8 / 19
第2部:信仰の崩壊期
第8話「黒魔術師クロウの詩」
しおりを挟む
朝の図書館は静かだった。クロウ・アッシュフォードは高い書架の間を歩きながら、この静寂を愛していた。
彼は一冊の本を手に取る。革の装丁、褪せた金文字。『アルディス王国建国史』――そう書かれている。
クロウは窓際の席に座り、本を開いた。
この世界は、美しい。
彼はそう思う。古い本の匂い、静かな図書館、窓から差し込む朝の光。全てが、地球にはない独特の雰囲気を持っている。
魔法が存在する世界。剣と魔法の世界。ファンタジーの世界。
クロウは、この世界に来たことを――最初は喜んでいた。
しかし。
彼は本のページをめくりながら、心の中で問いかけた。
これは...正しいのか?
本には、英雄の物語が記されている。魔物を倒し、民を守り、国を救った英雄たち。彼らは称賛され、語り継がれている。
では、俺たちは?
クロウの脳裏に、記憶が蘇る。
村が吹き飛ぶ光景。ハルの魔法で、家々が崩壊する。
街が壊滅する瞬間。フェルナンドの惨劇。死者の数。
城壁の崩壊。レンの拳で、国の守りが砕ける。
俺たちは――英雄なのか?
「勇者様」
声に驚いて顔を上げると、図書館の司書である老人が立っていた。白い髭を蓄えた穏やかな顔の老人は、優しく微笑んでいる。
「何かお探しですか?」
クロウは少し考え、そして答えた。
「...『英雄』について、書かれた本を」
老人は頷き、書架の奥に向かった。やがて戻ってきた時、彼の手には分厚い本があった。
「こちらをどうぞ。古代から現代まで、様々な英雄の物語が記されております」
「ありがとう」
クロウはその本を受け取った。老人が去った後、彼はページを開く。
そこには、数々の英雄の物語があった。竜を倒した騎士、魔王を封印した魔法使い、国を救った王。
彼らに共通することは――民を守った、ということだ。
民を守る。
その言葉が、クロウの心に引っかかった。
では、俺たちは?
俺たちは、民を守っているのか?
答えは――。
クロウは本を閉じた。
昼、クロウは勇者たちの部屋に戻った。扉を開けると、ハル、レン、ミカの三人が部屋でくつろいでいる。
ハルはベッドに寝転がり、天井を見ていた。
「今日、何する?暇だな」
レンは窓際で腕立て伏せをしている。
「また訓練?城壁もう一個壊す?」
ミカはソファで目を閉じていた。
「だるい。寝てたい」
クロウは、彼らを見た。
仲間だ。異世界に一緒に召喚された、同じ境遇の仲間。
しかし――。
「なあ、俺たち...」
クロウの声に、三人が振り向いた。
「お、クロウ。どうした?」
ハルが体を起こす。クロウは言葉を選びながら続けた。
「俺たち、本当にこれでいいのか?」
「何が?」
ハルが首を傾げた。クロウは深く息を吸う。
「村を壊して、街を壊して...」
レンが腕立て伏せを止めた。
「でも魔物倒したじゃん」
「そうだけど...その過程で、人が死んでる」
ミカが目を開けた。
「てか、何が問題?」
クロウは、三人を見つめた。彼らの目には――疑問がない。罪悪感もない。ただ、純粋な困惑だけがある。
「人が...死んでるんだぞ」
クロウは繰り返した。ハルが立ち上がり、クロウの肩に手を置いた。
「クロウ、お前また難しく考えすぎだって」
「そうそう。気にしすぎ」
レンが笑った。ミカはまた目を閉じる。
「てか、俺たち悪いことしてないし」
ハルが続けた。
「気楽にいこうぜ」
クロウは――何も言えなくなった。
彼らには、伝わらない。
いや、伝わらないのではない。そもそも、問題だと思っていないのだ。
クロウは部屋を出た。
廊下に一人立ち、彼は壁に手をついた。
仲間は、気づかない。
その事実が、彼の胸を締め付けた。
午後、クロウは城下町を歩いていた。
特に目的があるわけではない。ただ、部屋にいたくなかった。仲間といたくなかった。
広場を通りかかった時、人々が集まっているのが見えた。中央には吟遊詩人が立っており、リュートを奏でながら歌っている。
クロウは足を止めた。
「聞け、勇者の物語を!」
詩人の声が響く。
「勇者ハルは、死者を蘇らせ!」
民衆が歓声を上げた。クロウは眉をひそめる。そんなこと、していない。
「勇者レンは、山を砕き!」
また歓声。それも、やっていない。いや、城壁は壊したが――。
「勇者ミカは、天候を操る!」
さらに大きな歓声。クロウは、複雑な表情でそれを見ていた。
全て、嘘だ。民衆が作り上げた、虚構の物語だ。
詩人の歌が終わり、拍手が響いた。クロウは人混みをかき分け、前に出た。
「あ、勇者様だ!」
誰かが叫んだ。一斉に、視線がクロウに集まる。
「勇者クロウ様!」
「本物だ!」
民衆が歓声を上げた。クロウは、彼らを見回した。
そして――口を開いた。
「...俺も、詩を詠んでいいか?」
広場が静まり返った。次の瞬間、爆発的な歓声が上がる。
「勇者様の詩!」
「聞かせてください!」
クロウは中央に立った。民衆が彼を囲む。期待に満ちた目が、彼を見つめている。
クロウは目を閉じた。
そして、語り始めた。
「光は闇を照らすというが――」
クロウの声が、広場に響いた。
「闇もまた、光を映す鏡」
民衆は静かに耳を傾けている。クロウは続けた。
「英雄は剣を振るうというが――」
「その刃は、誰を傷つける?」
「星は空に輝くというが――」
「地に落ちた星を、誰が拾う?」
クロウの詩は、抽象的だった。しかし、その意味は明確だ。
光――それは勇者たちだ。
闇――それは彼らが破壊したものだ。
英雄の剣――それは力だ。
誰を傷つける?――民を、だ。
地に落ちた星――それは犠牲者だ。
誰が拾う?――誰も、拾わない。
クロウは、詩という形で警告していた。
民衆よ、目を覚ませ。
勇者は、お前たちが思うような存在ではない。
しかし――。
詩が終わると、静寂が訪れた。
そして。
「深い...!」
一人の男が叫んだ。
「勇者様の叡智だ!」
「なんという深遠な教え!」
民衆が口々に言い始めた。クロウは、その反応を呆然と見ていた。
「光と闇の調和...これは神の教えだ」
「英雄の剣は魔王を傷つける、という意味ですね!」
「地に落ちた星――それは我ら民のこと。勇者様が拾ってくださる!」
違う。
クロウは心の中で叫んだ。
そうじゃない。
全く、逆だ。
しかし、民衆は勝手に解釈し、称賛している。クロウの警告は――全く届いていない。
いや、届いているが、曲解されている。
クロウは、群衆から離れた。
足早に広場を出ようとした時、一人の老人が彼の前に立った。
「勇者様」
老人は深く頭を下げた。
「貴方の詩、分かりますよ」
クロウは立ち止まった。
本当か?
この人は、理解しているのか?
「本当か?」
クロウは思わず尋ねた。老人は頷く。
「はい。勇者様は、深遠なる真理を語っておられる」
クロウの心に、小さな希望が灯った。
「我らは光であり、魔王は闇。しかし闇があるから光が輝く」
その言葉を聞いた瞬間、希望は消えた。
「英雄の剣は魔王を傷つけ、地に落ちた星――それは魔王のこと。勇者様が倒してくださる」
クロウは――何も言えなかった。
やはり、誰も理解していない。
民衆は、理解しない。
理解したくないのだ。
クロウは老人に礼を言い、その場を去った。
夕刻、クロウは勇者神殿を訪れていた。
中に入ると、広い空間が広がっている。天井は高く、ステンドグラスから色とりどりの光が差し込んでいた。
そして、中央には――。
像がある。
勇者たちの像だ。
ハル、レン、ミカ、そしてクロウ。四人の像が、荘厳に立っている。
クロウは、自分の像を見上げた。
石で作られた自分は、誇らしげに前を見据えている。まるで、英雄のように。
しかし、本物の自分は――。
「クロウ様」
声に振り向くと、王女フィリアが立っていた。彼女は純白のドレスを着ており、まるで聖女のようだ。
「...王女」
「先ほどの詩、素晴らしかったです」
フィリアは微笑んだ。
「噂で聞きました。深い叡智に満ちた、神の言葉だと」
「...ありがとう」
クロウは形式的に答えた。フィリアは像の前に立つ。
「貴方様は、四人の中で最も深い方」
「神の御心を、最も理解しておられる」
クロウは、その言葉を聞いて――言った。
「俺は...神じゃない」
フィリアは振り向いた。その目には、純粋な信仰の光がある。
「謙虚でいらっしゃる」
クロウは、王女を見つめた。
そして、尋ねた。
「王女、俺たちが本当に正しいと思うか?」
フィリアは微笑んだまま答えた。
「もちろんです。勇者様は全て正しい」
「でも、村が壊れて、人が死んで――」
「それは、神の試練です」
フィリアはきっぱりと言った。
「全ては、より良い未来のため」
クロウは、王女の目を見た。
そこには――理性がなかった。
信仰という名の盲目が、彼女の目を覆っている。
クロウは、何も言えなくなった。
「では、私は祈りの時間ですので」
フィリアは深く礼をし、祭壇に向かった。
クロウは、一人神殿に残された。
像を見上げる。
石で作られた自分は、何も語らない。
ただ、前を見据えているだけだ。
クロウは、神殿を出た。
深夜、クロウは王城の屋上に立っていた。
ここは誰も来ない場所だ。見張りもいない。ただ、夜空と――自分だけ。
城下町を見下ろす。
神殿が、松明に照らされて輝いている。その前では、今も人々が祈りを捧げているのが見えた。
クロウは、夜空を見上げた。
星が、無数に輝いている。
地球とは違う星座。見たこともない配置。
しかし――美しい。
クロウは、静かに呟いた。
「俺は、間違っているのか?」
夜風が吹く。
「それとも、世界が間違っているのか?」
答えは、返ってこない。
クロウは目を閉じた。
仲間は、気づかない。
ハルは、自分が何をしているのか理解していない。
レンは、破壊を楽しんでいる。
ミカは、何も気にしていない。
民は、理解しない。
クロウの詩は、誤解された。
警告は、称賛に変わった。
真実は、虚構に埋もれた。
王女は、盲目だ。
信仰という名の狂気が、彼女を支配している。
理性は、失われた。
ならば――俺は、何者だ?
クロウは目を開けた。
星が、変わらず輝いている。
「俺は...」
彼は呟いた。
「...何もできない」
その言葉と共に、クロウは座り込んだ。
石の床は冷たく、夜風は肌を刺す。しかし、クロウはそこに座り続けた。
詩人は、ただ見るだけだ。語るだけだ。そして――誰にも届かない。
それが、俺の役割なのか?クロウは膝を抱えた。仲間の中で、唯一気づいている。
しかし、唯一何もできない。それが――俺だ。風が、さらに強く吹いた。クロウの黒いマントが、風に揺れる。
彼は、夜空を見上げ続けた。星よ。お前たちは、何を見ている?この世界を。この狂気を。この――終わりゆく物語を。
クロウは、静かに詩を呟いた。誰も聞いていない詩を。誰にも届かない詩を。
「光は闇を照らすというが――」
「闇もまた、光を飲み込む」
「英雄は剣を振るうというが――」
「その刃は、いつか自らを傷つける」
「詩人は言葉を紡ぐというが――」
「その言葉は、風に消える」
クロウは立ち上がった。城下の神殿を見下ろす。
輝く光。祈る人々。そして――自分の像。
石で作られた英雄は、誇らしげに立っている。
しかし、本物は――。
「俺は...ただの道化だ」
クロウは呟いた。そして、屋上を後にした。
夜空には、星が輝き続けている。変わらず、美しく。しかし――。その光の下で。世界は、静かに壊れていった。
彼は一冊の本を手に取る。革の装丁、褪せた金文字。『アルディス王国建国史』――そう書かれている。
クロウは窓際の席に座り、本を開いた。
この世界は、美しい。
彼はそう思う。古い本の匂い、静かな図書館、窓から差し込む朝の光。全てが、地球にはない独特の雰囲気を持っている。
魔法が存在する世界。剣と魔法の世界。ファンタジーの世界。
クロウは、この世界に来たことを――最初は喜んでいた。
しかし。
彼は本のページをめくりながら、心の中で問いかけた。
これは...正しいのか?
本には、英雄の物語が記されている。魔物を倒し、民を守り、国を救った英雄たち。彼らは称賛され、語り継がれている。
では、俺たちは?
クロウの脳裏に、記憶が蘇る。
村が吹き飛ぶ光景。ハルの魔法で、家々が崩壊する。
街が壊滅する瞬間。フェルナンドの惨劇。死者の数。
城壁の崩壊。レンの拳で、国の守りが砕ける。
俺たちは――英雄なのか?
「勇者様」
声に驚いて顔を上げると、図書館の司書である老人が立っていた。白い髭を蓄えた穏やかな顔の老人は、優しく微笑んでいる。
「何かお探しですか?」
クロウは少し考え、そして答えた。
「...『英雄』について、書かれた本を」
老人は頷き、書架の奥に向かった。やがて戻ってきた時、彼の手には分厚い本があった。
「こちらをどうぞ。古代から現代まで、様々な英雄の物語が記されております」
「ありがとう」
クロウはその本を受け取った。老人が去った後、彼はページを開く。
そこには、数々の英雄の物語があった。竜を倒した騎士、魔王を封印した魔法使い、国を救った王。
彼らに共通することは――民を守った、ということだ。
民を守る。
その言葉が、クロウの心に引っかかった。
では、俺たちは?
俺たちは、民を守っているのか?
答えは――。
クロウは本を閉じた。
昼、クロウは勇者たちの部屋に戻った。扉を開けると、ハル、レン、ミカの三人が部屋でくつろいでいる。
ハルはベッドに寝転がり、天井を見ていた。
「今日、何する?暇だな」
レンは窓際で腕立て伏せをしている。
「また訓練?城壁もう一個壊す?」
ミカはソファで目を閉じていた。
「だるい。寝てたい」
クロウは、彼らを見た。
仲間だ。異世界に一緒に召喚された、同じ境遇の仲間。
しかし――。
「なあ、俺たち...」
クロウの声に、三人が振り向いた。
「お、クロウ。どうした?」
ハルが体を起こす。クロウは言葉を選びながら続けた。
「俺たち、本当にこれでいいのか?」
「何が?」
ハルが首を傾げた。クロウは深く息を吸う。
「村を壊して、街を壊して...」
レンが腕立て伏せを止めた。
「でも魔物倒したじゃん」
「そうだけど...その過程で、人が死んでる」
ミカが目を開けた。
「てか、何が問題?」
クロウは、三人を見つめた。彼らの目には――疑問がない。罪悪感もない。ただ、純粋な困惑だけがある。
「人が...死んでるんだぞ」
クロウは繰り返した。ハルが立ち上がり、クロウの肩に手を置いた。
「クロウ、お前また難しく考えすぎだって」
「そうそう。気にしすぎ」
レンが笑った。ミカはまた目を閉じる。
「てか、俺たち悪いことしてないし」
ハルが続けた。
「気楽にいこうぜ」
クロウは――何も言えなくなった。
彼らには、伝わらない。
いや、伝わらないのではない。そもそも、問題だと思っていないのだ。
クロウは部屋を出た。
廊下に一人立ち、彼は壁に手をついた。
仲間は、気づかない。
その事実が、彼の胸を締め付けた。
午後、クロウは城下町を歩いていた。
特に目的があるわけではない。ただ、部屋にいたくなかった。仲間といたくなかった。
広場を通りかかった時、人々が集まっているのが見えた。中央には吟遊詩人が立っており、リュートを奏でながら歌っている。
クロウは足を止めた。
「聞け、勇者の物語を!」
詩人の声が響く。
「勇者ハルは、死者を蘇らせ!」
民衆が歓声を上げた。クロウは眉をひそめる。そんなこと、していない。
「勇者レンは、山を砕き!」
また歓声。それも、やっていない。いや、城壁は壊したが――。
「勇者ミカは、天候を操る!」
さらに大きな歓声。クロウは、複雑な表情でそれを見ていた。
全て、嘘だ。民衆が作り上げた、虚構の物語だ。
詩人の歌が終わり、拍手が響いた。クロウは人混みをかき分け、前に出た。
「あ、勇者様だ!」
誰かが叫んだ。一斉に、視線がクロウに集まる。
「勇者クロウ様!」
「本物だ!」
民衆が歓声を上げた。クロウは、彼らを見回した。
そして――口を開いた。
「...俺も、詩を詠んでいいか?」
広場が静まり返った。次の瞬間、爆発的な歓声が上がる。
「勇者様の詩!」
「聞かせてください!」
クロウは中央に立った。民衆が彼を囲む。期待に満ちた目が、彼を見つめている。
クロウは目を閉じた。
そして、語り始めた。
「光は闇を照らすというが――」
クロウの声が、広場に響いた。
「闇もまた、光を映す鏡」
民衆は静かに耳を傾けている。クロウは続けた。
「英雄は剣を振るうというが――」
「その刃は、誰を傷つける?」
「星は空に輝くというが――」
「地に落ちた星を、誰が拾う?」
クロウの詩は、抽象的だった。しかし、その意味は明確だ。
光――それは勇者たちだ。
闇――それは彼らが破壊したものだ。
英雄の剣――それは力だ。
誰を傷つける?――民を、だ。
地に落ちた星――それは犠牲者だ。
誰が拾う?――誰も、拾わない。
クロウは、詩という形で警告していた。
民衆よ、目を覚ませ。
勇者は、お前たちが思うような存在ではない。
しかし――。
詩が終わると、静寂が訪れた。
そして。
「深い...!」
一人の男が叫んだ。
「勇者様の叡智だ!」
「なんという深遠な教え!」
民衆が口々に言い始めた。クロウは、その反応を呆然と見ていた。
「光と闇の調和...これは神の教えだ」
「英雄の剣は魔王を傷つける、という意味ですね!」
「地に落ちた星――それは我ら民のこと。勇者様が拾ってくださる!」
違う。
クロウは心の中で叫んだ。
そうじゃない。
全く、逆だ。
しかし、民衆は勝手に解釈し、称賛している。クロウの警告は――全く届いていない。
いや、届いているが、曲解されている。
クロウは、群衆から離れた。
足早に広場を出ようとした時、一人の老人が彼の前に立った。
「勇者様」
老人は深く頭を下げた。
「貴方の詩、分かりますよ」
クロウは立ち止まった。
本当か?
この人は、理解しているのか?
「本当か?」
クロウは思わず尋ねた。老人は頷く。
「はい。勇者様は、深遠なる真理を語っておられる」
クロウの心に、小さな希望が灯った。
「我らは光であり、魔王は闇。しかし闇があるから光が輝く」
その言葉を聞いた瞬間、希望は消えた。
「英雄の剣は魔王を傷つけ、地に落ちた星――それは魔王のこと。勇者様が倒してくださる」
クロウは――何も言えなかった。
やはり、誰も理解していない。
民衆は、理解しない。
理解したくないのだ。
クロウは老人に礼を言い、その場を去った。
夕刻、クロウは勇者神殿を訪れていた。
中に入ると、広い空間が広がっている。天井は高く、ステンドグラスから色とりどりの光が差し込んでいた。
そして、中央には――。
像がある。
勇者たちの像だ。
ハル、レン、ミカ、そしてクロウ。四人の像が、荘厳に立っている。
クロウは、自分の像を見上げた。
石で作られた自分は、誇らしげに前を見据えている。まるで、英雄のように。
しかし、本物の自分は――。
「クロウ様」
声に振り向くと、王女フィリアが立っていた。彼女は純白のドレスを着ており、まるで聖女のようだ。
「...王女」
「先ほどの詩、素晴らしかったです」
フィリアは微笑んだ。
「噂で聞きました。深い叡智に満ちた、神の言葉だと」
「...ありがとう」
クロウは形式的に答えた。フィリアは像の前に立つ。
「貴方様は、四人の中で最も深い方」
「神の御心を、最も理解しておられる」
クロウは、その言葉を聞いて――言った。
「俺は...神じゃない」
フィリアは振り向いた。その目には、純粋な信仰の光がある。
「謙虚でいらっしゃる」
クロウは、王女を見つめた。
そして、尋ねた。
「王女、俺たちが本当に正しいと思うか?」
フィリアは微笑んだまま答えた。
「もちろんです。勇者様は全て正しい」
「でも、村が壊れて、人が死んで――」
「それは、神の試練です」
フィリアはきっぱりと言った。
「全ては、より良い未来のため」
クロウは、王女の目を見た。
そこには――理性がなかった。
信仰という名の盲目が、彼女の目を覆っている。
クロウは、何も言えなくなった。
「では、私は祈りの時間ですので」
フィリアは深く礼をし、祭壇に向かった。
クロウは、一人神殿に残された。
像を見上げる。
石で作られた自分は、何も語らない。
ただ、前を見据えているだけだ。
クロウは、神殿を出た。
深夜、クロウは王城の屋上に立っていた。
ここは誰も来ない場所だ。見張りもいない。ただ、夜空と――自分だけ。
城下町を見下ろす。
神殿が、松明に照らされて輝いている。その前では、今も人々が祈りを捧げているのが見えた。
クロウは、夜空を見上げた。
星が、無数に輝いている。
地球とは違う星座。見たこともない配置。
しかし――美しい。
クロウは、静かに呟いた。
「俺は、間違っているのか?」
夜風が吹く。
「それとも、世界が間違っているのか?」
答えは、返ってこない。
クロウは目を閉じた。
仲間は、気づかない。
ハルは、自分が何をしているのか理解していない。
レンは、破壊を楽しんでいる。
ミカは、何も気にしていない。
民は、理解しない。
クロウの詩は、誤解された。
警告は、称賛に変わった。
真実は、虚構に埋もれた。
王女は、盲目だ。
信仰という名の狂気が、彼女を支配している。
理性は、失われた。
ならば――俺は、何者だ?
クロウは目を開けた。
星が、変わらず輝いている。
「俺は...」
彼は呟いた。
「...何もできない」
その言葉と共に、クロウは座り込んだ。
石の床は冷たく、夜風は肌を刺す。しかし、クロウはそこに座り続けた。
詩人は、ただ見るだけだ。語るだけだ。そして――誰にも届かない。
それが、俺の役割なのか?クロウは膝を抱えた。仲間の中で、唯一気づいている。
しかし、唯一何もできない。それが――俺だ。風が、さらに強く吹いた。クロウの黒いマントが、風に揺れる。
彼は、夜空を見上げ続けた。星よ。お前たちは、何を見ている?この世界を。この狂気を。この――終わりゆく物語を。
クロウは、静かに詩を呟いた。誰も聞いていない詩を。誰にも届かない詩を。
「光は闇を照らすというが――」
「闇もまた、光を飲み込む」
「英雄は剣を振るうというが――」
「その刃は、いつか自らを傷つける」
「詩人は言葉を紡ぐというが――」
「その言葉は、風に消える」
クロウは立ち上がった。城下の神殿を見下ろす。
輝く光。祈る人々。そして――自分の像。
石で作られた英雄は、誇らしげに立っている。
しかし、本物は――。
「俺は...ただの道化だ」
クロウは呟いた。そして、屋上を後にした。
夜空には、星が輝き続けている。変わらず、美しく。しかし――。その光の下で。世界は、静かに壊れていった。
10
あなたにおすすめの小説
僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた
黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。
その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。
曖昧なのには理由があった。
『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。
どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。
※小説家になろうにも随時転載中。
レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。
それでも皆はレンが勇者だと思っていた。
突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。
はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。
ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。
※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。
倒した魔物が消えるのは、僕だけのスキルらしいです
桐山じゃろ
ファンタジー
日常のなんでもないタイミングで右眼の色だけ変わってしまうという特異体質のディールは、魔物に止めを刺すだけで魔物の死骸を消してしまえる能力を持っていた。世間では魔物を消せるのは聖女の魔滅魔法のみ。聖女に疎まれてパーティを追い出され、今度は魔滅魔法の使えない聖女とパーティを組むことに。瞳の力は魔物を消すだけではないことを知る頃には、ディールは世界の命運に巻き込まれていた。
収納魔法を極めた魔術師ですが、勇者パーティを追放されました。ところで俺の追放理由って “どれ” ですか?
木塚麻弥
ファンタジー
収納魔法を活かして勇者パーティーの荷物持ちをしていたケイトはある日、パーティーを追放されてしまった。
追放される理由はよく分からなかった。
彼はパーティーを追放されても文句の言えない理由を無数に抱えていたからだ。
結局どれが本当の追放理由なのかはよく分からなかったが、勇者から追放すると強く言われたのでケイトはそれに従う。
しかし彼は、追放されてもなお仲間たちのことが好きだった。
たった四人で強大な魔王軍に立ち向かおうとするかつての仲間たち。
ケイトは彼らを失いたくなかった。
勇者たちとまた一緒に食事がしたかった。
しばらくひとりで悩んでいたケイトは気づいてしまう。
「追放されたってことは、俺の行動を制限する奴もいないってことだよな?」
これは収納魔法しか使えない魔術師が、仲間のために陰で奮闘する物語。
追放された俺の木工スキルが実は最強だった件 ~森で拾ったエルフ姉妹のために、今日も快適な家具を作ります~
☆ほしい
ファンタジー
ブラック企業で過労死した俺は、異世界の伯爵家の三男・ルークとして生を受けた。
しかし、五歳で授かったスキルは「創造(木工)」。戦闘にも魔法にも役立たない外れスキルだと蔑まれ、俺はあっさりと家を追い出されてしまう。
前世でDIYが趣味だった俺にとっては、むしろ願ってもない展開だ。
貴族のしがらみから解放され、自由な職人ライフを送ろうと決意した矢先、大森林の中で衰弱しきった幼いエルフの姉妹を発見し、保護することに。
言葉もおぼつかない二人、リリアとルナのために、俺はスキルを駆使して一夜で快適なログハウスを建て、温かいベッドと楽しいおもちゃを作り与える。
これは、不遇スキルとされた木工技術で最強の職人になった俺が、可愛すぎる義理の娘たちとのんびり暮らす、ほのぼの異世界ライフ。
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
S級スキル『剣聖』を授かった俺はスキルを奪われてから人生が一変しました
白崎なまず
ファンタジー
この世界の人間の多くは生まれてきたときにスキルを持っている。スキルの力は強大で、強力なスキルを持つ者が貧弱なスキルしか持たない者を支配する。
そんな世界に生まれた主人公アレスは大昔の英雄が所持していたとされるSランク『剣聖』を持っていたことが明らかになり一気に成り上がっていく。
王族になり、裕福な暮らしをし、将来は王女との結婚も約束され盤石な人生を歩むアレス。
しかし物事がうまくいっている時こそ人生の落とし穴には気付けないものだ。
突如現れた謎の老人に剣聖のスキルを奪われてしまったアレス。
スキルのおかげで手に入れた立場は当然スキルがなければ維持することが出来ない。
王族から下民へと落ちたアレスはこの世に絶望し、生きる気力を失いかけてしまう。
そんなアレスに手を差し伸べたのはとある教会のシスターだった。
Sランクスキルを失い、この世はスキルが全てじゃないと知ったアレス。
スキルがない自分でも前向きに生きていこうと冒険者の道へ進むことになったアレスだったのだが――
なんと、そんなアレスの元に剣聖のスキルが舞い戻ってきたのだ。
スキルを奪われたと王族から追放されたアレスが剣聖のスキルが戻ったことを隠しながら冒険者になるために学園に通う。
スキルの優劣がものを言う世界でのアレスと仲間たちの学園ファンタジー物語。
この作品は小説家になろうに投稿されている作品の重複投稿になります
異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。
もにゃむ
ファンタジー
父親に教師になる人生を強要され、父親が死ぬまで自分の望む人生を歩むことはできないと、人生を諦め淡々とした日々を送る清泉だったが、夏休みの補習中、突然4人の生徒と共に光に包まれ異世界に召喚されてしまう。
異世界召喚という非現実的な状況に、教師1年目の清泉が状況把握に努めていると、ステータスを確認したい召喚者と1人の生徒の間にトラブル発生。
ステータスではなく職業だけを鑑定することで落ち着くも、清泉と女子生徒の1人は職業がクズだから要らないと、王都追放を言い渡されてしまう。
残留組の2人の生徒にはクズな職業だと蔑みの目を向けられ、
同時に追放を言い渡された女子生徒は問題行動が多すぎて退学させるための監視対象で、
追加で追放を言い渡された男子生徒は言動に違和感ありまくりで、
清泉は1人で自由に生きるために、問題児たちからさっさと離れたいと思うのだが……
狼になっちゃった!
家具屋ふふみに
ファンタジー
登山中に足を滑らせて滑落した私。気が付けば何処かの洞窟に倒れていた。……しかも狼の姿となって。うん、なんで?
色々と試していたらなんか魔法みたいな力も使えたし、此処ってもしや異世界!?
……なら、なんで私の目の前を通る人間の手にはスマホがあるんでしょう?
これはなんやかんやあって狼になってしまった私が、気まぐれに人間を助けたりして勝手にワッショイされるお話である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる