「聖女は2人もいらない」と追放された聖女、王国最強のイケメン騎士と偽装結婚して溺愛される

沙寺絃

文字の大きさ
20 / 40

20話 アンニュイな青年植物学者

しおりを挟む
 その日の私は、今日収穫分の野菜を持って、屋敷近くにある村に向かう。
 農業を営むグリンヒル村。その一角に、目当ての人物は暮らしている。
 集落から少し離れたところにある邸宅。周囲の建物とは異なる立派な門柱。パーシヴァル邸ほどではないけど、ひとかどの人物が済んでいるのが一目で分かる。

「ハロルド=カーターさん。今日獲れた植物を持ってきましたよ」
「……ん、ああ、ありがと。その辺に置いといて」
「そうやって前に置いて行った野菜が、他の野菜と混ざってしまったんでしょう。こないだ訪問した時に、メイドさんから愚痴を聞かされましたよ」
「あれ、そうだっけ。じゃあしょうがないな……ちょうだい」
「はい、どうぞ」

 立派な邸宅の奥。対外的には書斎と呼ばれているけれど、実際は研究室に近い部屋。
 この屋敷の主、ハロルド=カーターさんは、大抵この研究室にいる。顕微鏡を望んでいた彼は、髪をかき上げながら振り向いた。
 私より濃い色の茶髪を無造作に伸ばし、適当に後ろで結んでいる。
 一応子爵なんだからメイドさんに整えてもらえばいいのに、本人曰く他人に髪を触られるのが大っ嫌いみたいだ。

 カーター家はパーシヴァル伯爵家の仕事を補佐する家柄だ。現当主のハロルドさんは25歳。
 緑色の瞳を持つ美青年だけど、会う時はいっつも気だるそうにしている。メイドさんたち曰く、これがデフォルトの態度らしい。
 これでも王都のアカデミーを出た植物学者らしく、グリンヒル村に居を構えて、日夜研究に没頭している。
 聖女の力で育てた植物の成分分析や、種の採取をハロルドさんに頼んでいる。つまりハロルドさんは、私が聖女だと知る数少ない人間の1人だ。

「おおー、これが今日の……また季節感がバラバラだなぁ。ジャガイモにトウモロコシに……あ、トマトだ。嬉しいなあ、トマト大好きなんだよね、僕」

 もっとも本人は聖女には興味がなく、聖女の力で育てられた野菜にしか、関心が向いていないようだけど。
 今だって手渡したばかりの野菜入りバスケットを覗き込み、子供の用に目を輝かせている。

「……うん、美味しい。瑞々しくて、酸味と甘みのバランスがちょうどいいよ。野菜っていうより、果物を食べてる感じだ」
「私の故郷では、トマトを果物として扱う土地もあったみたいです」
「え、そうなの?」
「なんでも昔、野菜には関税がかかるけど、果物にはかからなかった地域があったみたいで。関税を逃れる為にトマトを果物ということにしたんですって」
「へえ……君の故郷って面白いね。まあ植物学者の僕に言わせてもらえば、トマトは野菜だけどね」
「そのトマト、研究用ですよね? 食べていいんですか?」
「いいよ、沢山あるし……味を確認するのも研究のうちさ」
「そんなものですか」
「そんなものさ」

 とか言いつつ、二つ目のトマトを齧っている。味を確かめるだけなら一つでいいと思うんだけど。
……自分が作った野菜を美味しいと言ってもらえて、悪い気はしないけどね。

「そうそう……こないだ持ってきてくれた野菜、種の採取しておいたよ。このまま育てれば味、品質、見た目ともにぐーんと向上した野菜が育つだろうね」
「本当ですか? ありがとうございます!」
「んー、僕の方から、農家の人たちに渡していいんだっけ?」
「はい。正体不明の私より、植物学者で子爵でご近所さんのハロルドさんに頼んだ方が、農家の皆さんも安心できると思うので」
「そんなことないと思うけど……君、この間はウェルスで大活躍したんだって? グリンヒル村にも噂が届くぐらい、人々の話題に上ってるぐらいだよ……ま、僕的にはどうでもいいけど」
「こんな世事に疎い人の耳に入って、あまつさえ意識に残るレベルだなんて……相当な規模の噂じゃないですか!?」
「だからそう言ってるでしょ……あとついでに、今、何気なく僕のことを貶さなかった?」
「気のせいです」
「そうかなあ? ……まあいっか」

 適当に見えて意外とデリケート……かと思えば、やっぱり大雑把な人だ。

「なんだか私の評価が独り歩きしてる気がする……」
「……あれ、乗り気じゃないの? 意外だな。君ぐらいの年の女の子なら喜びそうなものだけど」
「あんまり注目されると窮屈じゃないですか」
「まあ確かに、何事もほどほどが一番だよね。苦痛もないけど飛びぬけた喜びもなく、植物のように淡々と平和な日々……うーん、最高だね」
「いや、私はそこまで老成も達観もしてないけど……」

 ハロルドさんはまだ若いのに、隠居老人のような生き方を是としているみたいだ。おかげで同年代の女の子が全然寄り付かないらしい。

「私としては、もうちょっと刺激が欲しいかなって思うかなあ」
「恋愛とか? ……まあそうだね、それぐらいはいいかもね。君にはフレイさんがいるし、ちょうどいいんじゃない? 彼はあの通り、美青年で優秀だから、刺激的な恋愛相手としては最高なんじゃないの?」
「なんだか刺がありませんか?」
「そんなことないけど?」
「本当ですか?」
「疑うねぇ……あ、ひょっとしてフレイさんよりも僕がいいとか? ……いやあ、君がフレイさんと婚約してなかったら構わないけど、今の状態ではちょっと困るかなあ。ああそうだ、君がフレイさんと婚約破棄したら、僕の妻になるっていうのはどうだい?」
「えええっ!?」
「……冗談だよ。僕はまだ死にたくないからね」
「もう! この世界の男の人は、軽い感覚で女の人を口説くのをやめてください!!」

 まったく。フレイさんと言い、ハロルドさんと言い、心臓に悪い。

「あんまり冗談ばかり言っていると、そのうち信用されなくなりますよ。私の故郷では『狼少年』って寓話があってですね――」
「……興味深い話だけど、僕はともかく、フレイさんは本気でしょ」
「え?」
「あの人は冗談で女性を口説けるタイプじゃないよ。口説いているところも見たことない。僕だけじゃなくて、メイドや村人たちも同じだ。あの通りの人だからモテるにはモテてるんだけど、まったく興味を示さなかったんだよ……君が現れるまではね」
「でもそれは――」

 私が聖女だからだ。フレイさんは騎士道の信奉者だ。家族を失い、辛い時期に心を支えてくれたのは騎士道物語だったと聞いている。
 騎士であるフレイさんにとって、聖女とは無条件で守らなければならない対象だ。
 もう1人の聖女、シオンちゃんは王都で守られている――と思う。あの王子がちゃんとシオンちゃんを守っているのか、少し疑問が残るけど……。
 一方で私は、殺される目的で召喚された。この世界のどこにも行き場がない。だから優しくしてくれているんだろう。
 私がそう言うと、ハロルドさんは盛大に溜息をついた。

「あのさぁ……それ、本気で言ってる?」
「だって、他に私が好かれる要素なんて――」
「……まあフレイさんも、女性に言い寄られることはあっても、自分から言い寄るなんてなかっただろうからなあ……意外と下手なんだなあ、あれほどの美青年なのに。ご愁傷様だねぇ。だから少しは経験を積んでおくべきだったんだ」
「ハロルドさん?」
「なんでもないよ。ていうか、そろそろ帰ってくれない? 僕は研究を続けたいんだ。他人の恋愛話とか、一昨日食べた夕食のメニューぐらいどうでもいい」
「人に野菜を運ばせておいて、そこまで言いますか!? 少しぐらい雑談に付き合ってくれてもいいんじゃないですか?」
「もう十分付き合ったよ……それじゃ、バイバイ。言っとくけど、話しかけても今日はもう返事しないからね……」
「ハロルドさん」
「……」
「ハロルドさーん」
「……」
「本気みたいですね。分かりました、失礼します」
「バイバイ」

 最後だけ答えてるし。本当に変わった人だ。それでも悪い人ではないし、先祖代々続く子爵家だから、民や部下からは慕われているようだけど。
 私も何気に好ましく思っている。異性的な好意ではないけど、気負わずに話せる貴重な人だ。男友達の感覚に近い。
 それに昔からフレイさんを知る人として、いろんな話を聞かせてくれる。
 けれど本人がいないところで根掘り葉掘り話を聞くのは、少し後ろめたい。再び顕微鏡を覗き込んだハロルドさんを残し、私は研究室を後にした。
しおりを挟む
感想 26

あなたにおすすめの小説

冷酷騎士団長に『出来損ない』と捨てられましたが、どうやら私の力が覚醒したらしく、ヤンデレ化した彼に執着されています

放浪人
恋愛
平凡な毎日を送っていたはずの私、橘 莉奈(たちばな りな)は、突然、眩い光に包まれ異世界『エルドラ』に召喚されてしまう。 伝説の『聖女』として迎えられたのも束の間、魔力測定で「魔力ゼロ」と判定され、『出来損ない』の烙印を押されてしまった。 希望を失った私を引き取ったのは、氷のように冷たい瞳を持つ、この国の騎士団長カイン・アシュフォード。 「お前はここで、俺の命令だけを聞いていればいい」 物置のような部屋に押し込められ、彼から向けられるのは侮蔑の視線と冷たい言葉だけ。 元の世界に帰ることもできず、絶望的な日々が続くと思っていた。 ──しかし、ある出来事をきっかけに、私の中に眠っていた〝本当の力〟が目覚め始める。 その瞬間から、私を見るカインの目が変わり始めた。 「リリア、お前は俺だけのものだ」 「どこへも行かせない。永遠に、俺のそばにいろ」 かつての冷酷さはどこへやら、彼は私に異常なまでの執着を見せ、甘く、そして狂気的な愛情で私を束縛しようとしてくる。 これは本当に愛情なの? それともただの執着? 優しい第二王子エリアスは私に手を差し伸べてくれるけれど、カインの嫉妬の炎は燃え盛るばかり。 逃げ場のない城の中、歪んだ愛の檻に、私は囚われていく──。

偽聖女と蔑まれた私、冷酷と噂の氷の公爵様に「見つけ出した、私の運命」と囚われました 〜荒れ果てた領地を力で満たしたら、とろけるほど溺愛されて

放浪人
恋愛
「君は偽物の聖女だ」——その一言で、私、リリアーナの人生は転落した。 持っていたのは「植物を少しだけ元気にする」という地味な力。華やかな治癒魔法を使う本物の聖女イザベラ様の登場で、私は偽物として王都から追放されることになった。 行き場もなく絶望する私の前に現れたのは、「氷の公爵」と人々から恐れられるアレクシス様。 冷たく美しい彼は、なぜか私を自身の領地へ連れて行くと言う。 たどり着いたのは、呪われていると噂されるほど荒れ果てた土地。 でも、私は諦めなかった。私にできる、たった一つの力で、この地を緑で満たしてみせる。 ひたむきに頑張るうち、氷のように冷たかったはずのアレクシス様が、少しずつ私にだけ優しさを見せてくれるように。 「リリアーナ、君は私のものだ」 ——彼の瞳に宿る熱い独占欲に気づいた時、私たちの運命は大きく動き出す。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

【完結】偽物聖女は冷血騎士団長様と白い結婚をしたはずでした。

雨宮羽那
恋愛
 聖女補佐官であるレティノアは、補佐官であるにも関わらず、祈りをささげる日々を送っていた。  というのも、本来聖女であるはずの妹が、役目を放棄して遊び歩いていたからだ。  そんなある日、妹が「真実の愛に気づいたの」と言って恋人と駆け落ちしてしまう。  残されたのは、聖女の役目と――王命によって決められた聖騎士団長様との婚姻!?  レティノアは、妹の代わりとして聖女の立場と聖騎士団長との結婚を押し付けられることに。  相手のクラウスは、「血も涙もない冷血な悪魔」と噂される聖騎士団長。クラウスから「俺はあなたに触れるつもりはない」と言い放たれたレティノアは、「これは白い結婚なのだ」と理解する。  しかし、クラウスの態度は噂とは異なり、レティノアを愛しているようにしか思えなくて……?  これは、今まで妹の代わりの「偽物」として扱われてきた令嬢が「本物」として幸せをつかむ物語。 ◇◇◇◇ お気に入り登録、♡、感想などいただければ、作者が大変喜びます! モチベになるので良ければ応援していただければ嬉しいです♪ ※いつも通りざまぁ要素は中盤以降。 ※完結まで執筆済み ※表紙はAIイラストです ※アルファポリス先行投稿(他投稿サイトにも掲載予定です)

罰として醜い辺境伯との婚約を命じられましたが、むしろ望むところです! ~私が聖女と同じ力があるからと復縁を迫っても、もう遅い~

上下左右
恋愛
「貴様のような疫病神との婚約は破棄させてもらう!」  触れた魔道具を壊す体質のせいで、三度の婚約破棄を経験した公爵令嬢エリス。家族からも見限られ、罰として鬼将軍クラウス辺境伯への嫁入りを命じられてしまう。  しかしエリスは周囲の評価など意にも介さない。 「顔なんて目と鼻と口がついていれば十分」だと縁談を受け入れる。  だが実際に嫁いでみると、鬼将軍の顔は認識阻害の魔術によって醜くなっていただけで、魔術無力化の特性を持つエリスは、彼が本当は美しい青年だと見抜いていた。  一方、エリスの特異な体質に、元婚約者の伯爵が気づく。それは伝説の聖女と同じ力で、領地の繁栄を約束するものだった。  伯爵は自分から婚約を破棄したにも関わらず、その決定を覆すために復縁するための画策を始めるのだが・・・後悔してももう遅いと、ざまぁな展開に発展していくのだった  本作は不遇だった令嬢が、最恐将軍に溺愛されて、幸せになるまでのハッピーエンドの物語である ※※小説家になろうでも連載中※※

聖女の力は「美味しいご飯」です!~追放されたお人好し令嬢、辺境でイケメン騎士団長ともふもふ達の胃袋掴み(物理)スローライフ始めます~

夏見ナイ
恋愛
侯爵令嬢リリアーナは、王太子に「地味で役立たず」と婚約破棄され、食糧難と魔物に脅かされる最果ての辺境へ追放される。しかし彼女には秘密があった。それは前世日本の記憶と、食べた者を癒し強化する【奇跡の料理】を作る力! 絶望的な状況でもお人好しなリリアーナは、得意の料理で人々を助け始める。温かいスープは病人を癒し、栄養満点のシチューは騎士を強くする。その噂は「氷の辺境伯」兼騎士団長アレクシスの耳にも届き…。 最初は警戒していた彼も、彼女の料理とひたむきな人柄に胃袋も心も掴まれ、不器用ながらも溺愛するように!? さらに、美味しい匂いに誘われたもふもふ聖獣たちも仲間入り! 追放令嬢が料理で辺境を豊かにし、冷徹騎士団長にもふもふ達にも愛され幸せを掴む、異世界クッキング&溺愛スローライフ! 王都への爽快ざまぁも?

召喚聖女に嫌われた召喚娘

ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。 どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。

【完結】聖女になり損なった刺繍令嬢は逃亡先で幸福を知る。

みやこ嬢
恋愛
「ルーナ嬢、神聖なる聖女選定の場で不正を働くとは何事だ!」 魔法国アルケイミアでは魔力の多い貴族令嬢の中から聖女を選出し、王子の妃とするという古くからの習わしがある。 ところが、最終試験まで残ったクレモント侯爵家令嬢ルーナは不正を疑われて聖女候補から外されてしまう。聖女になり損なった失意のルーナは義兄から襲われたり高齢宰相の後妻に差し出されそうになるが、身を守るために侍女ティカと共に逃げ出した。 あてのない旅に出たルーナは、身を寄せた隣国シュベルトの街で運命的な出会いをする。 【2024年3月16日完結、全58話】

処理中です...