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5章 不公平の傍らで
狭間の物語 ◇◇◇ クリスとクリスとクリス2
しおりを挟むバルクリスは一度視線を落としてから瞼を閉じ、ゆっくりと首を横に振った。
「いや、その必要はない。
反対に聞いてくれるとありがたい…出来る事なら協力をお願いしたいんだ」
「……協力…ですか」
バルクリスの言葉に、ベルクは浮かせかけた腰を今一度降ろす。
「これから話す事は、まだ俺そうしたいと考えてるって言うだけで、実現するには色んな人達の協力が必要なんだ。
………頼む」
座ったままとは言え、過去の態度が嘘のように、バルクリスは深く頭を下げた。
それと同時に後ろに控えていたハロルドも頭を下げる。
室内がしんと静まり返り、皆が聞いてくれるとわかったのか、バルクリスはゆっくりと頭を上げてから話し出した。
「父上母上のやった事は貴族として、王族としてあるまじき行いだった。
御祖母様も王太后とは思えない事をしていた。
そして政は宰相ザムデンに放り投げていて、やってる事と言えば散財だけだ。
ザムデンの事は甘やかしてくれる良い臣下だと思っていたけど、色んな事を知れば知る程、あいつは俺達を隠れ蓑に、やりたい放題してたんだって見えてきた。
そうは言っても、あいつの場合結果を出してきているから、誰も何も言えない…。
なぁ…そんな王家って健全じゃないよな?
居る意味……ないよな?
俺はバカだったから何も疑問に思ったりした事なく生きて来たけど、俺は王子ではあっても王太子じゃない。
俺の立太子はザムデンが阻んでたんだ。
まぁ、こんな愚か者が王太子なんて、ちゃんちゃらおかしいってのも、今ならわかるんだけどな…。
王子教育も、今の教育係に教わるようになってから気付いたんだけど…俺は殆ど受けてない。
……義務も責任もなく、偉そうにしてるのは楽しかったさ……だけど、それじゃダメだったんだってのも、今は理解してる。
だから俺は…俺達は…王族なんて……なっちゃいけないんだ。だから…」
「だから逃げると言うのかい?」
大腿に肘をついて両手を組んでいたクリストファが、冷ややかに問う。
それにグッと息を詰めるバルクリスを見て、マークリスが困惑してしまった。
「クリス…バルも……」
そんなマークリスを無視して、クリストファは続ける。
「気づいたのなら足掻けば良いだろう?
君は王族として受けてきた恩恵を、何一つ返す事もしないまま逃げると言うつもり?」
自分でも思った以上の冷ややかさに驚いたのか、クリストファが唇を噛みしめた。
情けない事だが、理由はわかっている。
バルクリスにとって叔父上……つまり、クリストファにとっての父親であるリムジールの事だ。
顧みられる事なく儚くなったコフィリーや、これまでの自分への扱いを思えば、期待する事等疾うに諦めていたと思っていたのに、バルクリスからリムジールが度々彼を訪れていたと聞いて、図らずも胸が痛くなってしまったのだ。
同じ血を分けた子である自分より、兄の子であるバルクリスを気にかけていたと言う事実は、思った以上にクリストファにダメージを齎していた。
そしてそんなダメージに、今更狼狽えてしまう自分も…クリストファには認め難い。
まるで聞き分けのない幼子のようではないか……。
リムジールとチャズンナートの目がない所で、母シャーロットは言った。
痛苦を耐えるような微笑みを浮かべた複雑な表情で、父は…父リムジールも縛られているのだと、そのせいで不遇を強いてしまって済まないと…。
コフィリーを、そしてクリストファを救えなくて済まないと……シャーロットのその表情を見て、自分には父は居ない…『父上』と呼ぶだけの上官だと、『兄上』と呼ぶだけの他人だと……そう思おうと決めた。
だから、気にかけてくれる母の迷惑にならないよう、家を出て一人で生きていくのだと決めたのは自分なのに。
「それが僕を呼んだ理由だと言うなら、僕は……僕には…出来る事等ないよ。
グラストンの力を借りたいのであれば、父上か兄上に声をかければ良いんじゃないかな。
それじゃ僕は先に失礼する。他言はしないから、そこは安心してくれて良いよ」
「待ってくれ!」
ソファから立ち上がり、部屋を出るべく足を進め始めたクリストファを、バルクリスがテーブル越しに身を乗り出すようにして、その腕を掴んで止めた。
「頼む、待ってくれ!
俺…俺を見てくれよ……こんなくすんだ髪色で……クリス、お前だけなんだ!
今この世界に、この国の王色を持って生まれたのは……お前だけなんだよ!」
腕を掴まれた事以上に、バルクリスの泣きそうな叫びに、クリストファの足が止まる。
「クリス、お前も知ってるだろ? お前だけじゃない、この国に生まれた者なら誰だって知ってる。
この国は精霊の姫が降嫁して下さった事で、精霊の庇護を得る事の出来た国だって言われてる。
その証拠のように取沙汰されるのが、金と銀の色だって……。
王家の者に現れる金髪と、公爵家に現れる銀髪……どっちもそこから出てしまったら、次代にその色は決して出る事はないって…。
なのに王族籍を抜け、臣籍降下した叔父上の子に……お前に王色がでた。
だから……きっと、精霊はお前こそが次代の王に相応しいって思ってるんだ。
俺だって欲しかった…誰にも何も言う隙を与えない程の王色、精霊に認められたって言う証が…俺だって欲しかったさ!
だから銀の妖精姫が欲しかった………。
自力で認められないなら、妖精姫を手に入れる事だけでも…なんて考えたのは浅はかだったけどな……
……選ばれたのは俺じゃない……。お前なんだ、クリス……。
妖精姫も…そうなんだろ?」
「……彼女は……」
クリストファは、エリューシアの宝石の紫眼を思い浮かべた。
小淑女アイシアの妹なだけあって、その顔にも瞳にも、思う程感情を滲ませないエリューシア。
直接的に言った事はない。
言おうとした事はあったけど、その機会には邪魔が入って、結局クリストファは自分の気持ちを伝えた事はない。
結果的にはそれで良かったと思っていた。
もう後数年でクリストファは家を出る――つまり平民になるのだ。
その為に冒険者登録も済ませているし、何の予定も入らなかった休日は稼ぎにも出たりしている。
勿論この容姿はしっかりと覆い隠した上でだが…。
おかげでそこそこの金額は既に貯まっている。
だがその時に彼女を、エリューシアを連れて行けるかと問われれば、答えは否だ。
精霊の加護を持つエリューシアは、次女であってもこの国から出る事は許されないだろう。
その時、クリストファの脳裏を掠めた黒い願望に、彼自身が嫌悪で吐き気を覚えた。
思わず口を手で押さえ、身体に震えが走る。
―――もしバルクリスの提案に乗ったなら?
ダメだよ、僕は母上や皆の迷惑になってはいけないんだ。
それに僕の感情を優先すると言う事は、彼女の…エリューシアの感情を無視する事になってしまう。
彼女は僕の事なんて、友人程度にしか思っていない。
―――もし平民とならずに済むのなら、彼女を手に入れられる?
だから…ダメなんだ。
今だけ、学生の間だけ、傍に居る事を、名を呼ぶ事を許してくれれば……。
―――だけど、彼女が欲しいのだろう?
欲しい……
―――彼女でなければだめなんだろう?
そう、彼女は僕自身を見てくれた。
あの辺境で、傷だらけの僕を治療し、一緒に遊んでくれた。
母とも、乳母ニーナとも、従者で乳兄弟のシディルとも違う。
寂しいと感じた時に傍に居てクレた。
幼子のような感情もあって普通なのだと、笑ってくれた。
姿は偽りデモ、心は本当ナのだと信じられた。
だカラ、欲しイノはエリューシアだケ……
それナノに、オ前ハ彼女を、ソノ黒イ、自分勝手ナ情動に巻キ込ムノカ?
クリストファの意識がプツリと……切れた。
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