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5章 不公平の傍らで
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しおりを挟む「封じの魔紋…ね」
日々錬金だの魔具製作だのと忙しくしているエリューシアなので、封印魔紋がどのようなモノか知っている。
かなり煩雑で、普通は『その場』で行うようなモノではない。
しかしそれをあえて『その場』で行ったと言うなら、早めにどうにかしないといけない状態だったのかもしれない。
「今出来る報告はそのくらいですかね。
後で書面に纏めておきます。
あ、そうだ前回の報告を纏めた物を先に渡しておきますね。どうしても口頭だけだと抜けてる部分なんかもあったと思いますから。
似顔絵もついでに押し付けちゃって良いですか?」
「えぇ、勿論。
しっかり預かっておくわ」
「店だから仕方ないんでしょうけど、偶に衛兵が来るんですよね。
似顔絵なんて見つかったら追及されそうで」
ジョイは苦笑交じりに肩を竦めて見せてから、羊皮紙の束を差し出して来た。
枚数がある為、ずしりと重い。
パラパラと簡単に捲ってみたが、どの書面もびっしりと書き込まれており、思わず乾いた笑いが浮かんだ。
(手帳と合わせて、読むのにどのくらい時間がかかるかしら……)
ふと『シモーヌ』の名前を見つけて、捲っていた手を止める。
さらりと聞かされた死体の様子が、詳細に書き込まれていた。
(黒く干からびていたのは顔と頭部。他には背中の傷部分も……なのね。
で、シモーヌと断定できたのは、幼い頃に腕に負った火傷の傷跡があったから…か……。つまり傷跡が判じれる程、干からびていない部分は綺麗なモノだったと言う事…。
それにしても、シモーヌに一体何があったのかしら…)
疲れているだろうジョイに再度謝罪し、ゆっくり休んでと言いおいてから転移する。
まだ明るいし、伯父の御見舞いも行っておくか悩んだが、預かった紙の束が思った以上に重く、別の日にしようと決めて借り上げ邸に戻った。
自室に向かう途中、メイドのマニシアを見かけたのでヘルガの事を訊ねれば、出かけたようで今は居ないと言う。
と言う事は一人でカーナの家、キップル邸に向かったアイシアの所へ向かってくれたのだろう。
ヘルガが動いてくれているなら大丈夫なはずだ。
ヘルガはオルガと違って護身術はからきしだが、必要ならニルスを同行させるはずで、そういった判断はしっかりとしている。
手間をかけて申し訳ないと思いながら、呼び止めてしまったマニシアにありがとうと伝えて自室に入った。
アイシアが帰邸するのは夕刻だろうから、それまでは手帳やジョイの報告書を読もうと、制服のローブを脱いでから椅子を引く。
抽斗を開錠して中から綺麗に修復された手帳を取り出して頁を開いた。
気付けば手元が少し暗い。
窓の方へ顔を向ければ、窓の形に切り取られた空の色が、端っこだけほんのりと赤味を帯び始めていた。
かなり没頭してしまっていたが、それもそのはずで、手帳にはアマリアを害した犯人である『バビー』とかいう女性の話が、そこかしこに書き記されていたのだ。
《探して探して
だけど見つけられなかったアマリア
その姿はアマリアなのにヒュージル君が床に薙ぎ倒した
何故かと疑問に思うより先に、頭に血が上ってしまった》
《ヒュージル君に詰め寄り、アマリアを助け起こそうとしたら止められた
そこで初めて気がついた
顔はアマリアなのに、その瞳はアマリアの美しい新緑の緑ではなかった》
《訳がわからない
女はアマリアを何処へやってしまった?
アマリアを何処へ連れ去ってしまったんだ?
場所が聞きたいのに、女は何処かズレた事しか話さない》
《ヒュージル君に休むように言われた
しかしヒュージル君の方こそ顔色が悪い》
《取り調べは騎士達に頼み、今はヒュージル君の話を聞いてやろう
このままでは彼の方こそ倒れてしまう
だが…政略だったのに、ここまでアマリアの事を思ってくれる事が嬉しい》
《バビーと言う名の女
ヒュージル君を悩ませていた困った領民と言うのは彼女の事だったのか
これは……俺はどうしたらいい?
ヒュージル君が遠因だったとは
だが彼を恨むのも違う気がする
しかしアマリアが何故行方不明にならなければならない?
納得なんて出来ない》
《くそっ!
何が神様だ
何が私は選ばれただ!
アマリア
アマリア
あの女の行動範囲は虱潰しにしらべたが、髪の一筋さえ見つからない
何処に居るんだ》
余白と言うモノが見えない程びっしりと書き込まれた文字には、生々しいアソーツの苦しみや憎しみ、悲しみが窒息しそうな程詰め込まれている。
流石に今日はここまでにしておくかと、手帳を閉じようとしたところで、エリューシアは斜めに書き込まれた文字群に視線を固定した。
《やっと女が話し出した
だが、馬鹿げている
神様がくれたナイフで刺せば成り代われるだと?
女の口を引き裂いてやりたい
今更そんな出鱈目で誤魔化せると思っているのか》
《背中から真っ黒なナイフで心臓を深く刺し貫けば、ナイフが相手の姿を移し替えてくれる
だが魔力が自分より高いと目の色は盗めない
それを信じろって?
子供向けの御伽噺の方がまだ信憑性があるだろ!?
確かに女の魔力等大した事はない
大体アマリアだぞ?
魔法士の家の直系の娘、俺の妹だぞ?
そんじょそこらの魔法士なんぞ足元にも及ばないんだ》
《嘘だ
出鱈目だ
そう思いたいが、筋の通っている部分もある
しかし女のいう事を確認しようにも、死体が一つもない
女の家で殺されたという父親も、避難先の家で殺された母親と妹も、その後に殺したって言う兄の死体も見つからない
痕跡はあった
血痕は残っていた
こんなに跡形もなく消せるか?》
《女の言う凶器も見つからない
アマリアの身体に刺したままだと言っている
ふざけるなっ!!
俺の妹に何をした
八つ裂きにしても足りる気がしない》
エリューシアは無意識に口元を手で覆っていた。
黒く干からびた死体。
主に顔と頭部と背中……。
神様がくれたと言うナイフ――真っ黒なナイフ……。
恐らくシモーヌが持っていたモノだろう。
それを使ってシモーヌはエリューシアの姿を奪おうとしていたと言う事だ。
―――繋がっていく。
魔力が高い者の瞳の色は奪えない。だからシモーヌの瞳の色は生来の色のまま……ゲーム内でも紫色ではなくオレンジ色だった。
精霊の加護は奪ったり出来るようなモノではないだろうから、精霊眼、宝石眼が奪えなかったのは当然だろうが…。
顔立ちも、ゲーム内のシモーヌと今の自分とではかなり違うのも、奪った時期が5歳になる前の頃だったし、その後も成長するのだから違っていてもおかしくない。
過去、隣領で起こっていた事件も、王都で起こっていた事件も、まだ生存していたシモーヌが練習していたと考えれば、胸糞悪い事に変わりはないが納得……したくないが、まぁ、そういう事だろう。
そして、あの髪色……ズモンタ家の愛人か、それに連なる誰かの色を奪ったのではないだろうか…そしてその姿を他の誰か……事情は分からないがシモーヌからナイフを奪う事に成功した誰かが……。
つまりシモーヌの姿を奪った者が居る。
シモーヌの姿を奪った者が『フィータ・モバロ』と言う名でうろついていると言う事だ。
本当のフィータ・モバロの生存は望み薄だろう。
もしかしたら火災の時に死亡したのかもしれないが……。
―――成りすましているのは誰?
エリューシアは何かが浮かびそうになり、必死に思考する。
思い出せ。
フィータ・モバロについて聞いた話を。
――マナーは地方男爵令嬢としては普通だがわざとらしい部分がある。
――上位棟の生徒に何度も執拗に突撃していた。
――だけど話の内容はクリストファについてばかり。
――ダンスの授業の時に急に怒り出した。
――早足になると少しぎこちなくなる。
――複数人の混ざりあった魔力。
思考が形になりかけたその瞬間、忙しなく扉をノックする音でそれは霧散した。
「(お嬢様、お休みの所申し訳ございません。
少し宜しいでしょうかッ…
出来ましたら今…少しお時間を!)」
緊張を内包したような硬いオルガの声が、扉の向こうから聞こえてきた。
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