【完結】虐げられた男爵令嬢はお隣さんと幸せになる[スピラリニ王国1]

宇水涼麻

文字の大きさ
17 / 26

17 恩人

しおりを挟む
 ブルーノとベルティナは、両親と上の兄姉から虐待されていた。使用人たちも、それに追随しており、二人に手を差し伸べる者は屋敷の中にはいなかった。二人はまるで、使用人に使われる奴隷のような扱いであった。

 部屋は屋根裏部屋に、薄い毛布を一枚ずつ渡されただけであった。ベッドもない部屋で、二人で身を寄せ合うようにして眠った。
 朝は誰より早く起きないと1日中なぐられるので、誰より早く起きた後、二人で水瓶を満たすため、井戸と台所を何度も往復する。起きてきた使用人たちは、まず、挨拶のように木桶を運ぶ二人を転ばせる。なので、二人の服はいつも真っ黒だった。
 タビアーノ男爵夫妻は、そんな汚い者たちを屋敷には入れられないと、外の薪割りや草むしり、などをやらせる。炎天下であろうと、雪であろうと関係ない。そして、仕事が遅いと言って殴り、仕事が雑だと言って蹴飛ばした。
 兄姉は、二人が汚いと言って、井戸へ引っ張り連れていき、頭から何度も水を浴びせた。
 食事は、使用人よりも後で、スープしか残らない鍋と硬くなって誰も食べなくなったパン水に浸して、それを二人で分け合い食べ、水を飲んで凌いだ。

 それでも、ベルティナの隣にはブルーノがいたから、二人は耐えられた。

〰️ 

 ブルーノが、初等学校へ上がると、顔を殴られるのは、ベルティナだけになった。ブルーノはベルティナに謝るが、ベルティナは仕方がないのだと、泣き言は言わない。
 ブルーノの痩せ方を心配した教師の一人が誰にも秘密で、ブルーノにパンを与えた。ブルーノは、それを持ち帰り、夜中に屋根裏部屋で二人でそっと食べた。

 ベルティナが初等学校へ上がると、ベルティナも顔を殴られることはなくなったが、体中なぐられ、それが見えないように、夏でも長袖のボロを着させられた。

 教師は、二人にパンを毎日くれた。

「ごめんな。僕はこの領地の学校に雇われだ。つまり、タビアーノ男爵に雇われているんだ。これ以上のことを、してやれない……」

 教師は時には泣いて謝ってきた。ブルーノとベルティナにとっては、その教師のおかげで生きていけるのに、謝られる意味がわからなかった。
 二人は、家のことをしなくていい学校の時間が大好きで、一生懸命に勉強した。

「学園へ通うことは貴族の義務だ。そこまで頑張れ!そこでいい友人を見つけ、ここから出るんだ。そのためにも勉強は頑張れ」

 その教師と、ブルーノとベルティナは始業時間の2時間も前に学校へ来て、勉強に励んだ。
 おかげでブルーノは、学年1位で初等学校を卒業した。しかし、タビアーノ男爵はそれが余計に気に入らず、ブルーノの卒業証書を破り捨て、その日はブルーノが立てなくなるほど殴った。そして、ブルーノは中等学校にも通わせてもらえなかった。

 ブルーノの受けた罰を聞いたその教師は、ベルティナの成績に細工をして、タビアーノ男爵には、普通程度であると思わせるようにした。パンはベルティナに二人分持たせた。

〰️ 


 初等学校を出て、1日中働かされるようになったブルーノは、ずっと、チャンスをうかがっていた。ブルーノが学園へ行く年まで後2年半。ブルーノにしてみれば、自分がそこまで生かされるかも不明だった。

 そして、その日はやってきた。
 州都に移動サーカス団がやってきて、タビアーノ夫妻、兄、姉、妹、弟が揃って州都の屋敷へと出かけて行ったのだ。予定では1週間ほど戻らないと聞いていた。
 ブルーノは思い切って家出を決意した。ブルーノは、ベルティナにも声をかける。

「ベルティナ、俺はこの家を出るよ。お前もおいで」

 痩せていて落ちくぼんだブルーノの目は本気だった。

「ブルーノ兄様、それは無理よ。私を連れていたら、兄様も逃げられない。私は学園を出れば、どこかのメイドにでもなれば逃げられるもの。お兄様は、このままではダメよ。幸運を祈っているわ」

 ベルティナは、痩せギスの体では走れないことも逃げても数日で餓死するような体であることも、しっかり自分で理解していた。

「ベルティナ、いつか、迎えにくるから。それまで、生きていてほしい」
 
 ブルーノも納得した。ブルーノだけでも、生きていけるかの保証は何もない。ブルーノとベルティナは、痩せ細ったお互いの手を握り合う。

「ありがとう、ブルーノ兄様。お兄様も必ず生きてね」

 ベルティナの目には涙が浮かんだ。しかし、のんびりもしていられない。

 真夜中、ろうそくの火を頼りに、父親の寝室や書斎にある金目のものをさがす。父親の忠実な下僕の執事も州都に行っていたのは幸いだった。お金とお金になりそうなものを二人で集めた。本当に一人が、逃げられるかどうかのお金しか見つけられなかった。金庫を開けることまではできなかったから。
 兄の部屋に行き、ブルーノが着られそうな普段着を選ぶ。いくつか見繕って、着替えて、他はかばんに入れる。ブルーノの痩せ細った体には不釣り合いであったが、今まで着ていた服で外へ行くよりはマシであった。

 ブルーノは最後にベルティナを抱きしめた。二人は必ずまた会おうと約束した。

 ブルーノが、まだ真っ暗な道をろうそくの灯りとともに消えていった姿は、ベルティナには忘れられない光景になった。



 州都から帰ってきたタビアーノ男爵は、怒り狂った。もちろん、すぐに捜索した。だが、1週間も前なのだから、見つからない。森にでも逃げて、猛獣に襲われたのだろうと結論付けられた。
 だが、タビアーノ男爵の怒りはおさまらない。その矛先はベルティナにむかった。それ以来、ベルティナへの虐めは苛烈を極めた。母親もブルーノの分まで働けと、夜中までベルティナに仕事をさせた。
 服をブルーノに盗まれたと兄も怒り、それまで以上に仕打ちが酷くなり、姉もそれに加わった。

 そのせいで、朝の勉強に行けなくなったベルティナは、教師に謝った。教師は気にしなくていいと言って、今までと同様、ブルーノの分のパンまでくれた。


〰️ 〰️ 〰️


 そんな時、ティエポロ侯爵からベルティナを連れて来るようにと言われたのだ。ベルティナは、初等学校には行っているので、存在は誤魔化しようはなかった。

 それから1週間、州都のタビアーノ男爵邸では、ベルティナに無理やりご飯を食べさせた。だが、食べさせも食べさせもベルティナは太らなかった。
 ベルティナは、無理やり食べさせられたあと、レストルームで、それらをほとんど吐き出していたのだった。散々食事を抜かれて小さくなってしまった胃袋には、受け付けられなかったようだ。
 風呂も無理やり入れられた。髪にこびりついた泥はどうやっても落とすことができず、ティエポロ侯爵邸に行く前日に男の子のように髪を切られた。

 ベルティナは、結局、痩せっぽっちのまま、散切り頭で、侯爵邸に連れて行かれることになった。 


〰️ 


 ベルティナの姿を見たティエポロ侯爵は、即決した。

「ほぉ、なかなか賢そうな子だ。うちのセリナージェと一緒に勉強させることにしよう。しばらく預かる。いいな」

 本気と嘘を織り交ぜながら、ティエポロ公爵は、タビアーノ男爵夫人に断ることをさせなかった。
 州というシステム上、高位貴族と子爵家男爵家では、確かな身分の差があるのだ。タビアーノ男爵夫人は、拒否できなかったというところもある。

 ティエポロ侯爵邸で、ベルティナはすぐに浴室に連れていかれた。裸にされると、侯爵夫人が浴室に入ってきた。侯爵夫人は泣きながらベルティナを抱きしめた。
 ベルティナの体はアザだらけであった。どう見ても古いアザもあった。腕も足も、腹も背も、青くない場所を探す方が大変なほどだった。肋骨は、薄く見え、手首は今にも折れそうだ。目は落ちくぼみ、唇はカサカサだった。散切りに切られた髪には艶はなく、軋んでいた。
 それでも、ベルティナの瞳だけは爛々として、生きる気力は溢れていた。兄ブルーノとの再会の約束が、ベルティナが生きていく理由だった。

『この子はいくつから耐えていたのかしら。うちの州のまさか貴族家でこのようなことがあるなんて』

 侯爵も侯爵夫人もとてもショックを受けていた。

 その日から、まずはスープから与えられ、少しずつ、ベルティナは回復していった。3週間後には、セリナージェと初対面し、セリナージェはその場でベルティナを気に入った。そして、その日から、ベルティナの隣にはいつもセリナージェがいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

【完結】私が誰だか、分かってますか?

美麗
恋愛
アスターテ皇国 時の皇太子は、皇太子妃とその侍女を妾妃とし他の妃を娶ることはなかった 出産時の出血により一時病床にあったもののゆっくり回復した。 皇太子は皇帝となり、皇太子妃は皇后となった。 そして、皇后との間に産まれた男児を皇太子とした。 以降の子は妾妃との娘のみであった。 表向きは皇帝と皇后の仲は睦まじく、皇后は妾妃を受け入れていた。 ただ、皇帝と皇后より、皇后と妾妃の仲はより睦まじくあったとの話もあるようだ。 残念ながら、この妾妃は産まれも育ちも定かではなかった。 また、後ろ盾も何もないために何故皇后の侍女となったかも不明であった。 そして、この妾妃の娘マリアーナははたしてどのような娘なのか… 17話完結予定です。 完結まで書き終わっております。 よろしくお願いいたします。

転生皇女セラフィナ

秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。 目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。 赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。 皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。 前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。 しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。 一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。 「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」 そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。 言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。 それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。 転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。 ※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。

何もしない公爵夫人ですが、なぜか屋敷がうまく回っています

鷹 綾
恋愛
辺境公爵カーネル・クリスの妻となったフィレ・バーナード。 けれど彼女は、屋敷を仕切ることも、改革を行うことも、声高に意見を述べることもしなかった。 指示を出さない。 判断を奪わない。 必要以上に関わらない。 「何もしない夫人」として、ただ静かにそこにいるだけ。 それなのに―― いつの間にか屋敷は落ち着き、 使用人たちは迷わなくなり、 人は出入りし、戻り、また進んでいくようになる。 誰かに依存しない。 誰かを支配しない。 それでも確かに“安心できる場所”は、彼女の周りに残っていた。 必要とされなくてもいい。 役に立たなくてもいい。 それでも、ここにいていい。 これは、 「何もしない」ことで壊れなかった関係と、 「奪わない」ことで続いていった日常を描く、 静かでやさしい結婚生活の物語。

婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています

由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、 悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。 王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。 だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、 冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。 再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。 広場で語られる真実。 そして、無自覚に人を惹きつけてしまう リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。 これは、 悪役令嬢として断罪された少女が、 「誰かの物語の脇役」ではなく、 自分自身の人生を取り戻す物語。 過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、 彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

皇帝陛下!私はただの専属給仕です!

mock
恋愛
食に関してうるさいリーネ国皇帝陛下のカーブス陛下。 戦いには全く興味なく、美味しい食べ物を食べる事が唯一の幸せ。 ただ、気に入らないとすぐ解雇されるシェフ等の世界に投げ込まれた私、マール。 胃袋を掴む中で…陛下と過ごす毎日が楽しく徐々に恋心が…。

3回目の人生は、悪役令嬢を辞めて引きこもります~一歩も出ずに国を救ったら、なぜか「聖女」として崇められ最強の男たちが部屋を包囲してくる件~

放浪人
恋愛
公爵令嬢エリザベートは、1度目は悪役令嬢として断罪され処刑、2度目は改心して聖女となり国に尽くしたが過労死……という悲惨な最期を遂げた。 記憶を持ったまま3度目の人生が始まった瞬間、彼女は固く決意する。 「もう絶対に働きません! 今世は部屋から一歩も出ず、睡眠と趣味に命をかけます!」 最強の拒絶結界『絶対領域』で部屋に籠城し、婚約破棄イベントも夜会も全て無視して惰眠を貪ろうとするエリザベート。 しかし、彼女の「働きたくない」一心からの行動――適当な農業アドバイスや、安眠妨害への容赦ない迎撃――が、周囲には「国を憂う深慮遠謀」「慈愛に満ちた奇跡」として超好意的に解釈されてしまう!? ヤンデレ化した元婚約者の王太子、物理で愛を語る脳筋騎士団長、効率厨の隣国王子、さらには古代の引きこもり少年までをも巻き込み、事態は国家規模の大騒動へ。 部屋ごと空を飛んで戦場を浄化し、パジャマ姿で古代兵器を操り、地下牢をスイートルームに変えながら、エリザベートは究極の安眠を手に入れることができるのか? 塩対応すればするほど愛され、逃げれば逃げるほど伝説になる、最強引きこもり令嬢の勘違いドタバタ溺愛ファンタジー、ここに完結!

処理中です...