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5章 不公平の傍らで
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しおりを挟むどうぞと返事すると、オルガらしからぬ慌ただしさで扉が開かれた。
片手に何か握りしめているように見える。
「オルガ? どうしたの?」
薄暗くなっていた室内からだと廊下の方が明るく、逆光になってしまって良く見えなかったが、オルガの顔色は悪そうだ。
「お嬢様……その、申し訳ございません…。
これが…」
オルガが握りしめていた手をゆっくりと解く。
掌の中にあったのは、歪に割れた石板のようなモノ。
「それは……」
「はい。バーネット家の割符石です」
バーネット伯爵家は、代々ラステリノーア公爵家の影を務める家門の1つだ。
ナタリアはバーネット家に後妻として入ったので、実はヘルガとその兄はバーネット家の血を引いていない。
養子縁組はしているものの、実際にバーネット家を継ぐのはオルガだと、最初から決まっている。
それ故、ヘルガとその兄は影としての訓練等は殆ど受けていない為、影が持つ割符石を渡されているとは思っていなかった。
割符石について詳しい話は聞いた事がないし、恐らく聞けないと思われるが、最初は元々1つだった魔石を割って作ったものだったと言う。
欠片が割れると、元々同じ魔石から作られた別の欠片も割れるらしい。
つまりは所持者の身の危険を、拠点に知らせる道具と言う事だ。
魔具造りをしているが、そんな魔石はこれまで見た事もないので、何かしら加工は施しているだろうが、それこそ一門の秘法とでも言うべきものだろうから、エリューシアが知る事はないだろう。
そしてオルガの手の中にあった割符石の欠片は、粉々に砕かれていた。
「誰の……?」
「……ヘルガ…です。姉のなんです」
先だってヘルガの所在を聞いたマニシアは勿論、他の使用人達も手の空いている者はその場に集め、話を聞く。
「ヘルガちゃん? 何だったかしら…人が訊ねて来たわね」
「何か不気味な人でしたよ。こう無表情って言うか…ぼんやりと言うか」
「ボンヤリなんてモンじゃなかったでしょ? もうまるで幽霊みたいで怖かったわ」
どうやらヘルガを訊ねてきた幽霊みたいな人物が居たらしい。
お昼頃だったらしいので、アイシアの話にあったキップル家の者かもしれないが、幽霊と言うのが気にかかる。
まさかとは思ったが、念の為ジョイから預かっていた似顔絵を見せれば……。
「そう、この人よ」
「そうそう、とても気味悪くって…ヘルガちゃんも顔を引き攣らせてたわよね」
何て事だ……。
まさかとは思ったが、ヘルガに接触したのはキップル家の者ではない…。
元ゲッスイナー男爵の使用人、現在はズモンタ家の使用人であるコダッツだ。
そのコダッツが御者をしていた馬車で、ヘルガは『お嬢様が呼んでるみたい』と言い残し、共に出かけて行ったのだと言う。
周囲の音が遠くなる…。
どういう事だ?
考えろ考えろ考えろ、エリューシア、考えろッ!!
何故ヘルガが連れ出された?
確認したが身代金の要求等、不穏な手紙類は届いていないと言う。
つまりヘルガ自身に何かしらの価値があったと言う事だ。
ヘルガ自身の価値……まさか…
考えたくはない。
だが、そう考えれば納得出来る。
アイシアに言う事を聞かせる為の人質だとしたら?
「お嬢様……ぁ、私は…どうしよう、ヘルガが……あぁ…」
普段気丈なオルガの震える声に、エリューシアの意識が引き戻される。
落ち着け。
落ち着いて、現状取れる手立てを考えろ。
まず両親へ知らせる。
「ネイサン、急いでお父様お母様に報せを」
だけど大事にする訳にはいかない。
アイシアの傷咎になってはならない。
それにキップル家も、何処まで関与しているか今は不明だ。
家として動く事は避けた方が良いだろう。
「詳しい話はオルガから聞いて。
ただキップル家がどう関与しているかわからないから、まだ目立つ行動は避けて」
コダッツが動いているのなら、その後ろに居るのは恐らくだがフィータ・モバロ…。
いや、本当のフィータ・モバロはもう……だからその名で呼ぶのは何だか申し訳なく感じる。
……紛い物、ニセモノ。
偽フィータで良いか。
偽フィータの次の狙いが、アイシアだったとは……。
思わずキュッと唇を噛みしめるが、脳裏に揺らぐ影に引っかかった。
アイシアの容姿が狙いなら、何故ヘルガを人質に取る必要がある?
既にアイシアの身柄は偽フィータ側に落ちたか、近い所まで引き寄せられてると考えた方が良い?
そこまで考えて、エリューシアはふるりと首を一振りする。
(全部が推測の域を出ない……ピースが足りない…。
そんな状態で考えても、下手をしたら見当違いな思い込みで手遅れになる可能性だって…)
エリューシアは一度自室に戻り、ワンピースを脱いで乗馬服のような衣服に着替える。
単なる訓練着だが、動きやすい方が良いだろう。
「アッシュ! セヴァン! メルリナ!」
オルガはネイサンと一緒に、公爵家への報告をして貰わねばならない。
それに大人数で押し掛けては、万が一キップル家は名を使われただけなら、後々面倒な事になる。
そこへメルリナが走り込んできた。
「お嬢様! いったい…いったい何が起こってるんです!?」
エリューシアは指示を止めてメルリナを見上げた。
「ヘルガの身に何かあったみたい。
ヘルガはシアお姉様に呼ばれたと言って連れ出された……つまり相手はシアお姉様が今日ここに居ない事を知っていたと言う事…。
メルリナ…貴方キップル家の令嬢と友人だったわよね?
案内して……。
お姉様が今日はカーナ様の邸へ出かけると言っていた事は知っているでしょう?」
メルリナの顔色がみるみる悪くなっていく。
「アイシアお嬢様……まだ戻ってないんですか…?」
「……えぇ…」
メルリナがギュッと拳を握り込む。
「すぐ準備いたします。
馬車で向かわれますか?」
「いいえ、馬で行くわ。
馬車なんてまどろっこしい事してられない」
「ハッ!」
転移で向かえれば一番早いが、残念な事にエリューシアがキップル邸の場所を知らない。
騎士としての敬礼をした後、準備に戻って行くメルリナを見送っていると、オルガが割り込んできた。
「お嬢様…?
私も……私もどうかお連れ下さい!
そんな…待機なんて嫌です!!」
「オルガ……気持ちはわかるの…だけど公爵領へ今日の一連を説明できる人物が必要なのよ」
「でしたらメルリナでも問題ないではありませんかッ!」
「メルリナは……キップル家に話を通しやすくして貰う為に、どうしても同行をお願いしたいの…わかって」
「そ、んな……」
「ネイサン、お願いね」
ガックリと項垂れるオルガをネイサンに託していると、アッシュがやってきた。
何時ものお仕着せではなく、ジョイが着ているような黒の上下で、闇夜に溶け込むような出立ちだ。
既に帯剣していて、多分だが暗器の類もそこここに潜ませているだろう。
「準備出来ました。
ジョイにも連絡をお願いしましたが、宜しかったでしょうか?」
「えぇ、ありがとう」
「私より、こう言った事はもう弟の方が…ジョイの方が上手になってしまいました」
「そうね…だけど剣技はまだアッシュの方が上でしょう?」
「体格差だけで何とか…兄として剣技しか勝るモノがないと言うのは、少々情けなくありますが…」
気を紛らわせようとしてくれているのだろう。
その気遣いはとても嬉しいが、今は淡々と答える事しか出来ない。
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