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5章 不公平の傍らで
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しおりを挟む自分の意思に反して、フラネアの言葉に従ってしまう身体に、ヘルガが悲鳴を上げた。
「ぃ、いや……いやああぁぁ……お嬢様、エリューシア様…お逃げ、くだ、さい……わ、たし……嫌なのに、なんで……」
一歩ずつ近づいてくるヘルガに、エリューシアは無表情に背を向けた。
逃げる事は容易い。
だけど逃げた後アイシアとヘルガがどうなるか考えたら、他にどうする事も出来なかった。
ただ大人しく刺されて、フラネアに自分の容姿を捧げた所で、アイシアもヘルガも無事で済むはずがないとも思う。
自分に不利な証言をする事がわかっているのに、放置なんてしないだろう……自分の敵になると分かっているのに、見逃したりしないだろう……。
だが、自分の行動で姉とヘルガを危険に晒す訳にはいかないと、何処かで逃げていた。自分のせいで彼女達の身が、命が危うくなる事は、耐えられそうになかった。だったらいっそフラネアの言うとおりに、全てを捧げて死んでしまえたら楽かもしれないと考えてしまった。
自分は死んでしまうだろうけど、報告はもう届いてるはず…なら父が、母がきっと動いてくれている。
自分は間に合わないだろうけど、アイシアとヘルガはきっと助けが間に合う。
ここまで……この世界に生まれて、意識は最初真珠深のままだったけど…それでも最推しのアイシアの妹に生まれる事が出来て本当に嬉しかった。
だから馬鹿な行動や言動もした事があるけど、頑張れた。
抗って抗って……でも、最終的な定めとか言うモノには抗えないモノなのかもしれない。
まだ影も見えない父母からの救いの手に、そんな曖昧なモノに希望を預けて縋ってしまう程に、エリューシアは諦観に沈んでいく。
力なく視線を落とす。
だけど不思議な程、頭も心も穏やかだ。
何も悪くないヘルガに、人を刺す感触を経験させてしまうのが申し訳ないと思うが、きっと周囲が支えてそれも乗り越えてくれるだろう。
そんな事を考えてそっと双眸を閉じようとした時、外の方から近づいてくる気配に気がついた。
真っすぐに、障害物も何も、全てを無視して真っすぐ近づいてくる。
それもとんでもない勢いで。
だけど背後ではもうヘルガが間近に迫っていた。
真っ黒な短剣を構えている。
柄を両手でしっかりと握り、肘を引いている。
「だめ、い、ぃやっ、逃げて、お願いですっ!!
お嬢様、逃げて…誰、か……いっそ私を殺して!!」
ヘルガの悲痛な叫びが耳に届く。
「いやあああああぁぁぁぁぁ!!」
目の前まで迫った気配に目を見開けば、地面から指が…手が伸びてきた。
(ジョイ…?)
途端にブレる景色。
地面と近づく魔力…確かにそれを見ていた。
全てが一転する。
地面を見ていたはずなのに、今は目の前にあるのは灰色のさらりとした流れに変わった。その向こうに涙と悲鳴に塗れるヘルガ…そしてその腕の先、短剣が何かの影に吸い込まれるように見えなくなる様子が見える。
(……ぇ?…)
その影はゆっくりと折り畳まれる。
……違う……その身を曲げた…。
黒い髪…だけどその双眸は黄金色で……。
何故彼が此処に?
居るはずがないその人物の顔に、エリューシアの必死の否定は空しく虚空に消える。
「……クリス…さ、ま……ぁ、ぁぁあ……」
ヘルガの持っていた短剣は、何故かクリストファの腹部に突き刺さっていた。
「おまっ!?」
ジョイの声に意識が現実に引き摺り下ろされるより先に、エリューシアはジョイの背後から駆け出ていた。
「クリス様っ!!??」
微かにフラネアの声が聞こえた気がする。嘘、嘘と壊れた何かのように虚ろに繰り返している。
だがエリューシアにはそんな声等どうでも良かった。
ぐらりと傾ぐクリストファの身体を支えようとしたのか、エリューシアはその手を伸ばし抱き止めようとする。
だが重力に引かれるまま、伸ばされた手が届くより先に、クリストファの身体は地面に頽れた。
ゆっくりと腹部から赤いモノがじわりと広がる。
命の色が流れ出て行く。
「………ェ………シァ……」
掠れた声に、エリューシアは弾かれたように近づき、その頭部を抱きかかえた。
「クリス様、クリス様!? 何故!!??」
「…ぁ……無…事……ら、良かっ……」
深い金色の髪は何故か黒くて……だけど、その色を纏った顔に、記憶が刺激される。
「……うそ、でしょ……ジール?
辺境で会ったジール…なの?」
エリューシアの腕の中でクリストファが顔を歪める。
最後の力で笑みを作ろうとしているのだろうが、上手くいかなかったようだ。
「…ゃ…っと…気付いて、くれ、た…?」
クリストファが自身の血に濡れた手を、ゆっくりと持ち上げる。
そっとエリューシアの頬にその手を添えた。
「君を…守れ……た。
エリ、ュ……笑っ…て……僕は、き、みの…笑顔、が……」
ずるりとクリストファの手が重力に従って落ちる。
「ぃゃ、よ……ダ、メよ……」
洞窟内に光の粒子が舞う。
キラキラと降り注いで、ヘルガに纏わり付いていた黒い靄も、頬を腫らした傷もゆっくりと消えていく。
クリストファの腹に刺さっていた短剣も押し戻され、ガランと大きな音を立てて地面に落ちた。
だけど広がった赤い色は戻らない…。
広がったまま、地面に吸い込まれて黒く変色するだけだ。
「目を…開けてよ……貴方が死な、なきゃ…いけな、い、理由なんて…ない…で、しょう?」
キラキラと光るモノが、更に洞窟内に満ちる。
これ以上魔力を使わせるのは不味いと分かってはいても、ジョイも、へたり込んだヘルガも動けずに見ている。
キラキラとした光の中、エリューシアの慟哭が響き渡った。
「ねぇ…起きてよ……。
全部……全部治すから……私が…治すからッ!」
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