするのは躊躇われた。
 平民や騎士、兵士達が購入できなくなってしまっては本末転倒なのだから。

「利益は十分出ているから、値段は暫く据え置きで様子を見ましょう?」
「やれやれ、お嬢様は相変わらずですね」

 ジョイが肩を竦めて笑った。

「まぁ、お嬢様の目標額は間もなくクリアできそうですし……じゃあ据え置きで」
「ぇ、ほんと!? もう達成できそうなの!?」
「嘘は言いませんよ。ですが、このままもう少し稼ぎますからね」

 エリューシアが家を出る時の為にと始めた商売だが、実の所、目標額を達成した後は、店ごとジョイとアッシュに譲ろうと考えていたし、既にそう伝えてある。
 だから後は好きにして貰えば良いし、態々エリューシアに宣言する必要もないのできょとんとしていると、ジョイがじろりと睨んできた。

「兄にも確認して同意を得ていますから…俺達はお嬢様について行きますからね。多めに稼いでおけば、お嬢様が給金が~とか悩まなくて済むでしょ?」
「……!」

 エリューシアが固まったのを見て、してやったりとジョイがほくそ笑む。それを見て苦笑するしかないが、つい後回しになってしまった。今日はジョイに頼みたい事があったのだ。

「一人で何処かに行こうたって見逃してあげませんから」
「ふふ、はぁい……ところで話は変わるんだけど、少しお願いしたい事があるの……ただ、危険かもしれなくて」

 ちゃんと返事をしたエリューシアに、ジョイが満足そうに頷く。だが、続く言葉と共にエリューシアの眉間に皺が寄って行くのを見て、ジョイは表情を改めた。

「だから! その……危険になりそうに感じたら直ぐに手を引いて……お願い」
「お嬢様、俺が今までヘマをした事あります?」
「それは……ないけど…」
「でしょう? 兄アッシュよりその辺は上だと自負してるんですから、安心してお任せください。それで何を? 調査? 窃盗? 闇討ち? 暗殺?」

 ジョイが笑顔で言う言葉の物騒さに、エリューシアの方が反対に慌てて首を振った。

「調査だけ! そんな…窃盗とか闇討ち…暗殺なんて、これまで頼んだ事もないし、考えた事もないわよ…」

 むぅっと膨れるエリューシアに、ジョイが笑顔を深める。

「それで?」
「えっと……地方の方らしいのだけど、名前はフィータ・モバロ男爵令嬢…」

 お昼にバナン達から聞いた話…学院からの帰り道、メルリナから聞いた話…どちらにも出て来る『フィータ・モバロ地方男爵令嬢』…。
 これで気にならない方がおかしいだろう。

 最推し姉アイシアの安全と平穏の為にも、不穏の元凶の調査と対処は、エリューシアにとって最重要案件なのだ。





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