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19話 夜のお勉強タイム
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「――という感じです。今日はこんなことがあったんですよ」
「本日も大過なくお過ごし頂けたみたいですね。安心しました」
夜。夕食が終わり、入浴も終えた私は就寝前のひと時をフレイさんの部屋で過ごすのが、日課になっていた。
最初は近況報告するだけだった。一応婚約者ってことになっているし、定期的に会って話さないと、かえって怪しまれる。
ちなみに私たちの部屋は別々だ。婚約者としてのお披露目は終えたけど、まだ正式に結婚したわけじゃないからね。そこは慎みを持つべきだ。
「……」
でもまあ、毎晩一緒に過ごして、近況報告だけでは話題が尽きてしまう。
だから私は、夜のこの時間を、勉強の時間にしてもらっていた。
どうやら私は女神の加護のおかげで、元いた世界の知識や経験が自動変換されている。
どういうことかというと、この世界の文字は私の目に日本語として映る。
さらに日本語を書けば、自動的にこの世界の言語に翻訳される。発声にしても同様だった。とても便利だ。読み書きや会話をする分には、まったく問題がない。
スキルやステータスやレベルというのも、たぶん私の知識に合わせて補正されているんだと思う。実際この世界では、別の単語が当てはめられているんじゃないかな。
というわけで、読み書きはまったく問題ない。計算もできる。魔法もスキルも使える。
じゃあ何も問題ないかというと、そうでもない。私はこの世界の歴史や文化、宗教や政治、経済や地理について、ほとんど何も知らない。
こういうのって結構デリケートな問題だからね。しっかり覚えないと!
「ええっと」
フレイさんの寝室は、隣の執務室とドアが繋がっている。
執務室――書斎には、この国の歴史や政治について記された本がたくさん並んでいる。
だけど基本がなっていない私がいきなり難解な専門書を読んだところで、とても理解できない。
むしろ苦手意識を持って、学ぶのが嫌になるのが関の山だ。
だからまずは簡単な入門書や児童書を通して、この世界の文化に触れていく。
書斎には難しい本ばかりだけど、フレイさんの私物には子供向けの本も置いてある。
一冊ずつ借りて、読み終えた感想を言ったり、疑問に思った部分を説明してもらったりしている。
「フレイさん、この前借りた『勇者ルインと暁の聖女』読み終わりました。とっても面白かったです! これってルイン王国の成り立ちがモデルになっているんですよね?」
「気に入っていただけたようで何よりです。はい、おっしゃる通り、ルイン王国初代女王と、彼女に仕えた騎士――後年勇者と呼ばれるようになった、聖騎士ルインの物語ですね」
「登場人物がみんなイキイキしてて、一気に読み進められましたよ! 最後、ルインと聖女が死別したのは残念だったけど……」
「そこは史実を下敷きにしている以上、避けて通れない流れですからね」
物語はルインと聖女の出会いから始まり、仲間を集めて魔王退治に向かう。
その道中で友情や恋愛の試練を経て、聖女とルインは結ばれる。しかしルインは魔王との最終決戦で呪いを受け、平和になった直後に死亡してしまう。
それでも聖女には、ルインの子供が宿っていた。聖女は廃墟と化した大地に新たな国を興す。死別した最愛の人の名前をつけて、生まれた子供に後を継がせた。初代女王は生涯公的な夫を迎えなかったそうだ。
ちなみにこの物語で描かれている聖女も、異世界から召喚された少女だ。物語を通して、最初はひ弱だった彼女が成長していく様子も描かれている。
「フレイさんもこの物語が好きなんですか?」
「この物語は子供の頃、両親を失ったばかりの俺を支えてくれました。当時の俺は、どう生きるべきか悩んでいました。しかしこの物語に出会い、ルインの騎士道に強い憧れと共感を抱くようになったのです。いわば『勇者ルインと暁の聖女』は、俺に道を示してくれた物語ですね」
「そうだったんですね、ご両親が……」
「そんな顔をしないでください。俺の中では、既に決着がついた話です。もう13年も過去の出来事ですから」
「13年……」
フレイさんは22歳だから、9歳の時にご両親が亡くなってしまったのか。子供の頃に家族を失って、騎士道物語を心の支えにして生きてきたんだ。
フレイさんの騎士道精神にかける思いの強さを垣間見る。同時に“聖女”という存在に対する思い入れの深さも、少し理解できた。
この物語がフレイさんに生きる道を示したというのなら、聖女という存在は、彼にとって大きな意味を持っているんだろう。
そう、私個人ではなく“聖女”という存在に対して――。
「エリカ殿?」
「……あ、ごめんなさい!」
テーブルの上に置かれたフレイさんの手。その手の甲に、私は掌を重ねていた。
完全に無意識だった。慌てて手をどかす。けど、今度はフレイさんの手が私の掌を掴んだ。
「謝らないでください。俺の悲しみに寄り添ってくれたのですよね。ありがとうございます」
「あ、いやその……」
「エリカ殿はお優しい方ですね。この物語に描かれる暁の聖女のように……だからこそ俺は、エリカ殿こそ聖女だと信じて止まないのです」
いや、私はこういうシチュエーションに慣れていないんだってば……!
「あ、あのっ! 私、そろそろ戻りますね!」
「エリカ殿?」
「明日、グリンヒル村に行こうと思っているんです! すぐ近くの村だけど、なるべく早くに到着したいから、今夜はもう寝ようかなって」
「そうでしたか。それではこれ以上、引き留めるのは悪いですね」
「忙しいフレイさんに時間を割いてもらっているのは、私の方ですから。領主の仕事で忙しいのに、こんなことに付き合わせちゃって……」
「俺としては最高のひと時です。元より俺は仕事漬けの日々でした。しかし夜のひと時、エリカ殿と過ごす時間が設けられているだけで日中の疲労が癒されます。あなた自身が嫌だと思われないのであれば、俺に遠慮はしないでください。この時間を奪われる方が、今となっては酷というものです」
「あはははは……」
そこまで言うか。
真摯な瞳でそんなことを言われると、退出しにくくなってしまう。何か口実はないものかと、視線を泳がせる。
「――えっと、次に読む本を紹介してもらっていいですか?」
「もちろんですとも! さあ、次は何にしましょうか? 『勇者ルインと暁の聖女』は建国史だったので、次の時代を舞台とした騎士道物語がいいですね。それでは三代目女王の時代に、自由騎士団として市井の人々の為に尽くした自由騎士の物語を――」
フレイさんの趣味に矛先を向けて正解だったようだ。彼は嬉々として本を物色する。おかしな空気は完全に消えた。
おまけに騎士道マニアの彼は、私に本を渡すと、早く読んでほしくてしょうがないって顔をしていた。
こうして私は穏便に、フレイさんの部屋を退出することができたのだった。
「本日も大過なくお過ごし頂けたみたいですね。安心しました」
夜。夕食が終わり、入浴も終えた私は就寝前のひと時をフレイさんの部屋で過ごすのが、日課になっていた。
最初は近況報告するだけだった。一応婚約者ってことになっているし、定期的に会って話さないと、かえって怪しまれる。
ちなみに私たちの部屋は別々だ。婚約者としてのお披露目は終えたけど、まだ正式に結婚したわけじゃないからね。そこは慎みを持つべきだ。
「……」
でもまあ、毎晩一緒に過ごして、近況報告だけでは話題が尽きてしまう。
だから私は、夜のこの時間を、勉強の時間にしてもらっていた。
どうやら私は女神の加護のおかげで、元いた世界の知識や経験が自動変換されている。
どういうことかというと、この世界の文字は私の目に日本語として映る。
さらに日本語を書けば、自動的にこの世界の言語に翻訳される。発声にしても同様だった。とても便利だ。読み書きや会話をする分には、まったく問題がない。
スキルやステータスやレベルというのも、たぶん私の知識に合わせて補正されているんだと思う。実際この世界では、別の単語が当てはめられているんじゃないかな。
というわけで、読み書きはまったく問題ない。計算もできる。魔法もスキルも使える。
じゃあ何も問題ないかというと、そうでもない。私はこの世界の歴史や文化、宗教や政治、経済や地理について、ほとんど何も知らない。
こういうのって結構デリケートな問題だからね。しっかり覚えないと!
「ええっと」
フレイさんの寝室は、隣の執務室とドアが繋がっている。
執務室――書斎には、この国の歴史や政治について記された本がたくさん並んでいる。
だけど基本がなっていない私がいきなり難解な専門書を読んだところで、とても理解できない。
むしろ苦手意識を持って、学ぶのが嫌になるのが関の山だ。
だからまずは簡単な入門書や児童書を通して、この世界の文化に触れていく。
書斎には難しい本ばかりだけど、フレイさんの私物には子供向けの本も置いてある。
一冊ずつ借りて、読み終えた感想を言ったり、疑問に思った部分を説明してもらったりしている。
「フレイさん、この前借りた『勇者ルインと暁の聖女』読み終わりました。とっても面白かったです! これってルイン王国の成り立ちがモデルになっているんですよね?」
「気に入っていただけたようで何よりです。はい、おっしゃる通り、ルイン王国初代女王と、彼女に仕えた騎士――後年勇者と呼ばれるようになった、聖騎士ルインの物語ですね」
「登場人物がみんなイキイキしてて、一気に読み進められましたよ! 最後、ルインと聖女が死別したのは残念だったけど……」
「そこは史実を下敷きにしている以上、避けて通れない流れですからね」
物語はルインと聖女の出会いから始まり、仲間を集めて魔王退治に向かう。
その道中で友情や恋愛の試練を経て、聖女とルインは結ばれる。しかしルインは魔王との最終決戦で呪いを受け、平和になった直後に死亡してしまう。
それでも聖女には、ルインの子供が宿っていた。聖女は廃墟と化した大地に新たな国を興す。死別した最愛の人の名前をつけて、生まれた子供に後を継がせた。初代女王は生涯公的な夫を迎えなかったそうだ。
ちなみにこの物語で描かれている聖女も、異世界から召喚された少女だ。物語を通して、最初はひ弱だった彼女が成長していく様子も描かれている。
「フレイさんもこの物語が好きなんですか?」
「この物語は子供の頃、両親を失ったばかりの俺を支えてくれました。当時の俺は、どう生きるべきか悩んでいました。しかしこの物語に出会い、ルインの騎士道に強い憧れと共感を抱くようになったのです。いわば『勇者ルインと暁の聖女』は、俺に道を示してくれた物語ですね」
「そうだったんですね、ご両親が……」
「そんな顔をしないでください。俺の中では、既に決着がついた話です。もう13年も過去の出来事ですから」
「13年……」
フレイさんは22歳だから、9歳の時にご両親が亡くなってしまったのか。子供の頃に家族を失って、騎士道物語を心の支えにして生きてきたんだ。
フレイさんの騎士道精神にかける思いの強さを垣間見る。同時に“聖女”という存在に対する思い入れの深さも、少し理解できた。
この物語がフレイさんに生きる道を示したというのなら、聖女という存在は、彼にとって大きな意味を持っているんだろう。
そう、私個人ではなく“聖女”という存在に対して――。
「エリカ殿?」
「……あ、ごめんなさい!」
テーブルの上に置かれたフレイさんの手。その手の甲に、私は掌を重ねていた。
完全に無意識だった。慌てて手をどかす。けど、今度はフレイさんの手が私の掌を掴んだ。
「謝らないでください。俺の悲しみに寄り添ってくれたのですよね。ありがとうございます」
「あ、いやその……」
「エリカ殿はお優しい方ですね。この物語に描かれる暁の聖女のように……だからこそ俺は、エリカ殿こそ聖女だと信じて止まないのです」
いや、私はこういうシチュエーションに慣れていないんだってば……!
「あ、あのっ! 私、そろそろ戻りますね!」
「エリカ殿?」
「明日、グリンヒル村に行こうと思っているんです! すぐ近くの村だけど、なるべく早くに到着したいから、今夜はもう寝ようかなって」
「そうでしたか。それではこれ以上、引き留めるのは悪いですね」
「忙しいフレイさんに時間を割いてもらっているのは、私の方ですから。領主の仕事で忙しいのに、こんなことに付き合わせちゃって……」
「俺としては最高のひと時です。元より俺は仕事漬けの日々でした。しかし夜のひと時、エリカ殿と過ごす時間が設けられているだけで日中の疲労が癒されます。あなた自身が嫌だと思われないのであれば、俺に遠慮はしないでください。この時間を奪われる方が、今となっては酷というものです」
「あはははは……」
そこまで言うか。
真摯な瞳でそんなことを言われると、退出しにくくなってしまう。何か口実はないものかと、視線を泳がせる。
「――えっと、次に読む本を紹介してもらっていいですか?」
「もちろんですとも! さあ、次は何にしましょうか? 『勇者ルインと暁の聖女』は建国史だったので、次の時代を舞台とした騎士道物語がいいですね。それでは三代目女王の時代に、自由騎士団として市井の人々の為に尽くした自由騎士の物語を――」
フレイさんの趣味に矛先を向けて正解だったようだ。彼は嬉々として本を物色する。おかしな空気は完全に消えた。
おまけに騎士道マニアの彼は、私に本を渡すと、早く読んでほしくてしょうがないって顔をしていた。
こうして私は穏便に、フレイさんの部屋を退出することができたのだった。
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