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5章 不公平の傍らで
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しおりを挟むどうやらジョイは本当に戻ったばかりのようで、今は借り上げ邸内にある自室で待機しているらしい。
直ぐに話を聞きたい気持ちはあるが、戻ったばかりで疲れているだろうジョイに無理をさせる気にはなれず、翌日店の方で話を聞く事にした。
授業が終わるや、エリューシアは直ぐにアイシア達とは別行動をとり、王都にある店へと密かに転移した。
別行動をとろうとした最初の頃は、当然のようにアイシアを筆頭として、オルガ、メルリナも良い顔はされなかったし、止められた。それを『転移があるから』と押し切ったのは、もう随分と以前になる。
普段は学院の敷地内から出る事もなく過ごしていたので、危険な目に遭う可能性も低かった。学院内に居た不穏分子も姿を見なくなって久しい事もあり、過保護とも言える警備体制は、いつの間にか、かなり緩くなっている。
今となっては過去の厳戒態勢は『そんな事もあったね』という、思い出話になりつつあった。
それを受けてと言う訳ではないのだろうが授業が終わった後、別行動となった日は、アイシア達も学院近くの商店通り等に足を延ばす事もあるようだ。
勿論オルガやヘルガ、時には騎士達と言う護衛にガッツリ囲まれた上でだが…。
それでもずっと学院敷地内というのも味気ない。折角の学院生生活に少しくらい楽しみがあっても良いと思うので、良い傾向だ。
いつものように店の裏部屋…実験室と言っても問題ない風情だが、そこに転移する。一瞬だけ音漏れを防ぐ魔具の動作を切れば、薄い扉越しに会計をしている声が聞こえてきた。
今はお客が来店していると言う事がわかり、エリューシアは魔具を再び起動させて作業台で何やらし始める。
そうこうするうち、ノックの音がして薄い扉が開かれた。
「お待たせして済みません」
久方ぶりのジョイである。
「そんなに待ってないから気にしないで。店の方は良いの? なんだかんだで忙しいみたいだけど」
「全く問題ないですよ。お嬢様が作ってくれた魔具のおかげで、ずっと店に居なきゃいけない訳じゃないですし」
奥まった場所で知る人ぞ知ると言う、特に宣伝も何もしていない経営をしていたのだが、口伝でいつの間にか評判は広まっていたようで、徐々に客は増えていった。とは言え、忙しいからと言って安易に人手を増やす事も難しい。
店舗の薄い壁の奥には、エリューシアの実験室と言うか製作室兼保管庫があるし、それ以前に、仮にも公爵令嬢がいる場所に下手な人物は近づけられない。
その為ずっとジョイかアッシュが1人、もしくはその2人で切り盛りしていたのだ。
エリューシアとしては従業員を雇ってもらって良かったのだが、アッシュとジョイが断固として反対するので、苦肉の策だったのだが…。
店のシステムと商品の説明を、音声でしてくれる魔具を置いたのだ。
張り紙では識字率が低いと言う問題もあり、現実的な対策とは言えない。
そう言うのが必要なのは初来店の客だけで、常連客には耳障りになってしまいかねないのだが、これはアーネストが案内してくれたスヴァンダットの雑貨屋で貰った、ブローチ型魔具がヒントになった。
今後も利用してくれそうな客には、次回来店時に利用できるクーポン券として、案内魔具が認識できるモノを渡す事にしたのだ。
スヴァンダットの雑貨屋で渡されたような、高価な銀細工アクセサリー形態の魔具は、あの店だから可能なのである。
羊皮紙やインクと言った消耗品だけでなく、高額な筆記具や魔具そのものを扱う店だったので、販売以外にも修理等でも収益が見込めるのだ。その為、少々値が張るモノを渡しても、客がそれを売ったりする可能性は少ない。
それを持っていれば商品は勿論、修理等も2割引きになるのだから、手放す理由がないのだ。
しかしエリューシアの店は魔具の販売は見合わせていて、扱うモノはポーションや薬草と言った消耗品ばかりだ。
ふらりと立ち寄ってみたとしても、次回も来るかどうかわからない客に、高価な魔具を進呈する気にはなれなかった。
それ故、魔具の方は店舗に置くだけにして、客には魔具が認識できる印をつけたクーポン券として渡す事にしたのだ。
とまぁ、そんな話を詳しくする必要もないだろうが、そんなこんなで店舗には魔具が置いてあって、ずっとジョイやアッシュが店内に張り付いている必要はないのだ。
「役に立ってるみたいで、良かったわ。
それで…早速で申し訳ないんだけど、報告して貰って良いかしら?」
「はい。
最初の報告の通り、フィータ・モバロという人物は実在しています。
10歳頃奉公に出た後は手紙のやり取りだけで、生家に帰省してきた事はないとの事でした。
奉公先ですが、ナイワー伯爵家出入りの商会からの紹介で、王都のソンバ商会の商会長の家に入ったとの事です。
その後手紙で奉公先が変わったと連絡があり、良く働いた事を認められて伯爵家に紹介をして貰えたそうです」
「そう、その伯爵家の名前はわかってるの?」
「はい、ズモンタ伯爵と言う名で、王都の「なんですって」…ぁの、お嬢様?」
思わず遮るように声が漏れてしまう。
ここでズモンタ伯爵家の名を聞く事になるとは思わなかった。
「ぁ、あぁ、ごめんなさい、続けて貰って良い?」
「はい。
そのズモンタ伯爵家に入った後、暫くは手紙もそれなりに来ていたらしいのですが、ここ半年程は梨の礫と言う話です。
それとは別ですがナイワー伯爵領で気になる話を聞きました。
お嬢様は辻褄の合わない死体と言うか、誘拐や殺人の話を気にかけていらっしゃいましたよね?」
エリューシアは目を瞬かせながらも頷く。
「ぇ?……ぁ、えぇ、気になる事があって…」
「半年程前に干からびた死体を引き取った者が居ると言う話だったので、そちらも調べてきました。
引き取った者は、ナイワー領のスラム街で顔役と言うか…その…」
急に言い渋るジョイに、エリューシアは首を傾けた。
「ぁ~、あのですね…その女性達を従えると言うか…働かせると言うか…強制って訳でもないらしいんですが……くぅ、どう説明すれば良いんだ…」
ジョイが頭を抱えている様子を、困ったように眺めながら考える。
女性達を働かせていて、スラム街の顔役で、ジョイが言い渋るとなると……。
「あぁ娼館の支配人と言った所かしら? でも…そうね…強制でもないと言うと娼婦達のまとめ役って感じかしら?」
幼いと言ってもまだ通りそうな年頃の貴族令嬢としては、憚られる言葉だとは思うが、エリューシアは事も無げに口にした。
反対に、ジョイの方が可哀想になる程狼狽えている。
「…ぁ、ぁぁ……ぃ、ぃや…ああぁぁ、お、お嬢様が…お嬢様が口にしてはいけない言葉ッ、言葉でッ!!…」
「そう?」
ガックリと項垂れたジョイには申し訳ないが、続きを早く聞きたいエリューシアは無情に先を促した。
「あぁもう!……えっとですね、娼婦達からオババと呼ばれている老女なんですが、半年ほど前に小さな死体を引き取ったそうです。
布にくるまれて、馬車で運ばれたので娼婦達が覚えていたんですが、布から覗いた身体の一部が干からびているように見えたとの事でした!」
開き直ったように叫んだジョイだったが、まだ開き直り切れていないのか、耳端が薄っすらと紅潮している。
ふふん、初心で可愛いらしいものね――と、何となくほっこりするエリューシアであった。
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