「聖女は2人もいらない」と追放された聖女、王国最強のイケメン騎士と偽装結婚して溺愛される

沙寺絃

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16話 伯爵家の使用人たち

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 私の植物成長スキルは、成長促進、品質向上の効果があると判明した。
 この頃、フレイさんやクレイトンさんは、仕事が多忙になってきた。
 忙しい時期に付き合わせるのは悪い。そう思った私は、日中の暇な時間を使って、温室や庭で植物を育てる。

「今日の収穫はトマトにジャガイモにトウモロコシ――か。トマトはともかく、ジャガイモとトウモロコシはアメリカ大陸原産だって習ったけど」

 なんだかめちゃくちゃだ。
 でもそれは地球の話だし。
 この世界がヨーロッパ風に見えても、歴史や文化や常識は地球とは結構異なる。

「それにしても季節感がないなあ。いくら温室とはいえ、こんなに色んな野菜が育つなんて。聖女の力ってすごいな」

 これだけの野菜が一気に育って収穫できるのは、この世界の常識でも考えられないとフレイさんは言っていた。
 しかも野菜も果物も、栄養価が豊富で味も良い。おかげで最近は、お屋敷の料理に使われる食材は、ほぼ温室産になっている。

「さて、今日の分はこれぐらいでいいかな」
「エリカさまーっ!」
「リリィちゃん。手伝いに来てくれたの?」
「うんっ! じゃなくて、はいっ!」
「私の前では緊張しなくていいんだよ」
「でもでも、エリカ様はリリィの恩人です! それにフレイ様の大切な人だから、節度を持って接しなさいってメイド長に言われました!」

 両手を握って力説するのは、メイド見習いのリリィちゃん。まだ13歳の女の子で、ツインテールに結んだ髪が可愛らしい。
 私を気に入ってくれているようで、とくにこの数日は、私の姿を見つけると駆け寄ってくる。
 それというのも、数日前――。

***

「きゃああああああッ!!」

 昼食を食べ終わり、そろそろ着替えて外に出ようとしていた矢先。重い物が崩れるような音と、女の子の悲鳴が聞こえてきた。
 声の出どころを探ると、ある一室に使用人が集まっていた。パーシヴァル家の代々当主が収集した美術品や珍品が陳列されている博物室だ。

「何があったんですか?」
「! これはエリカ様! それが……」

 使用人の1人が視線で示した先には、大きな甲冑が崩れていた。その下からぐったりと動かない少女が救助される。

「あれはリリィちゃん!?」
「今日はリリィたちが博物室の掃除係でした。一緒に掃除していたメイドの話によると、リリィはあの甲冑を念入りに掃除していたそうです」
「しかし固定している土台が悪くなっていたようで、足の掃除をしている時に甲冑が崩れ、リリィはその下敷きに……」
「あの甲冑は40kgほどあります。軽量化が進んだ現代の甲冑とは異なる年代物です。しかも儀礼用だったらしく、相当な重量があります。しかもリリィは打ちどころが悪かったようで、あのように……」

 よく見ると、後頭部から血が出ている。運の悪いことに、たぶん頭に直撃したんだろう。
 リリィちゃんはまだ13歳の女の子だ。下手をしたら自分の体重より重い物の下敷きになり、しかも頭を打ったとあれば、命に係わる出来事だ。
 私はすぐさまリリィちゃんに駆け寄ると、両手をかざした。

「エリカ様? 何を――」
「静かに……“アース・ヒーリング”!」

 訝しがる使用人を嗜めて、回復魔法を発動させる。リリィちゃんの血が止まり、真っ白だった顔色に赤みが戻る。使用人たちが驚きの声をあげる中で、リリィちゃんは目を開いた。

「……エリカ、様……? それに、みなさんも……ええっと、リリィは何を……?」
「リリィ、良かった! あなた覚えていないの? あなたは掃除中に甲冑の下敷きになったのよ!」
「! そうでした、わたし……!」
「でも、もう大丈夫よ。エリカ様が治してくださったからね」
「エリカ様が……?」
「リリィちゃん、痛いところはない?」
「え……? は、はい、大丈夫……みたいです」
「良かった」

 安心して思わず笑みを浮かべる。
 瞬間、その場にいたリリィちゃんを含む全員の私を見る目が変わった――ような気がした。

「ありがとうございます、エリカ様……それと、申し訳ございません! 大事な甲冑を倒してしまって……もしかすると傷が……!!」
「気にしなくていいよ。土台が悪くなっていたんでしょう? 私からフレイさんに言っておきます。ちゃんと事情を離せば分かってくれる人だから、大丈夫ですよ」
「ああ……ありがとう、ございますっ!」

 これまでの私は、使用人たちにとっては突然現れた人だった。
 もちろん丁寧にお世話してくれていたけど、どことなく壁というか、距離があったように感じる。
 それはきっと、私が外から来た人間だったから。意識的にではなくても、心のどこかで内と外を分けてしまうのが人の性分だ。
 いくら婚約者という立場であっても、すぐに内側の人間として意識を切り替えるのは難しかったんだと思う。

 でも今、リリィちゃんを助けたことで、使用人たちの私を見る目が変わった。
 これまで以上の敬意と親愛が込められた眼差し。
 私はこの変化を、つい先日ウェルスの街で体験したばかりだ。だから何が起きたのか、なんとなく分かった。
 彼らの仲間を助けたことが、私も仲間であるという意識を、みんなにもたらしたようだ。

 ちなみにその晩、フレイさんに事情を話したところ、やっぱり私の予想通りの反応が返ってきた。

「土台が悪くなっていたせいで、メイドが怪我をした……ですか。それはいけませんね。明日にでも博物室を確認して、危険性が高い物の管理方法を改めるようにしましょう」
「すみません、忙しいのに」
「謝る必要はありません。使用人が安全に働けるよう、環境を整えるのも当主の役目です。エリカ殿、我が家の使用人を助けてくださり、ありがとうございました」
「さすがに見過ごせませんからね」
「やはりエリカ殿は、優しいお方だ」

 人として当たり前のことをしているだけなのに、フレイさんの好感度がガンガン上がっていく。
 もっとも私としても、使用人の労働環境をちゃんと考えているフレイさんへの好感度がさらに上がったんだけどね。

***

 そんなことがあって以来、リリィちゃんはすっかり私に懐いてしまった。他の使用人たちもリリィちゃんの一件以来、気軽に声をかけてくれるようになった。

「それじゃあリリィちゃん、そっちのトマトが入ったカゴをお願いするね」
「はーい!」

 厨房に野菜を運ぶ。この野菜の品質の良さも、メイドさんたちの好感度アップに繋がっていると思う。

「あらあら、いつもありがとうございます! エリカ様のお野菜は、調理のし甲斐がありますわ!」
「本当に。お屋敷だけで使用するのは、もったいないですね。こんなにおいしいお野菜、市場に卸せばいい値段がつくと思いますのに」
「だからこそ市場には流せないんですよ。これってチート――いわば裏技で作った野菜だから。こんなのが市場に出回れば、普段売られている野菜が売れなくなるでしょう。そうすると、野菜を作っている農家の生活が成り立たなくなってしまいます」

 ほぼ確実に不満や争いの火種になる。
 下手したら反乱とかに繋がって、フレイさんに迷惑をかけるかもしれない。そんな事態は避けたいところだ。

「今の段階で市場に流通させるのは、控えた方がいいと考えたんです。でもフレイさんのお友達の植物学者さんに頼んで、成分分析や種の採取を頼んでいるから。来年以降は農家でも作れるようになるかも。それなら流通させて問題ないですよ」
「なるほどです……さすがエリカ様です! リリィはそこまで頭が回りませんでした!」
「やはり教育なのでしょうねえ。私たち下々の者とは視点が違いますもの」
「やっぱりエリカ様は貴人さんなんですね! さすがフレイ様が選ばれたお方です!」
「そんな大層なものじゃないんだけどな」

 思わず苦笑する。
 現代日本で義務教育を修了しているから、その辺りの事情についてある程度分かるというだけだ。
 この世界に来てからというもの、義務教育のありがたさを痛感している。現代日本にいた頃は当たり前だと思っていたけど、やっぱり日本の教育水準って高いんだなぁ。

「リリィが知らないお話もいっぱい聞かせてくれますし! エリカ様、また後で昨日のお話の続き、教えてくださいね!」
「まあリリィったら、エリカ様にご迷惑をおかけして!」

 厨房を仕切っているメイド長がリリィちゃんを嗜める。

「いいんですよ。私も故郷に伝わる物語を思い出しながら、懐かしく感じているんです」
「エリカ様がそうおっしゃるのであれば……」

 私が取りなすと、メイド長は諦めたように溜息をついて譲歩してくれた。

「わーい! 後で『赤ずきん』の続き、聞かせてくださいね!」
「うん、どこまで話したっけ」
「ええっと、えっと、狼さんに赤ずきんのおばあさんが食べられちゃったところです!」
「そうだったね、これからさらに面白くなるんだよ」
「楽しみですー!」
「……楽しいお話なのですか、それは?」
「ええ、そうなんですよ。ここから赤ずきんは――」
「ああっ、ダメです、ダメです! お仕事が終わってからのお楽しみです! 続きが気になるのでしたら、皆さんもエリカ様のお話を聞きに来てください!」

 私たちの話は、厨房にいるメイドさんたちの興味を引いたみたいだ。
 その後仕事を終えたメイドの皆さん――メイド長を含める――に、私の世界の童話を聞かせることになった。

「えへへへ、最後はみんな助かって良かったですねー」
「知らない人について行ってはいけないという教訓ですね。なるほど……この内容なら、お説教臭くならず子供たちに言い聞かせることができそうです。ありがとうございます」
「こちらこそ、ご清聴ありがとうございました」

 少し照れ臭いけど、メイドさんたちの中には子供がいる人も多いから、参考になったのなら良かった。
 何はともあれ。使用人たちにも本格的に受け入れられ、伯爵領での日々はますます暮らしやすくなっていった。
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