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17章 龍球王国 前編
328、想定不能
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オディウムの杞憂が現実のものとなる。
謹慎を食らったはずのトガノジョウは何故か昨日の今日で屋敷を脱走し、どこか別の場所に隠れていた。
まるですぐにも襲撃に遭うと予測していたかのような動きに困惑が隠せない。
「おいこれっ……どうするつもりだよ?」
「ええいっ! こうなったら仕方ない。先にタダウチ殿と合流するぞっ」
当てが外れたでは済まない状況に頭を抱えることになるが、一先ずクロバを優先することに。亀鎧が到着するまでの間にシンクロウにまで逃げられたら目も当てられないので、足早にクロバ家へと向かった。
武笠から湖斎まではさほど距離もないため、苦労する間も無く到着したが、そこには既に亀鎧の駕籠が到着していた。
「んっ?! 先に身柄の拘束に出動したのかっ?!」
聴取が予定よりも早く終わったとは考え難い速度に、容疑者の口からそれらしい言葉がポロッと出たのか、それとも何らかの直感が働いたのか。いずれにしてもタダウチが先手を打ったのだと確信する。
「も、もしかして俺たちが遅かったんですかね?」
レッドはグレゴールに絡まれたことがタイムロスにつながった可能性を考えて申し訳なさそうにしている。何とも言えないナガヨシとモミジは唸ることしか出来ない。
「あっ! タダウチ殿っ!」
クロバの屋敷からヘルメット型兜を小脇に抱えたタダウチが出てくる。その顔には疲れが出ている。
「ナガヨシ殿? どうしてここに?」
「クロバの小僧はどうだったっ!?」
「あぁっ……留守だったよ。しかも誰も行き先を知らんらしい。今からボロを出させるために使用人たちを詰めるが、内心難しいと思っている……」
「チッ……こっちだけでもとは思ったが、ツイてねぇっ」
「こっちだけでも?……ま、まさかっ!?」
「おう、そのまさかよ。トガノジョウの野郎は何処かに隠れやがったっ」
「ふむぅ……私らの考えなんぞ既に考慮していたと見るのが正しいのかもしれん……」
あまりの動きの速さに舌を巻くが、昨日の今日で反省の色が皆無というのはちょっとを超えてかなり頭がおかしい。おおよそ信じられない領域だが、謹慎中に脱出したことを上に挙げればトウダの信頼は地に落ち、キジン派閥をまた1手封じることになるだろう。
思った形での追い込みにはならないが、上手いこと転がせればこれはこれでトウダ失脚まで持ち込めそうだ。
タダウチとナガヨシはそれぞれ同じ考えに至り、目を合わせて頷き合った。
「しかし何故トガノジョウ殿が屋敷に居ないと見抜いたのですかな? もしかして屋敷に侵入したとか?」
「……違う。トウダの部下と思しき侍どもがトガノジョウを探していたのだ」
「何ですとっ?!」
「ん。変に慌ただしく走り回っていると思い、茶屋の店主に話を聞いて分かったことだがな。目的地を伝えないのは当然として、わざわざ出て行ったことまで黙ると思うか? そのせいで何が起こっているのかと不安になった部下たちが慌てて探す始末。これではいずれ俺たちでなくとも、謹慎中に外出したことはバレてしまう。そのような失態を起こす間抜けか?」
ナガヨシは顎を触りながらタダウチに尋ねる。タダウチは考え込むも、モミジの意見は違った。
「師匠から聞いたのが全て事実であれば、壁の一件での短絡的な言動から察するに十分考えられるかもしれません」
「んっ? 本当かっ?」
「はい。キジン派閥筆頭のヨリマロ様に取り入るために必死だったのではないかと師匠は言っていました。彼の御方は功を焦っていたと思います。となればトガノジョウさんが独自に手柄を上げようと考え虎視淡々と策を練っているかもしれません」
モミジはトガノジョウがキジン派閥での失敗のせいで閑職に追いやられるのを避けるため、単独で動くことで失態を取り返し、あわよくば地位向上を目指しているのではないかとの見解を発表する。
「……青いなぁモミジちゃん」
「え?」
「抜け駆けの功名は手柄にならんよ。与えられた持ち場で最大限の力を発揮して初めて手柄となる。自分の持ち場を離れ、勝手に挙げた功績を見て思うのは扱い難いということと信用の失墜。もしこれが籠城戦であったらトガノジョウ殿の守りは手薄状態。攻め落ちるのは時間の問題となる。大名という立場上、それを判らぬわけではないだろうからなぁ」
タダウチの言葉は確かにその通りだが、ナガヨシは盲点であったと頷いた。
「いや、モミジの言う通りだ。俺たちは経験上、独自の手柄など間違っていると切って捨てるが、トガノジョウが俺たちの考える常識に沿って動くかと言われれば疑問が残る。窃盗した後、大事になったから焦り、元の場所に戻せば一件落着になるという犯罪者の思考に陥っている可能性は考慮せねばならん」
「えぇ……そ、そんなことありますかな? 少々侮りすぎていると言うか……」
「あくまで可能性の話だ。とにかくこの件は殿に報告し、後日議題に挙げていただければトウダの信用は失墜する。キジンを追い落とす機会が目の前に転がっている以上、使わぬ手はないっ」
ナガヨシの強い言葉でタダウチもそれもそうだと思い直す。
「私も殿に報告申し上げてトウダ本家への令状を取れるように動いてみようかな。今回はこの屋敷の家宅捜索を行い、取れる情報は根こそぎ持っていこう。あ、そうだ。店主にも話が聞きたいので、どんな茶屋だったか詳しく教えてくれますかな?」
「もちろんだっ」
*
その頃、シンクロウは北西方面の『木園』と呼ばれるテンコウ家の領地まで足を伸ばしていた。
本来、名家は自分の立場を示す家紋を付けた駕籠で移動するのが習わしとなっている。しかしシンクロウは身分を隠し、町民にも悟られないために一般で使用されている駕籠屋専用の駕籠を密かに作って使用している。
これによって駕籠屋の台帳にも使用した後がなく、町民を欺いて移動が可能になっている。駕籠屋の大元に気付かれれば面倒なことになるが、重要な時だけ使用し多用することがないので、あえて堂々と使用することで違和感を持たれないように努めている。
テンコウ家の屋敷の門を叩き、問題なく通されると、現状を当主のムネヤスに伝えた。
「……何てことをしでかしたシンクロウ。よもやここまで愚かであったとは思いも寄らぬ」
「大変申し訳ございません。功を焦り、勇み足で余計なことをしてしまったと反省しております」
「口先だけの反省など無用じゃ。この儂に叩き斬られるか、腹を切るか選ばせてやろう」
「お待ちくださいませムネヤス様。まずは話をお聞きくださいませんか?」
「言い訳は無用。……っと言いたいところだが、儂を納得させられるならば処遇を考えてやっても良い」
「ありがとうございます」
ここで一言でも間違えたなら途端にムネヤスは刀を抜くだろう。
とはいえムネヤスは武よりもむしろ商才に優れ、アキマサと同様に商いを営んでいる。歳も歳ゆえ、技量もそこまでではなく、剣術は未だ免状に至っていない。
つまりシンクロウと立ち合えば間違いなくシンクロウが勝利することは明白。
だが、シンクロウが通された茶室は狭く、剣を振ることには適していない。ここで最も威力を発揮するのは何を隠そうムネヤスの使う『天降捻流』。
『天降捻流』は突きを極意とする剣術。最大の特徴は突きの構えをし、『ねじり』を加える螺旋の動きを土台として組み合わせた術理である。
そして剣以上に厄介なのが『立場の違い』。茶室という圧倒的に不利な場所で何とかムネヤスを返り討ちに出来たとして、その後シンクロウはお尋ね者だ。シンクロウの代でクロバ家の歴史は潰えることにつながる。
時と場合、場所によってはたとえどれほど強かろうとも意味はない。
シンクロウは一拍置いて口を開いた。
「アキマサ=リクゴウが国内に入れた異国人。彼らは国家転覆を目論む大犯罪者である可能性が御座います。その理由は異国人の乗ってきたあの浮舟。中に凶悪な魔物が潜み、私の部隊を瞬時に壊滅させたと報告が御座いました」
「なにっ? 魔物となっ?」
「はっ。これを議題に挙げることでリクゴウの信頼を揺るがせ、その後浮舟内の魔物討伐に際し、魔神グレゴール殿にご尽力いただくことでヨリマロ様のご判断が正しかったことを内外に知らしめれば、目障りな異国人の排除と共にグレゴール殿との関係を更に深く結ぶことになりましょう」
ムネヤスは唸りながら髭を触る。
現状のままで計画を進めることも出来なくはないが、トガノジョウの失踪が不可解。ここで無理やりに進めるよりもシンクロウの話を聞き入れ、議題に挙げて混乱させるのは悪くない判断だろう。
ムネヤスは刀を置いた。
「……とにかく貴殿はトガノジョウの行方を追え。今回は不問とする」
「はっ!」
シンクロウはギリギリ首の皮一枚繋がった気分だった。
謹慎を食らったはずのトガノジョウは何故か昨日の今日で屋敷を脱走し、どこか別の場所に隠れていた。
まるですぐにも襲撃に遭うと予測していたかのような動きに困惑が隠せない。
「おいこれっ……どうするつもりだよ?」
「ええいっ! こうなったら仕方ない。先にタダウチ殿と合流するぞっ」
当てが外れたでは済まない状況に頭を抱えることになるが、一先ずクロバを優先することに。亀鎧が到着するまでの間にシンクロウにまで逃げられたら目も当てられないので、足早にクロバ家へと向かった。
武笠から湖斎まではさほど距離もないため、苦労する間も無く到着したが、そこには既に亀鎧の駕籠が到着していた。
「んっ?! 先に身柄の拘束に出動したのかっ?!」
聴取が予定よりも早く終わったとは考え難い速度に、容疑者の口からそれらしい言葉がポロッと出たのか、それとも何らかの直感が働いたのか。いずれにしてもタダウチが先手を打ったのだと確信する。
「も、もしかして俺たちが遅かったんですかね?」
レッドはグレゴールに絡まれたことがタイムロスにつながった可能性を考えて申し訳なさそうにしている。何とも言えないナガヨシとモミジは唸ることしか出来ない。
「あっ! タダウチ殿っ!」
クロバの屋敷からヘルメット型兜を小脇に抱えたタダウチが出てくる。その顔には疲れが出ている。
「ナガヨシ殿? どうしてここに?」
「クロバの小僧はどうだったっ!?」
「あぁっ……留守だったよ。しかも誰も行き先を知らんらしい。今からボロを出させるために使用人たちを詰めるが、内心難しいと思っている……」
「チッ……こっちだけでもとは思ったが、ツイてねぇっ」
「こっちだけでも?……ま、まさかっ!?」
「おう、そのまさかよ。トガノジョウの野郎は何処かに隠れやがったっ」
「ふむぅ……私らの考えなんぞ既に考慮していたと見るのが正しいのかもしれん……」
あまりの動きの速さに舌を巻くが、昨日の今日で反省の色が皆無というのはちょっとを超えてかなり頭がおかしい。おおよそ信じられない領域だが、謹慎中に脱出したことを上に挙げればトウダの信頼は地に落ち、キジン派閥をまた1手封じることになるだろう。
思った形での追い込みにはならないが、上手いこと転がせればこれはこれでトウダ失脚まで持ち込めそうだ。
タダウチとナガヨシはそれぞれ同じ考えに至り、目を合わせて頷き合った。
「しかし何故トガノジョウ殿が屋敷に居ないと見抜いたのですかな? もしかして屋敷に侵入したとか?」
「……違う。トウダの部下と思しき侍どもがトガノジョウを探していたのだ」
「何ですとっ?!」
「ん。変に慌ただしく走り回っていると思い、茶屋の店主に話を聞いて分かったことだがな。目的地を伝えないのは当然として、わざわざ出て行ったことまで黙ると思うか? そのせいで何が起こっているのかと不安になった部下たちが慌てて探す始末。これではいずれ俺たちでなくとも、謹慎中に外出したことはバレてしまう。そのような失態を起こす間抜けか?」
ナガヨシは顎を触りながらタダウチに尋ねる。タダウチは考え込むも、モミジの意見は違った。
「師匠から聞いたのが全て事実であれば、壁の一件での短絡的な言動から察するに十分考えられるかもしれません」
「んっ? 本当かっ?」
「はい。キジン派閥筆頭のヨリマロ様に取り入るために必死だったのではないかと師匠は言っていました。彼の御方は功を焦っていたと思います。となればトガノジョウさんが独自に手柄を上げようと考え虎視淡々と策を練っているかもしれません」
モミジはトガノジョウがキジン派閥での失敗のせいで閑職に追いやられるのを避けるため、単独で動くことで失態を取り返し、あわよくば地位向上を目指しているのではないかとの見解を発表する。
「……青いなぁモミジちゃん」
「え?」
「抜け駆けの功名は手柄にならんよ。与えられた持ち場で最大限の力を発揮して初めて手柄となる。自分の持ち場を離れ、勝手に挙げた功績を見て思うのは扱い難いということと信用の失墜。もしこれが籠城戦であったらトガノジョウ殿の守りは手薄状態。攻め落ちるのは時間の問題となる。大名という立場上、それを判らぬわけではないだろうからなぁ」
タダウチの言葉は確かにその通りだが、ナガヨシは盲点であったと頷いた。
「いや、モミジの言う通りだ。俺たちは経験上、独自の手柄など間違っていると切って捨てるが、トガノジョウが俺たちの考える常識に沿って動くかと言われれば疑問が残る。窃盗した後、大事になったから焦り、元の場所に戻せば一件落着になるという犯罪者の思考に陥っている可能性は考慮せねばならん」
「えぇ……そ、そんなことありますかな? 少々侮りすぎていると言うか……」
「あくまで可能性の話だ。とにかくこの件は殿に報告し、後日議題に挙げていただければトウダの信用は失墜する。キジンを追い落とす機会が目の前に転がっている以上、使わぬ手はないっ」
ナガヨシの強い言葉でタダウチもそれもそうだと思い直す。
「私も殿に報告申し上げてトウダ本家への令状を取れるように動いてみようかな。今回はこの屋敷の家宅捜索を行い、取れる情報は根こそぎ持っていこう。あ、そうだ。店主にも話が聞きたいので、どんな茶屋だったか詳しく教えてくれますかな?」
「もちろんだっ」
*
その頃、シンクロウは北西方面の『木園』と呼ばれるテンコウ家の領地まで足を伸ばしていた。
本来、名家は自分の立場を示す家紋を付けた駕籠で移動するのが習わしとなっている。しかしシンクロウは身分を隠し、町民にも悟られないために一般で使用されている駕籠屋専用の駕籠を密かに作って使用している。
これによって駕籠屋の台帳にも使用した後がなく、町民を欺いて移動が可能になっている。駕籠屋の大元に気付かれれば面倒なことになるが、重要な時だけ使用し多用することがないので、あえて堂々と使用することで違和感を持たれないように努めている。
テンコウ家の屋敷の門を叩き、問題なく通されると、現状を当主のムネヤスに伝えた。
「……何てことをしでかしたシンクロウ。よもやここまで愚かであったとは思いも寄らぬ」
「大変申し訳ございません。功を焦り、勇み足で余計なことをしてしまったと反省しております」
「口先だけの反省など無用じゃ。この儂に叩き斬られるか、腹を切るか選ばせてやろう」
「お待ちくださいませムネヤス様。まずは話をお聞きくださいませんか?」
「言い訳は無用。……っと言いたいところだが、儂を納得させられるならば処遇を考えてやっても良い」
「ありがとうございます」
ここで一言でも間違えたなら途端にムネヤスは刀を抜くだろう。
とはいえムネヤスは武よりもむしろ商才に優れ、アキマサと同様に商いを営んでいる。歳も歳ゆえ、技量もそこまでではなく、剣術は未だ免状に至っていない。
つまりシンクロウと立ち合えば間違いなくシンクロウが勝利することは明白。
だが、シンクロウが通された茶室は狭く、剣を振ることには適していない。ここで最も威力を発揮するのは何を隠そうムネヤスの使う『天降捻流』。
『天降捻流』は突きを極意とする剣術。最大の特徴は突きの構えをし、『ねじり』を加える螺旋の動きを土台として組み合わせた術理である。
そして剣以上に厄介なのが『立場の違い』。茶室という圧倒的に不利な場所で何とかムネヤスを返り討ちに出来たとして、その後シンクロウはお尋ね者だ。シンクロウの代でクロバ家の歴史は潰えることにつながる。
時と場合、場所によってはたとえどれほど強かろうとも意味はない。
シンクロウは一拍置いて口を開いた。
「アキマサ=リクゴウが国内に入れた異国人。彼らは国家転覆を目論む大犯罪者である可能性が御座います。その理由は異国人の乗ってきたあの浮舟。中に凶悪な魔物が潜み、私の部隊を瞬時に壊滅させたと報告が御座いました」
「なにっ? 魔物となっ?」
「はっ。これを議題に挙げることでリクゴウの信頼を揺るがせ、その後浮舟内の魔物討伐に際し、魔神グレゴール殿にご尽力いただくことでヨリマロ様のご判断が正しかったことを内外に知らしめれば、目障りな異国人の排除と共にグレゴール殿との関係を更に深く結ぶことになりましょう」
ムネヤスは唸りながら髭を触る。
現状のままで計画を進めることも出来なくはないが、トガノジョウの失踪が不可解。ここで無理やりに進めるよりもシンクロウの話を聞き入れ、議題に挙げて混乱させるのは悪くない判断だろう。
ムネヤスは刀を置いた。
「……とにかく貴殿はトガノジョウの行方を追え。今回は不問とする」
「はっ!」
シンクロウはギリギリ首の皮一枚繋がった気分だった。
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