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2章
11、非合法クエスト
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アヴァンティアを目指して旅に出たレッドは道中の小さな町「タング」で夜を明かすことにした。
日も落ちた暗い町で開いてる店といえば酒場だけだ。カウンターに腰掛け、立てかけられていたメニューを確認する。油で炒めたご飯にお肉を乗せた簡易的な食事を注文する。この店は親切なことに野菜をつけてくれた。
酒場ということもあり、酒の注文を尋ねられることを見越して先にキッパリ断っておく。嫌な顔をされるかとも思ったが店員はほぼ無表情で接客と配膳をしてくれた。無愛想この上ないが、今は疲れもあってか無駄な会話をしてこないのは嬉しい。
それほど待つこともなく食事が運ばれ、早速料理を食べ始めた。空腹の体にこの脂身が沁みる。上手い夕飯に舌鼓を打っていると、酔っ払いの噂話が耳を掠めた。
「聞いたかよあの話……」
「あぁ?そりゃもしかしてあのダンジョンのことか?」
黙々とご飯を口に入れていたレッドの耳に入ってきたのはベルク遺跡が攻略されたという噂だ。どれだけ強いベテラン冒険者が、どこまで行っても19階層までしか降りられなかった高レベルダンジョンを、あのゴールデンビートルが踏破したと噂が広まっていた。
街に1つは存在するギルド会館。そこに常設してある魔道具”無色の水晶”という魔力による伝達方法が存在する。画像、映像、文字などで情報を即座に通達し、世界中に冒険者の栄光とギルドの存在価値を示すための手段として用いられている。
その結果、ゴールデンビートルは槍士”千穿のウルフ”を筆頭にそこそこ有名な冒険者チームから、ベルク遺跡攻略の噂で一気に超有名人に躍り出ることとなった。
『……やはりそうでしたか』
予想通りだったと納得して頷くのは女神ミルレース。
「?……何がだ?」
そしてそれに疑問を呈するのはレッド=カーマイン。誰にも聞かれないようにそっと質問する。
普通に尋ねられないのはミルレースは何故か誰にも感知されないからだ。これほど外見が奇抜で宙に浮いているというのに誰も意に介さないのがその証拠だ。
『1人であの遺跡の攻略は不可能ではないかと思っていたんですよ。何か色々安心しました。あなたに拾われたことも含めて……』
「ん?俺?」
『だってゴールデンビートルとかいう方々は何だか素行の悪い人たちのようなので、もし彼らに拾われてたらどうなっていたかと思うと……失礼ですけどちょっと嫌かもって思いまして……』
お茶目に舌をペロリと出す女神。レッドは満更でもない雰囲気で頬を掻いた。
他人からはお近づきになりたくない人で通っているレッドだが、ミルレースには気に入られたようだ。素行が良くて得をしたと感じたのはこれが初めてかもしれない。
「いやぁそんな……あそこはハイ・トレントとその主人のダンベルクが強かったくらいであんまり自慢にはならないけど……でもまぁそんな風に言ってもらえると自殺未遂も報われるというか……」
『ん?』
「……え?」
ミルレースとレッドはお互い顔を見合わせる。何かほんの少し違和感がある会話だった。ボタンの掛け違いのような違和感。そんな2人の掛け合いを余所に周りは噂話を続ける。
「ダンジョンの攻略が一気に進んだことを思えばよぉ、これを期に多くのダンジョンが攻略されるんじゃねーの?」
「そりゃあるぜ。猛獣の生態を知ったら途端に怖くなくなっちまうあれだ。攻略法が確立したら魔獣なんぞ物の数じゃねぇやな」
「いっそ今からでも冒険者になっちまうだか?」
「そりゃ名案だぜ!おこぼれに預かれるし、何かあったら他の冒険者のせいにして逃げれば良いんだからなぁ!はっはぁっ!!」
口々に調子の良いことを言いながら高笑いする酔っ払いたち。ダンジョンはそんな単純ではないと思いつつもレッドは特に指摘するようなことはしない。何故なら単なる酔っ払いの妄言だからだ。明日になれば忘れている。
「……すいません。お勘定を」
少し苛立ちながら立ち上がる。彼らは冗談のつもりだろうが、レッドは冒険者を愚弄されたと感じたためだ。小走りでやって来た店員に硬貨を少し多めに握らせ、勘定を済ませると上目遣いで口を開く。
「あの~……少しお尋ねしたいのですが、この辺りに安い宿屋とかないですかね?」
その言葉に店員のおばさんは小銭を数えながら少し考える素振りを見せた。
「ふぅむ……この町には宿があまり無くてねぇ。どこも変わらないとは思うけど表の道を西に進んだところにボロっちい宿があるから、そこが安いかねぇ?多分」
町の情景を思い浮かべながらおばさんに一言感謝を述べる。
「そんなことよりさ、あんた冒険者だよね?」
おばさんは声を落として尋ねた。レッドは「はぁ」と気の抜けた声で返事をする。
「最近この辺りで作物を食い荒らす奴が居てねぇ……出荷が滞ったり、そもそも届かなかったりすんのよぅ。なんとかしてくんないかねぇ?」
「へぇ、そうなんですか?でもそういうことはこの町のギルドに依頼するのが手っ取り早いのではないでしょうか?」
「何度も依頼してるって。けど今は他のことで手一杯だと言われたね。何をしてるんだか分かんないけど、こっちはほとほと困っちまって……」
大きくため息をつくおばさんを見たレッドは居た堪れなくなる。
「……本来はギルドから依頼を受けます。俺は一応雇われ冒険者だから勝手に依頼を受けるのはご法度というか……倫理に反するというか……」
それを聞いたおばさん店員は更に不貞腐れたような顔になっていく。もう聞きたくもないといった表情だったがレッドは続ける。
「でもまだこの町のギルドには挨拶しに行ってないし、俺はチームで行動をしていないから割りと自由が効く。ってことでその依頼を受けましょう」
「えぇ!?本当かい?」
「但し今回だけですよ?俺もギルドを利用してるんで喧嘩したくないですし。でもギルドが魔獣相手の依頼を断るなんて町民には酷な話ですから、取り敢えずは単独で対処出来そうならそのまま倒し、無理そうなら俺からあらためてギルドに進言しますよ」
「あぁ助かるよほんとに……あ、ここの食事代は良いからこれは宿代にして」
おばさんは握っていた硬貨をレッドの手に無理やり押し込めるように返した。レッドは焦りながら支払いを済ませようとするがおばさんは頑なに受け取らない。レッドは諦めて硬貨を財布にしまった。
*
『中々のお人好しぶりですね。何だかんだ言っても最後には仕事を受けちゃうんですもの』
ミルレースは口許を隠しながらくすくす笑う。
「すまないな。寄り道せずにさっさとアヴァンティアに行きたいだろうに……」
『いえいえ、構いませんよ。あなたという人間性が分かります。私もあの叔母様と同じくあなたを利用させていただいていますので』
「そう言ってくれると助かるよ」
レッドはミルレースと会話しながら目的の場所へと到着した。
『しかし何ですね。明日の早朝でも良かったのでは?』
そこはよく魔獣がやって来るという畑の側だった。頼まれた仕事を早々に終わらせるつもりなのだろうか。
「畑泥棒に来るような魔獣は人目を盗んでやって来る。まず間違いなく夜に出現しやすいだろうから時間的に丁度良いかと思って……」
『なるほど。経験則というやつですか』
「そんな大袈裟なものでは……とりあえずはどんな魔獣なのかを確認しないと対処のしようがない……」
──ザッ
レッドはすぐに身を屈めて草むらに身を隠した。ミルレースはレッドの様子をぼんやり見てハッとした顔で身を屈める。
『……どうしたんですか?』
コソコソと囁く。レッドは草の間から前方に指を差した。そこを見遣ると大きなツノを1本生やした二足歩行の何かが畑をジッと見つめているのが見えた。夜闇に浮かぶ黒い影の塊は何の魔獣なのか定かではないが、目だけが光っていた。
それを見てミルレースも納得したのか、何度も頷いて黒い影の塊から目を離さない。
「……ゴブリンか……?」
人間の子供くらいの大きさ。金属の擦れる音やシルエットから鎧を着ているのが分かる。大きな角はきっと兜のデザインだろう。スッと身を屈めて畑に手を伸ばしている。
(1匹なことはないだろう。でも背後に隠れているだろう敵はせいぜい数匹ほど……問題ない。1人でも倒せる)
レッドは剣の柄に手を掛け、希望的観測を頭で唱えながら体に力を入れた。
今にも飛び出しそうなレッドの覚悟に気づいたミルレースはすぐにストップをかける。
『お待ちください正気ですか?見た感じ1体しか見当たりませんが、群れで身を潜めていたらどうするのですか?敵を侮り、単独で行動していては命がいくつあっても足りませんよ』
その言葉にレッドはハッと目を覚ましたように踏みとどまる。ミルレースの言う通りだ。ここに何をしに来たのかといえば畑泥棒の存在の確認だった。
シルエットから推測するにゴブリンだと思われる存在が犯人であることは明らか。敵の戦力を観測し、ギルドに持ち帰って対処してもらうのが定石。ゴブリン程度とタカを括っては、ベテラン冒険者でも多勢に無勢で最悪命を落とす。
「……すまない。冷静さを欠いていたようだ……」
これこそが仲間と共に居ると言う強み。一言「危ない」と客観的に見てくれる仲間がいれば、しょうもない事で命を捨てるようなことにはならない。レッドはミルレースに心から感謝していた。
(ああ……仲間って良いなぁ……)
これで背中を合わせて戦えるなら最高だが、彼女は宝石のような欠片を媒体とした霊体。触れることはおろかレッド以外の周りは認識すらしない。正直側に居てくれる女神が今ここにきちんと独立した形で居るのかどうかすら怪しい。
本当はレッドの頭の中だけの存在だったとか、長い夢を見ているとか、悪い方面にばかり考えてしまう。
レッドは頭を振る。今は畑泥棒の事だけを考えよう。嫌な考えは頭の隅に追いやり、剣の柄から手を離す。
ゴブリンと思しき物体は畑の野菜を両手で抱え込むとそそくさと森に入っていった。
レッドは腰を低く保ちながら素早く動き出す。靭やかに、そして速やかに走る。地を這うが如く移動する様はさながら蛇のようだ。速すぎて追いつくのではないかと思えるのに驚くほど静かに動く。ベテラン盗賊でもここまでの隠密行動は出来ない。
食料を抱え込んだ小さな魔獣を全く見失うことなく洞窟に辿り着いた。魔獣は一旦足を止め、背後を確認した後で洞窟に入っていった。
「ダンジョンか……?」
追ってみた感じ完全に1匹だった。カーストの低いゴブリンが身の危険を顧みずにパシリをさせられていたのだろうか。だが鎧で身を固めた姿を鑑みればとてもじゃないがカーストの低いゴブリンとは思えない。
「……ゴブリンとは別種か。となればこのまま報告は出来ないな……」
『取り敢えずは町に戻り、この洞窟の詳細を伺ってみては如何でしょうか?危険な場所ならばそれなりの装備が必要でしょう?』
「堅実だな。安全第一ということか……」
『いけませんか?』
「いや、単独行動の俺にはありがたい言葉だ。きっと昔の仲間もそう言ってくれたに違いない。一旦戻ろう」
レッドは踵を返して町に戻っていく。夜の闇に暗い森が相まって無限の黒に進んでいく感覚を覚えた。ミルレースだけがぼんやりと光を放って存在感を増している。
『あの……戻れるのですか?』
「来た道を戻るだけだよ。そう難しいことでもないだろ?多分」
そういってズンズンと進んでいたレッドは、数分歩いた後に遭難した。
日も落ちた暗い町で開いてる店といえば酒場だけだ。カウンターに腰掛け、立てかけられていたメニューを確認する。油で炒めたご飯にお肉を乗せた簡易的な食事を注文する。この店は親切なことに野菜をつけてくれた。
酒場ということもあり、酒の注文を尋ねられることを見越して先にキッパリ断っておく。嫌な顔をされるかとも思ったが店員はほぼ無表情で接客と配膳をしてくれた。無愛想この上ないが、今は疲れもあってか無駄な会話をしてこないのは嬉しい。
それほど待つこともなく食事が運ばれ、早速料理を食べ始めた。空腹の体にこの脂身が沁みる。上手い夕飯に舌鼓を打っていると、酔っ払いの噂話が耳を掠めた。
「聞いたかよあの話……」
「あぁ?そりゃもしかしてあのダンジョンのことか?」
黙々とご飯を口に入れていたレッドの耳に入ってきたのはベルク遺跡が攻略されたという噂だ。どれだけ強いベテラン冒険者が、どこまで行っても19階層までしか降りられなかった高レベルダンジョンを、あのゴールデンビートルが踏破したと噂が広まっていた。
街に1つは存在するギルド会館。そこに常設してある魔道具”無色の水晶”という魔力による伝達方法が存在する。画像、映像、文字などで情報を即座に通達し、世界中に冒険者の栄光とギルドの存在価値を示すための手段として用いられている。
その結果、ゴールデンビートルは槍士”千穿のウルフ”を筆頭にそこそこ有名な冒険者チームから、ベルク遺跡攻略の噂で一気に超有名人に躍り出ることとなった。
『……やはりそうでしたか』
予想通りだったと納得して頷くのは女神ミルレース。
「?……何がだ?」
そしてそれに疑問を呈するのはレッド=カーマイン。誰にも聞かれないようにそっと質問する。
普通に尋ねられないのはミルレースは何故か誰にも感知されないからだ。これほど外見が奇抜で宙に浮いているというのに誰も意に介さないのがその証拠だ。
『1人であの遺跡の攻略は不可能ではないかと思っていたんですよ。何か色々安心しました。あなたに拾われたことも含めて……』
「ん?俺?」
『だってゴールデンビートルとかいう方々は何だか素行の悪い人たちのようなので、もし彼らに拾われてたらどうなっていたかと思うと……失礼ですけどちょっと嫌かもって思いまして……』
お茶目に舌をペロリと出す女神。レッドは満更でもない雰囲気で頬を掻いた。
他人からはお近づきになりたくない人で通っているレッドだが、ミルレースには気に入られたようだ。素行が良くて得をしたと感じたのはこれが初めてかもしれない。
「いやぁそんな……あそこはハイ・トレントとその主人のダンベルクが強かったくらいであんまり自慢にはならないけど……でもまぁそんな風に言ってもらえると自殺未遂も報われるというか……」
『ん?』
「……え?」
ミルレースとレッドはお互い顔を見合わせる。何かほんの少し違和感がある会話だった。ボタンの掛け違いのような違和感。そんな2人の掛け合いを余所に周りは噂話を続ける。
「ダンジョンの攻略が一気に進んだことを思えばよぉ、これを期に多くのダンジョンが攻略されるんじゃねーの?」
「そりゃあるぜ。猛獣の生態を知ったら途端に怖くなくなっちまうあれだ。攻略法が確立したら魔獣なんぞ物の数じゃねぇやな」
「いっそ今からでも冒険者になっちまうだか?」
「そりゃ名案だぜ!おこぼれに預かれるし、何かあったら他の冒険者のせいにして逃げれば良いんだからなぁ!はっはぁっ!!」
口々に調子の良いことを言いながら高笑いする酔っ払いたち。ダンジョンはそんな単純ではないと思いつつもレッドは特に指摘するようなことはしない。何故なら単なる酔っ払いの妄言だからだ。明日になれば忘れている。
「……すいません。お勘定を」
少し苛立ちながら立ち上がる。彼らは冗談のつもりだろうが、レッドは冒険者を愚弄されたと感じたためだ。小走りでやって来た店員に硬貨を少し多めに握らせ、勘定を済ませると上目遣いで口を開く。
「あの~……少しお尋ねしたいのですが、この辺りに安い宿屋とかないですかね?」
その言葉に店員のおばさんは小銭を数えながら少し考える素振りを見せた。
「ふぅむ……この町には宿があまり無くてねぇ。どこも変わらないとは思うけど表の道を西に進んだところにボロっちい宿があるから、そこが安いかねぇ?多分」
町の情景を思い浮かべながらおばさんに一言感謝を述べる。
「そんなことよりさ、あんた冒険者だよね?」
おばさんは声を落として尋ねた。レッドは「はぁ」と気の抜けた声で返事をする。
「最近この辺りで作物を食い荒らす奴が居てねぇ……出荷が滞ったり、そもそも届かなかったりすんのよぅ。なんとかしてくんないかねぇ?」
「へぇ、そうなんですか?でもそういうことはこの町のギルドに依頼するのが手っ取り早いのではないでしょうか?」
「何度も依頼してるって。けど今は他のことで手一杯だと言われたね。何をしてるんだか分かんないけど、こっちはほとほと困っちまって……」
大きくため息をつくおばさんを見たレッドは居た堪れなくなる。
「……本来はギルドから依頼を受けます。俺は一応雇われ冒険者だから勝手に依頼を受けるのはご法度というか……倫理に反するというか……」
それを聞いたおばさん店員は更に不貞腐れたような顔になっていく。もう聞きたくもないといった表情だったがレッドは続ける。
「でもまだこの町のギルドには挨拶しに行ってないし、俺はチームで行動をしていないから割りと自由が効く。ってことでその依頼を受けましょう」
「えぇ!?本当かい?」
「但し今回だけですよ?俺もギルドを利用してるんで喧嘩したくないですし。でもギルドが魔獣相手の依頼を断るなんて町民には酷な話ですから、取り敢えずは単独で対処出来そうならそのまま倒し、無理そうなら俺からあらためてギルドに進言しますよ」
「あぁ助かるよほんとに……あ、ここの食事代は良いからこれは宿代にして」
おばさんは握っていた硬貨をレッドの手に無理やり押し込めるように返した。レッドは焦りながら支払いを済ませようとするがおばさんは頑なに受け取らない。レッドは諦めて硬貨を財布にしまった。
*
『中々のお人好しぶりですね。何だかんだ言っても最後には仕事を受けちゃうんですもの』
ミルレースは口許を隠しながらくすくす笑う。
「すまないな。寄り道せずにさっさとアヴァンティアに行きたいだろうに……」
『いえいえ、構いませんよ。あなたという人間性が分かります。私もあの叔母様と同じくあなたを利用させていただいていますので』
「そう言ってくれると助かるよ」
レッドはミルレースと会話しながら目的の場所へと到着した。
『しかし何ですね。明日の早朝でも良かったのでは?』
そこはよく魔獣がやって来るという畑の側だった。頼まれた仕事を早々に終わらせるつもりなのだろうか。
「畑泥棒に来るような魔獣は人目を盗んでやって来る。まず間違いなく夜に出現しやすいだろうから時間的に丁度良いかと思って……」
『なるほど。経験則というやつですか』
「そんな大袈裟なものでは……とりあえずはどんな魔獣なのかを確認しないと対処のしようがない……」
──ザッ
レッドはすぐに身を屈めて草むらに身を隠した。ミルレースはレッドの様子をぼんやり見てハッとした顔で身を屈める。
『……どうしたんですか?』
コソコソと囁く。レッドは草の間から前方に指を差した。そこを見遣ると大きなツノを1本生やした二足歩行の何かが畑をジッと見つめているのが見えた。夜闇に浮かぶ黒い影の塊は何の魔獣なのか定かではないが、目だけが光っていた。
それを見てミルレースも納得したのか、何度も頷いて黒い影の塊から目を離さない。
「……ゴブリンか……?」
人間の子供くらいの大きさ。金属の擦れる音やシルエットから鎧を着ているのが分かる。大きな角はきっと兜のデザインだろう。スッと身を屈めて畑に手を伸ばしている。
(1匹なことはないだろう。でも背後に隠れているだろう敵はせいぜい数匹ほど……問題ない。1人でも倒せる)
レッドは剣の柄に手を掛け、希望的観測を頭で唱えながら体に力を入れた。
今にも飛び出しそうなレッドの覚悟に気づいたミルレースはすぐにストップをかける。
『お待ちください正気ですか?見た感じ1体しか見当たりませんが、群れで身を潜めていたらどうするのですか?敵を侮り、単独で行動していては命がいくつあっても足りませんよ』
その言葉にレッドはハッと目を覚ましたように踏みとどまる。ミルレースの言う通りだ。ここに何をしに来たのかといえば畑泥棒の存在の確認だった。
シルエットから推測するにゴブリンだと思われる存在が犯人であることは明らか。敵の戦力を観測し、ギルドに持ち帰って対処してもらうのが定石。ゴブリン程度とタカを括っては、ベテラン冒険者でも多勢に無勢で最悪命を落とす。
「……すまない。冷静さを欠いていたようだ……」
これこそが仲間と共に居ると言う強み。一言「危ない」と客観的に見てくれる仲間がいれば、しょうもない事で命を捨てるようなことにはならない。レッドはミルレースに心から感謝していた。
(ああ……仲間って良いなぁ……)
これで背中を合わせて戦えるなら最高だが、彼女は宝石のような欠片を媒体とした霊体。触れることはおろかレッド以外の周りは認識すらしない。正直側に居てくれる女神が今ここにきちんと独立した形で居るのかどうかすら怪しい。
本当はレッドの頭の中だけの存在だったとか、長い夢を見ているとか、悪い方面にばかり考えてしまう。
レッドは頭を振る。今は畑泥棒の事だけを考えよう。嫌な考えは頭の隅に追いやり、剣の柄から手を離す。
ゴブリンと思しき物体は畑の野菜を両手で抱え込むとそそくさと森に入っていった。
レッドは腰を低く保ちながら素早く動き出す。靭やかに、そして速やかに走る。地を這うが如く移動する様はさながら蛇のようだ。速すぎて追いつくのではないかと思えるのに驚くほど静かに動く。ベテラン盗賊でもここまでの隠密行動は出来ない。
食料を抱え込んだ小さな魔獣を全く見失うことなく洞窟に辿り着いた。魔獣は一旦足を止め、背後を確認した後で洞窟に入っていった。
「ダンジョンか……?」
追ってみた感じ完全に1匹だった。カーストの低いゴブリンが身の危険を顧みずにパシリをさせられていたのだろうか。だが鎧で身を固めた姿を鑑みればとてもじゃないがカーストの低いゴブリンとは思えない。
「……ゴブリンとは別種か。となればこのまま報告は出来ないな……」
『取り敢えずは町に戻り、この洞窟の詳細を伺ってみては如何でしょうか?危険な場所ならばそれなりの装備が必要でしょう?』
「堅実だな。安全第一ということか……」
『いけませんか?』
「いや、単独行動の俺にはありがたい言葉だ。きっと昔の仲間もそう言ってくれたに違いない。一旦戻ろう」
レッドは踵を返して町に戻っていく。夜の闇に暗い森が相まって無限の黒に進んでいく感覚を覚えた。ミルレースだけがぼんやりと光を放って存在感を増している。
『あの……戻れるのですか?』
「来た道を戻るだけだよ。そう難しいことでもないだろ?多分」
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ファンタジー
誰もがパートナーの精霊を持つウィスティリア王国。
そこでは精霊によって人生が決まり、また身分の高いものほど強い精霊を宿すといわれている。
しかし第二王子シグは最弱の精霊を宿して生まれたために王家を追放されてしまう。
身分を剥奪されたシグは冒険者になり、剣一本で魔物を倒して生計を立てるようになる。しかしそこでも精霊の弱さから見下された。ひどい時は他の冒険者に襲われこともあった。
そんな生活がしばらく続いたある日――今までの苦労が報われ精霊が進化。
姿は美しい白髪の少女に。
伝説の大精霊となり、『天候にまつわる全属性使用可』という規格外の能力を得たクゥは、「今まで育ててくれた恩返しがしたい!」と懐きまくってくる。
最強の相棒を手に入れたシグは、今まで自分を見下してきた人間たちを見返すことを決意するのだった。
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