神様の料理番

柊 ハルト

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ショコラの接吻

01 ー 訪問

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 妖狐は年を重ねると妖力が増して尾の数が増えるという。尾の数は力の証であると共に、弱点にもなりかねる大事な器官だ。
 遠野の妖狐は始祖が始祖だけに、生まれた時から尾が複数の者が殆どだ。だから総じてプライドが高く、親族だからと言っておいそれと尾を触らせる者は居ない。無防備に触らせるのは、ツガイ相手だけと言っても過言ではない。
 誠も遠野の妖狐らしく、子供の頃は両親と兄、そして始祖だけには触らせていた。その時は別に何とも思わなかったのだが、他人が…いや、ツガイが自分の尾に触れるのが、こんなにも自らの混乱を招くとは思話なかったのだ。
 アレクセイが誠の尾の手入れを終えた頃、誠はアレクセイの膝の上で、頬を赤らめてぐったりとしていた。
 気持ちが良かった。良かったのだが、少々のっぴきならない状態になっている。

「ヨウコも同じなんだな」
「何が?」

 顔を上げると、まだアレクセイの瞳はギラギラとしたままだった。

「獣人も、尾が弱点だ。そして性感帯の一つという話なんだが…」

 アレクセイは誠の腰を抱えなおし、自らのそれと重ね合わせるように密着させた。
 お互いに硬いものが擦れ合い、誠の体には甘い痺れが走った。だからアレクセイの瞳が、獲物を狙う目になっていたのだろう。
 誠はそのまま抱き抱えられ、狼の巣穴という極上のベッドでベロベロと舐めまわされるはめになってしまった。


 誠はそのまま意識を飛ばしてしまったらしい。目覚めると、がっちりとアレクセイに後ろから抱きしめられたままだった。
 体は綺麗になっているので、アレクセイが魔法をかけてくれたのだろう。
 首筋にかかる、規則正しい寝息がくすぐったい。そろそろ起きようと回された腕をほどこうとするが、びくともしなかった。
 誠がしばらく格闘していると、背後の狼の体が小刻みに揺れている。狼のくせに、狸寝入りをしていたようだ。

「…アレクセイー」
「おはよう、俺の愛しいツガイ」

 朝からアレクセイは絶好調のようで、なによりだ。やっと向きを変えられた誠は、キラキラと光る銀色に一瞬目を奪われてしまい、言いたかった文句も吹っ飛んでしまう。
 バサバサと布団の中から、くぐもった音がするのだ。それほどご機嫌なアレクセイに朝から小言を言いたくないし、甘い睦言がどこか嬉しいし擽ったい気持ちになる。

「ったく…。おはよ」

 けれど、やられっぱなしは性に合わないので、誠は挨拶をしながらアレクセイに小さなキスをしてやった。
 朝からまた襲われそうになったがスルリと交わした誠は、尾がしょんぼりした狼を放って着替えはじめた。躾は飴と鞭を使い分けねばならない。アレクセイなら暴走することはないだろうが、念のためだ。
 アレクセイも着替え終わったところで、ドアをノックする音が聞こえてきた。
 誰だろうとアレクセイを見ると「俺が出よう」と、さっさとドアに向かって行ってしまった。誠は誠でドアの向こうの気配を探るが、嫌な感じはしないのでアレクセイに任せてしまった。
 少ししてから戻ったアレクセイは、浮かない顔をしていた。どうやら彼の母親が来ているらしい。

「すまない。顔合わせは、騎士団の活動が落ち着く冬にと言っていたのだが、早くマコトの顔を見たいと我慢できなかったらしくて…」
「えー…マジか。まだ何の準備もできてないのに」
「…そうだよな。よし、追い返すか」
「ちょっ、待て待て待て!」

 意気揚々と部屋を出て行こうとしたアレクセイの腕を掴み、半ば引きずられながらも止めた。そんなことをすれば、誠に対する心証が悪くなる。要らぬ波風は、立てない方が良いに決まっている。
 アレクセイは誠を守るためだけに動いているし、朝というのもあってか、そこまで頭が回っていないのだろう。
 きちんと説明すると、アレクセイの尾はあからさまにしょげかえってしまった。

「まぁ…いつかは挨拶するんだし、会うよ。でも、俺の服装ってこれで良いの?貴族が着る服なんて持ってないし」
「マコトは何を着ても可愛いし恰好良いから大丈夫だ。それに、君の身分のことは言ってある。こちらに準備をする時間も与えずに勝手に来たのは母上だ。気にすることはない」
「褒めすぎだけど…そうかな。じゃあ、このままで行こうかな。でも、俺がここに居るって、どうやって知ったんだろ。やっぱ公爵家のネットワーク?」

 もしくはフレデリクから話が漏れたのか。そちらの線が濃厚かなと思っていたが、ソースはここの支配人だったらしい。

「あ、そうか。ここってヴォルク家系列の宿だからか」
「ああ。もし俺と君が泊まるようなことがあれば知らせてくれと、母上が支配人に圧力をかけたとのことだ」
「それだけ息子が心配だったってことだよね」
「だが、何の連絡も無しに来るとは…」

 朝の二人きりの時間を邪魔されたことにか、勝手に来たことを怒っているのか。アレクセイの耳はピンと立ち、警戒しはじめているのを表していた。
 誠としては、ただただ困惑しているの一言なので、アレクセイを宥める役に徹している。そっと手を繋ぐと、尾が揺れた。自分のことになると、感情が露わになっているのが面白いし、嬉しくもある。
 アレクセイの母親は食堂で待っているとのことだった。一緒に朝食を摂りながら話そうということらしい。食堂のスタッフに案内された先は、奥にある個室だった。
 ドアをノックすると、中から「どうぞ」と男性の声が聞こえてきた。先にアレクセイが入り、後から誠が入室すると、席には三十代前半に見える犬系獣人の男性が座っていた。燃えるような赤い髪と被毛が特徴的だが、顔はどことなくアレクセイに似ていて、美麗という言葉が当てはまる。

「母上」

 普段より低い声が、その男性のことを母と呼んだ。どうやら彼が、アレクセイの母親らしい。遠野でもそうだが、この世界でも自分を産んだ方を母と呼ぶのかもしれない。

「朝早くから悪かったな。まあ、座ってくれ」

 息子が怒っていても、さすがは母親だということだろう。全く気にせずに席を勧めている。誠はアレクセイに椅子を引かれ、先に席に着いた。隣にアレクセイが座るも、いつもより所作が乱雑だ。
 嫌な時間はさっさと済ませようと、アレクセイはいささか早口で誠を紹介した。

「こちらが俺のツガイになってくれたマコトです。マコト、事前連絡もせずに権力を使って支配人を脅し、俺らの情報を掴んだ目の前の人物が俺の母だ」

 きっと怒りが抑えられないのだろう。まだまだ若いなと思いつつも、誠はアレクセイの手をそっと握った。

「アレクセイ。ちゃんと紹介してくれよ。な?」
「…分かった。母上、こちらが俺なんかのツガイになってくれた、可愛い部分もある美人で恰好良く、魔獣も何なく倒せるほどの力があって、料理も上手くて、俺の小班の部下や兄上とローゼスとも仲良くしてくれている最高のツガイのマコトです。…どうだ?」

 そう言いながら、アレクセイは微笑を浮かべながらもぶんぶんと尾を振っている。まるで主人が投げた玩具を上手くキャッチして戻ってきた犬のようだ。
 ふわりと笑っているが、褒めて褒めてと言わんばかりの様子に頭を撫でてやりたくなる。
 けれど、誠が言いたかったのはそうじゃない。

「いや…俺が紹介してくれって言ったのは、公爵夫人の方なんだけど」
「…そうか、すまん。マコトの目の前に居るのが、ヴォルク公爵夫人であり、俺の母だ。俺を含め三人産んだが、兄上を含め四人…いや、ローゼスも含めて五人の子持ちだ。ちなみに父上をしっかり尻に敷いていて、商会を手広く運営している。以上だ」

 早口で言い終えたアレクセイに、夫人は目を丸くしていた。そして、ぷ、と吹き出すと、大声で笑いだした。

「あっはっは!何だアレクセイ、お前のそんな様子を初めて見たぞ!」
「そうですか。息子の様子もマコトの様子も見れて満足ですよね。じゃあ、お帰りください」
「ハハハ。子供かよ」
「子供で結構です」

 半目になったアレクセイを夫人はなおも笑っている。

「あー、おかしい。マコト君、ツガイがこんなので大丈夫か?」

 話を向けられた誠は姿勢を正した。

「ええ。大丈夫と言うか…アレクセイしか考えられません」
「顔も綺麗だし?」
「そうですね。一日中見ていられますね。でも、今思えば、顔よりも先に獣身に惚れたのかもしれません。人型での出会いは吃驚しましたけど、アレクセイは最初から俺に優しかったし、一緒に居て自然な感じがします。彼となら、楽しいことや嬉しいことを共有しながら、穏やかな気持ちで暮らせると思っています」
「マコト…」

 尾を盛大に揺らしながら、隣でアレクセイが頬を染めていた。
 けれど、まだだ。これは夫人からの挑戦状なのだ。目の前の人物は笑っているが、今は誠を見極めようとしている最中だろう。
 普通に考えても、アレクセイは公爵家の子息だ。だから親も、変な奴がツガイになっていないか心配しているはずだ。だって、金も権力も、更には美貌も持っている。生まれた時に、ルシリューリク以外の神様が銀のスプーンをこれでもかと咥えさせえたに違いない。
 そんな大事な息子のツガイが、まさか見た目は人間、中見は妖狐と龍神のハーフなんて、思いもよらなかっただろうが。
 とにかく、絶対に負けられない戦いが、ここにはあるのだ。
 誠は笑みを浮かべたまま、夫人の目を見ていた。

「ふーん…。じゃあ、困った時はどうするんだ?」
「状況によりますね。基本的には相談して解決させるでしょうが、時にはフレデリク様に相談したりとか。まぁ、最終手段は力技でいこうかと」
「それだけの力がある、と?」
「ええ。筋肉こそ育ちませんでしたが、俺は家の始祖の力を半分ずつ継いでいます。なので、フレデリク様よりも力は強いでしょう。それに、どうにもいかなくなったら、申し訳無いですけどアレクセイは攫って行きます」
「敵前逃亡をするのか」

夫人の目が、キラリと光った気がした。やはり試されているのだろう。
けれど誠は冷静に対応した。ここで挑発に乗るわけにはいかないのだ。つとめて冷静に。接客中だと思えば楽なもんだ。

「いいえ。俺の故郷には、逃げるが勝ち、という言葉があります。だから、状況次第でしょうね。アレクセイが傷付かない方法を取りますよ」

 繋いでいる手に、つい力が入る。
 それはずっと考えていたことだし、以前にもアレクセイに伝えた言葉だ。ツガイを守りたいと思っているのは、何もアレクセイだけではない。言葉にするのは照れ臭いけれど、ここで言葉を濁していては目の前の人物に認めらる日は来ないだろう。
 バサバサというアレクセイの盛大に揺れる尾の音をバックに、誠と夫人はしばし微笑み合っていた。
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