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4章
35、フレア高山
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ダンジョンの奥、最下層の1フロアを改装して設置した円卓。そこに座る最強の魔族たち”皇魔貴族”。
それぞれの支配するダンジョンからわざわざ足を伸ばして僻地までやってきたのは理由がある。
「……不死者が死ぬとはとんちかなにかか?」
「まったくだな。ハウザーのバカが撃破されたことには諸手を上げて喜びてぇところだが、野郎をやれちまうような人間がいることには素直に喜べねぇ……」
「その前にはダンベルクまで倒されている。前回はどういう話し合いになったのだ?誰がこの責を負うのだ?」
好き勝手に喋る魔族を尻目にロータスは黙って目を瞑っている。
「おい聞いているのかロータス。お前に言っているのだぞ?」
ロータスはカッと目を見開いてギロリと睨みつけた。
「黙れ……子爵ごときが偉そうに……貴様らクズが前回の会合に顔を出さなかったのが今回の面倒につながったとも言える。……フィニアスまで参加した会合に来なかったとはどういう了見か。聞かせてもらおうか?」
「話をすり替えるな。失態は失態。どんな相手だろうがハウザーの死は取り消せん。執事!!」
大声を出した魔族の背後から滲み出るように大男が現れた。
「……ここに……」
「我々にも見せろ。その逸脱者とやらをな。ベルギルツから話だけは聞いたが、やはりこの目で見ないとどのくらいのレベルなのかいまいち掴めん」
ロータスを睨みながら吠える子爵。ロータスは鼻で笑う。あれを見て恐怖に歪む顔が予想出来るからだ。
バトラーは逡巡するも、諦めたように目から映像を照射した。
*
魔導国ロードオブ・ザ・ケインから出たレッドは山や谷を駆け抜け、獄炎の門があるフレア高山に到着した。
オリハルコン採取に一ヶ月の猶予しか与えてもらえなかったレッドは、ダンジョン攻略にかかる時間配分を予想し、焦りに焦って旅に出た。ろくに身支度も済んでいないままに、フレア高山の中腹まで足を伸ばしていた。
『焦りすぎですよ。もっと自分の体を労ってください』
ミルレースの叱責にレッドはビクッと体を震わせたが、こんなところで休んでいる場合ではないと首を振った。
「う、うん……じゃあダンジョンの入り口付近で休憩する。取り敢えずこの山を登っとかないとさ……」
レッドは言うが早いか、頂上を目指してゴツゴツとした岩場を突き進む。
『見てくださいレッド。あれは間欠泉でしょうか?やけどしそうなので近付かないでください』
「ありがとうミルレース。この上にあるんだよな、獄炎の門……名前通りかなり熱い場所っぽいけど……」
火口付近のダンジョンということで、ダンジョンに侵入するさまはマグマの中に入っていく印象だ。
どんな魔物がいるのか。どんな危険が待ち構えているのか。
レッドは剣を握りしめてようやく火口付近に足を踏み入れる。だがすぐに岩陰に隠れた。そっと顔を出してダンジョンの出入り口を確認する。
「あれは……ドラゴンじゃないか?」
真っ赤な鱗、猫のようにしなやかな肢体に猛禽類のように鋭く尖った長い爪。トカゲのように長細い顔に突き出た牙と頭上に伸びる2本のツノ。背中から生えるコウモリのような翼。全てを総合させた強さと恐怖の権化はのそのそと歩いている。それも3頭。
『あれはレッドドラゴンですね。レッドにお似合いのドラゴンです』
「それ名前だけだろ……くそっ、あれじゃダンジョン内に入れないぞ……」
『慌てないでください。まずは休憩を挟みましょう』
ミルレースから指摘されたことを思い出し、レッドはようやく休憩に入った。腰掛けられそうな岩を見つけ出し、座って足を投げ出した。
「ドラゴンが中に入るまではここに足止めだな。フレア高山はドラゴンの巣窟だったりするのかな?」
『何か問題でも?ドラゴン程度、レッドなら軽く倒してしまうのでは?』
「……フーッ……何か勘違いしているようだから言っとくぞ。ドラゴンは最強の生物だ。ドラゴンに単独で勝てる人間はいない。もし単独で倒すことが出来たならドラゴンスレイヤーの称号を得られる。現在単独で勝てるのはディロン=ディザスターの1人だけ……まぁそうはいうけどさ、俺はニールならいけるんじゃないかなって思ってる」
ペラペラと饒舌に話すレッド。ミルレースは唇を尖らせながらそれを聞く。噂のニール=ロンブルスの実力を知らないので何とも言えないが、レッドの上げた名前の2人の実力を合わせたとて、レッドの足下にも及ばないだろうとミルレースは思った。
『……ということはドラゴンには手を出さないということでしょうか?』
「当たり前だ。1人じゃ天地がひっくり返っても勝てない。ダンジョンに入ってもドラゴンとの接敵は避ける。もしドラゴンしかいなかったら……ふっ、なるべくゆっくり行くさ」
レッドはドラゴンがダンジョンに入っていくまで、保存食用の乾パンをかじりながらゆっくり待つことにした。
*
日が傾きかけた時、ようやくドラゴンも中に入っていく。動く気配を察知したレッドは寝転がっていた体を起こして岩の陰から覗く。
「あれに何の意味があったんだ?日向ぼっこという感じじゃなかったが……」
『うーん……何かを警戒しているのでしょうか?』
「……だとしたらどれほど凄まじい魔物なんだ……」
『皇魔貴族……とか?』
「それはないだろ。あいつらそこまで強くなかったしな。ドラゴンが警戒するほどの相手だし、巨人族の群れとか……もしくは色違いの同族とか?いずれにしろこれでやっと中に入れる」
といいつつもすぐには動かない。気が変わって引き返してこないのを確認し、レッドは抜き足差し足でダンジョンの前に立った。
獄炎の門。最高難易度のダンジョンであり、一度入ってしまえば二度とは戻ってこられない。その一端を垣間見たレッドは震える体を抑える。
(これほどの試練を乗り越えないといけないのか……)
ゴーレムを手に入れる試練。いや、旅を支えてくれる仲間を手に入れる試練。
ニールたちのチームに居られたことがどれほど恵まれた環境だったのだろうか。自分の弱さが招いた追放にこれほど苦しめられるなど思いも寄らない。
もしあの頃に戻れたなら、彼らを失望させるようなことは絶対にしないと誓う。チームの役に立ち、ビフレストとして名を馳せたことだろう。
だがそれはもう叶わぬ夢だ。
「……気合い入れろレッド。ここが、ここからが正念場だ」
レッドは音を立てないようにダンジョンに侵入する。広い通路の壁際に沿って隠れながら進む。ドラゴンが闊歩する岩場には爪の跡が散見され、所々で焦げ跡も見られた。
『あ!見てくださいあれ!マグマですよ!』
「……ほんとだ。マグマなんて全然見ることないから珍しいよな」
熱気がかなり距離が離れていてもじわじわ感じる。きっとミルレースにはただの燃える液体のように見えることだろう。この熱気を感じられたならこれほどはしゃいでいないだろうから。
ミルレースは調子に乗ってマグマの側までふわふわ飛んでいく。
『レッドレッド!魔物が泳いでますよ!マグマ遊泳出来るなんてどのような魔物でしょうか?』
「……俺はそんな大きい声出せないぞ?ほらほら、こんなところで惚けてられないから早く進むよ」
『はーい……』
*
「……これは……まさかの事態だ。シャドーガロンを一蹴するとは……。これほどの手際は見たことがない。本当に人間なのか?」
恐ろしい映像を見た子爵一同は驚きで口を閉ざした。
すべてを見せたバトラーは視界映像を解く。トラウマ持ちのバトラーはこんな記憶を消してしまいたいのだが、それは主人が決して許さない。
「レッド=カーマイン。それがその人間の名前です」
透き通る声が部屋全体に響き渡る。声のする方に目をやると、いつの間に入ったのか豪華な衣装に身を包んだ美しい女性が目に入った。
「フィニアス閣下」
「フィニアス様」
今回集まった魔族たちが彼女に対し、それぞれの呼び方で頭を下げる。
アルルート=女王=フィニアス。現皇魔貴族の頂点である。
その後ろに控えるはグルガンとベルギルツ。ハウザーを抜く前回の会合参加者が揃ったことになる。
「まさかハウザーがやられるとは思いも依らず。敵の力を見誤る己の見識の甘さを呪う」
「貴様のせいだけではない。あの時は全員がハウザーに任せた。結果は……いや、今は男爵と伯爵の強者を倒す人間への報復を考えるべきだ」
「ええ、その通りですよ。まずは席に着いて、それから話を始めましょう」
2人に進められ、フィニアスは上座に着いた。続いてグルガン、ベルギルツの順に席に着く。
一拍置いて話し始めたのは招集をかけたロータスだった。
「判断が誤っていたのは全会一致……最終的には私も譲ったのは確か……なれば今こそ、ベルギルツと私の意見を取り入れ、レッドを殲滅すべきだとそう思わないか?」
「……意見とは?」
「最も安心しきったところを襲撃するということですよ。食事時だろうと寝込みだろうと女性を抱いている時だろうと関係ない。……いっそ人間の街ごと消してしまうのはいかがでしょう?」
「人間の街に潜り込むならバトラーが適任だが……こやつは使えん」
「……面目次第もございません……」
バトラーは深々と頭を下げる。前回の会合に参加しなかった者たちには何故出来ないのか分からなかったものの、ロータスに参加しなかったことを指摘されたばかりだったので聞くのは憚られた。
「……疲れた時に襲うのはどうだ?……ある程度戦わせてから横っ面をはたき倒すというのは……」
「死ぬことが前提の戦いに誰がその身を投じるというのでしょうか?ちなみに私は嫌です」
「ダンベルクとハウザーがやられたことを踏まえれば、犠牲なくして勝つことが果たして可能なのかどうか……」
頭を悩ませる皇魔貴族。今の今まで自分たちの力に一欠片の疑問も無かった彼らに訪れた試練。現れた厄災に抗うすべを探し出す。
その時、円卓に座る皇魔貴族の背後で取り囲むように床を硬いもので叩く音が鳴り響いた。
カンッ……カンカンッ
その音に反応し、肩越しに背後を確認した。
「一番槍。我らにお任せ願いたい」
ガシャッとフルプレートの鎧に身を包んだ騎士が前に出た。
「……貴様らがやるというのか?槍の誉れ」
騎士に任命されし12の魔族。勇者が現れる前は13体いたのだが、1体討ち滅ぼされたために今の数となった。
「我らが一糸乱れぬ動きにより、攻勢を仕掛けたなら侯爵にも匹敵しましょう」
その自信にロータスとベルギルツが反応する。ナイツオブランスのリーダーと思しき騎士は2人の反応を無視して続ける。
「そのレッドという人間を削り切ることも出来るとは思いますが、これは作戦。相手を完璧に疲弊させ、トドメをお譲り致しましょう」
「図に乗るなよジーク。その慢心は死を招く。ハウザーがそうだったようにな……」
「ハウザー様は遊びが過ぎる御方。性格が違いますゆえ、同一視されては困りますな」
ジークの軽率な返事がグルガンの神経を逆撫でする。獣の魔人と呼べるグルガンの喉からグルル……と威嚇音が鳴った。
「もちろんここで仲間割れをするつもりもございません。我らは魔族のより良い未来を憂い、命を賭して戦いに馳せ参じますことをここに誓います。我らの犠牲を踏み、勝利へと導く方を是非ともフィニアス閣下より任命いただきたく……」
ジークは胸に手を当ててお辞儀をした。
「よかろう。それでは……ベルギルツ」
「はっ」
ベルギルツは待ってましたとばかりに立ち上がる。
「そなたの力が試される時だ。レッドを亡き者とし、わたくしたちの安寧を取り戻すのだ」
「お任せを。このガンビット=侯爵=ベルギルツ。フィニアス様のご期待に答えて見せましょう」
ベルギルツとナイツオブランスはいち早く円卓会場を後にする。しばらく見送ったフィニアスはチラリとバトラーに目配せをした。
「ハウザーがどのように倒されたのかの詳細がない。今後のことも考え、記録するためにそなたも陰ながら同行せよ」
「……はっ……」
トラウマ持ちのバトラーとしては死ぬほど嫌だが、主人の意向に逆らうことなど出来ないため、気持ちを押し殺して了解する。
「閣下。私も陰ながら同行したいのですが、よろしいでしょうか?」
子爵は自分でも出しゃばっていると思いながら質問をする。本来バトラーの視界映像で安全圏から確認することが出来るものの、それでは生の感性が得られない。芸術肌の彼はその場で感じることこそが、レッドという人間の本質を知ることに繋がると考えているのだ。たとえレッドが今回の戦いで一方的に殺されてしまっても、何か拾えるものはあると確信しての発言だった。
「許可する」
「ありがとうございます」
こうして討伐隊と記録係でレッド撃滅戦へと進軍を開始した。
それぞれの支配するダンジョンからわざわざ足を伸ばして僻地までやってきたのは理由がある。
「……不死者が死ぬとはとんちかなにかか?」
「まったくだな。ハウザーのバカが撃破されたことには諸手を上げて喜びてぇところだが、野郎をやれちまうような人間がいることには素直に喜べねぇ……」
「その前にはダンベルクまで倒されている。前回はどういう話し合いになったのだ?誰がこの責を負うのだ?」
好き勝手に喋る魔族を尻目にロータスは黙って目を瞑っている。
「おい聞いているのかロータス。お前に言っているのだぞ?」
ロータスはカッと目を見開いてギロリと睨みつけた。
「黙れ……子爵ごときが偉そうに……貴様らクズが前回の会合に顔を出さなかったのが今回の面倒につながったとも言える。……フィニアスまで参加した会合に来なかったとはどういう了見か。聞かせてもらおうか?」
「話をすり替えるな。失態は失態。どんな相手だろうがハウザーの死は取り消せん。執事!!」
大声を出した魔族の背後から滲み出るように大男が現れた。
「……ここに……」
「我々にも見せろ。その逸脱者とやらをな。ベルギルツから話だけは聞いたが、やはりこの目で見ないとどのくらいのレベルなのかいまいち掴めん」
ロータスを睨みながら吠える子爵。ロータスは鼻で笑う。あれを見て恐怖に歪む顔が予想出来るからだ。
バトラーは逡巡するも、諦めたように目から映像を照射した。
*
魔導国ロードオブ・ザ・ケインから出たレッドは山や谷を駆け抜け、獄炎の門があるフレア高山に到着した。
オリハルコン採取に一ヶ月の猶予しか与えてもらえなかったレッドは、ダンジョン攻略にかかる時間配分を予想し、焦りに焦って旅に出た。ろくに身支度も済んでいないままに、フレア高山の中腹まで足を伸ばしていた。
『焦りすぎですよ。もっと自分の体を労ってください』
ミルレースの叱責にレッドはビクッと体を震わせたが、こんなところで休んでいる場合ではないと首を振った。
「う、うん……じゃあダンジョンの入り口付近で休憩する。取り敢えずこの山を登っとかないとさ……」
レッドは言うが早いか、頂上を目指してゴツゴツとした岩場を突き進む。
『見てくださいレッド。あれは間欠泉でしょうか?やけどしそうなので近付かないでください』
「ありがとうミルレース。この上にあるんだよな、獄炎の門……名前通りかなり熱い場所っぽいけど……」
火口付近のダンジョンということで、ダンジョンに侵入するさまはマグマの中に入っていく印象だ。
どんな魔物がいるのか。どんな危険が待ち構えているのか。
レッドは剣を握りしめてようやく火口付近に足を踏み入れる。だがすぐに岩陰に隠れた。そっと顔を出してダンジョンの出入り口を確認する。
「あれは……ドラゴンじゃないか?」
真っ赤な鱗、猫のようにしなやかな肢体に猛禽類のように鋭く尖った長い爪。トカゲのように長細い顔に突き出た牙と頭上に伸びる2本のツノ。背中から生えるコウモリのような翼。全てを総合させた強さと恐怖の権化はのそのそと歩いている。それも3頭。
『あれはレッドドラゴンですね。レッドにお似合いのドラゴンです』
「それ名前だけだろ……くそっ、あれじゃダンジョン内に入れないぞ……」
『慌てないでください。まずは休憩を挟みましょう』
ミルレースから指摘されたことを思い出し、レッドはようやく休憩に入った。腰掛けられそうな岩を見つけ出し、座って足を投げ出した。
「ドラゴンが中に入るまではここに足止めだな。フレア高山はドラゴンの巣窟だったりするのかな?」
『何か問題でも?ドラゴン程度、レッドなら軽く倒してしまうのでは?』
「……フーッ……何か勘違いしているようだから言っとくぞ。ドラゴンは最強の生物だ。ドラゴンに単独で勝てる人間はいない。もし単独で倒すことが出来たならドラゴンスレイヤーの称号を得られる。現在単独で勝てるのはディロン=ディザスターの1人だけ……まぁそうはいうけどさ、俺はニールならいけるんじゃないかなって思ってる」
ペラペラと饒舌に話すレッド。ミルレースは唇を尖らせながらそれを聞く。噂のニール=ロンブルスの実力を知らないので何とも言えないが、レッドの上げた名前の2人の実力を合わせたとて、レッドの足下にも及ばないだろうとミルレースは思った。
『……ということはドラゴンには手を出さないということでしょうか?』
「当たり前だ。1人じゃ天地がひっくり返っても勝てない。ダンジョンに入ってもドラゴンとの接敵は避ける。もしドラゴンしかいなかったら……ふっ、なるべくゆっくり行くさ」
レッドはドラゴンがダンジョンに入っていくまで、保存食用の乾パンをかじりながらゆっくり待つことにした。
*
日が傾きかけた時、ようやくドラゴンも中に入っていく。動く気配を察知したレッドは寝転がっていた体を起こして岩の陰から覗く。
「あれに何の意味があったんだ?日向ぼっこという感じじゃなかったが……」
『うーん……何かを警戒しているのでしょうか?』
「……だとしたらどれほど凄まじい魔物なんだ……」
『皇魔貴族……とか?』
「それはないだろ。あいつらそこまで強くなかったしな。ドラゴンが警戒するほどの相手だし、巨人族の群れとか……もしくは色違いの同族とか?いずれにしろこれでやっと中に入れる」
といいつつもすぐには動かない。気が変わって引き返してこないのを確認し、レッドは抜き足差し足でダンジョンの前に立った。
獄炎の門。最高難易度のダンジョンであり、一度入ってしまえば二度とは戻ってこられない。その一端を垣間見たレッドは震える体を抑える。
(これほどの試練を乗り越えないといけないのか……)
ゴーレムを手に入れる試練。いや、旅を支えてくれる仲間を手に入れる試練。
ニールたちのチームに居られたことがどれほど恵まれた環境だったのだろうか。自分の弱さが招いた追放にこれほど苦しめられるなど思いも寄らない。
もしあの頃に戻れたなら、彼らを失望させるようなことは絶対にしないと誓う。チームの役に立ち、ビフレストとして名を馳せたことだろう。
だがそれはもう叶わぬ夢だ。
「……気合い入れろレッド。ここが、ここからが正念場だ」
レッドは音を立てないようにダンジョンに侵入する。広い通路の壁際に沿って隠れながら進む。ドラゴンが闊歩する岩場には爪の跡が散見され、所々で焦げ跡も見られた。
『あ!見てくださいあれ!マグマですよ!』
「……ほんとだ。マグマなんて全然見ることないから珍しいよな」
熱気がかなり距離が離れていてもじわじわ感じる。きっとミルレースにはただの燃える液体のように見えることだろう。この熱気を感じられたならこれほどはしゃいでいないだろうから。
ミルレースは調子に乗ってマグマの側までふわふわ飛んでいく。
『レッドレッド!魔物が泳いでますよ!マグマ遊泳出来るなんてどのような魔物でしょうか?』
「……俺はそんな大きい声出せないぞ?ほらほら、こんなところで惚けてられないから早く進むよ」
『はーい……』
*
「……これは……まさかの事態だ。シャドーガロンを一蹴するとは……。これほどの手際は見たことがない。本当に人間なのか?」
恐ろしい映像を見た子爵一同は驚きで口を閉ざした。
すべてを見せたバトラーは視界映像を解く。トラウマ持ちのバトラーはこんな記憶を消してしまいたいのだが、それは主人が決して許さない。
「レッド=カーマイン。それがその人間の名前です」
透き通る声が部屋全体に響き渡る。声のする方に目をやると、いつの間に入ったのか豪華な衣装に身を包んだ美しい女性が目に入った。
「フィニアス閣下」
「フィニアス様」
今回集まった魔族たちが彼女に対し、それぞれの呼び方で頭を下げる。
アルルート=女王=フィニアス。現皇魔貴族の頂点である。
その後ろに控えるはグルガンとベルギルツ。ハウザーを抜く前回の会合参加者が揃ったことになる。
「まさかハウザーがやられるとは思いも依らず。敵の力を見誤る己の見識の甘さを呪う」
「貴様のせいだけではない。あの時は全員がハウザーに任せた。結果は……いや、今は男爵と伯爵の強者を倒す人間への報復を考えるべきだ」
「ええ、その通りですよ。まずは席に着いて、それから話を始めましょう」
2人に進められ、フィニアスは上座に着いた。続いてグルガン、ベルギルツの順に席に着く。
一拍置いて話し始めたのは招集をかけたロータスだった。
「判断が誤っていたのは全会一致……最終的には私も譲ったのは確か……なれば今こそ、ベルギルツと私の意見を取り入れ、レッドを殲滅すべきだとそう思わないか?」
「……意見とは?」
「最も安心しきったところを襲撃するということですよ。食事時だろうと寝込みだろうと女性を抱いている時だろうと関係ない。……いっそ人間の街ごと消してしまうのはいかがでしょう?」
「人間の街に潜り込むならバトラーが適任だが……こやつは使えん」
「……面目次第もございません……」
バトラーは深々と頭を下げる。前回の会合に参加しなかった者たちには何故出来ないのか分からなかったものの、ロータスに参加しなかったことを指摘されたばかりだったので聞くのは憚られた。
「……疲れた時に襲うのはどうだ?……ある程度戦わせてから横っ面をはたき倒すというのは……」
「死ぬことが前提の戦いに誰がその身を投じるというのでしょうか?ちなみに私は嫌です」
「ダンベルクとハウザーがやられたことを踏まえれば、犠牲なくして勝つことが果たして可能なのかどうか……」
頭を悩ませる皇魔貴族。今の今まで自分たちの力に一欠片の疑問も無かった彼らに訪れた試練。現れた厄災に抗うすべを探し出す。
その時、円卓に座る皇魔貴族の背後で取り囲むように床を硬いもので叩く音が鳴り響いた。
カンッ……カンカンッ
その音に反応し、肩越しに背後を確認した。
「一番槍。我らにお任せ願いたい」
ガシャッとフルプレートの鎧に身を包んだ騎士が前に出た。
「……貴様らがやるというのか?槍の誉れ」
騎士に任命されし12の魔族。勇者が現れる前は13体いたのだが、1体討ち滅ぼされたために今の数となった。
「我らが一糸乱れぬ動きにより、攻勢を仕掛けたなら侯爵にも匹敵しましょう」
その自信にロータスとベルギルツが反応する。ナイツオブランスのリーダーと思しき騎士は2人の反応を無視して続ける。
「そのレッドという人間を削り切ることも出来るとは思いますが、これは作戦。相手を完璧に疲弊させ、トドメをお譲り致しましょう」
「図に乗るなよジーク。その慢心は死を招く。ハウザーがそうだったようにな……」
「ハウザー様は遊びが過ぎる御方。性格が違いますゆえ、同一視されては困りますな」
ジークの軽率な返事がグルガンの神経を逆撫でする。獣の魔人と呼べるグルガンの喉からグルル……と威嚇音が鳴った。
「もちろんここで仲間割れをするつもりもございません。我らは魔族のより良い未来を憂い、命を賭して戦いに馳せ参じますことをここに誓います。我らの犠牲を踏み、勝利へと導く方を是非ともフィニアス閣下より任命いただきたく……」
ジークは胸に手を当ててお辞儀をした。
「よかろう。それでは……ベルギルツ」
「はっ」
ベルギルツは待ってましたとばかりに立ち上がる。
「そなたの力が試される時だ。レッドを亡き者とし、わたくしたちの安寧を取り戻すのだ」
「お任せを。このガンビット=侯爵=ベルギルツ。フィニアス様のご期待に答えて見せましょう」
ベルギルツとナイツオブランスはいち早く円卓会場を後にする。しばらく見送ったフィニアスはチラリとバトラーに目配せをした。
「ハウザーがどのように倒されたのかの詳細がない。今後のことも考え、記録するためにそなたも陰ながら同行せよ」
「……はっ……」
トラウマ持ちのバトラーとしては死ぬほど嫌だが、主人の意向に逆らうことなど出来ないため、気持ちを押し殺して了解する。
「閣下。私も陰ながら同行したいのですが、よろしいでしょうか?」
子爵は自分でも出しゃばっていると思いながら質問をする。本来バトラーの視界映像で安全圏から確認することが出来るものの、それでは生の感性が得られない。芸術肌の彼はその場で感じることこそが、レッドという人間の本質を知ることに繋がると考えているのだ。たとえレッドが今回の戦いで一方的に殺されてしまっても、何か拾えるものはあると確信しての発言だった。
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そのことをきっかけにしてセイルは本当の意味で『勇者』というものを考え、『英雄』と呼ばれる存在になるためにもがき、苦しむことになるだろう。
例えどんな困難な道であっても、光が照らす道へと……己の力で進むと誓った、その限りを尽くして。
過去の英雄と現代の英雄(の卵)が交差し、歴史を作る!
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