それが運命というのなら

藤美りゅう

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それが運命というのなら#17

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 店に着くと、息を整えタイムカードを押した。シフトインの一分前だった。

(パーカー返すの忘れた)
 着替えようとした時、将星から借りたパーカーを着たままである事に気付いた。

一つ大きく息を吐くと、左手首の疼きがまだある事に気付き、無意識に手を当てていた。
 将星と密着するとこの噛み跡が疼くのは間違いなさそうだっだ。今日一日一緒にいて、終始この噛み跡が熱く疼いていたのだ。
 体温がいつもより高い気がする。風邪をひいた時のような怠さも感じた。将星と密着してしまった事に体が反応を起こしてしまったのだろうか。
 ヒートの予定日まで一週間はあるが、体調によって予定も狂うこともあり得る。

 厨房に入ると、中年の女性が仕込みをしていた。同じオメガである彼女は牧瀬と言った。
「おはようございます」
「おはよーりっちゃん。今日は随分ギリギリなんだね」
「ちょっと出先でトラブって……」
「あら、やだ大丈夫?」
「はい……あの、牧瀬さん」
 理月は牧瀬に密着すると、
「俺、匂います?」
 そう耳元に口を寄せると言った。
「え? ヒート?」
「なんか、怠くて……」
 牧瀬は理月の首元に鼻を寄せると、
「ううん、匂いしないよ? 風邪じゃない?」
 そう言って首を振った。
 その言葉に理月は胸を撫で下ろす。
「今日休んだら?」
「いや、ヒートじゃないなら大丈夫っす」
「無理そうなら、言いなさいよ?」
「はい、ありがとうございます」

 あのオメガに言われた言葉を反芻しては苛立ちながらも、将星に後ろから羽交い締めにされた時の感触がまだ背中に残っていた。
 最初こそ耐えられる怠さだったが、一時間程すると意識が朦朧としてきた。体も熱く、呼吸も荒くなっていて、立っているのがやっとだ。
「大丈夫?!りっちゃん!」
 牧瀬が蹲ってしまった理月に駆け寄ってきた。
「すんません……やっぱり早退していいですか……」
「店長に言ってくるから! りっちゃんは休憩室行ってて! 歩ける? 大丈夫?」
 牧瀬の言葉にコクリと頷くと、理月はおぼつかない足取りでスタッフの休憩室に向かった。パイプ椅子に腰を下ろし、大きく一つ息を吐く。
 (なんか……ヒートのような気がする……)
 だが、牧瀬は理月から匂いはしないという。

「大丈夫かい? りっちゃん」
 店長が休憩室に入ってくると、理月の顔を覗き込んだ。
「もしかしたら、ヒートかもしれません……」
 理月の言葉に、店長は眼鏡の奥の目を大きく見開いている。
「ええ?! でも……」
 店長が理月に鼻を寄せると、
「匂いしないよ? やっぱり風邪じゃないの?」
 そう牧瀬と同じ事を言った。

 風邪なのか──?
 確かに、性的興奮はない。本当にヒートならば、店長だって自分だって平静ではいられないはずだ。
「でも、大事を取って、明日からヒート休暇入って。タクシー呼ぼうか?」
 理月は首を横に振る。ヒートでないのならば、自力で帰ろう、そう思った。
 休憩室でしばらく横になっていると、体が少し楽になった気がした。そのタイミングだと思い、店を出た。

 (はぁ、だる……)
 自転車のペダルに足を置き、ゆっくりと漕ぎ出した瞬間、手が見えたと思うとその手でハンドルをガッチリ掴まれた。
「やっほー」
「!!お、おまえ……!」
 目の前にいるのは、先程のオメガの男ーーガクトだった

「バイト終わり? ちょっと話ししない?」
 ガクトはにっこりと笑みを浮かべているが、それが胡散臭く理月は無意識にガクトを睨んだ。よく見ると、ガクトの唇から血が滲んでいた。
「しねえよ! どけよ」
 ガクトを振り払おうと自転車を跨がろうとしたが力が入らず、その場に蹲ってしまった。
「あれ? なんか顔赤くない? ヒート?」
 そう言ってすんすんと鼻を鳴らしている。

「おい! 見つけたぞ!」
 後ろから大きな声が聞こえ、振り返ると五~六人の男たちが怒りの形相でこちらに向かって突進してくるのが目に入った。
「やべ……っ! 見つかった! 逃げるよ!」
 ガクトは膝をついている理月の腕を取り、無理矢理立たせると理月の腕を掴んだまま走り出した。
「な、なんなん、だよ! 離せ!」
「あいつら、さっきのお礼参りって言って、君を探してたんだよ」
「はぁ? に、げなくても、俺なら一人で……!」
「そんなおぼつかない足取りじゃ無理でしょ!」
 路地裏に逃げ込むと、一度足を止め息を整えた。
「はぁ……一旦休憩」
 ガクトはその場に座り込み、大きく息を吐いた。
「ねえ、君、ヒートなの?」
 体の怠さに耐えかねて、理月もその場に腰を下ろした。
「わかんねぇ……まだ、予定日まで一週間あるはずなんだけど……」
「でもさぁ、匂いがしないんだよね」
 ガクトは理月の首元に鼻を寄せ、スンスンと鼻を鳴らしている。
「俺……まともにヒートになった事ねぇんだよ」
 その言葉にガクトは目を丸くしている。
「マジ?」
「三年前に一度だけ……だから、これがヒートなのか、なんなのかいまいちわかんねぇ……」
 そうは言ったものの、ヒートだという自覚はあった。左手首の噛み跡が、切り取られたように異常に熱いのだ。
 だが、匂いがしないのはなぜなのか──。
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