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5章 不公平の傍らで
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しおりを挟むどんなに魔力を高めて放出しても……
どんなに嘆いて頬を涙に濡らしても……
クリストファの瞼は開かない。
指が動く事も、鼓動が戻る事もない。
―――どうして?
―――どうして?
―――――――どう…して…?
刺されたのは腹部だ。
失血死するには早すぎる。
ショック? 内臓破裂?
鑑定する…隅々まで何一つ取り零す事のないように鑑定する…。
…あぁ……
彼の…クリストファの心臓に、黒い楔が視える。
光魔法のせいか、少しずつ薄らいで、揺らいで……だけど、深く突き刺さっている。
エリューシアは無意識にクリストファの胸に手を置いた。
もう一度…足りないなら更にもう一度……何度だって魔力を注ぐ…。
心の臓深く突き刺さった楔は薄れて、揺らいで……そして霧散する…。
でも、クリストファの身体は冷たくなっていくばかりだ。
「……ご、め……ごめんな、さい……」
掠れる声で小さく紡がれた言葉は……いつの間にか意識を取り戻していたアイシアの物だった。アイシアは上体を起こし、その美しくも愛らしい顔を涙でぐしゃぐしゃにしていた。
―――あぁ、お姉様が泣いている…お姉様を泣かせるなんて……。
―――ダメよ、お姉様は笑っていてくれなくては……………だけど…。
「エル、ルは……何度も…何度も注意してくれたのに……私…ごめんなさい…」
ヘルガも身体の自由を取り戻していたのだろう。
上体を起こしたアイシアに這うように駆け寄って、その肩を抱きかかえていた。ヘルガだってその手に残る感触は辛いだろうに……。
エリューシアは呆けたように、泣きじゃくるアイシアとそれを宥めるヘルガを眺める。だが、その身はクリストファの頭を抱えたまま微動だにしない。
……感情なんて何処かに置き忘れてしまったかのように、ただぼんやりと眺め続ける。
いつの間にこんなに大事な人になっていたのだろう…。
最初はどちらかと言えばいけ好かない輩だった。
妙に押しが強くて……何より攻略対象である可能性があって……警戒すべき人物だった。
それ以前に前世の記憶が…自分はもう若くないと言う意識があって、どう見ても子供なクリストファに惹かれるなんて、ありえないと思っていた。
まさか辺境で出会って仲良くなった新兵だったなんて…思っても見なかった。
彼は何時だって兜を被っていたし、兜を取ってる時は下を向いたままだった。一度だけ傷の痛みのせいか顔を上げた事があったが、後にも先にもその一度だけだった。だから黒髪の記憶しか残っていなかった…。
――あぁ、絶対に惹かれるまいと……気を許したりなんかしないと思っていたのに……降参だ。
そっと血の気を失い蒼白になった…だけど変わらず怜悧な美貌を崩していないクリストファの顔に、額を押し当てる。
エリューシアの流した涙が、彼の頬も濡らしていく……。
声もなく泣き濡れるエリューシアの視界に、桜色が舞った。
精霊フィンランディアだ。
慰めてくれているのか、エリューシアの周囲を回る様に舞っている。
長い付き合いだ。彼か彼女かわからないが、最初に精霊を視認した時から傍に居てくれた。
思い返せば視認した最初の頃は、まだ精霊達の感情が聞こえ…ていた訳ではないが、それでも肌で感じ取れていた。
何時頃からだろう…少しずつ少しずつ、何を言いたいのかはっきりとわからなくなった。アマリアが天…と言うより輪廻の輪に還ってからは、、更に顕著になっていた気がする。
きっと真珠深からエリューシアになっていったから……何となくそう思う。
桜色が眼前で止まる。
どうしてだろう…その小さな手が伸ばされた気がした。エリューシアの頬に触れた気がした。
「フィンランディア…?」
すいっともう一度舞い上がってから、桜色はエリューシアの抱きかかえたクリストファの骸の胸元に降り立った。
光の球体としか見えていないのに、その手が振られた気がする。
―――ナカナイデ
【………ぇ…】
―――ダイジョウブ
ふわふわゆらゆら……桜色のオーブがクリストファの中にゆっくりと流れ込んでいく。
以前のような音…言葉にならない、だけど感じ取れる音がエリューシアに伝わる。
―――ナカナイデ
―――ワタシタチノ イトシイコ
―――ナカナイデ エリューシア
【待って……何処へ…?
貴方まで居なくなってしまうの……?
もう……誰も居なくならないで…お願い、置いて行かないで…】
―――ワラッテ、ソシテ……
エリューシアは勿論、その場に居た全員が固唾を飲んで、動く事も出来ずに見入っていた。
直ぐ近くで声が…ジョイの声がする。
あぁ、何を叫んで……?
「お嬢様! 色が……」
「……い、ろ…?」
虚ろに復唱した呟きと同時に、ぼんやりとジョイに視線を移す。
必死の形相のジョイの視線を辿り、抱え込んだクリストファの死に顔を見つめた。
違う……あぁ、色が…蒼白な事に変わりはない。だけどほんの少し赤味が戻っている気がする。
彼の瞼は動かない……指先もまだ動いたりしていない。
何なら鼓動さえも戻ってはいない……。
しかし、微かな命の色が戻って見える。
フラネアの信奉者となっていたロスマンとケスリー、他にも数人洞窟の外に居たようだが、周囲に光の粒子が舞い始めた途端、全員がぐったりとその場に崩れ落ちたらしい。
そちらの制圧はそんなこんなで実にあっさりと終わり、アーネストが騎士達を率いて洞窟に辿り着いた頃には、何もかもが終わっていた。
邪気が抜けたからか、それともクリストファを刺してしまったショックからかはわからないが、フラネアも抵抗する事なく取り押さえられた。
ただ抜け落ちた黒い短剣は、確かにあったはずの場所に見当たらなくなっていて、代わりのようにその場に落ちていたのは何かの骨が1つ。
洞窟から出た時には、すっかり夜が明けていた。
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