おめでとう。社会貢献指数が上がりました。

水井伸輔(Mizui Shinsuke)

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おめでとう。社会貢献指数が上がりました。

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 街は、あまりにも静かだった。それは、汚れが一つもない白いシーツのようで、どこか人を不安にさせる潔癖さだった。

 17歳のシュウが握る端末が、不意に、澄んだ水音のような通知音を響かせる。画面の奥では、淡い光を纏ったデジタル・エージェントが、静かに微笑んでいた。

『おめでとうございます、シュウさん。あなたの「社会貢献指数」が上がりました。ランクA―それは、あなたがこの国の調和を守っている証です』

 シュウは、吐き出す息が白く染まるのを、ぼんやりと見つめた。ランクが上がれば、放課後に立ち寄るカフェのデジタル・マイルは倍になり、公共図書館の優先利用権も与えられる。何より、政府から支給される「国民基礎手当」に、冬の寒さを凌ぐための暖房費が加算されるのだ。なんて合理的なシステムだ。この国は、正しい人にはどこまでも優しく、楽に生きられるように運営されている。

「……ねえ、父さん。またその古い本を読んでるの?」

 食卓の向こうで、父は端末を伏せ、紙の擦れる乾いた音を立てていた。父のランクは、今や「D」まで落ちている。先月、SNSの片隅で「システムの不透明性」について、詩のような独り言をこぼしたせいだ。余計な詩心なんて、この美しい国では、ただの汚泥に過ぎないのに。

「シュウ、便利さというものは、じわじわと人を侵していく麻薬に似ている。思考をシステムに委ねるほど、僕たちの存在は、霧のように薄れていくんだよ」

 父の言葉は、今のシュウには、古びたスマホの微かな電子音のようにしか聞こえなかった。父の低い評価ランクのせいで、シュウの端末には「移動最適化の勧告」が出ている。今週末、友人と行く予定だった隣町への電車のチケットが発券できない。ああ、本当に迷惑だ。

「父さんが正しくしてくれないと、僕の未来まで汚されるんだよ。みんな、当たり前のことを当たり前にやってるだけじゃないか。便利で、安全で、不自由なことなんて何一つないのに」

 シュウが言葉を投げつけたその時、窓の外の街灯が一斉に、呼吸を止めるように消えた。

『国家機能維持条項の発令』

 端末の画面が、深海の底のようなインディゴに染まる。

『リソースの最適配分を開始します。ランクAの国民には、3日分の標準栄養パックを自動配布。ランクD以下の非協力者は……』

 シュウの目の前で、父の端末が、すっと消灯した。

「……父さん?」


『利用規約第十八条。非常時における「デマ情報」の遮断。ランクD保持者の全決済権限を、ランクAの保証人へ一時移譲。ただし、保証人の合意が得られない場合、両者の資産は国家管理下に置かれます』

 画面に現れたのは、毒々しいほど鮮やかな、ピンク色の「同意」ボタン。その光る一点を押せば、父のすべての権利は、シュウの指先に委ねられる。父を更生させるという名目で、父の預金を、行動を、唇から漏れる言葉さえも、シュウが管理者として支配するのだ。


 もし、押さなければ……。二人とも、この硝子細工のような街の外側、あの透明な荒野へと静かに放り出されるだろう。

 窓の外には、音もなく雪が降り始めていた。シュウは、自分の指先が、まるで他人のもののように微かに震えていることに気づいた。その指が触れようとしているのは、光る画面ではなく、父という一人の人間の、社会的生命そのものだ。

 磁石に吸い寄せられる鉄屑のように、シュウの指が、そのピンク色の光へと近づいていく。その時、父が、ふっと笑ったような気がした。

「……シュウ。お前は、どっちの地獄を選ぶんだ?」
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