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第2部:信仰の崩壊期
第10話「魔物討伐で国家破産」
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朝の王城前には、すでに多くの民衆が集まっていた。今日、勇者たちが魔物討伐の旅に出発するのだ。
財務官ロレンツ・フォン・アルトハイムは、城門の近くで準備の様子を見守りながら、手元の計算書に目を落としていた。五十代の几帳面な男である彼は、王国の財政を管理する立場にあり、数字を見るのが仕事だった。しかし今日、その数字は彼を不安にさせていた。
城門前には、特別に用意された大型馬車が停まっている。通常の馬車の二倍はある豪華な造りで、内装には上質な布地が使われ、座席には柔らかいクッションが敷き詰められていた。
ロレンツは見積書を確認する――金貨二百枚。これ一台で、一般的な騎士の年俸に匹敵する額だ。
「馬車、もっと広いのないの?」
ミカの声が響いた。彼女は馬車の中を覗き込んでおり、不満そうな表情を浮かべている。
「これでも王国最大の馬車でございます」
担当の役人が困惑した様子で答えた。ミカはため息をつく。
「狭いんだけど。まあ、いっか」
ロレンツは計算書に目を戻した。馬車だけではない。食料も、武器も、全てが最高級品で揃えられている。城の厨房からは、王族が食べる最高級の食材が次々と運び出されていた。
「食料も持っていこうぜ」
ハルが言った。従者たちが、大量の食材を馬車に積み込んでいく。保存食ではない。新鮮な肉、果物、ワイン――旅に必要とは思えないほどの量だ。
「武器も新しいの欲しい」
レンが腕を組みながら言った。彼の前には、最高級の剣と鎧が並べられている。実際には、レンは素手で戦うため、これらの武器を使うことはないだろう。しかし、彼が「欲しい」と言えば、用意されるのだ。
ロレンツは計算書の合計額を見て、思わず息を飲んだ。金貨五百枚。これは出発準備だけの費用だ。旅そのものにかかる費用は、これに含まれていない。
「...こんなに必要か?」
クロウの声が聞こえた。彼だけが、準備の様子を複雑な表情で見ている。しかし、他の三人は彼の言葉を聞いていないようだった。
その時、王女フィリアが現れた。彼女は純白のドレスを纏い、まるで聖女のような雰囲気を漂わせている。民衆が歓声を上げた。
「勇者様のためです」
フィリアは微笑みながら言った。
「惜しむべきではありません」
ロレンツは、王女の言葉を聞いて何かを言おうとした。しかし、周囲の民衆の声が彼の言葉を遮った。
「勇者様のためなら!」
「国の宝を使っていただくべきです!」
「我らの誇りです!」
ロレンツは、計算書を握りしめた。止められない。この空気の中で、財政の話など誰も聞かないだろう。
やがて、勇者たちは豪華な馬車に乗り込んだ。民衆が手を振り、歓声を上げる。馬車はゆっくりと動き出し、城門をくぐって街道へと向かっていった。
ロレンツは、その後ろ姿を見送りながら呟いた。
「これでは...国庫が...」
しかし、その声は誰にも届かなかった。
街道沿いの町ミドルトンで、宿屋「銀の月」を営むウィリアム・グレイは、店の前に立って通りを眺めていた。四十代の温厚な男である彼は、この宿屋を二十年以上営んでおり、多くの旅人を迎えてきた。しかし今日、彼の店に泊まる客は――特別だった。
勇者たちが到着したのは、午後のことだった。豪華な馬車が宿の前に停まり、護衛の騎士たちと共に四人の若者が降りてくる。ウィリアムは深々と頭を下げた。
「ようこそ、勇者様。当店にお泊まりいただけるとは、光栄の至りです」
「お、ここ良さそうじゃん」
ハルが店を見上げた。「銀の月」は町で最も良い宿だが、決して豪華とは言えない。しかし、この町ではこれが最高なのだ。
「部屋、もっと広いのないの?」
ミカが尋ねた。ウィリアムは慌てて答える。
「最上階の特別室がございます。三部屋ございますが――」
「全部貸して」
ミカはあっさりと言った。ウィリアムは目を見開く。
「全部...でございますか?」
「うん。一人一部屋欲しいし」
ウィリアムは一瞬躊躇したが、すぐに頷いた。
「かしこまりました」
特別室は通常、貴族や裕福な商人が使う部屋だ。一泊、金貨五枚。三部屋で十五枚――それだけで、ウィリアムの月の収入に匹敵する。
部屋に案内した後、ウィリアムは厨房に戻った。料理長が待ち構えている。
「勇者様の食事は?」
「最高の料理を」
ウィリアムは言った。料理長は頷き、すぐに準備を始めた。この町で手に入る最高の食材を使い、腕によりをかけた料理が次々と作られていく。
夕食の時、勇者たちのテーブルには料理が山のように並べられた。しかし――。
「うーん、まあまあかな」
ハルが一口食べて言った。レンは肉料理を次々と平らげているが、野菜には手をつけない。ミカは半分以上を残していた。
ウィリアムは、厨房で残った料理を見て胸が痛んだ。あれほどの食材と時間をかけたのに、半分以上が残されている。
「風呂、何回でも入っていい?」
レンが従業員に尋ねた。
「はい、もちろんです」
その夜、レンは三回も風呂に入った。そのたびに、大量の薪と水が使われる。ウィリアムは経費を計算しながら、額に汗が滲むのを感じた。
翌朝、勇者たちは出発した。ウィリアムは請求書を作成し、それを護衛の騎士に渡す。騎士は請求書を見て、顔色を変えた。
「金貨...百枚...?」
「はい。特別室三泊分、食事代、その他諸経費を合わせまして」
騎士は深く息を吐いた。
「王国に請求します。後日、支払われます」
ウィリアムは頷いたが、心の中では不安が渦巻いていた。本当に、支払われるのだろうか?そして――これほどの金額を、国は払い続けられるのだろうか?
二週間後、王城の謁見の間では勇者たちの帰還報告が行われていた。レオニス王は玉座に座り、宰相ヴァルクは傍らに控えている。財務官ロレンツも、部屋の隅で報告を聞いていた。
「では、魔物討伐の成果を報告せよ」
レオニスが言った。ハルは前に出て、少し考えるような素振りを見せた。
「えーと...特に何も」
謁見の間が静まり返った。レオニスは、自分の耳を疑った。
「...何も?」
「はい。魔物、いなかったんすよね」
レンが気楽に答えた。
「探したんですけど、全然見つからなくて」
ミカがあくびをしながら付け加える。
「てか、探すのめんどくさかった」
クロウだけが、何も言わずに俯いていた。
レオニスは、護衛として同行した騎士に目を向けた。
「本当か?」
騎士は苦しそうな表情で答えた。
「陛下...実際には、魔物を探すというより――」
「というより?」
「各地を、観光しておられました」
その言葉に、謁見の間がざわめいた。騎士は続けた。
「温泉、観光地、評判の良い店...そういった場所を巡り、楽しんでおられました」
レオニスは、言葉を失った。魔物討伐ではなく、観光旅行だったのか。
「費用は?」
ヴァルクが冷静に尋ねた。ロレンツが前に出て、震える手で報告書を読み上げた。
「総額...金貨三千枚でございます」
謁見の間が、完全に静まり返った。三千枚――それは、国庫の八分の一に相当する額だ。
ロレンツは詳細を読み上げていく。
「馬車と装備に五百枚。宿泊費に千五百枚。食事代に八百枚。その他雑費に二百枚」
レオニスは、玉座の肘掛けを強く握りしめた。
「三千枚...!」
その声には、怒りと絶望が混ざっていた。ロレンツは続けた。
「現在の国庫残高は、金貨二万二千枚。月の支出は約二千五百枚、収入は約二千枚。このままでは――」
「このままでは?」
「半年も持ちません」
その言葉が、謁見の間に重くのしかかった。レオニスは、勇者たちを見た。彼らは、何が問題なのか理解していない様子だった。
「問題ありません」
王女フィリアの声が響いた。彼女は勇者たちの隣に立ち、微笑んでいる。
「勇者様が楽しんでくださったなら、それで良いのです」
レオニスは、娘を見た。彼女の目には、もはや理性の光がない。
「フィリア...」
レオニスは何かを言おうとしたが、言葉が出てこなかった。娘は、もう自分の言葉を聞かない。
謁見が終わった後、レオニスの執務室ではヴァルクとロレンツだけを集めた秘密会議が開かれていた。三人だけの、深刻な話し合いだ。
ロレンツは詳細な報告書を広げた。
「現在の国庫残高は、金貨二万二千枚です」
レオニスとヴァルクは、その数字を見つめた。ロレンツは続ける。
「月の支出を詳しく申し上げますと――勇者関連費用が約千枚。神殿の維持費が五百枚。城壁の修復は継続中で、これも月に数百枚。そして通常の国政に約千枚」
「合計で?」
ヴァルクが尋ねた。
「約二千五百枚です。しかし、収入は月に二千枚程度」
「つまり、毎月五百枚の赤字か」
レオニスが低い声で言った。ロレンツは頷く。
「はい。さらに、勇者様方が今回のような旅を繰り返されれば――」
言葉を続ける必要はなかった。三人とも、結論は分かっている。
「節約できる部分は?」
ヴァルクが尋ねた。ロレンツは苦しそうな表情で答える。
「勇者関連費用を削減すれば、可能です。しかし――」
「不可能だな」
レオニスが答えた。
「王女と民衆が、許さぬ」
重い沈黙が部屋を満たした。やがて、レオニスが口を開く。
「...他に方法は?」
ロレンツは、覚悟を決めたように答えた。
「増税です」
その言葉が、部屋の空気をさらに重くした。
「どの程度だ?」
「現在の一・五倍」
ヴァルクが眉をひそめた。
「一・五倍...民の生活が、さらに苦しくなる」
「しかし、他に方法がありません」
ロレンツの声には、絶望が滲んでいた。レオニスは窓の外を見た。城下では、相変わらず神殿の前に人々が集まり、祈りを捧げている。
「...実施しろ」
レオニスの声は、小さかった。しかし、そこには王としての重い決断が込められていた。
「御意」
ロレンツは深く頭を下げた。
増税の発表から一週間が経った頃、城下町のパン屋「麦の穂」では、主人のトーマス・ブラウンが帳簿とにらめっこをしていた。数字は、冷酷な現実を物語っている。
客が減っていた。増税で民衆の懐が寂しくなり、パンを買う余裕がなくなったのだ。トーマスは価格を上げることはできない。
上げれば、さらに客が減る。しかし、小麦粉の値段は上がっている。税金も上がった。利益は、日に日に削られていく。
店の奥では、息子が棚の整理をしていた。かつて王城で給仕として働いていた若いトマスは、勇者たちに仕えることに耐えられず、城を辞めて父の店を手伝っている。
「父さん、大丈夫?」
息子が心配そうに尋ねた。トーマスは、無理に笑顔を作った。
「...何とかなる」
しかし、本当は厳しい。このままでは、あと数ヶ月で店を畳むことになるかもしれない。
店の扉が開き、隣の店を営む商人マルクが入ってきた。彼もまた、かつて勇者たちに商品を無償で「献上」させられた男だ。
「トーマス、聞いたか」
マルクの顔は暗い。
「南の町で、三軒の店が潰れたそうだ」
トーマスは息を飲んだ。
「増税のせいか...」
「ああ。皆、耐えきれなくなったんだ」
二人は、しばらく黙っていた。店の外から、声が聞こえてくる。
「勇者様のためだ」
「我らが耐えれば良い」
「神の御業のためなら」
トーマスは、その声を聞いて複雑な表情になった。マルクが小声で言う。
「おかしいだろう。勇者のために、我々が飢えるなんて」
トーマスは頷いた。
「...声を大にして言えないがな」
マルクは苦笑した。
「ああ。言えば、非国民扱いだ」
二人は、深いため息をついた。外では、相変わらず民衆が勇者を称賛している。しかし、この店の中では――静かな絶望があった。
深夜、王城の執務室では三人の男が集まっていた。レオニス王、宰相ヴァルク、そして財務官ロレンツ。蝋燭の灯りだけが、部屋を照らしている。
「増税後の税収ですが」
ロレンツが報告書を読み上げた。
「若干、増えました」
レオニスの顔に、わずかな希望が浮かんだ。しかし、ロレンツは続けた。
「しかし――支出も増えています」
「何故だ?」
「勇者様方が...また旅に出たいと仰っているそうです」
その言葉を聞いた瞬間、レオニスは机を叩いた。轟音が執務室に響く。
「ふざけるな!」
レオニスの怒りは、爆発していた。普段は冷静な王が、ここまで激昂することは稀だ。
「陛下、落ち着いてください」
ヴァルクが宥めようとするが、レオニスは止まらない。
「落ち着けるか!国が滅ぶのだぞ!」
レオニスは立ち上がり、窓辺に向かった。その背中は、疲れ切っているように見えた。
「このままでは...このままでは、我が国は――」
「分かっています、陛下」
ヴァルクが静かに言った。
「しかし、我々には時間がありません」
レオニスは振り向いた。
「ロレンツ、正直に言え。国庫は、あとどれくらい持つ?」
ロレンツは、覚悟を決めたように答えた。
「現在のペースが続けば...三ヶ月です」
三ヶ月――その言葉が、部屋の空気を凍りつかせた。
「三ヶ月...」
レオニスは、その数字を噛みしめるように繰り返した。
「それまでに、何とかせねばならぬ」
ヴァルクは頷いた。
「陛下、私の組織は着実に拡大しています。反勇者派は、静かに、しかし確実に増えています」
「急げ」
レオニスの声には、切迫感があった。
「急いでくれ、ヴァルク。このままでは――経済的に、国が死ぬ」
窓の外に、神殿の光が見える。あの輝きの裏で、国の富が消えている。民の生活が壊れている。そして――時間が、刻々と過ぎている。
「ヴァルク」
レオニスは、宰相を見た。その目には、強い決意が宿っている。
「もはや時間がない」
「はい」
「勇者を止める。どんな手段を使っても」
その言葉は、静かだが――重かった。ヴァルクは深く頭を下げた。
「必ず」
三人は、しばらく沈黙の中に立っていた。蝋燭の炎が揺れ、影が壁に踊る。
三ヶ月。
そのタイムリミットまでに、何かを変えなければならない。
さもなくば――王国は、経済的に崩壊する。
レオニスは窓の外を見つめた。神殿の光が、冷たく輝いている。
財務官ロレンツ・フォン・アルトハイムは、城門の近くで準備の様子を見守りながら、手元の計算書に目を落としていた。五十代の几帳面な男である彼は、王国の財政を管理する立場にあり、数字を見るのが仕事だった。しかし今日、その数字は彼を不安にさせていた。
城門前には、特別に用意された大型馬車が停まっている。通常の馬車の二倍はある豪華な造りで、内装には上質な布地が使われ、座席には柔らかいクッションが敷き詰められていた。
ロレンツは見積書を確認する――金貨二百枚。これ一台で、一般的な騎士の年俸に匹敵する額だ。
「馬車、もっと広いのないの?」
ミカの声が響いた。彼女は馬車の中を覗き込んでおり、不満そうな表情を浮かべている。
「これでも王国最大の馬車でございます」
担当の役人が困惑した様子で答えた。ミカはため息をつく。
「狭いんだけど。まあ、いっか」
ロレンツは計算書に目を戻した。馬車だけではない。食料も、武器も、全てが最高級品で揃えられている。城の厨房からは、王族が食べる最高級の食材が次々と運び出されていた。
「食料も持っていこうぜ」
ハルが言った。従者たちが、大量の食材を馬車に積み込んでいく。保存食ではない。新鮮な肉、果物、ワイン――旅に必要とは思えないほどの量だ。
「武器も新しいの欲しい」
レンが腕を組みながら言った。彼の前には、最高級の剣と鎧が並べられている。実際には、レンは素手で戦うため、これらの武器を使うことはないだろう。しかし、彼が「欲しい」と言えば、用意されるのだ。
ロレンツは計算書の合計額を見て、思わず息を飲んだ。金貨五百枚。これは出発準備だけの費用だ。旅そのものにかかる費用は、これに含まれていない。
「...こんなに必要か?」
クロウの声が聞こえた。彼だけが、準備の様子を複雑な表情で見ている。しかし、他の三人は彼の言葉を聞いていないようだった。
その時、王女フィリアが現れた。彼女は純白のドレスを纏い、まるで聖女のような雰囲気を漂わせている。民衆が歓声を上げた。
「勇者様のためです」
フィリアは微笑みながら言った。
「惜しむべきではありません」
ロレンツは、王女の言葉を聞いて何かを言おうとした。しかし、周囲の民衆の声が彼の言葉を遮った。
「勇者様のためなら!」
「国の宝を使っていただくべきです!」
「我らの誇りです!」
ロレンツは、計算書を握りしめた。止められない。この空気の中で、財政の話など誰も聞かないだろう。
やがて、勇者たちは豪華な馬車に乗り込んだ。民衆が手を振り、歓声を上げる。馬車はゆっくりと動き出し、城門をくぐって街道へと向かっていった。
ロレンツは、その後ろ姿を見送りながら呟いた。
「これでは...国庫が...」
しかし、その声は誰にも届かなかった。
街道沿いの町ミドルトンで、宿屋「銀の月」を営むウィリアム・グレイは、店の前に立って通りを眺めていた。四十代の温厚な男である彼は、この宿屋を二十年以上営んでおり、多くの旅人を迎えてきた。しかし今日、彼の店に泊まる客は――特別だった。
勇者たちが到着したのは、午後のことだった。豪華な馬車が宿の前に停まり、護衛の騎士たちと共に四人の若者が降りてくる。ウィリアムは深々と頭を下げた。
「ようこそ、勇者様。当店にお泊まりいただけるとは、光栄の至りです」
「お、ここ良さそうじゃん」
ハルが店を見上げた。「銀の月」は町で最も良い宿だが、決して豪華とは言えない。しかし、この町ではこれが最高なのだ。
「部屋、もっと広いのないの?」
ミカが尋ねた。ウィリアムは慌てて答える。
「最上階の特別室がございます。三部屋ございますが――」
「全部貸して」
ミカはあっさりと言った。ウィリアムは目を見開く。
「全部...でございますか?」
「うん。一人一部屋欲しいし」
ウィリアムは一瞬躊躇したが、すぐに頷いた。
「かしこまりました」
特別室は通常、貴族や裕福な商人が使う部屋だ。一泊、金貨五枚。三部屋で十五枚――それだけで、ウィリアムの月の収入に匹敵する。
部屋に案内した後、ウィリアムは厨房に戻った。料理長が待ち構えている。
「勇者様の食事は?」
「最高の料理を」
ウィリアムは言った。料理長は頷き、すぐに準備を始めた。この町で手に入る最高の食材を使い、腕によりをかけた料理が次々と作られていく。
夕食の時、勇者たちのテーブルには料理が山のように並べられた。しかし――。
「うーん、まあまあかな」
ハルが一口食べて言った。レンは肉料理を次々と平らげているが、野菜には手をつけない。ミカは半分以上を残していた。
ウィリアムは、厨房で残った料理を見て胸が痛んだ。あれほどの食材と時間をかけたのに、半分以上が残されている。
「風呂、何回でも入っていい?」
レンが従業員に尋ねた。
「はい、もちろんです」
その夜、レンは三回も風呂に入った。そのたびに、大量の薪と水が使われる。ウィリアムは経費を計算しながら、額に汗が滲むのを感じた。
翌朝、勇者たちは出発した。ウィリアムは請求書を作成し、それを護衛の騎士に渡す。騎士は請求書を見て、顔色を変えた。
「金貨...百枚...?」
「はい。特別室三泊分、食事代、その他諸経費を合わせまして」
騎士は深く息を吐いた。
「王国に請求します。後日、支払われます」
ウィリアムは頷いたが、心の中では不安が渦巻いていた。本当に、支払われるのだろうか?そして――これほどの金額を、国は払い続けられるのだろうか?
二週間後、王城の謁見の間では勇者たちの帰還報告が行われていた。レオニス王は玉座に座り、宰相ヴァルクは傍らに控えている。財務官ロレンツも、部屋の隅で報告を聞いていた。
「では、魔物討伐の成果を報告せよ」
レオニスが言った。ハルは前に出て、少し考えるような素振りを見せた。
「えーと...特に何も」
謁見の間が静まり返った。レオニスは、自分の耳を疑った。
「...何も?」
「はい。魔物、いなかったんすよね」
レンが気楽に答えた。
「探したんですけど、全然見つからなくて」
ミカがあくびをしながら付け加える。
「てか、探すのめんどくさかった」
クロウだけが、何も言わずに俯いていた。
レオニスは、護衛として同行した騎士に目を向けた。
「本当か?」
騎士は苦しそうな表情で答えた。
「陛下...実際には、魔物を探すというより――」
「というより?」
「各地を、観光しておられました」
その言葉に、謁見の間がざわめいた。騎士は続けた。
「温泉、観光地、評判の良い店...そういった場所を巡り、楽しんでおられました」
レオニスは、言葉を失った。魔物討伐ではなく、観光旅行だったのか。
「費用は?」
ヴァルクが冷静に尋ねた。ロレンツが前に出て、震える手で報告書を読み上げた。
「総額...金貨三千枚でございます」
謁見の間が、完全に静まり返った。三千枚――それは、国庫の八分の一に相当する額だ。
ロレンツは詳細を読み上げていく。
「馬車と装備に五百枚。宿泊費に千五百枚。食事代に八百枚。その他雑費に二百枚」
レオニスは、玉座の肘掛けを強く握りしめた。
「三千枚...!」
その声には、怒りと絶望が混ざっていた。ロレンツは続けた。
「現在の国庫残高は、金貨二万二千枚。月の支出は約二千五百枚、収入は約二千枚。このままでは――」
「このままでは?」
「半年も持ちません」
その言葉が、謁見の間に重くのしかかった。レオニスは、勇者たちを見た。彼らは、何が問題なのか理解していない様子だった。
「問題ありません」
王女フィリアの声が響いた。彼女は勇者たちの隣に立ち、微笑んでいる。
「勇者様が楽しんでくださったなら、それで良いのです」
レオニスは、娘を見た。彼女の目には、もはや理性の光がない。
「フィリア...」
レオニスは何かを言おうとしたが、言葉が出てこなかった。娘は、もう自分の言葉を聞かない。
謁見が終わった後、レオニスの執務室ではヴァルクとロレンツだけを集めた秘密会議が開かれていた。三人だけの、深刻な話し合いだ。
ロレンツは詳細な報告書を広げた。
「現在の国庫残高は、金貨二万二千枚です」
レオニスとヴァルクは、その数字を見つめた。ロレンツは続ける。
「月の支出を詳しく申し上げますと――勇者関連費用が約千枚。神殿の維持費が五百枚。城壁の修復は継続中で、これも月に数百枚。そして通常の国政に約千枚」
「合計で?」
ヴァルクが尋ねた。
「約二千五百枚です。しかし、収入は月に二千枚程度」
「つまり、毎月五百枚の赤字か」
レオニスが低い声で言った。ロレンツは頷く。
「はい。さらに、勇者様方が今回のような旅を繰り返されれば――」
言葉を続ける必要はなかった。三人とも、結論は分かっている。
「節約できる部分は?」
ヴァルクが尋ねた。ロレンツは苦しそうな表情で答える。
「勇者関連費用を削減すれば、可能です。しかし――」
「不可能だな」
レオニスが答えた。
「王女と民衆が、許さぬ」
重い沈黙が部屋を満たした。やがて、レオニスが口を開く。
「...他に方法は?」
ロレンツは、覚悟を決めたように答えた。
「増税です」
その言葉が、部屋の空気をさらに重くした。
「どの程度だ?」
「現在の一・五倍」
ヴァルクが眉をひそめた。
「一・五倍...民の生活が、さらに苦しくなる」
「しかし、他に方法がありません」
ロレンツの声には、絶望が滲んでいた。レオニスは窓の外を見た。城下では、相変わらず神殿の前に人々が集まり、祈りを捧げている。
「...実施しろ」
レオニスの声は、小さかった。しかし、そこには王としての重い決断が込められていた。
「御意」
ロレンツは深く頭を下げた。
増税の発表から一週間が経った頃、城下町のパン屋「麦の穂」では、主人のトーマス・ブラウンが帳簿とにらめっこをしていた。数字は、冷酷な現実を物語っている。
客が減っていた。増税で民衆の懐が寂しくなり、パンを買う余裕がなくなったのだ。トーマスは価格を上げることはできない。
上げれば、さらに客が減る。しかし、小麦粉の値段は上がっている。税金も上がった。利益は、日に日に削られていく。
店の奥では、息子が棚の整理をしていた。かつて王城で給仕として働いていた若いトマスは、勇者たちに仕えることに耐えられず、城を辞めて父の店を手伝っている。
「父さん、大丈夫?」
息子が心配そうに尋ねた。トーマスは、無理に笑顔を作った。
「...何とかなる」
しかし、本当は厳しい。このままでは、あと数ヶ月で店を畳むことになるかもしれない。
店の扉が開き、隣の店を営む商人マルクが入ってきた。彼もまた、かつて勇者たちに商品を無償で「献上」させられた男だ。
「トーマス、聞いたか」
マルクの顔は暗い。
「南の町で、三軒の店が潰れたそうだ」
トーマスは息を飲んだ。
「増税のせいか...」
「ああ。皆、耐えきれなくなったんだ」
二人は、しばらく黙っていた。店の外から、声が聞こえてくる。
「勇者様のためだ」
「我らが耐えれば良い」
「神の御業のためなら」
トーマスは、その声を聞いて複雑な表情になった。マルクが小声で言う。
「おかしいだろう。勇者のために、我々が飢えるなんて」
トーマスは頷いた。
「...声を大にして言えないがな」
マルクは苦笑した。
「ああ。言えば、非国民扱いだ」
二人は、深いため息をついた。外では、相変わらず民衆が勇者を称賛している。しかし、この店の中では――静かな絶望があった。
深夜、王城の執務室では三人の男が集まっていた。レオニス王、宰相ヴァルク、そして財務官ロレンツ。蝋燭の灯りだけが、部屋を照らしている。
「増税後の税収ですが」
ロレンツが報告書を読み上げた。
「若干、増えました」
レオニスの顔に、わずかな希望が浮かんだ。しかし、ロレンツは続けた。
「しかし――支出も増えています」
「何故だ?」
「勇者様方が...また旅に出たいと仰っているそうです」
その言葉を聞いた瞬間、レオニスは机を叩いた。轟音が執務室に響く。
「ふざけるな!」
レオニスの怒りは、爆発していた。普段は冷静な王が、ここまで激昂することは稀だ。
「陛下、落ち着いてください」
ヴァルクが宥めようとするが、レオニスは止まらない。
「落ち着けるか!国が滅ぶのだぞ!」
レオニスは立ち上がり、窓辺に向かった。その背中は、疲れ切っているように見えた。
「このままでは...このままでは、我が国は――」
「分かっています、陛下」
ヴァルクが静かに言った。
「しかし、我々には時間がありません」
レオニスは振り向いた。
「ロレンツ、正直に言え。国庫は、あとどれくらい持つ?」
ロレンツは、覚悟を決めたように答えた。
「現在のペースが続けば...三ヶ月です」
三ヶ月――その言葉が、部屋の空気を凍りつかせた。
「三ヶ月...」
レオニスは、その数字を噛みしめるように繰り返した。
「それまでに、何とかせねばならぬ」
ヴァルクは頷いた。
「陛下、私の組織は着実に拡大しています。反勇者派は、静かに、しかし確実に増えています」
「急げ」
レオニスの声には、切迫感があった。
「急いでくれ、ヴァルク。このままでは――経済的に、国が死ぬ」
窓の外に、神殿の光が見える。あの輝きの裏で、国の富が消えている。民の生活が壊れている。そして――時間が、刻々と過ぎている。
「ヴァルク」
レオニスは、宰相を見た。その目には、強い決意が宿っている。
「もはや時間がない」
「はい」
「勇者を止める。どんな手段を使っても」
その言葉は、静かだが――重かった。ヴァルクは深く頭を下げた。
「必ず」
三人は、しばらく沈黙の中に立っていた。蝋燭の炎が揺れ、影が壁に踊る。
三ヶ月。
そのタイムリミットまでに、何かを変えなければならない。
さもなくば――王国は、経済的に崩壊する。
レオニスは窓の外を見つめた。神殿の光が、冷たく輝いている。
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※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。
収納魔法を極めた魔術師ですが、勇者パーティを追放されました。ところで俺の追放理由って “どれ” ですか?
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収納魔法を活かして勇者パーティーの荷物持ちをしていたケイトはある日、パーティーを追放されてしまった。
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勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
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僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
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仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
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そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
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スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
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両方とも微妙だ・・・・
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