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5章 不公平の傍らで
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しおりを挟む今となっては、リムジールがクリストファの話に興味を持たなくて良かったと、シャーロットは心底思っている。
もし興味を持って聞いてくれていたなら、シャーロットはすっかり話してしまっていただろう。
そんな愚を犯さずに済んだ。
あの日、4年に上がって初の登校日…と言っても、クリストファは学院生になってから寮に居を移し、長期休暇にもグラストンの邸には殆ど帰って来る事はない。
だから真っ青な顔で意識を失っているクリストファを送り届けてくれた、ニゾナンデラ侯爵家の者から話を聞くまで、その日が4年になってからの初登校日だったなんて知らなかった。
ニゾナンデラ侯爵家は学者や教師を多く輩出している家門で、シャーロットも外交の為に資料集め等で何度かお世話になった事がある。
とは言え、学院の一教師でしかないサキュールとは面識がなく、使用人がニゾナンデラ侯爵家の馬車が…と困ったように駆け込んできた事に、シャーロットは戸惑いを隠せなかった。
使用人の方も、予定のない客人は追い返す事が常なので、『ニゾナンデラの者』としか名乗らない不審者にも、変わらぬ対応をしてくれたようなのだが、馬車から相手が『せめて言伝を』と頼んでくれた事が幸いした。
使用人が『奥様への言伝を預かりました』と持ってきたのは、クリストファの私物だった。
言伝を預かってきた使用人も彼女だった事が、今にして思えば運が良かった。
偶々近くに居たその使用人は、クリストファの乳母も務めてくれたニーナと言う女性で、今も乳兄弟で専属従者となった(はずの)シディル共々、クリストファに仕えてくれている。その彼女だったから、言伝られた品がクリストファの物だと気付く事が出来たのだ。
それで学院にニゾナンデラの者が働いている事を思い出し、合点がいくと同時に、慌てて馬車止めへ走ったのだ。
そこからはシャーロットが自分でも驚くほど、怒涛の勢いで動く事になった。
それと言うのもサキュール・ニゾナンデラと名乗った学院の教師から、クリストファが倒れる事になった事情を聞く事になったから…。
まさかあの愚かな王子殿下が、両親共々王族籍を返還する事を考えていただなんて、思いもよらなかった。
勿論、現王家の者が揃って王籍離脱等、全く前例のない事である以上、どう転ぶかわからない。
わからないが、話を聞くうちに、シャーロットの中で『あっても良いかもしれない』という考えが頭を擡げ始めた。
グラストンに居ても、クリストファは飼い殺されるか食い潰される。
恐らく本人もそれをわかっているし、何となくだが成人を迎えれば…学院を卒業してしまえば、クリストファは何処かに消え去ってしまう…そんな予感がシャーロットにはあった。
何一つ、相談さえしてくれない次男に悲しくなってしまうが、そんな細やかな事さえ出来ない程追い込んだのは自分達だと思うと、唇を嚙むしかない。
グラストンの…リムジールとチャズンナートの手の届かない所へ、まず避難させる。
確かにバルクリス王子の言う事には一理あるのだ。
王族籍を離れたリムジールの血統に、本来なら王色が出るはずはない。
これまでは偶々だったのかもしれないが、現在に至るまで一度として出なかったのだから、そう言うモノだと認識していた。
それを盾とするにはまだまだ脆弱だし根回しも必要だろうが、貴族たちの賛同は得やすいはず。
だがその話が表に出て、実際に検討する事になれば、恐らくリムジールとチャズンナートが騒ぐだろう。リムジールは嫡男至上主義だし、チャズンナートもそれにどっぷりだ。
シャーロットとてチャズンナートが可愛くない訳ではない。それに我が子を忌避する等、本来あってはならない事だ。
しかし……
その嫡男の我儘のせいでコフィリーは寂しくこの世を去った。
その嫡男の我儘のせいでクリストファは孤独を選んだ。
だからシャーロットは選択する。
自分を醜聞から救ってくれたリムジールと、自分の事しか考えないチャズンナートに背を向ける事を。
そしてクリストファを逃がした後は……
「……修道院にでも行こうかしら……これまでの所業への処罰としては、少しばかり軽すぎる気もするけど……
でも…何にせよ、それは今じゃない。まだやらなければならない事があるわ」
シャーロットの母親であるベルモール前公爵夫人なら……公爵家に暴君の如く、自分がルールだと家内の者を押さえつけ、君臨していた父親は疾うに彼岸へ旅立っているし、公爵家をあっさりと兄夫婦に委ねた彼女なら、一時的にでもクリストファを匿ってくれるのではないかと考える。
サキュールが退散する前に、何か聞かれたら口裏を合わせて欲しいと頼み込む。
元々外交の資料集めや整理に、ニゾナンデラ侯爵を紹介してくれたのは、母であるベルモール前公爵夫人、シャネッタ・フォン・ベルモールなのだ。
ニゾナンデラ経由で母親の体調不良を聞いたとでも言えば、転移紋の使用許可を願い出るには十分な言い訳になるだろう。ニーナも協力してくれるはずだ。
シャーロットは自分を鼓舞するように、一人小さく頷いた。
今日も今日とて、夕刻にはお使い魔具の蜘蛛五郎君が戻ってきた。
地味に数が増えているのは、行き来の間に捕食動物等の災難にでも見舞われているのか、足がもげたり腹部が破損してたりするせいだ。
命ある生物ではないので、少々の破損程度なら問題なく動ける為、エリューシアの手元に戻って来る事は可能なのだが、破損具合によっては折角拾った声(決して盗聴と言ってはいけない、いいね?)が聞けなくなったり、最悪魔石が壊れるか外れるかすれば、戻って来る事も出来なくなってしまう。
それ故現在強化案を考えているのだが、これがなかなか難しい。
強度を上げようとすれば重量が増えてしまい、動きに支障が出てしまう。
軽い…それこそ前世であったような合金、他にはセラミックやプラスチックと言った非金属があれば話は早いのだが、早々都合良くはいかない。
蜘蛛五郎君の拾って来た音声を聞きながら、あーでもない、こーでもないと、素材を変えたりしていると、ふと、再生音声ではない何かが扉の方から耳を掠めた。
今日は借り上げ邸の自室で蜘蛛五郎君を迎えたので、忙しい夕刻にエリューシアの自室付近に居る可能性があるのは、アイシアかヘルガくらいだ。
オルガはエリューシアの世話があまりかからないので、この時間は厨房の手伝いや訓練に忙しくしており、あまり来る事はない。
作業の手を止めて扉の方へ向かう。
隙間から覗き見るようにそっと扉を開ければ、アイシアの部屋の前で盛大な溜息を零しているヘルガの姿が見えた。
いつも穏やかに微笑んでいるヘルガのそんな姿は珍しい。思わず扉を大きく開いて声をかける。
「ヘルガ、どうかしたの?」
「あ、エリューシアお嬢様…いえ、その……あぁ、どうすれば良いのかわからなくて」
胸の前で祈るように両手を組み、情けなく眉尻を下げて狼狽えるヘルガの様子に、これは話を聞いた方が良いだろうと考える。
「何かあったの? 備品か何かを壊しちゃったとかかしら?」
冗談交じりにそう言えば、ヘルガはぶんぶんと音が鳴りそうな程、勢い良く首を横に振った。
「違います! その……アイシアお嬢様が…」
エリューシアの眉がピクリと跳ね上がる。
「……シアお姉様に何かあったの…?」
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