ギルド受付嬢は今日も見送る~平凡な私がのんびりと暮らす街にやってきた、少し不思議な魔術師との日常~

弥生紗和

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第1章 ギルド受付嬢の日常

第12話 見つけた!

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 受注書がなくなってから数日後のこと。私はいつものように受付に立ち、討伐者さんを迎え入れる。アレイスさんはあれからギルドには来ていないみたいだ。噂では、新しい防具を注文しているとか。武器や防具は消耗品なので、討伐者は『鍛冶ギルド』や『革ギルド』それに『宝飾ギルド』辺りにもよく出入りしている。武器と防具は討伐者一人一人に合わせて作られるので、出来上がるまでには少し時間がかかる。その間、討伐者はゆっくり休んだり修行をしたりと様々な過ごし方をしているようだ。

 今日もギルドでは『アルーナ湖』に出現した魔物の討伐依頼が出ていた。魔物は『赤熊』と呼ばれていて、大きな体に似合わず素早い動きと強大な腕力で人を襲う。体の大きさは普通の熊の倍はある。一度倒されたはずだけど、仲間がいたようでまた出現したみたいだ。

「こちらの依頼はいかがでしょうか?」

 受付に来ているのは三人組の討伐者。実力的にも、人数的にもアルーナ湖の赤熊が適していると判断し、私は彼らに勧めた。でも彼らの反応は芳しくない。

「どうする?」
「俺、こいつ苦手なんだよな……やたらタフだしさ」
「私も赤熊はパス。報酬もいまいちだし」

 赤熊の素材は、主に薬の材料になる。珍しい魔物じゃないので、報酬はあまり高額ではない。その割に倒すのが大変らしく、討伐者の中ではあまり人気がないようだ。
 討伐者も生活があるし、彼らには選択の自由があるけど、赤熊の依頼を断られたのはこれで三件目。いい加減依頼が決まらないと、アルーナ湖で仕事をする人達が困ってしまうだろう。

「そうですか。それでは別の依頼を探してみますね」

 こういう時、もどかしい思いをすることもある。でも私はあくまで受付嬢。討伐者にこの依頼をやれと命じることはできない。私ができることと言えば、依頼を受けてもらえるように報酬アップを提案するくらいだけど、受注担当官のバルドさんを説得するのはなかなか難しい。たとえバルドさんが許可しても、金庫番が「高すぎる」と反対すれば話はそこで終わってしまう。討伐者ギルドのお財布を握る金庫番には逆らえないのだ。


 なんとか三人組に別の依頼を紹介し、一息ついたその時だった。アレイスさんがふらりとギルドにやってきた。

 アレイスさんは新しいマントに身を包んでいた。マントにつけられた討伐者バッジの階級は二級。以前は四級だったので、一気に二階級上がったことになる。元々別のギルドで一級だったことは知っているけど、ここに来てまだひと月ちょっとしか経っていないのに、この出世の速さはやっぱり凄い。

「やあ、エルナ」
「こんにちは、アレイスさん!」

 アレイスさんと会えて、思わず私の声も弾んでしまう。隣にいるリリアの視線が私とアレイスさんに刺さっているのを感じた。リリアにはちゃんと経緯を話しているので、私とアレイスさんの噂がなんでもないことは分かってくれているはずだ。でもちらりとリリアを見ると、リリアはなんだか含みのある笑みを浮かべている。後で私をからかうつもりかもしれない。

 リリアの視線に負けじと、私は冷静にアレイスさんと向き合う。私はとっても落ち着いているのだ。

「この間は楽しかったね、エルナ」
「あ、あああ、はい! そうですね!」

 思い切り声が裏返ってしまった。一方のアレイスさんは涼しい顔で微笑んでいる。本当に「楽しかった」と思っている顔だ。私だけが変に意識しているみたいで、少し恥ずかしい。冷静に、冷静に。自分の心に言い聞かせながら、私はアレイスさんにお勧めの依頼を素早く選ぶ。二級になった彼に相応しく、一人でも受けられる依頼……。

 私の目がアルーナ湖の依頼に止まる。これはアレイスさんに相応しくない。もっと階級の低い討伐者向けのもので、彼のような討伐者にはもっとレベルが高いものを紹介しなければならない。

「どうしたの?」
「いえ! なんでもありません。それではえーと……こちらの依頼などいかがでしょう?」

 ハッと我に返り、私はアレイスさんに別の受注書を差し出した。だがアレイスさんは私が視線を送った別の受注書を覗き込むように見た。

「アルーナ湖の赤熊か。最近あの辺りでは赤熊の出現が増えているの?」
「え……ええ、そうなんです」
「ひょっとして、受注者が見つからないとか?」

 アレイスさんは苦笑いしながら私に尋ねた。彼の勘の良さには驚いてしまう。どう答えようか迷っている私に、アレイスさんは微笑みながらアルーナ湖の受注書を指さした。

「赤熊は手間の割りに報酬が安いから、討伐者が受けたがらないんだよね。だったら僕がこの依頼を受けるよ」
「そんな、アレイスさんほどの討伐者が受ける依頼ではないですよ!」

 私は慌ててしまった。階級の高い討伐者さんには、それなりに難度の高い依頼を受けて欲しい。強い魔物を倒せる討伐者の数は多いわけじゃない。赤熊程度なら、五級の討伐者でも人数を集めれば倒せる。優秀な討伐者を適した依頼に派遣するのは、ギルドの義務でもある。

「でも依頼を早くこなさないと、困る人がいるんじゃない? アルーナ湖周辺は木材の産地だし、湖では魚も獲れる。赤熊は早く退治しないと。僕なら一人でやれるし、すぐに終わるよ」
「そう言われましても……アレイスさんほどの方に頼むような依頼ではないですし、ギルドの方針では……」

 アレイスさんはすっと真顔になり、身を乗り出して私に顔をぐっと近づけてきた。

「そんなに難しく考えなくてもいいんじゃない? 手が空いている討伐者が行けばいい、それだけのことだと思うよ」

 私はアレイスさんの言葉を聞いて、頭の中をごちゃごちゃと動き回っていた色んな感情が、すっと収まるべき場所に収まったような気がした。彼の言う通りだ、私は何を迷っていたんだろう、困っている人がいるんだから、私達討伐者ギルドは一刻も早く討伐者を送りだす。ただそれだけのことなんだ。

「アレイスさんの言う通りです。それでは、こちらの依頼で手続きさせてもらいますね」
「うん、お願い」

 アレイスさんに再び笑顔が戻り、私もホッとして笑みが浮かぶ。早速バルドさんの所へ手続きに行こうとしたその時、ギルドのドアが大きく開くと同時に「エルナ!」という聞きなれた声がした。

「お母さん!?」

 ギルドに入って来たのは母だった。母は慌てた様子で息を切らせながら、アレイスさんがいるのにも構わずにカウンターの前にやってきた。

「見つかったわ! 例の『ラウロ』って子!」
「えっ!?」

 私は驚き、思わずアレイスさんと目を合わせた。
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