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10章 過去編
128、かけがえのないもの
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グリードは相変わらず傍若無人に振る舞った。
スロウとの約束など最初から無かったかのようにいつも通りに。
しかしいつもと違う点があった。顔をしかめ、不満を口にしそうなほどに苛立っているのが周りからでも分かるほどだった。
それというのもスロウの能力がグリードの動きを阻害したことに起因する。
(どういうことだ? スロウの能力は僕に通用した。でも僕の能力はスロウに効かない。……こんなのおかしいじゃないかっ!!)
実のところグリードはスロウと対峙した時に能力吸収を発動していた。
魔族などパワーアップアイテム程度にしか考えていなかった自分の行動を止めただけでなく、偉そうに上から目線でベラベラと教養を垂れてきたことにムカついたために殺してやろうとすら思ったからだ。
だがどういうわけか吸い取ることが出来なかった。
意味が分からなかったが手をかざした手前、能力吸収が出来ませんでしたなど屈辱的でしかない。まして先に生み出された程度で姉面するスロウには気づかれるわけにはいかないと、なし崩し的に捨て台詞を吐いたに過ぎない。
スロウがグリードを制止したことが数日と経たない内に噂になり、『乾きの獣』を止めることが出来る唯一の存在ということからスロウは『獣の首輪』と呼ばれるようになる。
そんな噂がグリードの耳にも入るようになり、それも苛立ちの一つとなっていた。
(いや、落ち着け……父上が僕とスロウに差をつけたのは何らかの理由があるはずなんだ。僕が能力を吸収しなければいけない何かがあるんだろう。……くそっ!何で僕がこんなことに頭を悩ませなければならないんだ!最初から最強に生み出せばそれで良かったのに意味が分からない!父上は愚か者だ!)
グリードは強くなればなるほどにスロウとデザイアとの差に気付き始めた。今の自分の能力が一切通用しない越えることの出来ない壁。
デーモンや皇魔貴族の下位の者どもを襲いながらこんなチマチマしたやり方で強くなれるはずがないと焦る。
もっと大きな、それでいて最短で強くなれるような力があるはずなのだ。
そうして自分の力とようやく向き合い始めた頃、前まで何とも思わなかった噂話が耳に入ってくる。
「グリード様は女神ミルレースに次ぐ災厄だよな」
「それ以上だろ。あれは敵だったから対応出来たけどグリード様は一応味方側だからな。オルベリウス公がまったく対応しなくて困るよな」
(女神ミルレース?そう言えばそんな話をどこかで聞いたような……)
デーモンたちの噂話に耳を傾け、ついでに片方の力を吸収し殺した。
片方が倒れた途端にデーモンが焦って周りを見渡している。そこに颯爽とグリードが現れた。
「その話。もう少し詳しく教えてくれるかな?」
*
何でもない日だった。
全ていつも通りで何事もなく進んでいく。
平凡とはつまらないものであり億劫であると同時に喜びでもあるのだと実感する。
変わらないという喜び。平和とはかくあるべきものなのだ。
リュートはいつものように仕事をしていた。
アレクサンドロスの代わりが務まることならばいくらでも手を伸ばし、暇を持て余すこともなく机に積み上がった報告書に目を通す。
要るものと要らないものに振り分ける作業は自ら進んで実行するものであり、主人を煩わせることなどあってはならない。
そうして忙しなく動く従者の姿にデーモンたちは何をそこまでと疑問にすら感じていた。
頭脳明晰で身体能力も高く、固有魔法を持っている超有能魔族。皇魔貴族に選ばれれば伯爵は堅い。
そんなリュートがアレクサンドロスに固執するのは過去に救ってもらった経緯があるからだ。
昔はどこの派閥にも属さず、仲間だけの小さなコミュニティでそれなりに鳴らしていた。
特別頭の良かったリュートは参謀的な役割に従事し、今と同様にサポートに徹していた。
順風満帆かと思っていたある日、急に参謀役から降格されることになる。その理由は仲間からの嫉妬。
何でもそつなくこなし、小さなコミュニティ同士との連携も取れ、顔も広く信頼も厚い。おまけに領土拡大から統治に関する問題も解決する完璧な参謀。
何故リーダーとして引っ張って行かないのか分からないほどに優秀とくれば、参謀以上に敬われ慕われるはずのリーダーが黙ってはいない。
リュートに裏切りの兆候があるなどとあらぬ疑いをかけ、リーダー権限と暴力による実力行使でリュートが所有していた領土まで奪い取ってしまう。
悲しみと憤りから出て行くことを望むも、リュートの能力を鑑みれば手離したくない逸材であることは誰の目にも明らか。
当然嫉妬に狂ったリーダーでもその部分だけは理性が働き、リュートを閉じ込めてしまった。
基本的に争いごとを好まないので為すがまま、されるがままとなってしまったリュートは半ば自由を諦めることになる。
そんな時に颯爽と現れたのはリュートの優秀さに目をつけていたアレクサンドロスだった。
フィニアス派閥で伯爵の位を得ていたアレクサンドロスは何故自分が伯爵なのかと不満があった。
だが、何とか色々頑張って活躍し、昇格の機会を得たとして軽く昇格出来るかと言われれば今のままでは不十分。一人で何かをやるのではなく、優秀な部下の存在が必要不可欠と考えたのだ。
アレクサンドロスは自分の覇道のために小さなコミュニティを脅し上げ、リュートを強引に奪い去った。
またも利用されるだけの存在となったリュートだったが、仲間だと思っていた最悪な奴らにコキ使われるよりはマシだと考え、アレクサンドロスに跪く。
「やめろやめろ。辛気臭ぇぞ」
「は? いや、しかし私はこれからあなた様の側で奉公をさせていただくので……」
「おいおい、雑魚どもと俺を同一視してるなら今すぐ改めろよ。これからお前は俺と覇道を極めるんだぜ?」
「覇道……ですか?」
「おうよ、俺はお前の優秀さをよく知ってる。調べ上げたからな。その上でお前が適任だと感じたんだ。だからお前は今日から俺の右腕だ。分かったな?」
「み、右腕ですか? だとしたら余計に誠意を見せねばならないと思うのですが……」
「そうか? ま、好きにしろよ。お前の気が済むなら俺は構わないぜ?」
何という豪胆で浅はかで器の大きな男だろうか。
勇ましくも荒々しい獅子の顔に似合わない知性溢れる瞳に魅入られ、リュートは心からの敬意を見せた。
そこから月日は流れ、心地の良い時間をアレクサンドロスにのみ注ぎ込んだ。そうするのが正解だと確信出来た。
──ガチャッ
扉をノックもせずに入ってくるのは本来ならばこの部屋の主人だろう。
だが変な感じだ。いつもなら部屋の前までくればその豪気な気配がこの身に伝わってくる。今開けたのは不敬なデーモンか別の誰かか。
リュートは部屋に入ってきた存在に半分苛立ちながら顔を上げた。
そこに立つ人影にフッと微笑んだ。
「……なるほど。あなた様でしたか」
「やあ。えっと……誰だったかな君は? まぁいいや、ここに女神を封印した魔族がいるって聞いたんだけど……まさか君じゃないよね?君だったら手間が省けるんだけどねぇ?」
「お呼びになられたならこちらから伺いましたのに……ご足労いただき恐縮でございます。グリード様」
*
アレクサンドロスは修羅のような形相で走る。
阻むものを全て消滅させそうなほどの気迫は見たものに恐怖を与え、魔獣すらも壁際に寄って怯えている。
ほんの数刻前、デーモンからの知らせでグリードの訪問を知ったアレクサンドロスは全ての予定を取り消して自領へと直走った。
いったいどうして急に訪れたのかそれすらも分からなかった。デザイアからの庇護を約束されていたアレクサンドロスはグリードに狙われるはずがなく、また目立った動きもしていないので狙われるような愚も犯していない。
単なる気まぐれの訪問か、はたまた父の意向を無視してアレクサンドロスを狙ったか。
前者ならばリュートが上手く誘導して応接間で待たせていることだろう。後者ならば城を引き払い、退却してくれることを望む。どちらにしても犠牲なく終われるはずがない。
「グ、グルガン様っ……!」
延々と走っていたかと思えるほどに長く感じた帰路にようやく終点が見えた。デーモンたちが居城の前で目を丸くして出迎える。
「退けぇっ!!邪魔だぁっ!!」
アレクサンドロスはデーモンたちに怒声を浴びせ、扉を破壊しながらズンズン進む。
廊下には予想通りデーモンたちの死骸が転がり、グリードの来訪が本当であったことを物語る。
向かうべきは書斎。アレクサンドロスの代わりに仕事をこなすリュートの姿が目に浮かぶ。
「リュートォッ!!」
バキャッと扉を破壊して入った先には散らばった書類と倒れ伏すリュートの姿があった。そこにグリードの姿はなく、何もかもが後の祭りといった惨状だった。
「リュート!!リュート!!」
アレクサンドロスはすぐに駆け寄り、リュートを抱きかかえた。
もう息はなく、血色の良かった顔も蝋燭のように真っ白になってしまっていた。
見た目以上に軽い体はまるで壊れた人形を抱き抱えているような感覚に襲われる。
「あぁ……あがあぁぁっ……ああぁぁっ……!!」
声にならない嗚咽を発しながら遺骸に縋り付く。
共に歩むと決めた従者との決別。道半ばの悲劇に咽び泣くことしか出来ない自分に情けなさを感じていた。
怒りから筋肉が盛り上がり、ビリビリと音を立てて衣服が限界を迎える。ゆっくりと顔をあげたアレクサンドロスの目から血の涙がこぼれ落ちていた。
「……許さんぞグリード」
怒りと悲しみに打ち震えていたアレクサンドロスの表情から感情が抜け落ちた。
アレクサンドロスの迷いない動きはデザイアの居城へと向かった。
*
「……オルベリウス様。グルガン様がお越しです。謁見を望まれておいでですが如何いたしましょうか……?」
デザイアと目の前の客人に粗相のないようこっそり耳打ちするデーモン。話が途切れたところを狙ったとはいえ、相手は何を考えているか分からない化け物。何が癇に障るか分からない。
ギロリと鋭い目つきで見られた瞬間、キュッと心臓が締め付けられる感覚と共にデーモンは萎縮した。
「……通せ」
「はっ」
デーモンは急ぎデザイアから離れてアレクサンドロスの元へと急ぐ。
一拍を置いて玉座へと続く大扉が開けられ、アレクサンドロスが静かに中に入ってきた。
まっすぐ前を見つめていたアレクサンドロスの目には玉座に座るデザイアと得意げにこちらを見つめるグリードの姿があった。
──ザッ
アレクサンドロスはデザイアに対して跪いた。
「……デザイア様。謁見の許可をいただき感謝いたします」
「うむ。して、今回は何用か?」
「はっ……申し上げにくいのですが、我が従者リュート=パスパヤードが深い眠りにつきました」
「……それが?」
「女神の封印が弱まる可能性がございます。従者の魔法は命と直結しております。封印の力が弱まり、欠片同士が融合しやすい状態となっておりますのでその報告を……」
「ふっ……そのことか。それならば先にグリードより報告を受けている」
デザイアの言葉を受けてアレクサンドロスはチラリとグリードを見た。
「ま、そういうことさ。僕が能力を吸い取って結晶魔法を手に入れた。今まで見たこともない能力だったからかなり貴重な能力なんだろうねぇ。でも君の従者が持ってなくても良いでしょ別に」
「誰が能力を持つということではなく、従者の命と直結しておりましたので既に封印の効力は弱まっております。何らかの要因があれば欠片は融合し、女神の復活が……」
「ふぅ……何を慌てているのだアレクサンドロスよ。だからこそ皇魔貴族全体で各一つずつ保管したのだろう?魔族に敵対心を持つ人族から勇者でも現れない限りは女神の復活を望むものなど皆無。そうだな?」
「……はっ」
「ふふふっ!何だかなぁ……僕が君の従者から能力を吸い取ったことを咎めているようにも聞こえるけど気のせいかな?」
「……」
「どうなのだ?アレクサンドロス」
デザイアとグリードの両方から睨まれるアレクサンドロス。
アレクサンドロスはここで全てを終わらせてやろうかと自暴自棄に駆られたが、心の中にリュートの姿が浮かび上がった。
「……いやまさか。咎めてなどおりませんよグリード様。ほんの少しでも復活の可能性があると思ったら心配で心配で……慎重に慎重を重ねてしまい誠に失礼致しました」
「あ、何だそういうこと? 僕驚いちゃったなぁ。君の従者を殺したことにムカついてるのかと思ってさぁ」
「うむ、そういうことだな。お前の従者の死は悼ましいことだが生き物はいずれ死ぬ。そう考えるならば、より長くその能力が存続出来る今の状況は裏を返せば喜ばしい状況でもあるのではないか?万が一にも女神が復活するのならグリードが次に封印魔法を使えば良い」
デザイアの提案にアレクサンドロスの瞳孔がキュッと縮小した。
「流石父上は考えることが一枚上手だ。僕はこの魔法の運用なんて爪の先ほども考えていませんでしたよ」
「……まったく……私の力を与えたのだ。もう少し手に入れた能力を利用することも覚えて……」
アレクサンドロスの耳にはそれ以上の言葉は入って来なかった。目の前が歪み、いつ自分の居城に帰ったのかも不明だった。
デザイアもグリードもこの世界に居てはいけない最悪の存在だった。
利用しようなどと考えた自分の愚かさに吐き気すら覚えるほどに。
「……もういい……」
アレクサンドロスは失意の元、肩を落として項垂れる。
しかしその瞳の奥にはドス黒い憎悪の炎が灯っていた。
スロウとの約束など最初から無かったかのようにいつも通りに。
しかしいつもと違う点があった。顔をしかめ、不満を口にしそうなほどに苛立っているのが周りからでも分かるほどだった。
それというのもスロウの能力がグリードの動きを阻害したことに起因する。
(どういうことだ? スロウの能力は僕に通用した。でも僕の能力はスロウに効かない。……こんなのおかしいじゃないかっ!!)
実のところグリードはスロウと対峙した時に能力吸収を発動していた。
魔族などパワーアップアイテム程度にしか考えていなかった自分の行動を止めただけでなく、偉そうに上から目線でベラベラと教養を垂れてきたことにムカついたために殺してやろうとすら思ったからだ。
だがどういうわけか吸い取ることが出来なかった。
意味が分からなかったが手をかざした手前、能力吸収が出来ませんでしたなど屈辱的でしかない。まして先に生み出された程度で姉面するスロウには気づかれるわけにはいかないと、なし崩し的に捨て台詞を吐いたに過ぎない。
スロウがグリードを制止したことが数日と経たない内に噂になり、『乾きの獣』を止めることが出来る唯一の存在ということからスロウは『獣の首輪』と呼ばれるようになる。
そんな噂がグリードの耳にも入るようになり、それも苛立ちの一つとなっていた。
(いや、落ち着け……父上が僕とスロウに差をつけたのは何らかの理由があるはずなんだ。僕が能力を吸収しなければいけない何かがあるんだろう。……くそっ!何で僕がこんなことに頭を悩ませなければならないんだ!最初から最強に生み出せばそれで良かったのに意味が分からない!父上は愚か者だ!)
グリードは強くなればなるほどにスロウとデザイアとの差に気付き始めた。今の自分の能力が一切通用しない越えることの出来ない壁。
デーモンや皇魔貴族の下位の者どもを襲いながらこんなチマチマしたやり方で強くなれるはずがないと焦る。
もっと大きな、それでいて最短で強くなれるような力があるはずなのだ。
そうして自分の力とようやく向き合い始めた頃、前まで何とも思わなかった噂話が耳に入ってくる。
「グリード様は女神ミルレースに次ぐ災厄だよな」
「それ以上だろ。あれは敵だったから対応出来たけどグリード様は一応味方側だからな。オルベリウス公がまったく対応しなくて困るよな」
(女神ミルレース?そう言えばそんな話をどこかで聞いたような……)
デーモンたちの噂話に耳を傾け、ついでに片方の力を吸収し殺した。
片方が倒れた途端にデーモンが焦って周りを見渡している。そこに颯爽とグリードが現れた。
「その話。もう少し詳しく教えてくれるかな?」
*
何でもない日だった。
全ていつも通りで何事もなく進んでいく。
平凡とはつまらないものであり億劫であると同時に喜びでもあるのだと実感する。
変わらないという喜び。平和とはかくあるべきものなのだ。
リュートはいつものように仕事をしていた。
アレクサンドロスの代わりが務まることならばいくらでも手を伸ばし、暇を持て余すこともなく机に積み上がった報告書に目を通す。
要るものと要らないものに振り分ける作業は自ら進んで実行するものであり、主人を煩わせることなどあってはならない。
そうして忙しなく動く従者の姿にデーモンたちは何をそこまでと疑問にすら感じていた。
頭脳明晰で身体能力も高く、固有魔法を持っている超有能魔族。皇魔貴族に選ばれれば伯爵は堅い。
そんなリュートがアレクサンドロスに固執するのは過去に救ってもらった経緯があるからだ。
昔はどこの派閥にも属さず、仲間だけの小さなコミュニティでそれなりに鳴らしていた。
特別頭の良かったリュートは参謀的な役割に従事し、今と同様にサポートに徹していた。
順風満帆かと思っていたある日、急に参謀役から降格されることになる。その理由は仲間からの嫉妬。
何でもそつなくこなし、小さなコミュニティ同士との連携も取れ、顔も広く信頼も厚い。おまけに領土拡大から統治に関する問題も解決する完璧な参謀。
何故リーダーとして引っ張って行かないのか分からないほどに優秀とくれば、参謀以上に敬われ慕われるはずのリーダーが黙ってはいない。
リュートに裏切りの兆候があるなどとあらぬ疑いをかけ、リーダー権限と暴力による実力行使でリュートが所有していた領土まで奪い取ってしまう。
悲しみと憤りから出て行くことを望むも、リュートの能力を鑑みれば手離したくない逸材であることは誰の目にも明らか。
当然嫉妬に狂ったリーダーでもその部分だけは理性が働き、リュートを閉じ込めてしまった。
基本的に争いごとを好まないので為すがまま、されるがままとなってしまったリュートは半ば自由を諦めることになる。
そんな時に颯爽と現れたのはリュートの優秀さに目をつけていたアレクサンドロスだった。
フィニアス派閥で伯爵の位を得ていたアレクサンドロスは何故自分が伯爵なのかと不満があった。
だが、何とか色々頑張って活躍し、昇格の機会を得たとして軽く昇格出来るかと言われれば今のままでは不十分。一人で何かをやるのではなく、優秀な部下の存在が必要不可欠と考えたのだ。
アレクサンドロスは自分の覇道のために小さなコミュニティを脅し上げ、リュートを強引に奪い去った。
またも利用されるだけの存在となったリュートだったが、仲間だと思っていた最悪な奴らにコキ使われるよりはマシだと考え、アレクサンドロスに跪く。
「やめろやめろ。辛気臭ぇぞ」
「は? いや、しかし私はこれからあなた様の側で奉公をさせていただくので……」
「おいおい、雑魚どもと俺を同一視してるなら今すぐ改めろよ。これからお前は俺と覇道を極めるんだぜ?」
「覇道……ですか?」
「おうよ、俺はお前の優秀さをよく知ってる。調べ上げたからな。その上でお前が適任だと感じたんだ。だからお前は今日から俺の右腕だ。分かったな?」
「み、右腕ですか? だとしたら余計に誠意を見せねばならないと思うのですが……」
「そうか? ま、好きにしろよ。お前の気が済むなら俺は構わないぜ?」
何という豪胆で浅はかで器の大きな男だろうか。
勇ましくも荒々しい獅子の顔に似合わない知性溢れる瞳に魅入られ、リュートは心からの敬意を見せた。
そこから月日は流れ、心地の良い時間をアレクサンドロスにのみ注ぎ込んだ。そうするのが正解だと確信出来た。
──ガチャッ
扉をノックもせずに入ってくるのは本来ならばこの部屋の主人だろう。
だが変な感じだ。いつもなら部屋の前までくればその豪気な気配がこの身に伝わってくる。今開けたのは不敬なデーモンか別の誰かか。
リュートは部屋に入ってきた存在に半分苛立ちながら顔を上げた。
そこに立つ人影にフッと微笑んだ。
「……なるほど。あなた様でしたか」
「やあ。えっと……誰だったかな君は? まぁいいや、ここに女神を封印した魔族がいるって聞いたんだけど……まさか君じゃないよね?君だったら手間が省けるんだけどねぇ?」
「お呼びになられたならこちらから伺いましたのに……ご足労いただき恐縮でございます。グリード様」
*
アレクサンドロスは修羅のような形相で走る。
阻むものを全て消滅させそうなほどの気迫は見たものに恐怖を与え、魔獣すらも壁際に寄って怯えている。
ほんの数刻前、デーモンからの知らせでグリードの訪問を知ったアレクサンドロスは全ての予定を取り消して自領へと直走った。
いったいどうして急に訪れたのかそれすらも分からなかった。デザイアからの庇護を約束されていたアレクサンドロスはグリードに狙われるはずがなく、また目立った動きもしていないので狙われるような愚も犯していない。
単なる気まぐれの訪問か、はたまた父の意向を無視してアレクサンドロスを狙ったか。
前者ならばリュートが上手く誘導して応接間で待たせていることだろう。後者ならば城を引き払い、退却してくれることを望む。どちらにしても犠牲なく終われるはずがない。
「グ、グルガン様っ……!」
延々と走っていたかと思えるほどに長く感じた帰路にようやく終点が見えた。デーモンたちが居城の前で目を丸くして出迎える。
「退けぇっ!!邪魔だぁっ!!」
アレクサンドロスはデーモンたちに怒声を浴びせ、扉を破壊しながらズンズン進む。
廊下には予想通りデーモンたちの死骸が転がり、グリードの来訪が本当であったことを物語る。
向かうべきは書斎。アレクサンドロスの代わりに仕事をこなすリュートの姿が目に浮かぶ。
「リュートォッ!!」
バキャッと扉を破壊して入った先には散らばった書類と倒れ伏すリュートの姿があった。そこにグリードの姿はなく、何もかもが後の祭りといった惨状だった。
「リュート!!リュート!!」
アレクサンドロスはすぐに駆け寄り、リュートを抱きかかえた。
もう息はなく、血色の良かった顔も蝋燭のように真っ白になってしまっていた。
見た目以上に軽い体はまるで壊れた人形を抱き抱えているような感覚に襲われる。
「あぁ……あがあぁぁっ……ああぁぁっ……!!」
声にならない嗚咽を発しながら遺骸に縋り付く。
共に歩むと決めた従者との決別。道半ばの悲劇に咽び泣くことしか出来ない自分に情けなさを感じていた。
怒りから筋肉が盛り上がり、ビリビリと音を立てて衣服が限界を迎える。ゆっくりと顔をあげたアレクサンドロスの目から血の涙がこぼれ落ちていた。
「……許さんぞグリード」
怒りと悲しみに打ち震えていたアレクサンドロスの表情から感情が抜け落ちた。
アレクサンドロスの迷いない動きはデザイアの居城へと向かった。
*
「……オルベリウス様。グルガン様がお越しです。謁見を望まれておいでですが如何いたしましょうか……?」
デザイアと目の前の客人に粗相のないようこっそり耳打ちするデーモン。話が途切れたところを狙ったとはいえ、相手は何を考えているか分からない化け物。何が癇に障るか分からない。
ギロリと鋭い目つきで見られた瞬間、キュッと心臓が締め付けられる感覚と共にデーモンは萎縮した。
「……通せ」
「はっ」
デーモンは急ぎデザイアから離れてアレクサンドロスの元へと急ぐ。
一拍を置いて玉座へと続く大扉が開けられ、アレクサンドロスが静かに中に入ってきた。
まっすぐ前を見つめていたアレクサンドロスの目には玉座に座るデザイアと得意げにこちらを見つめるグリードの姿があった。
──ザッ
アレクサンドロスはデザイアに対して跪いた。
「……デザイア様。謁見の許可をいただき感謝いたします」
「うむ。して、今回は何用か?」
「はっ……申し上げにくいのですが、我が従者リュート=パスパヤードが深い眠りにつきました」
「……それが?」
「女神の封印が弱まる可能性がございます。従者の魔法は命と直結しております。封印の力が弱まり、欠片同士が融合しやすい状態となっておりますのでその報告を……」
「ふっ……そのことか。それならば先にグリードより報告を受けている」
デザイアの言葉を受けてアレクサンドロスはチラリとグリードを見た。
「ま、そういうことさ。僕が能力を吸い取って結晶魔法を手に入れた。今まで見たこともない能力だったからかなり貴重な能力なんだろうねぇ。でも君の従者が持ってなくても良いでしょ別に」
「誰が能力を持つということではなく、従者の命と直結しておりましたので既に封印の効力は弱まっております。何らかの要因があれば欠片は融合し、女神の復活が……」
「ふぅ……何を慌てているのだアレクサンドロスよ。だからこそ皇魔貴族全体で各一つずつ保管したのだろう?魔族に敵対心を持つ人族から勇者でも現れない限りは女神の復活を望むものなど皆無。そうだな?」
「……はっ」
「ふふふっ!何だかなぁ……僕が君の従者から能力を吸い取ったことを咎めているようにも聞こえるけど気のせいかな?」
「……」
「どうなのだ?アレクサンドロス」
デザイアとグリードの両方から睨まれるアレクサンドロス。
アレクサンドロスはここで全てを終わらせてやろうかと自暴自棄に駆られたが、心の中にリュートの姿が浮かび上がった。
「……いやまさか。咎めてなどおりませんよグリード様。ほんの少しでも復活の可能性があると思ったら心配で心配で……慎重に慎重を重ねてしまい誠に失礼致しました」
「あ、何だそういうこと? 僕驚いちゃったなぁ。君の従者を殺したことにムカついてるのかと思ってさぁ」
「うむ、そういうことだな。お前の従者の死は悼ましいことだが生き物はいずれ死ぬ。そう考えるならば、より長くその能力が存続出来る今の状況は裏を返せば喜ばしい状況でもあるのではないか?万が一にも女神が復活するのならグリードが次に封印魔法を使えば良い」
デザイアの提案にアレクサンドロスの瞳孔がキュッと縮小した。
「流石父上は考えることが一枚上手だ。僕はこの魔法の運用なんて爪の先ほども考えていませんでしたよ」
「……まったく……私の力を与えたのだ。もう少し手に入れた能力を利用することも覚えて……」
アレクサンドロスの耳にはそれ以上の言葉は入って来なかった。目の前が歪み、いつ自分の居城に帰ったのかも不明だった。
デザイアもグリードもこの世界に居てはいけない最悪の存在だった。
利用しようなどと考えた自分の愚かさに吐き気すら覚えるほどに。
「……もういい……」
アレクサンドロスは失意の元、肩を落として項垂れる。
しかしその瞳の奥にはドス黒い憎悪の炎が灯っていた。
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その本こそ、『真魔術式総覧』。
かつて、大魔導士ロバート・エルダー・ボウンが記した書であった。
伝説の大魔導士の手による書物を手にしたキールは、現在では失われたボウン独自の魔術式を身に付けていくとともに、
自身の生前の記憶や前々世の自分との邂逅を果たしながら、仲間たちと共に、様々な試練を乗り越えてゆく。
彼の周囲に続々と集まってくる様々な人々との関わり合いを経て、ただの素人魔術師は伝説の大魔導士への道を歩む。
魔法戦あり、恋愛要素?ありの冒険譚です。
【本作品はカクヨムさまで掲載しているものの転載です】
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