119 / 157
5章 不公平の傍らで
20
しおりを挟む「と言う事は、死体を運んできた馬車があると言う事ね? ならその馬車を調べれば色々と分かるかも「ちょっと! ちょーーーーーっと待ってください!!」ん?」
さっきとは逆にエリューシアの独り言のような呟きを、ジョイが叫びで遮った。
「本当に待ってください……ぃぇ、お嬢様の言葉を遮ったりするなんて使用人にあるまじき行為だとわかってるんですが、さっきの反応について説明してください」
「さっきの反応?」
心当たりが本当になく、エリューシアはこてりと首を横に傾けた。
「さっきズモンタ伯爵の名を出した時の反応です……お嬢様、ズモンタ伯爵の名に何か心当たりがあるんですね? どう言う事です?」
そんな些細な事を気に留めていたとは思わなかったので、思わず小さく『ぁ』と声が洩れるが、これは失態だった。
あくまで学院内の事だったし、バルクリス絡みなら兎も角フラネアの事は面倒と思いこそすれ、そこまで危険視していなかった。その為ジョイは勿論、アッシュにも特には話していなかったのだ。もしかしたら学年の違うヘルガやセヴァン達の耳にも、エリューシアの反撃の一件はわからないが、それ以外のいざこざ部分は届いていないかもしれない。
そんな程度の事だったのだが、ここに来てソレを咎められるとは思わなかった。
結局入学初日のあれこれに始まる一切合切を、悉く話す羽目になってしまった。
「ったく……お嬢様、そう言う事は隠さずお話しください…。
俺も兄もお嬢様の身の安全が第一なんです。お嬢様を守れなかったら、俺達は何の為に居るのか……」
ギュッと眉根を寄せているジョイに、エリューシアはしゅんと萎れ切った。
「ごめんなさい…以後は気を付けるわ」
「本当ですね?」
「えぇ、でも隠していたつもりはないのよ? ただ大した事ではないって…」
「良いから全部話してください」
「ぁ、ハイ……」
反省しているエリューシアの姿に、ジョイは口元をやっと綻ばせる。
「では報告を続けますよ」
「ぁ…えぇ! お願い」
小雨が降る昏い空を、酒場の軒先で目深に被ったフード越しに見上げる。
思わず押さえた胸元には、その懐に2通の手紙が入っている。
1通は王都の警備隊隊長ヨラダスタンからの物。
もう1通は王都の裏社会を牛耳るヤーコフ・ザルカンからの物。
出来るだけこんな物を使う事なく調査を終えたいが、如何せんここはジョイも初めて訪れる地なので、どう転がるか予測がつかない。
ここはナイワー伯爵領。
その領都ナバオルに近い町の一つでブクーと言う名らしい。
ブクーに辿り着く前まではモバロ男爵の事を調べていたのだが、そちらは存外すんなりと調査が進んだ。
女装して友人だったと言って近づけば、家族他から情報を得る事は容易かった。
ついでにフィータ・モバロが幼い頃の家族の絵姿も、父親本人から届けてやってほしいと託されたくらいだし、表経路用のヨラダスタン隊長の手紙も裏経路用のヤーコフの手紙も、念の為にと貰って来たが、ここまで全く使う場面等なかった。
そして、これ以上何も出て来なくなったので、王都に戻ろうとしていた所に、奇妙な死体の話を小耳に挟んだのだ。
ジョイは自分の主として絶対の忠誠を誓うエリューシアが、どういう訳か奇妙な…猟奇的と言ってもいい様な事件や死体の事を気にかけている事を知っている。なので、ついでとばかりにソレを調べるべくブクーにやってきたのだ。
「さて、どう調べるかな…こんな時間だし、調査は明日からって事になりそうだけど…しくった……」
溜息交じりに呟くジョイは、本気で苦り切っていた。
ブクーは領都にほど近い町の一つではあるのだが、近くに大きめの町が新たに出来た事で、かなり寂れた場所となってしまっていた。
ほぼ住人のみが使うような酒場では、聞き込みも上手くいくかどうか甚だ疑問だ。
余所者と言うだけで警戒されるのが目に見えている。
何よりジョイが嘆いているのは、宿がないと言う事だ。
ジョイ自身は野宿だろうと何だろうと全く気にならないのだが、敬愛してやまないエリューシアから『ちゃんと宿に泊まって身の安全を確保するように』と厳命されているのだ。
しかしないモノはない。
適当な空き家を見つけて、そこに潜り込むとするかと決め、小雨の中へと1歩踏み出した時、女性の声が追いかけてきた。
「ちょっと、アンタ、待ちなよ」
まだ何も咎められるような事はしてないんだがと怪訝に思ったが、こんな酒場の前で揉め事を起こすのも気が引けた。
足を止めて振り返ると、少々恰幅の良い、だけど無駄に白粉臭い中年女性が立っていた。
その女性が少し屈み気味に顔を寄せて来る。
途端に強くなる白粉の臭いに噎せそうになるが、それを何とか堪えていると…。
「(アンタ…どっからこの町に来たのか知んないけどさ…女の子だろ?
こんな所で1人で突っ立ってるって……もし商売しようってんなら、ここはアタイらの場所なんだ。余所に行っとくれ)」
なるほど…と、ジョイは一人納得した。
彼女は…いや『ら』と言っていたから『彼女達』と言うのが正解なのだろう。その彼女達は、恐らくこの場所を縄張りにしている、娼婦だろうと目星を付ける。
そして余所者のジョイが女の子だと踏んで、自分達の場所を荒らすなと言いに来た訳だ。
別に彼女達の商売敵になるつもりはない。
もしそんな事を片鱗でも考えたら、エリューシアを悲しませるのはわかっているから、絶対に考えもしない、今は……。
ジョイは自分の容姿の事を熟知していているので、もしエリューシアから捨てられたら、そんな道に堕ちても良いかと考えた事はあるのだが、それは絶対の内緒だ。
ジョイはすっと自分の喉元に軽く手を添える。
目の前の娼婦を見上げて、ゆっくりと首を横に振った。
「ごめんなさい。あたし…お姉ちゃんを探して旅をしてるんです。
だからお姉さん達の仕事場を荒らすなんて、しません……ここも、雨宿りさせてもらってただけで…」
憐憫を誘うような、か細い声で俯き気味に返事をすれば、途端に娼婦の態度が変わった。
威嚇するようにでっぷりとした胸を逸らしていた女性が、再び身を屈めて顔を近づけてきた。
「やだよ、アタイったら。
悪かったねぇ。
……それにしてもアンタ、姉ちゃんを探してって……何かあったのかい? 人それぞれ事情ってのはあるだろうし、深く詮索するつもりはないんだけどねぇ。
アンタみたいな、こう…守ってやりたくなるような雰囲気に弱い男は多いからさ、仕事じゃないんなら…あぁ、そうだ」
娼婦は何か思いついたようにパッと顔を上げた。
「アンタの事、疑って、脅しちまったからねぇ、その詫びだ。
ちょっとここで待ってな」
彼女は身を翻したかと思うと、店の中へ入って行った。
そう待たずに戻ってきた娼婦は、戻るや否や、ジョイの肩に手を添えた。
「今日はアタイの隣の部屋で休んでいきな。
この町…もう町なんて言える程人も多くないけどねぇ…まぁここには宿なんて気の利いたモンはないんだよ。
で、この酒場が宿替わりなんだけど、旅人が来るような場所でもないし、アタイらが使わせてもらってんのさ。ま、持ちつ持たれつって奴さぁね。
お代も気にしなくていい。アタイからの詫びだからね。
さぁ、入った入った」
ジョイは一言も口を挟む暇を与えられないまま、酒場の扉を潜る事になってしまった。
25
あなたにおすすめの小説
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
水しか操れない無能と言われて虐げられてきた令嬢に転生していたようです。ところで皆さん。人体の殆どが水分から出来ているって知ってました?
ラララキヲ
ファンタジー
わたくしは出来損ない。
誰もが5属性の魔力を持って生まれてくるこの世界で、水の魔力だけしか持っていなかった欠陥品。
それでも、そんなわたくしでも侯爵家の血と伯爵家の血を引いている『血だけは価値のある女』。
水の魔力しかないわたくしは皆から無能と呼ばれた。平民さえもわたくしの事を馬鹿にする。
そんなわたくしでも期待されている事がある。
それは『子を生むこと』。
血は良いのだから次はまともな者が生まれてくるだろう、と期待されている。わたくしにはそれしか価値がないから……
政略結婚で決められた婚約者。
そんな婚約者と親しくする御令嬢。二人が愛し合っているのならわたくしはむしろ邪魔だと思い、わたくしは父に相談した。
婚約者の為にもわたくしが身を引くべきではないかと……
しかし……──
そんなわたくしはある日突然……本当に突然、前世の記憶を思い出した。
前世の記憶、前世の知識……
わたくしの頭は霧が晴れたかのように世界が突然広がった……
水魔法しか使えない出来損ない……
でも水は使える……
水……水分……液体…………
あら? なんだかなんでもできる気がするわ……?
そしてわたくしは、前世の雑な知識でわたくしを虐げた人たちに仕返しを始める……──
【※女性蔑視な発言が多々出てきますので嫌な方は注意して下さい】
【※知識の無い者がフワッとした知識で書いてますので『これは違う!』が許せない人は読まない方が良いです】
【※ファンタジーに現実を引き合いに出してあれこれ考えてしまう人にも合わないと思います】
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾もあるよ!
◇なろうにも上げてます。
心が折れた日に神の声を聞く
木嶋うめ香
ファンタジー
ある日目を覚ましたアンカーは、自分が何度も何度も自分に生まれ変わり、父と義母と義妹に虐げられ冤罪で処刑された人生を送っていたと気が付く。
どうして何度も生まれ変わっているの、もう繰り返したくない、生まれ変わりたくなんてない。
何度生まれ変わりを繰り返しても、苦しい人生を送った末に処刑される。
絶望のあまり、アンカーは自ら命を断とうとした瞬間、神の声を聞く。
没ネタ供養、第二弾の短編です。
ダンジョンに捨てられた私 奇跡的に不老不死になれたので村を捨てます
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
私の名前はファム
前世は日本人、とても幸せな最期を迎えてこの世界に転生した
記憶を持っていた私はいいように使われて5歳を迎えた
村の代表だった私を拾ったおじさんはダンジョンが枯渇していることに気が付く
ダンジョンには栄養、マナが必要。人もそのマナを持っていた
そう、おじさんは私を栄養としてダンジョンに捨てた
私は捨てられたので村をすてる
悪役令嬢の慟哭
浜柔
ファンタジー
前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。
だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。
※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。
※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。
「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。
「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。
悪役令嬢はモブ化した
F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。
しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す!
領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。
「……なんなのこれは。意味がわからないわ」
乙女ゲームのシナリオはこわい。
*注*誰にも前世の記憶はありません。
ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。
性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。
作者の趣味100%でダンジョンが出ました。
転生したので好きに生きよう!
ゆっけ
ファンタジー
前世では妹によって全てを奪われ続けていた少女。そんな少女はある日、事故にあい亡くなってしまう。
不思議な場所で目覚める少女は女神と出会う。その女神は全く人の話を聞かないで少女を地上へと送る。
奪われ続けた少女が異世界で周囲から愛される話。…にしようと思います。
※見切り発車感が凄い。
※マイペースに更新する予定なのでいつ次話が更新するか作者も不明。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる