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5章 不公平の傍らで
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しおりを挟む授業が終わり、アイシアはオルガに預けていた手土産を受け取る。
「夕刻には戻るわ。
そうだ…今朝、カサミアにお土産のお礼を言いそびれたの。帰邸してから直接言うつもりだけど、エルルからも言っておいてくれる?」
「わかりました。
ですがお姉様……本当に、本当に気を付けて行ってらっしゃってくださいね?
………ん、やっぱり……あちらの御邸に到着するまで……ぃぇ、ヘルガかニルスが合流するまで、オルガを伴っては頂けませんか?」
珍しくアイシアが微かに眉根を寄せた。
「エルル……あちらの馬車で、学院から直接移動するのよ?
それなのにそんな……まるで信用ならないと言ってるような真似は出来ないわ。
あんまりにも失礼でしょう?
それにカーナ様が既に連絡してくださっているはずだから、何の問題もないとわかるでしょう?
私の方が姉なのよ? 何時までも幼子にするような心配は不要だわ」
「そんなつもりは……ごめんなさい…」
アイシアが表情を和らげる。
「心配してくれるのは嬉しいわ。
だけど、本当に心配をしないといけないのは私じゃなくて、エルル…貴方の方なのよ?
精霊の加護があるだけでなく、それが一目瞭然なんですもの。
そろそろ私の心配より、自分の心配をしてあげて頂戴」
「………」
こんな風に言われた事はこれまで一度としてなかった。
大好きで、大好きで仕方ないアイシアからの初めての拒絶に、エリューシアの頭は真っ白になってしまった。
勿論アイシアとしては拒絶したつもりは全くなかっただろう。
しかしエリューシアには大きな衝撃を与えてしまった。
冷静になれば喜ぶべき変化だ。
身内以外に大事な存在が、友達と言う存在が出来、そうして意識も外へ向いて行く。子供と言う守られるだけの存在から卒業する為の、通過儀礼のようなモノだ。
しかしエリューシアには、足元から崩れていくような喪失感が感じられた。
頭では理解できても、感情が追い付かない……まさにそんな状態だった。
「エリューシアお嬢様……」
何時もは動かないオルガの表情が、心配そうに歪んでいる。
「ごめんなさい……大丈夫よ。
戻りましょう」
いそいそと馬車止めの方へ向かうアイシアを見送り、エリューシア達は借り上げ邸へ足を向けた。
借り上げ邸の門を潜り、正面玄関へ何時ものように歩いていると、アッシュが近づいてくる。
「アッシュ?」
邸内なら兎も角、邸外で出迎えるなんて珍しいと声をかければ、アッシュが恭しく一礼した後に口を開いた。
「ジョイが戻りました」
エリューシアの意識は一瞬で、ジョイからの報告へと向かう。
「何処?」
「店の方に荷物を置いてくると言って、今は…。
後程こちらに来るようには伝えてあります」
「そう……ぃぇ、私が店の方へ行くわ」
「お嬢様?」
ジョイに調べて貰った事は、エリューシアにとって重要な事ばかりだ。
もう気になって仕方がない。
居ても立っても居られないとばかりに、鞄をオルガに預ける。
「エリューシアお嬢様!? せめてお着替えを!」
オルガが慌てて言うが、それにエリューシアは首を横に振った。
「転移で行くだけだから、大丈夫。
あぁ、念の為にヘルガとニルスの所在確認と、他の使用人達へはお姉様のお話を通しておいて」
「わかりました。
行ってらっしゃいませ」
オルガとアッシュが深く一礼するのに見送られ、エリューシアの姿は一瞬で掻き消えた。
飛んだ先は何時もの店の裏部屋。
扉越しにガサゴソと物音が聞こえる。
急いで扉を開ければ、荷物の整理をしていたらしいジョイが、吃驚眼でこちらを見て固まっていた。
「……お…お嬢様!?」
「ジョイ! 何かわかった!? 早く教えて!」
「お嬢様、落ち着いて……とりあえず座って下さい」
ジョイに倒れ込むように飛び掛かってきたエリューシアに、ジョイは面食らっている。
「ごめんなさい。
こっちでは何も進展がなかったからつい……。
その…お帰りなさい、無事で良かったわ」
「只今戻りました。
遅くなってしまいました事、お詫びいたします。
それでなんですが…長い話になりそうなので、とりあえず椅子に座って下さい。
お茶でも淹れますから」
調査から戻ったばかりのジョイに、不躾な事をしてしまったと、エリューシアはそこで我に返った。
「ご、ごめんなさい……私ったら…。
お茶は私が淹れるわ。ジョイは荷物の整理をしていたのよね? 先にそれを済ませてしまって。
その間にお茶を用意しておくわ」
店の前の通りは、以前に比べて明るく、人通りも少し復活してはいるが、それでも他に比べれば寂しい物で、しんと静まり返っている。
それ以前に防音遮音の魔具による結界があるので、何時だって静かなものだが……。
そんな静けさの中、お湯の沸く音が聞こえ始める。
エリューシアが選んだのは、ジョイが好んでいるハーブティーだ。
湯を注げば豊かな芳香が室内に広がる。
荷物の整理を終えたジョイが椅子に腰を下ろしたところで、湯気の立つカップを前に置く。
「す、すみません!」
「良い香りよね。
ぁ、お砂糖はここに置いておくから、後は好きに入れてね」
甜菜糖の実験も続けており、こうして店の方には砂糖を常備出来るようになっていた。
進捗としてはまだまだで、借り上げ邸の皆にも未だ内緒な段階ではあるが…。
ジョイはハーブティーの香りを楽しんだ後、一口カップを傾けてから、ホッと息を吐いた。
「……報告なんですが……正直、何処からどう話せば良いか、俺も整理がつかない状態で……」
「構わないわ。
思ったまま、思いついたまま話してくれる?」
テーブルに戻したカップを両手を温めるように持ったまま、ジョイは頷いた。
「まず5年前の襲撃の破落戸なんですが……ただ金を貰って言うとおりにしただけだったようです。
誰から金を貰ったのか問い詰めても、下っ端は本当に知らないのか全く掴めなかったと言う話でした。
旦那様の指示でかなり厳しい取り調べだったようですが…」
父アーネストの指示による厳しい取り調べと聞いて、エリューシアは咄嗟に引き攣った笑みを浮かべた。
「そ、そう……ぁ、だけど破落戸の頭みたいなのが居たわ。
身体が凄く大きな……彼からも話は聞けなかったの?
黒幕に繋がる話は聞けないだろうと思っていたから想定内の話ではあるが、薄っすらとした記憶の中で、ガタイの良い大男が指示を飛ばしていた気がする。
少なくともそいつは黒幕ないし、黒幕に近しい人物と面識があったのではないだろうか?
「身体の大きな男と言うと……あぁ、そいつの話も聞いています。
そいつは破落戸達を束ねていただけで、入り浸っていた酒場の親父から、金の入った袋…前金の方だけらしいですが、それと手紙を受け取って、その指示に従ったようです」
「つまり誰の指示かはわからないって事ね?」
「はい、残念ですが…。
聴取が終わり、彼等はメメッタス領へ送還されました」
「!?」
ジョイが表情を変えずに頷く。
「メメッタス領に籍があると確認されていました。
ですので、泳がせて何処に繋がるか確認する為に送還となったそうです」
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