神様の料理番

柊 ハルト

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レモンの憂愁

02 ー 三種の神器

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 フレデリクが無言のまま、数分が経った。その間にローゼスが戻って来たが、魔道具で作った結界は途中で誰も出入り出来ないらしく、少ししてそれに気付いたフレデリクは急いで結界を解除した。

「…オニーチャンがローゼスに気付かないって、よっぽど?」
「ああ」

 こそこそとアレクセイと話す。
 フレデリクの隣に座ったローゼスも、そんな彼の様子に不安そうな表情を浮かべていた。

「…ふぅ」

 再度結界を起動させて、ちゃっかりとローゼスの尾に自分の尾を絡めて長い息を吐き出したあと、フレデリクは写本のページを捲った。話す覚悟が決まったのだろう。
 写本は不完全だと言っていた通り、見る限りでは書き方は不揃いだった。誠が最初見せてもらったページは覚え書きのようになっていたが、次にフレデリクが開いたページは落書きに近い散文だ。
 ローゼスは見覚えがあるのか、そのページをまじまじと見ていた。

「フレデリク様、これは…」
「ああ。何かが起こっているのは確かだ。それに誠は異世界の知識がある。我々とは違った切り口でこの文を見てくれると思ってな」
「違った切り口…なぁ」

 荷が重い気もするが、誠はその飾り文字で書かれている散文を辿った。この写本自体が予言の書のようなものだと言っていたので、言葉一つ一つが何かを表していることだけは分かる。
 フレデリクが反応したのは「三つの宝物」という部分だろうか。確かに三種の神器という言葉とイコールの符号を付けることができるが、こういう文はミスリードがお約束だ。いかようにも解釈ができるので、決めつけるのは早計だ。
 しかし誠が最後まで読み終わった頃合いを見計らったフレデリクは、まだローゼスと尾を絡めたまま足を組み替えた。

「私はこの散文が、教会が民衆に最も隠したい部分だと思っている。我が国の前にあったナチャーロ国の逸話に、神から下賜された三つの宝物というものがある。それは剣、盃、指輪だ。おそらくその三つの宝物は、この文に出てくる三つの宝物と同じだろう。そして森はマコトが現れたはじまりの森。湖は、はじまりの森にあるメテオリート湖だろう」
「…はじまりの森って言うくらいだから、そこから文明が興ったから…とか?」

 まさかそんな偶然がと思ったが、あのルシリューリクのことだ。もし仮に、はじまりの森に何らかの力があったとして、それに引っ張られてしまったという結果、誠があの森に落ちたとしても驚かない。

「その通りだ…と、言われている。それもナチャーロ国の逸話だな」
「そう…」

 誠は背もたれに体重を預けると、もう一度散文を読み返した。
 冒頭の部分はこの世界がどうやってできたかが書かれている。要約すると、神は七日かけて大地を作ったというものだ。地球の三大宗教の一つに似ているが、一神教の神話はどこもこんなものだろう。
 そして中盤になると、生き物が出てくる。動物に魔獣、そして人間や獣人達の記述だ。人間やエルフ、ドワーフは最初からその形だが、獣人は先祖が獣だとはっきり書かれてあった。
 そして問題は、後半部分。フレデリクが問題視しているだろう部分だ。この部分はなぜだか違和感を感じる。今までとは雰囲気が違うのだ。

「君、願う。星よ。流星よ。君の憂いを取り除いておくれ…」

 誠はその部分を口に出して読んだ。やはり妙だ。眉を寄せた誠が気になるのか、アレクセイが誠の顔を覗いてきた。

「何か気になるのか?」
「うん…。この『君、願う』ってあんじゃん。『君』って誰なんだろうって思って」

 素直に読めば、世界の異変を憂いている誰か…ということになる。だが、何度も繰り返し繰り返し「君」と書かれてあるので、誰かのことを指している気がしてならない。
 誰だろうとアレクセイと首を傾げていると、いつの間にかローゼスと指を絡めて爪をなぞっていたフレデリクが少し身を乗り出した。

「教会側の解釈としては、時の権力者だという意見が有力だ」
「なるほど…」
「そして『星』が創造神だという説もある。しかし創造神が沈むはずがないと、その説はすぐに消えたらしいがな」
「…そうだね。今よりもっと昔なら、唯一の創造神に対して不敬なことを書いた本を作るはずがないだろうし」
「一応、元の本はその創造神からの贈り物だとされている」
「だったら余計だよね。唯一神が創った世界はその唯一神が消滅しない限り、消えることはない。神の寿命は永遠だ。消える時は全くの信仰を失った時か、自分の創った世界のバランスが狂って自分でも制御ができなくなったと…き」

 誠は言いながら、嫌な想像をしてしまった。
 現段階で、力が弱まっているというルシリューリク。そして異常発生している魔獣の亜種。ルシリューリクが制御しきれなくなっているから、魔素の流れがおかしくなり、そして魔素溜まりができて澱みから亜種が発生する。
 負の無限ループだ。
 そして本当にこの元の本をルシリューリクが置いたとしたら、自分の未来を誰かに伝えたかった?

「…例えば」

 思わず出た誠の声は、低いものだった。

「この『君』がルシリューリクだったとして。ルシリューリクは力が弱まっている。『森の悲鳴』というのは、魔獣の亜種のことと仮定する。そんで『異端の生き物』ってのも、亜種だろう。最後の文の『そしてまた君の世が続く』ってのは、ルシリューリクが託した『星』の働きによって、ルシリューリクが創ったこの世界は続く…と」
「…なるほど?」

 フレデリクは組んだ足を下ろした。

「この『星』は、召喚された勇者?それとも…」

 俺か?
 誠がそう呟いた途端、執務室は一瞬にして凍ってしまった。アレクセイだった。
 グルルルと低い唸り声を出しながらフレデリクを睨んでいる。少し遅れてローゼスが結界を張ったが、それでもテーブルや二人が座っている椅子は凍りついていた。
 アレクセイから漏れ出ている魔力に押されているローゼスは、今にも吹き飛ばされそうだ。ローゼスが結界を張れるとは知らなかったが、フレデリクの側近なのだ。何らかの力が無ければ務まらないのだろう。

「ぐぅ…先輩、落ち着いてください!」
「これが落ち着けるか、ローゼス!兄上!貴方は…知っていましたね?」

 身を乗り出しかけたアレクセイが吠えるも、フレデリクは平然としていた。

「一つの可能性として考えていただけだ。まだマコトが『星』だと決まった訳ではない」
「それでも!今回の遠征にマコトを同行させたのは、この散文と同じようにさせたかったからではないのですか!?」
「…それは違うんじゃねーの?」

 誠は冷静だった。アレクセイの袖を引いて座らせると、両手でその頬を挟んでやった。

「俺はオニーチャンに言われなくても、遠征に着いて行くつもりだったよ。だからオニーチャンは悪くない」
「だが…!」

 ツガイを危機に合わせたくない一心で、アレクセイは荒れているだけだ。乗りかかった船なので魔獣討伐は最後まで行うし、亜種も倒す。誠はそのつもりだ。
 だからこれ以上、兄弟で争ってほしくない。
 誠はアレクセイの頬から手を離すと、そのままアレクセイの手を握った。

「アレクセイが住んでるこの世界に何ができるか分からないけど、俺は力を貸すよ。自分ができることをする」
「何が起こるのか分からないんだぞ」
「それでも。…だって、この世界はアレクセイが住んでる。アレクセイの家族や友人達が居る。俺にはその理由だけで十分さ」
「マコト…だが…」
「もしも逆の状況だったら、アレクセイは何もせずにいられるの?」

 ここまで自分を愛し、慈しんでくれるアレクセイだ。ノーとは言わないだろう。
 誠は狡い。それは自分でも分かっている。そしてこんな聞き方をすれば、アレクセイは折れるしかないことも分かっていた。

「…君は俺が守る。絶対にだ」
「俺も自分のツガイを危険な目に合わせないよ」

 握る手に力が入った。興奮してギラギラと煌めいているアイスブルーが少し緩むと、部屋の氷は一瞬にして消えた。
 結界を解いたローゼスは力無く手を下ろすと、ふらりとバランスを崩してフレデリクの方へ倒れてしまった。それを素早く受け止めたフレデリクは、小柄な体を両腕で大事そうに包んでいた。
 誠はその様子を見ながら、フレデリクをジト目で見た。

「…オニーチャン」
「何だ」
「アンタさぁ、似合い過ぎてるから、あんま自分が悪者になろうとしないでくれる?」
「何のことだ」

 これでもフレデリクのことは気に入っているし、話していると本当にツガイであるローゼスと弟のアレクセイのことを大事にしていると分かる。
 きっとこの話をしなかったのも、アレクセイに余計な刺激を与えたくなかったからだろうことも予想できた。

「大事なことは最初に話さないと、余計に拗れるって…知ってる?」
「…そうだな。肝に銘じておこう」
「アンタの立場じゃ難しいかもしんないけど」
「…ああ。すまなかったな、アレクセイ」
「いえ…。兄上が大事なことを隠すのは、今に始まったことじゃありませんから」

 アレクセイはまだ怒っていた。けれどそれはフレデリクが隠していた内容ではなく、隠されていた事実に対してだろう。
 普段話していても、よくフレデリクの話題が出る。聞いていると自分にかまいたがりの、ちょっとウザい兄だという内容だが、アレクセイがフレデリクを敬愛していることは良く分かる。だから余計に腹が立っているのだろう。

「よっぽど仲が悪い兄弟以外はさ、弟はお兄ちゃんに対してどっか憧れる部分があるし、少しは頼ってほしいって思うもんなんだよ」

 なあ?とアレクセイを見ると、誠と視線が合ったアレクセイは大きく頷いた。

「兄上は…俺がまだ貴方の後ろをよちよちと歩く仔狼だと思っているのだろうか」
「いや…立派になったと思っているよ」
「だったら…!俺は貴方が、いろんな立場を持っているから他の部隊長よりも大変なことを知っている。もう仔狼でないと分かっているのなら、もう少し頼ってほしい」
「だが、お兄ちゃんは弟には何不自由なく騎士団員の仕事を全うしてもらいたいのだよ」

 両手が塞がっているからだろうか。フレデリクは黒くしなやかな尾でアレクセイの頭をぐちゃぐちゃとかき混ぜていた。

「…オニーチャン。その気持ちは分かるけどさ、あんま過保護にしてると嫌われるよ?」

 ただでさえ、ちょっとウザいと思われてるのに。
 その言葉は言わなかったが、フレデリクの尾はピタリと止まってしまった。
 アレクセイは黒い尾を振り払うと、椅子に座り直した。

「…他に俺らに隠していることはありませんか?」
「いや…まぁ」

 フレデリクは誠に視線を向けた。その流れでアレクセイも誠を見る。

「…俺?」

 二人に見られても、誠は思い当たることが無い。いや、あるにはあるのだが、それはフレデリクと自分だけの約束のはずだ。

「…ありません」

 ニッコリと笑ってアレクセイに言うが、アレクセイは誤魔化されてくれなかった。
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