すみっこぼっちとお日さま後輩のベタ褒め愛

虎ノ威きよひ

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五話

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 金曜日、放課後の教室は開放感にあふれていた。
 みんな部活に行ったり、週末の予定を立てたりと仲のいいグループで固まっている。

 そんな中、いつも通り機嫌の良さそうな百合根の声が俺の耳に入ってきた。

「今回の小テストは自信ない問題があったから無理かと思ったけど、ホッとしたよー」
「百合根、マウントか? マウントだな! 毎回毎回百点満点のくせしやがって!」
「嫌味とかじゃな……っいたたた」
「おー、やれやれ草野ー。デキるイケメンはみんなの敵ー」

 痛いと言いつつ楽しそうな百合根、怒ってるようで笑ってる草野、棒読みで煽る木田。
 この三人組が、クラスの中で一際賑やかだ。

 帰る準備をしながらチラッと見ると、バスケ部の草野が両手の拳で百合根のこめかみをグリグリしているところだった。

 そのそばで、サッカー部の木田が百合根の答案用紙を見ながらノートに写している。テストで間違った部分を直して提出しないといけないからだ。

(書き写すだけじゃ意味ないだろ。なんて言わないから、百合根は上手くやれるんだろうな)

 俺だったら「ちゃんと自分で解けよ」なんて言って、場を白けさせてるにちがいない。
 それにしてもだ。

(なーにが『自信なかったけど』だよ)

 絶対自信あった癖に、相変わらず謎のアピールをする百合根にイライラする。

 この場からすぐにいなくならなければ。百合根の話なんて聞いてたら、俺は常にムカムカするんだから。
 準備をさっさと終わらせて、さあ帰ろうとリュックを背負った時だった。

 バタバタと廊下から音が聞こえてきた、と思ったら、スパーンッと教室のドアが開く。

「幸哉先パーイ! 今日の英単語テスト、いい点とれました! 褒めてください!」

 元気いっぱい、としか表現しようのない声が教室中に響き渡る。
 満面の笑みの椿と、ポカンとする俺に、クラス中が注目した。

 いやいやいや。目立ちすぎだろ。

 百合根に対する苛立ちなんて、弾け飛んだ。
 それはもう、風船みたいにパッチンと。

「椿……お前、もっと静かに入ってこいよ」

 俺は額に手を当ててため息をつく。

「すみません! だって嬉しくて、つい!」

 教室のすみっこにある俺の席に、椿は大股でやってくる。ニコニコしている顔からは、反省の色なんて全く伺えない。

 でも椿の朗らかな顔を見ているだけで、俺の心はふわふわと軽くなっていった。

 目の前に来たら褒めないと。頭とか、撫でてもいいだろうか?
 なんて、口元を緩めていると。

「海斗くん、頑張ったんだね! おめでとう!」

 隣の席のスミレさんに先を越された。
 さらに、スミレさんの周りにいた女子たちからも褒め言葉が飛び交う。

「英語、苦手だって言ってたのにねー!」
「えらすぎるー!」

 甘く可愛らしい彼女たちの声に、椿の目尻が柔らかく下がった。

「スミレ先輩、ユズ先輩、モモ先輩、ありがとうございます!」

 俺より先に椿を褒めた人がいて、椿が喜んでいる。たったそれだけのことで、俺の心はしぼんでしまった。ぺしゃんこだ。

 俯いてしまった俺の耳に、まだ女子と会話を続ける椿の声が聞こえてくる。

「そういえば海斗くん、バイト先変えたんだって?」
「うん、色んなバイトしてみたいんですよねー」
「次はどこにしたの?」
「内緒内緒! 内緒の仕事ー!」
「何よそれー!」

 笑い声が上がって、とても楽しそうだ。
 それに対して、リュックを背負って一人で立ち尽くす間抜けな俺。

(……帰っていいのか?)

 ジメジメした気持ちで、でも椿のことを褒めたい気持ちもあって。
 どうしたらいいのかわからない俺の頭に、ポンっと何かが軽く乗った。

 それが椿の手だってことは、顔を上げたらすぐにわかった。
 大きな目と視線が合ったかと思うと、椿は心配そうに眉毛を八の字にした。

「幸哉先輩、もしかしてテストよくなかった? 褒められる前に、慰めましょうか?」

 明後日の方向すぎる心配だ。
 俺は思わず笑ってしまった。

「ご心配なく。いつも通りだから」
「じゃあ満点ですね! すごい! えらい!」
「……ああ、すごいだろ」

 椿がいつも通りハイテンションで褒めてくれるから、素直に頷くことができた。

 俺は、初めて自然に自分を「すごい」って言えたかもしれない。

 なんだかドキドキする。
 椿が言ってた通りだ。
 本当に「気持ちが上がった」。

「お前も、いつもよりいい点数だったんだろ? 勉強の成果が出てて、良かったな。頑張って偉いな」

 俺がゆっくりと手を上げながら言ったら、椿は腰を屈めて俺に頭を差し出してくる。

 撫でられる気満々の頭は、きっちりセットされているから崩すのは悪い。ぐちゃぐちゃにしないように静かに撫でてやった。

 そうすると、俺と目線が近くなってる椿の唇が、半月を描く。真っ白い歯が輝いた。

「きっと貸してくれたシャーペンのおかげですよ! 幸哉先輩のシャーペンが付いててくれたら百人力!」
「大げさだなー」

 ぐりぐり頭を擦り付けてくるから、手がくすぐったい。
 せっかくこっちが気をつけてるのに、椿の髪型は乱れてしまった。でもその無造作ヘアも意外と決まってて、笑えてしまう。

 もういいや、と遠慮なく撫でていると椿がニコニコと首を傾げた。

「あのシャーペン、このままもらってもいいですか?」
「へ?」
「明日、新しいシャーペン買って返しますから!」
「いいよ。お前の家にあるやつで。交換しよう」

 スルリと出てきた言葉には、実は下心があった。

(椿が使ってたシャーペン、俺も欲しいな)

 なんて、思ってしまったんだ。
 俺の気持ちなんて知らない椿は、あっさりと首を縦に振る。

「あ、じゃあ筆箱に入ってるやつあげます!」
「んん? お前、シャーペン全部壊れたって……」

 だから、俺にシャーペンを貸して欲しいって言ってたはずだ。

 そんな疑問をよそに、椿は肩掛けバッグに手を突っ込む。
 ゴソゴソと中を漁ったかと思うと、すぐにシャーペンがでてきた。

 綺麗な青いシャーペンは、もちろん壊れてなんかない。

「全部壊れたなんて、言いましたっけ?」
「言ってたろ! 全滅したって!」

 目の前の逞しい胸を力いっぱい叩いてツッコんでしまう。
 眉を釣り上げる俺と、すっとぼける椿。

 そんな俺たちの間に、笑い混じりの声が割り込んできた。

「海斗くんと杉菜くん、仲良いよね。何繋がりなの?」

 爽やかに通る声に、俺は反射的に口元がヒクついてしまう。百合根だ。

(楽しく椿と話してたのに)

 なんて思ってしまうけど。
 俺からの好感度が低いとはいえ、百合根は変な質問をしてきたわけじゃない。

 さっきまで百合根と一緒にいた草野たちや、俺の隣の席のスミレさんたちもこっちを見ていた。

 きっとみんな、椿の交友関係に興味津々なんだろう。
 人気者は大変だな。

 無難に答えなければと、俺は百合根からされた質問を頭の中で繰り返した。

 ……何繋がり?
 確かに、俺たちの関係はなんなんだろう。

(一緒に図書室で勉強して……二回……き、キスして……)

 二個目は言えるわけがない。
 俺が答えられないでいると、椿ははつらつとした声で百合根に答えた。

「俺が仲良くなって欲しくてグイグイ行ったって感じですかね!」
「うんうん、そんな感じだよね。でもなんで」
「勉強嫌いだったんですけど、俺は幸哉先輩に出会って生まれ変わったんです。ちゃんと勉強しないとって! だからいつも一緒に勉強してもらってます」

 まだ喋っていた百合根に被せるように、椿は笑顔で口を動かしている。
 どうしたんだ?
 いつもより早口で、声の圧が強い気がする。

 俺は椿の様子に違和感があったけど、百合根はうまく流したみたいだ。女子に人気の、涼しげで爽やかな笑顔のまま、うなずいている。

「そっか。杉菜くん、いっつも満点だもんね。休み時間もずっと勉強してて、すごいよね」
「え、あ……ありがとう」

 まさか百合根に褒められると思ってなくて、俺はたじろいでしまう。
 すると隣の女子たちや、少し離れたところにいた草野と木田まで口々に話に混ざってきた。

「そうなの? 知らなかったー!」
「人の成績もちゃっかり見てんだよなぁ百合根のやつ」
「いつも満点すげー」
「え、えと……」

 褒められ慣れてないすみっこぼっちな俺は、突然の注目に固まってしまった。
 うまく返せない。褒められたんだから、早くお礼を言わないと。

 焦って口をパクパクさせるだけの俺の肩を、椿がグイッと抱き寄せた。

「そうなんです。幸哉先輩はすごくて偉いんです!」

 テストの点なんてどうでもよくなるくらいの百点満点の笑顔で、椿が宣言してくれる。
 ほっとした俺は体から力が抜けた。
 こっそり椿にもたれかかって、ヘラっと笑う。

「なんでお前がドヤるんだよ」
「だって俺の幸哉先輩ですもん!」
「うん?」

 何を言い出したんだこいつ。

 俺はポカンと口を開けた。百合根たちの頭の上にも疑問符が浮かんでいるようだった。

 椿の言葉の意味を飲み込む前に、肩にあった温もりが滑り降りて、俺の手に触れてくる。

「そろそろ帰りましょう!」

 指と指が絡み合い、俺はいつのまにか椿と手をつないでいた。
 驚きすぎて、俺は手を振りほどこうとしてしまう。

「つ、つ、椿っ?」

 大きな手にしっかりと握りしめられていて、全く離れる気配がない。
 大混乱する俺の手を引っ張って、椿は教室を出て行ってしまった。

 繋いだ手が熱い。握り返すことなんて、できなかった。

 そこから腕を伝って、腹や足、胸や首や顔にまで。全身が燃えるように熱くなっていく。

 その上に、廊下でいろんな生徒が振り返るのを感じる。
 俺はもう、沸騰して蒸発しそうだった。

「幸哉先輩」

 前を歩く椿に、不意に呼ばれる。
 俺は俯いたまま、それはそれは小さい声で返事をした。

「な、なに?」
「俺がいつでも一番、先輩のことすごいと思ってるしいっぱい褒めますから」
「う、うん?」

 椿、俺はお前が何を考えているのかさっぱりわからないよ。

 わからないけど、嬉しいんだ。
 お前が俺のことを褒めてくれるのが一番嬉しいって、さっきわかったんだ。
 手を繋いでくれてるのだって、恥ずかしいけど、嬉しいんだ。

(それに……)

 俺はなんとか気持ちを伝えようと、震える唇を開いた。

「俺も……お前のこと、一番に褒めたかったって……さっきスミレさんたちに先に褒められてるの見て思った」
「……そ……そっかぁ」

 俺には椿の後ろ姿しか見えないけれど。
 高いところにある耳と首が、真っ赤なのに気がついてしまった。
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