「聖女は2人もいらない」と追放された聖女、王国最強のイケメン騎士と偽装結婚して溺愛される

沙寺絃

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22話 魔族との戦いへ

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 パーシヴァル伯爵領を北東に進むと、ホーンズ平原と呼ばれる平原地帯が広がっている。
 さらに北へ進むと大峡谷に繋がり、東に進むとロウエン都市同盟との国境に面している。かつて隣国との関係が悪かった昔に作られた城塞は、今では対魔族の重要拠点となっていた。
 現在、ホーンズ城塞にはパーシヴァル騎士団の精鋭が集められている。
 砦は丘の上にあり、眼下には平原が広がっている。背後には領内の水源となるフォレス湖があり、南東に向けて川が流れている。橋を渡った先には、兵站の町や兵站線が続いている。
 私はフレイさんや騎士団に同行して、ホーンズ城塞にやって来ていた。

「皆さん、武器や防具類は行き渡りましたか? 回復薬(ポーション)は?」
「エリカ様。はい、行き渡っておりますぞ」

 夕刻。支給漏れはないかと見て回っていると、クレイトンさんが代表で返事をした。
 この戦いには騎士団だけではなく、自発的に戦闘参加を表明した義勇兵も多く含まれている。
 クレイトンさんは騎士団の所属じゃないけど、義勇兵のまとめ役として参加している。ちなみに義勇兵のメンバーは、主にウェルスを本拠地にしている冒険者の方々だ。

「エリカ様には日頃お世話になってるからな! たまには恩返ししねえとな!」
「おうよ! 領主様の読みじゃ、かなり強い魔族連中が襲撃してくるんだろう? 俺たち冒険者にとっても腕の見せ所よ!!」
「ここを突破されたら、ウェルスやグリンヒルの連中だって危ねぇからな!」

 今回はB級以上の冒険者ばかりだから、頼もしい。彼らの分の武器・防具類も急いで作り、支給した。

「エリカ殿。お疲れ様です!」
「フレイさん」

 この砦で過ごす時のフレイさんは、初めて会った時と同じ白銀の鎧に身を包んでいる。

「支給品の確認をありがとうございます。後は俺が管理しておきますから、エリカ殿はお休みください」
「え、でも……」
「この数日、働き通しではありませんか。偵察隊の情報から判断するところ、明日には魔族本体が襲撃します。明日は激戦になることが予想されています。エリカ殿は直接戦闘に参加しませんが、実際の戦場を目の当たりにするのは初めてでしょう。今のうちに体を休めておいてください」
「それを言うならフレイさんこそ、もう何日も働き続けているじゃないですか。この軍の指揮官で、しかも主戦力なんだから忙しいのは分かりますけど。明日が決戦だというのなら、フレイさんこそ休まないと」
「……そうですね。では後ほど、小休憩を取ります」
「後じゃダメです! クレイトンさん、今日はもう任せていいですか?」
「もちろんでございます、エリカ様。フレイ様には休んでいただきたいと、我々一同思っていました。しかし我々がいくら申し上げても聞き入れてくれないものでしてね。感謝いたしますぞ、エリカ様」
「クレイトン、お前まで……」
「さ、行きましょう。フレイさんっ!」

 城塞内部にはいくつもの部屋がある。この軍の指揮官であるフレイさんには、最上階の個室が与えられていた。もちろん私の個室は別に用意されている。
 フレイさんを部屋まで引っ張って来た私は、強引にソファに座ってもらう。

「さ、休んでください」
「そう言われましても、魔族が接近しているこの状況では」
「フレイさんが有能な人なのは分かっています。偵察隊が集めた情報から作戦を立案して、騎士団や義勇兵の皆さんをそれぞれ配置して、激励して、訓練して――私、ずっと見てきたんですよ」
「エリカ殿……」
「人一倍責任感が強い人なんだってことも分かります。そんなフレイさんにとって、この状況では心が休まりませんよね。でも、今は無理をしてでも休んでください。明日の戦いはフレイさんが主戦力なんでしょう。フレイさんが倒れたらみんな困るんです。……私だって困ります。だからお願いします、休んでください」
「……分かりました。エリカ殿にそこまで言わせてしまうとは、情けない限りです」
「本当に気持ちは分かるんですよ。私だって昨日までは、オーバーワーク気味だって怒られたから」
「そうでしたね」

 武器、防具、回復薬作りに熱中するあまり、寝食を忘れていた。つい先日も、クレイトンさんから厳しめに注意されたばかりだ。
 だからあんまり人のことは言えないんだけど、今日1日、クレイトンさんの言葉を噛み締めて海のように深く反省した。反省したからこそ、昨日の自分みたいなフレイさんを余計に放っておけなかった。

「エリカ殿?」

 窓の外を見下ろす私を見て、フレイさんが声をかける。

「……明日、大きな戦いが始まるんですよね。私を狙ってくる魔族を、騎士団や義勇兵の人たちが迎え撃つ。……私のせいで、大勢の人が亡くなるかもしれない。そう思うと、なんだか……」
「エリカ殿のせいではありません。聖女は唯一、魔王に対抗しうる存在です。魔王と人が戦う以上、人間には聖女をお守りする義務があるのです」
「だけど魔族が私を狙ってくることに変わりはないですよね。だったら私が大人しく魔族に差し出された方が、丸く収まるんじゃないかって……一番犠牲が少ない方法なんじゃないかって、そんな気もしてしまって」
「何を言うのですか!」
「だって……」

 私の影響で人が死ぬのが怖い。
 みんないい人ばかりだから、こんな私に優しくしてくれる人たちだから、死んでほしくない。
 理想論だというのは分かっている。それでも私はついこの前まで、日本で暮らす普通の高校生だった。
 自分のせいで大規模な武力衝突が起きて、顔見知りが死ぬかもしれない……その事実が心に拭いきれない影を落としている。
 分かっている。これは私の弱さだ。自分のせいで誰かが傷つくより、自分が犠牲になる方が楽だから……遺されるより、遺す側になる方が精神的に負担が少ないから、楽な方に流されようとしているだけだ。
 そんなことは分かっている。分かり切っている。それでも――。

「どうしても、割り切れないんです。私はこんな状況に置かれる教育を施されていなければ、経験もしていない。自分なりに覚悟はしていたつもりだったけど、いざ目の前に現実が迫ってくると……ダメなんです」

 もう1人の聖女――シオンちゃんだったら、こんな時にどうしたんだろう。芯の強そうな子だったから、こんな時もしっかりしていたかもしれない。

「エリカ殿」

 フレイさんは安心させるように、震える私の手を取った。

「パーシヴァル騎士団は、か弱い女性を犠牲にして、偽りの平穏を選ぶことを良しとしません。義勇兵たちは、自らの意思でこの戦いに志願しました。エリカ殿が聖女だとは知らない者が大半ですが、あなたが前線に出向くと聞いて、放っておけないと武器を取った者が大半です。何故だか分かりますか?」
「……」

 ふるふると首を振る。フレイさんは小さな子供に言い聞かせるように、優しく言葉を紡ぐ。

「少なからず、あなたに恩義を感じているからです。エリカ殿を慕っているからです」
「私を? でも、私は――」
「あなたは重症を負った冒険者を治療した。危険を顧みず魔獣の森に踏み込み、モンスターに捕らわれた冒険者たちの傷を癒した。冒険者の多くが討伐を嫌がる、それでいて人々が安心して生活する上では欠かせない低級モンスター退治を率先して引き受けた。あなたがハロルドと協力して、パーシヴァル領の農業改革にも着手しているという噂は、民の間でも流れています。今回の出征にあたっても、兵士たちの生存率を上げる為に、物資の準備に余念がないとも。多くの民はあなたに感謝しています。あなたに敬意を払っています。そんなあなたを魔族に差し出し、偽りの安寧を得ようとする者は、この場においては存在しません。断言します」
「フレイさん……」

 この国の王子に、いらないと言われて追放された。魔族の生贄にする為に、この世界に召喚された。
 フレイさんや伯爵領の人々は、私に良くしてくれる。だから私も応えなきゃならないと思った。
 でも――私の心は未だにあの時の、自分の存在すべてを否定された時の衝撃を忘れられずにいる。
 それはふとした拍子に湧き上がる。なかなか寝付けない夜に。1人になり、手持無沙汰になった瞬間に。
 そんな不安をかき消したくて、必要以上に頑張っていた節も否めない。自分にも居場所があるんだって、ここにいていいんだって、そう思える確固たる自信が欲しかったから。

「先ほどのようなことを、二度と口にしないでください。あなたは俺にとっても大切な、無くてはならない存在です。彼らがあなたを慕う理由が、俺にはよく理解できます。そして誰よりも強く、あなたを守りたいと思っています」
「――ありがとう、ございます」

 自分がどれほど慕われているのか、今まで必死すぎて気付いてなかった。フレイさんが教えてくれたから初めて分かった。
 動機はどうであれ、私は、私の行動は、みんなに認められている。受け入れられている。私はちゃんと、自分の居場所や存在理由を獲得できていた。
 フレイさんは私を守ると言ってくれた。彼の真摯な言葉は、私の胸にすっと通る。
 私が魔族の生贄になれば――なんて言うのは、フレイさんや私を慕ってくれる人たちに失礼だ。彼の言葉を聞いた今となっては、自然にそう思えた。
 そんなことを言えば、フレイさんを傷付ける。怒らせるじゃない、傷付けるんだとはっきり理解できた。

「もう二度と、魔族の生贄になるなんて言いません。私の為に戦ってくれる人たちの為にも……フレイさんの為にも」

 私たちは見つめあう。フレイさんは物々しい鎧を着ているのに、いい匂いがする。こんな状況で香水をつけているわけもないから、彼自身が発する香りだ。
 シリアスな話に区切りがついた今、目の前の人と二人きりだということを、意識せずにはいられない。
 ……ダメだ、そんな状況じゃないのに。明日は決戦を控えているのに。何とか空気を変えないと。
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