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5章 不公平の傍らで
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しおりを挟む馬車の扉が開かれ、アッシュが先に降りると、何やら微かなどよめきが耳に届いた。
恐らくメフレリエ邸のメイド達なのだろう。
訪問の為に先触れを出してあったし、出迎えの為に整列でもしてくれていたと思われる。
何と言っても攻略対象なのだから、美形である事は間違いない。だからこそ視界に入ったアッシュにどよめいたのだろうが……先触れの時はどうしたのだろう?
アッシュではない別人がここまで走ってくれたのだろうか…まぁ借り上げ邸…それどころか公爵家ではよくある光景だ。
騎士達も自分の馬を何かにつけて走らせたがるようで、よくメイドや従者の外回りの仕事を横取りしているらしい。
しかし仮にも侯爵家のメイドがそれで良いのかと思わなくはない。
(まぁ、我が借り上げ邸のメイド達もジョイにはメロメロだし……可愛いとか美しいって言うのに弱い女性は、存外多いって事なのだと思う事にしましょう)
続いて咳払いが聞こえ、どよめきがピタリと静まった。
メフレリエ家の執事か何かが、咳払いでもって諫めたのだろう。それですぐ静かに出来るならマシな方だと、微かに口角を困ったように上げたエリューシアだが、伸ばされていた手に気付いて、表情を改めた。
アッシュが、支えるべく伸ばした手をなかなか取らないエリューシアに、心配そうに声をかける。
「お嬢様? 馬車がそんなにお辛かったですか?
立つ事は可能でしたら、私が抱き下ろしますが…」
心底心配してくれているのは声音でわかる。わかるのだが、内容は吟味してから発言して欲しい。
さっきのどよめきが聞こえていないはずはなく、普通自分がどよめきの原因だと察していれば、そんな火に油を注ぐような事は言わないと思うのだが……。
「ありがとう、大丈夫よ」
そう返し、差し出された手に自身の手を委ねて馬車からゆっくりと降りる。
ふっと通り抜けた風は爽やかで、エリューシアの髪を揺らした。
ただでさえ淡く発光する見事な銀髪が、陽光を受けて揺れればキラキラと煌めく。そんな現実感を伴わない光景に、今度はメフレリエ家側の者達が目を見開いて固まっていた。
(あぁ……まぁお気の毒ではあるわね。こんな発光する髪を持つ人間なんて見た事ないでしょうし…。とりあえず『ごめんなさい』)
邸や学院からほぼ出ないし、出たとしても殆ど転移で済ませるので、こういう反応は久しぶりで新鮮だ。
「ラステリノーア公爵家第2令嬢様、お待ちしておりました」
先程咳払いで場を引き締めた執事だろう。
お仕着せをビシリと着こなした初老の男性が、恭しく一礼する。
それに伴って後ろに控えたメイド達も、揃って頭を下げた。そこへざわめきが近づいてくる。
「なかなか来ないものだから、来てしまいましたわ。無作法をお許しくださいな。
あぁ、でも本当に精霊が舞い降りたかのようね」
「お、奥様!」
執事が『奥様』と言うからには、メフレリエ侯爵の細君だろう。愛人がいると言う話も聞いた事がないから、ほぼ間違いないはずだ。
「初めまして、ラステリノーアが公爵家が次女。
エリューシア・フォン・ラステリノーアにございます
本日は急なお願いにも拘らず、お時間を下さり本当にありがとうございます」
「ようこそ、そして初めまして、ですわね。
メフレリエ当主ゲウートの妻オルミッタと申します。
随分暖かくなったとはいえ、こんな所では何ですから…あぁ、少し肌寒く感じるから…」
てきぱきと使用人達に追加の指示を飛ばすオルミッタを見ながら、エリューシアは反応に困っていた。
それと言うのも、瞳の色は違うのだが、混乱しても仕方ない程ギリアンにそっくりなのだ。いや、違う…ギリアンの方が彼女にそっくりだと言う方が正しいだろう。
ゲウート・メフレリエ当主の妻と言う事は、ギリアンの母君なのだから。
ギリアンが性別を変えたかと困惑しそうになる程そっくりな女性の登場にも驚いたが、何故か周囲に飛び交う精霊達が更に少なくなってしまい、エリューシアは内心狼狽えていた。
その間にも周囲は次の行動に移っており、オルミッタの指示もあっていつの間にか、馬車止めにはエリューシアとサネーラ、オルミッタとメイドの4人だけになっていた。
返す本と手土産はアッシュが管理してくれていたから、問題なく手渡っていると思うが、過程を見ていないので少々不安に駆られる。
「お待たせして申し訳ありません。
案内は私がさせて頂きます。
王都の邸にはあまり使用人を置いていないものですから……差配も本来でしたらお客様の前で等恥かしい事なのですが、お許し頂けましたら有り難いですわ」
嫌味とかではなく事実を述べているだけだろう。
その目には嫌な色は見当たらない。
相手の顔色他を、軽く確認判断しただけでは到底不十分なのだが 正直そちらに気を割いている余裕が、今のエリューシアにはなかった。
何時もなら視界に煩い程飛び交う精霊が、ここまで少なくなった事等これまで一度もなく、思った以上に不安になっていると、視界の端に桜色が見えてエリューシアはホッと胸を撫で下ろした。
「いえ、こちらこそお手数をおかけして申しわ………」
その後の言葉が続かなかった。
ちらりと視界に引っかかった桜色は素早く上空に舞い上がってから、徐々にその高度を下げてきたのだが、それにつれてゆっくりと光を増し、大きくなっていった。
「「「「…ぇ」」」」
声に顔を向ければ、エリューシア以外の3人も零れんばかりに目を見開いていた。
エリューシアの目の高さで留まる様に浮遊する桜色の光球は、いつもの2倍程の大きさだろう。
ふよふよと浮かぶそれに、思わず手が伸びた。
エリューシアの指先が光の端を掠めた時、弾けるように光が霧散する。
「………ぇ……ァ、アマリア?」
桜色が弾けた中心から現れたのは、白い世界に一人で居るはずの女性。
その女性幽霊が、半透明ではあるものの、掌サイズにまで小さく圧縮された状態で浮かんでいるのだ。
想定外も甚だしい状況に、エリューシアの思考は全く追いつかない。
他3人も見えているらしい事、『アマリア』と名を零した瞬間オルミッタの目が更に見開かれた事、それ以外の諸々にも何一つ気付かないまま、エリューシアは目の前の小アマリアを凝視して、全ての意識を向けていた。
【きゃぁ♪ ほんとに外界だわ!】
「……ぁ…本当に……アマリア?」
【きゃぁ♪ エルルだわ! って……エルルってばいつの間にそんなに成長したの?】
「いつの間にと言うか……アマリアの方が小さくなってるだけだと思うのだけど」
【なんですって!? あらぁ、早とちりなんて恥ずかしいわ……私の方が小さくなってたのね。
でも本当に外界に出られて、しかもお話も出来るなんて! なんて素敵なの!!
……ぁ、でも……私が精霊達の力を貸して貰ってる間は、エルルの防御が手薄になってしまう……それは困ったわ】
小アマリア幽霊……長いのでアマリアで良いだろう。
アマリアは眉間に皺を寄せた。
「ぁ…なるほど、それで精霊が何時もより少なくなったのね。
別に問題はないわ。私の戦闘力は知ってるでしょう?」
【それはそうだけど……でも…いいの? 勿論時間制限があって、ずっと私が借りっぱなしになる事はないんだけど…】
「数日でも数週間でも、何なら数年でも構わないわ。
ぁ、だけど精霊達が苦しんだり困ったりする事はないのよね?」
【やだ、エルルったら極端ね。
精霊達から苦しいとか感じないし、短時間なら問題ないみたい。
でも数日だって無理よ。そんなに長く留まってたら、私の方が外界の力に飛ばされて霧散しちゃうわ。
長くても数時間が限界だけど……エルルの言葉に甘えちゃってもいい?
ずっと境界世界にいるから、こんな外界の鮮やかな色がとても嬉しいし楽しいの!】
「教会? 普段はそんな宗教施設に居るの?」
【えぇ!? 違うってば! お祈りする『きょうかい』じゃなくて、空間と空間の間の何もない、ある意味どこにも存在しない空間だから『きょうかい』! 隙間って言い換えても良いかもしれないけど、イヴサリア様がそう言ってたから、そのままの呼び方をしてるわ】
「じゃああの真っ白な場所が?」
【そうよ、あそこが境界世界。
……ところでここって何処なの? なんだか懐かしい……?】
そう言いながら周囲をぐるりと、アマリアが見回すと、そこで初めてエリューシア以外の人間の存在に気がついた。
【!! うっそ、エルル以外にも人が居たの!!??】
当然、エリューシアも『ぁ』と声を漏らして固まる事となった。
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