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第2部:信仰の崩壊期
第11話「勇者の暴走、国の沈黙」
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夜の城下町には、いくつもの酒場が灯りを灯していた。
その中でも「金色の麦」は評判の良い店で、常連客たちが毎晩のように集まっている。店主のグレン・マーシャルは、カウンターの奥で客たちの様子を見守りながら、グラスを磨いていた。今夜も店は賑わっており、商人たちや職人たちが酒を酌み交わしている。
しかし今夜は、特別な客がいた。
店の奥のテーブルに、勇者たちが座っていた。ハル、レン、ミカの三人だ。クロウは同行しておらず、おそらく図書館にでもいるのだろう。三人は酒を飲んでおり、特にレンは既にかなり酔っているようだった。
「うぇー、この酒うめー!」
レンが大声で笑った。その声は店中に響き、他の客たちは少し離れた場所で固まっている。勇者たちの近くに座る者は、誰もいなかった。
グレンは、その様子を見ながら不安を感じていた。勇者たちが来ること自体は光栄なことかもしれない。しかし――彼らの周りには、常に緊張が漂う。まるで、爆弾のそばにいるような感覚だ。
隣のテーブルには、商人のダニエル・ホフマンが座っていた。四十代の男で、布地を扱う商人として長年この町で暮らしている。しかし最近の増税で商売が苦しくなり、今夜は酒で憂さを晴らしに来ていた。彼の隣には、友人である別の商人が座っている。
「もう...やってられないよ」
ダニエルは、酒を飲みながら小声で愚痴を言った。友人が慌てて制止する。
「声が大きい。やめろ」
しかしダニエルは、酒が入って抑えが効かなくなっていた。
「増税のせいで...店が...」
友人が、さらに強く制止しようとする。しかしダニエルは続けた。
「勇者が浪費するから...俺たちが...」
その瞬間、店の空気が変わった。
「あん?」
レンの声が響いた。彼は、酔った目でダニエルを見ている。店が、一瞬にして静まり返った。
「今、何て言った?」
レンは立ち上がった。ダニエルの友人が、慌てて前に出る。
「すみません!酔っているだけです!何でもありません!」
しかし、レンはダニエルに近づいていく。店の客たちが、息を飲んで見守っている。グレンは、カウンターから出ようとしたが――足が動かなかった。
「お前、勇者様を批判したな?」
レンの声には、怒りが滲んでいた。ダニエルは、恐怖に顔を青ざめさせながら答える。
「い、いや、そんなつもりでは...」
「嘘つくな。聞こえたぞ」
レンは、ダニエルの目の前に立った。ダニエルは椅子から立ち上がろうとする。
「レン、やめろって」
ハルが声をかけた。しかし、レンは聞いていない。
「酔ってるだけだろ。ほっとけよ」
ハルの声は、どこか他人事のようだった。本気で止めようとしているようには見えない。
「勇者様を侮辱する奴は、許さない」
レンは、ダニエルの肩を掴んだ。
次の瞬間、世界が止まったように感じられた。
レンの拳が、ダニエルの顔面に叩き込まれた。鈍い音が響き、ダニエルの体が宙を舞う。彼の体は、まるで人形のように軽々と吹き飛ばされ、店の壁に激突した。
轟音。
壁が揺れ、棚から食器が落ちて割れる。
ダニエルは、床に崩れ落ちた。
そして――動かなくなった。
酒場が、完全に静まり返った。誰も、声を出さない。呼吸すらするのを忘れたかのように、全員が固まっている。
グレンは、震える足で前に出た。ダニエルの元に駆け寄り、肩を揺さぶる。
「お、おい!大丈夫か!」
しかし、返事はない。グレンは、ダニエルの首に手を当てた――脈がない。そして、その首の角度が――不自然だった。明らかに、折れている。
「死んで...る...」
グレンの声は、かすれていた。客たちが、悲鳴を上げた。何人かが椅子から立ち上がり、店の出口に向かって走る。
「...あれ?」
レンが、自分の手を見ながら言った。酔っているため、状況を完全には理解していないようだった。
「レン、お前...」
ハルの声が聞こえた。彼の顔は、珍しく青ざめている。
「マジで死んだの?」
ミカが、ダニエルの体を見て呟いた。その声には、恐怖よりも――困惑があった。
グレンは、震える手で立ち上がった。夜警を呼ばなければ。これは――殺人だ。しかし、その時。
「やめろ」
客の一人が、グレンの腕を掴んだ。中年の男は、恐怖に満ちた目でグレンを見ている。
「夜警を呼ぶな」
「しかし、これは――」
「相手は勇者だぞ」
その言葉が、グレンの動きを止めた。相手は――勇者。神の使い。この国で最も力を持つ存在。
グレンは、その男を見た。男の目には、諦めと恐怖があった。
「...訴えても、無駄だ」
男の言葉は、真実だった。グレンは、それを理解した。
店の中で、誰も動けなかった。床には、ダニエルの遺体が横たわっている。そして、その傍らに――勇者たちが立っていた。
翌朝、王城の謁見の間には重苦しい空気が漂っていた。レオニス王は玉座に座り、宰相ヴァルクは傍らに控えている。二人の前には、夜警の報告書が置かれていた。
「事件の詳細を報告せよ」
レオニスの声は、低く抑えられていた。夜警の隊長が、震える声で答える。
「昨夜、城下の酒場『金色の麦』にて――勇者レン殿が、市民を...」
隊長は、言葉を続けられなかった。レオニスが、厳しい声で促す。
「言え」
「殺害されました」
その言葉が、謁見の間に響いた。レオニスは、拳を握りしめた。ヴァルクが、冷静に尋ねる。
「被害者は?」
「商人ダニエル・ホフマン。四十二歳。妻と二人の子供がおります」
レオニスは目を閉じた。妻と、子供。彼らは、これからどうやって生きていくのか。
「...状況は」
「被害者が、酒に酔って勇者様を批判する発言をしたようです。それに対し、勇者レン殿が――」
レオニスは立ち上がった。
「レンを、今すぐここに呼べ!」
その声は、怒りに満ちていた。しかし――。
「父上」
扉が開き、王女フィリアが入室した。彼女は落ち着いた様子で、レオニスに近づく。
「既に事情は把握しております」
「フィリア...」
レオニスは、娘を見た。
「これは殺人だ。レンは、人を殺したのだぞ」
フィリアは、微笑んだ。その笑みは、美しかったが――冷たかった。
「いいえ、父上。これは正当な処罰です」
レオニスは、娘の言葉を信じられない思いで聞いていた。
「何を...」
「被害者は、勇者様を侮辱しました」
フィリアはきっぱりと言った。
「勇者様を侮辱する者は、国家反逆罪に等しい。レン様は、国を守るために行動されたのです」
「それは...それは詭弁だ!」
レオニスが叫んだ。しかし、フィリアは動じない。
「法よりも、勇者様の御心が優先されます」
ヴァルクが、一歩前に出た。
「王女殿下、しかし法治国家として――」
「宰相」
フィリアはヴァルクを見た。その目には、冷たい光がある。
「貴方も、勇者様を疑うのですか?」
ヴァルクは、何も言えなくなった。
その時、扉が再び開き、ハルとレンが入ってきた。レンは、どこか眠そうな様子だ。
「王様、呼んだ?」
レンの声は、いつもと変わらない軽い調子だった。レオニスは、その様子を見て――怒りが頂点に達した。
「貴様...人を殺したのだぞ!」
「え?」
レンは、首を傾げた。
「でもあいつ、俺たちの悪口言ってたし」
その言葉に、レオニスは言葉を失った。レンには――罪悪感がない。まるで、虫でも潰したかのような反応だ。
「まあ、レンもやりすぎたけど」
ハルが苦笑しながら言った。
「でも、仲間を守っただけだし」
レオニスは、二人を見つめた。そこには――人間の心がなかった。
同日の午後、城下広場には多くの民衆が集められていた。王女フィリアが、公式発表を行うという知らせが広まったのだ。パン屋のトーマスも、息子と共にその場にいた。
広場の中央に、王女フィリアが現れた。彼女は純白のドレスを纏い、まるで聖女のように見える。民衆が歓声を上げた。
「皆様」
フィリアの声が、広場に響いた。
「昨夜、不幸な事故がありました」
民衆がざわめく。トーマスは、不安を感じながらその言葉を聞いていた。
「商人ダニエル・ホフマンが、勇者様を侮辱し――」
フィリアは一瞬言葉を切り、そして続けた。
「勇者レン様が、国を守るために行動されました」
「ダニエルの死は、自業自得です」
その言葉が、広場に響いた。トーマスは、耳を疑った。事故?自業自得?あれは――殺人ではないのか。
民衆の反応は、分かれた。
「勇者様は正しい!」
「侮辱した方が悪い!」
一部の民衆が、そう叫んだ。しかし――多くの者は、沈黙していた。トーマスの隣にいた男が、小声で呟いた。
「おかしいだろ...殺人だぞ...」
しかし、周囲の視線が男に集中した。冷たい、敵意のこもった視線だ。男は、慌てて口を閉ざした。
トーマスは、その様子を見て――背筋が凍るのを感じた。
これが――この国の姿だ。
真実を語れば、睨まれる。
疑問を持てば、敵とされる。
恐怖が、全てを支配している。
フィリアは、さらに演説を続けた。
「今後、勇者様を侮辱する者は、厳しく罰せられます」
「これは、国の秩序を守るための措置です」
民衆は、ただ黙って聞いていた。歓声を上げる者もいたが、それは少数だった。多くの者は――恐怖で、何も言えなかったのだ。
数日後の夜、貴族アルフレッド・フォン・ケストナー伯爵の邸宅に、異変が訪れた。五十代の温厚な貴族である彼は、ヴァルクの反勇者派組織の一員だった。彼は密かに、信頼できる仲間たちと勇者の問題について話し合っていた。しかし――組織の中に、密告者がいた。
夜、邸宅の門が激しく叩かれた。執事が扉を開けると、そこには王国騎士団が立っていた。先頭に立つのは、騎士団の副長――王女派の人間だ。
「アルフレッド・フォン・ケストナー伯爵はいるか」
副長の声は、冷たかった。執事が慌てて答える。
「何の御用でしょうか」
「呼べ。今すぐだ」
アルフレッドは、書斎で本を読んでいた。執事が慌てて報告に来て、彼は不安を感じながらも玄関に向かった。そこには、完全武装の騎士たちが立っている。
「これは...どういうことかな」
アルフレッドは、努めて冷静に尋ねた。副長が前に出る。
「アルフレッド・フォン・ケストナー伯爵、貴殿を逮捕する」
その言葉が、アルフレッドの心臓を凍りつかせた。
「何の罪で!」
「国家反逆罪。勇者様への不敬罪」
アルフレッドは、理解した。密告されたのだ。
「証拠は?」
「複数の証人がいる」
副長は冷たく答えた。アルフレッドは、抵抗しようとした。しかし、騎士たちが彼を取り押さえる。
「やめろ!私は貴族だぞ!」
しかし、騎士たちは容赦なかった。アルフレッドの家族が、奥から駆けつけてくる。妻が泣き叫び、娘が悲鳴を上げた。
「お父様!」
「心配するな」
アルフレッドは、家族に向かって言った。
「すぐに戻る」
しかし、その言葉は――嘘だった。彼自身、それを理解していた。
騎士たちに連行されながら、アルフレッドは悟った。
これは――見せしめだ。
反対する者への、警告だ。
翌日、城下広場には再び民衆が集められていた。しかし今日の空気は、昨日とは違っていた。広場の中央には――処刑台が設けられていた。
宰相ヴァルクは、王城の塔から遠くその光景を見下ろしていた。彼の心は、深い悲しみと怒りに満ちている。
広場には、数千人の民衆が集まっていた。パン屋のトーマスも、息子と共にその場にいる。息子は、恐怖に震えていた。
やがて、アルフレッド伯爵が広場に引き出された。彼の手は縛られており、騎士たちに両脇を抱えられている。民衆が、息を飲んだ。
王女フィリアが、演台に立った。
「皆様」
彼女の声は、冷たく響いた。
「この者は、勇者様を侮辱しました」
民衆がざわめく。フィリアは続けた。
「国家反逆者として、ここに処刑します」
民衆の一部が「当然だ!」と叫んだ。しかし、多くの者は――沈黙していた。
執行人が、前に出た。アルフレッドは、処刑台に立たされる。彼には、最後の言葉を述べる権利が与えられた。
アルフレッドは、広場の民衆を見渡した。そして――叫んだ。
「私は...真実を語っただけだ!」
その声は、広場中に響いた。
「勇者は...災厄だ!」
その言葉が、完全に響き渡る前に――。
処刑が執行された。
民衆は、恐怖に震えた。誰も、声を出さない。ただ――沈黙だけがあった。
ヴァルクは、塔の上で拳を握りしめた。
「すまない...アルフレッド」
彼は、仲間を守れなかった。トーマスは、息子の手を強く握った。息子は、泣いていた。
「父さん...」
「...これが、この国の姿だ」
トーマスの声は、震えていた。
広場の民衆は、静かに散っていく。誰も、何も語らない。語れば――次は自分かもしれないから。
恐怖が、全てを支配した。
ヴァルクは、窓から広場を見つめ続けた。そして――暗い決意を固めた。
「もはや...正攻法では止められない」
彼の声は、誰にも聞こえなかった。しかし、その決意は――確かなものだった。
その中でも「金色の麦」は評判の良い店で、常連客たちが毎晩のように集まっている。店主のグレン・マーシャルは、カウンターの奥で客たちの様子を見守りながら、グラスを磨いていた。今夜も店は賑わっており、商人たちや職人たちが酒を酌み交わしている。
しかし今夜は、特別な客がいた。
店の奥のテーブルに、勇者たちが座っていた。ハル、レン、ミカの三人だ。クロウは同行しておらず、おそらく図書館にでもいるのだろう。三人は酒を飲んでおり、特にレンは既にかなり酔っているようだった。
「うぇー、この酒うめー!」
レンが大声で笑った。その声は店中に響き、他の客たちは少し離れた場所で固まっている。勇者たちの近くに座る者は、誰もいなかった。
グレンは、その様子を見ながら不安を感じていた。勇者たちが来ること自体は光栄なことかもしれない。しかし――彼らの周りには、常に緊張が漂う。まるで、爆弾のそばにいるような感覚だ。
隣のテーブルには、商人のダニエル・ホフマンが座っていた。四十代の男で、布地を扱う商人として長年この町で暮らしている。しかし最近の増税で商売が苦しくなり、今夜は酒で憂さを晴らしに来ていた。彼の隣には、友人である別の商人が座っている。
「もう...やってられないよ」
ダニエルは、酒を飲みながら小声で愚痴を言った。友人が慌てて制止する。
「声が大きい。やめろ」
しかしダニエルは、酒が入って抑えが効かなくなっていた。
「増税のせいで...店が...」
友人が、さらに強く制止しようとする。しかしダニエルは続けた。
「勇者が浪費するから...俺たちが...」
その瞬間、店の空気が変わった。
「あん?」
レンの声が響いた。彼は、酔った目でダニエルを見ている。店が、一瞬にして静まり返った。
「今、何て言った?」
レンは立ち上がった。ダニエルの友人が、慌てて前に出る。
「すみません!酔っているだけです!何でもありません!」
しかし、レンはダニエルに近づいていく。店の客たちが、息を飲んで見守っている。グレンは、カウンターから出ようとしたが――足が動かなかった。
「お前、勇者様を批判したな?」
レンの声には、怒りが滲んでいた。ダニエルは、恐怖に顔を青ざめさせながら答える。
「い、いや、そんなつもりでは...」
「嘘つくな。聞こえたぞ」
レンは、ダニエルの目の前に立った。ダニエルは椅子から立ち上がろうとする。
「レン、やめろって」
ハルが声をかけた。しかし、レンは聞いていない。
「酔ってるだけだろ。ほっとけよ」
ハルの声は、どこか他人事のようだった。本気で止めようとしているようには見えない。
「勇者様を侮辱する奴は、許さない」
レンは、ダニエルの肩を掴んだ。
次の瞬間、世界が止まったように感じられた。
レンの拳が、ダニエルの顔面に叩き込まれた。鈍い音が響き、ダニエルの体が宙を舞う。彼の体は、まるで人形のように軽々と吹き飛ばされ、店の壁に激突した。
轟音。
壁が揺れ、棚から食器が落ちて割れる。
ダニエルは、床に崩れ落ちた。
そして――動かなくなった。
酒場が、完全に静まり返った。誰も、声を出さない。呼吸すらするのを忘れたかのように、全員が固まっている。
グレンは、震える足で前に出た。ダニエルの元に駆け寄り、肩を揺さぶる。
「お、おい!大丈夫か!」
しかし、返事はない。グレンは、ダニエルの首に手を当てた――脈がない。そして、その首の角度が――不自然だった。明らかに、折れている。
「死んで...る...」
グレンの声は、かすれていた。客たちが、悲鳴を上げた。何人かが椅子から立ち上がり、店の出口に向かって走る。
「...あれ?」
レンが、自分の手を見ながら言った。酔っているため、状況を完全には理解していないようだった。
「レン、お前...」
ハルの声が聞こえた。彼の顔は、珍しく青ざめている。
「マジで死んだの?」
ミカが、ダニエルの体を見て呟いた。その声には、恐怖よりも――困惑があった。
グレンは、震える手で立ち上がった。夜警を呼ばなければ。これは――殺人だ。しかし、その時。
「やめろ」
客の一人が、グレンの腕を掴んだ。中年の男は、恐怖に満ちた目でグレンを見ている。
「夜警を呼ぶな」
「しかし、これは――」
「相手は勇者だぞ」
その言葉が、グレンの動きを止めた。相手は――勇者。神の使い。この国で最も力を持つ存在。
グレンは、その男を見た。男の目には、諦めと恐怖があった。
「...訴えても、無駄だ」
男の言葉は、真実だった。グレンは、それを理解した。
店の中で、誰も動けなかった。床には、ダニエルの遺体が横たわっている。そして、その傍らに――勇者たちが立っていた。
翌朝、王城の謁見の間には重苦しい空気が漂っていた。レオニス王は玉座に座り、宰相ヴァルクは傍らに控えている。二人の前には、夜警の報告書が置かれていた。
「事件の詳細を報告せよ」
レオニスの声は、低く抑えられていた。夜警の隊長が、震える声で答える。
「昨夜、城下の酒場『金色の麦』にて――勇者レン殿が、市民を...」
隊長は、言葉を続けられなかった。レオニスが、厳しい声で促す。
「言え」
「殺害されました」
その言葉が、謁見の間に響いた。レオニスは、拳を握りしめた。ヴァルクが、冷静に尋ねる。
「被害者は?」
「商人ダニエル・ホフマン。四十二歳。妻と二人の子供がおります」
レオニスは目を閉じた。妻と、子供。彼らは、これからどうやって生きていくのか。
「...状況は」
「被害者が、酒に酔って勇者様を批判する発言をしたようです。それに対し、勇者レン殿が――」
レオニスは立ち上がった。
「レンを、今すぐここに呼べ!」
その声は、怒りに満ちていた。しかし――。
「父上」
扉が開き、王女フィリアが入室した。彼女は落ち着いた様子で、レオニスに近づく。
「既に事情は把握しております」
「フィリア...」
レオニスは、娘を見た。
「これは殺人だ。レンは、人を殺したのだぞ」
フィリアは、微笑んだ。その笑みは、美しかったが――冷たかった。
「いいえ、父上。これは正当な処罰です」
レオニスは、娘の言葉を信じられない思いで聞いていた。
「何を...」
「被害者は、勇者様を侮辱しました」
フィリアはきっぱりと言った。
「勇者様を侮辱する者は、国家反逆罪に等しい。レン様は、国を守るために行動されたのです」
「それは...それは詭弁だ!」
レオニスが叫んだ。しかし、フィリアは動じない。
「法よりも、勇者様の御心が優先されます」
ヴァルクが、一歩前に出た。
「王女殿下、しかし法治国家として――」
「宰相」
フィリアはヴァルクを見た。その目には、冷たい光がある。
「貴方も、勇者様を疑うのですか?」
ヴァルクは、何も言えなくなった。
その時、扉が再び開き、ハルとレンが入ってきた。レンは、どこか眠そうな様子だ。
「王様、呼んだ?」
レンの声は、いつもと変わらない軽い調子だった。レオニスは、その様子を見て――怒りが頂点に達した。
「貴様...人を殺したのだぞ!」
「え?」
レンは、首を傾げた。
「でもあいつ、俺たちの悪口言ってたし」
その言葉に、レオニスは言葉を失った。レンには――罪悪感がない。まるで、虫でも潰したかのような反応だ。
「まあ、レンもやりすぎたけど」
ハルが苦笑しながら言った。
「でも、仲間を守っただけだし」
レオニスは、二人を見つめた。そこには――人間の心がなかった。
同日の午後、城下広場には多くの民衆が集められていた。王女フィリアが、公式発表を行うという知らせが広まったのだ。パン屋のトーマスも、息子と共にその場にいた。
広場の中央に、王女フィリアが現れた。彼女は純白のドレスを纏い、まるで聖女のように見える。民衆が歓声を上げた。
「皆様」
フィリアの声が、広場に響いた。
「昨夜、不幸な事故がありました」
民衆がざわめく。トーマスは、不安を感じながらその言葉を聞いていた。
「商人ダニエル・ホフマンが、勇者様を侮辱し――」
フィリアは一瞬言葉を切り、そして続けた。
「勇者レン様が、国を守るために行動されました」
「ダニエルの死は、自業自得です」
その言葉が、広場に響いた。トーマスは、耳を疑った。事故?自業自得?あれは――殺人ではないのか。
民衆の反応は、分かれた。
「勇者様は正しい!」
「侮辱した方が悪い!」
一部の民衆が、そう叫んだ。しかし――多くの者は、沈黙していた。トーマスの隣にいた男が、小声で呟いた。
「おかしいだろ...殺人だぞ...」
しかし、周囲の視線が男に集中した。冷たい、敵意のこもった視線だ。男は、慌てて口を閉ざした。
トーマスは、その様子を見て――背筋が凍るのを感じた。
これが――この国の姿だ。
真実を語れば、睨まれる。
疑問を持てば、敵とされる。
恐怖が、全てを支配している。
フィリアは、さらに演説を続けた。
「今後、勇者様を侮辱する者は、厳しく罰せられます」
「これは、国の秩序を守るための措置です」
民衆は、ただ黙って聞いていた。歓声を上げる者もいたが、それは少数だった。多くの者は――恐怖で、何も言えなかったのだ。
数日後の夜、貴族アルフレッド・フォン・ケストナー伯爵の邸宅に、異変が訪れた。五十代の温厚な貴族である彼は、ヴァルクの反勇者派組織の一員だった。彼は密かに、信頼できる仲間たちと勇者の問題について話し合っていた。しかし――組織の中に、密告者がいた。
夜、邸宅の門が激しく叩かれた。執事が扉を開けると、そこには王国騎士団が立っていた。先頭に立つのは、騎士団の副長――王女派の人間だ。
「アルフレッド・フォン・ケストナー伯爵はいるか」
副長の声は、冷たかった。執事が慌てて答える。
「何の御用でしょうか」
「呼べ。今すぐだ」
アルフレッドは、書斎で本を読んでいた。執事が慌てて報告に来て、彼は不安を感じながらも玄関に向かった。そこには、完全武装の騎士たちが立っている。
「これは...どういうことかな」
アルフレッドは、努めて冷静に尋ねた。副長が前に出る。
「アルフレッド・フォン・ケストナー伯爵、貴殿を逮捕する」
その言葉が、アルフレッドの心臓を凍りつかせた。
「何の罪で!」
「国家反逆罪。勇者様への不敬罪」
アルフレッドは、理解した。密告されたのだ。
「証拠は?」
「複数の証人がいる」
副長は冷たく答えた。アルフレッドは、抵抗しようとした。しかし、騎士たちが彼を取り押さえる。
「やめろ!私は貴族だぞ!」
しかし、騎士たちは容赦なかった。アルフレッドの家族が、奥から駆けつけてくる。妻が泣き叫び、娘が悲鳴を上げた。
「お父様!」
「心配するな」
アルフレッドは、家族に向かって言った。
「すぐに戻る」
しかし、その言葉は――嘘だった。彼自身、それを理解していた。
騎士たちに連行されながら、アルフレッドは悟った。
これは――見せしめだ。
反対する者への、警告だ。
翌日、城下広場には再び民衆が集められていた。しかし今日の空気は、昨日とは違っていた。広場の中央には――処刑台が設けられていた。
宰相ヴァルクは、王城の塔から遠くその光景を見下ろしていた。彼の心は、深い悲しみと怒りに満ちている。
広場には、数千人の民衆が集まっていた。パン屋のトーマスも、息子と共にその場にいる。息子は、恐怖に震えていた。
やがて、アルフレッド伯爵が広場に引き出された。彼の手は縛られており、騎士たちに両脇を抱えられている。民衆が、息を飲んだ。
王女フィリアが、演台に立った。
「皆様」
彼女の声は、冷たく響いた。
「この者は、勇者様を侮辱しました」
民衆がざわめく。フィリアは続けた。
「国家反逆者として、ここに処刑します」
民衆の一部が「当然だ!」と叫んだ。しかし、多くの者は――沈黙していた。
執行人が、前に出た。アルフレッドは、処刑台に立たされる。彼には、最後の言葉を述べる権利が与えられた。
アルフレッドは、広場の民衆を見渡した。そして――叫んだ。
「私は...真実を語っただけだ!」
その声は、広場中に響いた。
「勇者は...災厄だ!」
その言葉が、完全に響き渡る前に――。
処刑が執行された。
民衆は、恐怖に震えた。誰も、声を出さない。ただ――沈黙だけがあった。
ヴァルクは、塔の上で拳を握りしめた。
「すまない...アルフレッド」
彼は、仲間を守れなかった。トーマスは、息子の手を強く握った。息子は、泣いていた。
「父さん...」
「...これが、この国の姿だ」
トーマスの声は、震えていた。
広場の民衆は、静かに散っていく。誰も、何も語らない。語れば――次は自分かもしれないから。
恐怖が、全てを支配した。
ヴァルクは、窓から広場を見つめ続けた。そして――暗い決意を固めた。
「もはや...正攻法では止められない」
彼の声は、誰にも聞こえなかった。しかし、その決意は――確かなものだった。
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彼女の名は才村 友郁
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取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
S級スキル『剣聖』を授かった俺はスキルを奪われてから人生が一変しました
白崎なまず
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この世界の人間の多くは生まれてきたときにスキルを持っている。スキルの力は強大で、強力なスキルを持つ者が貧弱なスキルしか持たない者を支配する。
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しかし物事がうまくいっている時こそ人生の落とし穴には気付けないものだ。
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この作品は小説家になろうに投稿されている作品の重複投稿になります
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