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初夜の翌朝隣を見たらもぬけの殻だった攻めの話
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朝、目が覚めたら隣にいるはずの愛おしい子がどこにもいなかった。控えめに言って悪夢そのものだ。
俺は煙草の煙を肺にたっぷりと吸い込み、ゆっくりと吐き出した。シーツはとうの昔に冷え切っていたが、未練がましく空いた手があの子が居たはずの場所を何度もなぞる。
世界でいちばん可愛くて、大事に大事にしてきた子だった。待ち続けて、ようやく籍を入れる日が来たのだ。
ぐしゃりと髪をかき回す。ふーっと長い息を吐き出すと、俺は低い声で言った。
「絶対に、見つけて結婚する」
俺、神崎恵は対外的には神崎家本家の長男、ということになっている。対外的、という時点でお察しだが本当の俺の母親はどこかの娼婦だった。なかなか子宝に恵まれず、周囲の圧力に負けヤケを起こした父が抱いた女が一夜で孕んだのが俺である。物心着く頃にはその事実を知っていて、優しい母が本当の母親ではないことを悩んだこともあったけれど、実子ではない俺を慈しんで育ててくれた母のおかげで家族仲は概ね良好だった。
問題は本家の爺さん――俺から見れば祖父にあたる――と、その取り巻きである。
血縁を重んじる神崎家にとって俺の存在は恥そのものだった、らしい。これが一部の人間しか知らないようであればまた違ったのだろうが、幼い俺が自分の出自を知っているということは、当然周りの大人も知っているのである。
爺さん達は妾の子である俺が神崎家を継ぐことに難色を示していた。
俺が高校生になり進路の選択を迫られる頃になってなお、父さんと爺さん達は跡継ぎ問題で散々揉め、最終的に大学進学後まもなく、弟が産まれた。今度はちゃんと父と母の子だ。父からは申し訳ないと頭を下げられたが、母も含め彼らが大変だったのは傍で見ていた俺が1番よく知っているし、もとより俺自身、地位や金にそこまで執着があるわけでもなかったから、それならそれで構わなかったのだ。しかし、面倒なことにそうは問屋が卸さなかった。
神崎家の業績がいよいよまずいところまできていたのである。
加えて、自分で言うのもなんだが、俺は能力だけはやたらと高かった。
爺さんにとっては業腹なことに、神崎の者の中で俺より優秀な人間が存在しなかったのだ。
と、いう経緯があって俺が神崎家を継ぐことになった訳だが、俺の子供は求められていなかった。何なら爺さん達は俺が子供を作ることを恐れている節さえあった。乗っ取られるとでも思っていたのだろう。そんな面倒なことはしないというのに。
しかし俺が何度神崎家に興味はないと言おうが頭の硬い爺共が心の底から納得するはずがない。俺を恐れた爺さん達は、俺の結婚相手に男を宛てがうことにしたのである。
白羽の矢が立ったのが、小鳥遊家の今年15になる末っ子だった。
爺さんたちの筋書きはこうだ。俺に神崎家を一時的に継がせ、同時に小鳥遊家からも援助を得る。弟が育ってきた頃に俺は引退し弟が跡を継ぐ。妾の子であるお前なんかには男がお似合いだ、という意図もあったのだと思う。社交界では未だ旧時代のように血統が持て囃されているから。
クソの掃き溜めのようなシナリオだな。俺の友人が放った一言である。概ね同意する。
小鳥遊家からは相当な抗議があったという。そりゃそうだ。まだ15歳の子どもを20代とはいえ8歳年上の男に嫁がせるなんて普通の感覚ならさせるはずがない。そもそも末っ子を目に入れても痛くないほど可愛がっていると噂のあの家にとっては考えられないことだろう。そうでなくても俺の微妙な立場は社交界では有名で、そんな男の元に嫁ぐことになればその子が苦労するのは目に見えていた。
俺に関していえば幸か不幸か恋愛対象に性別は関係なく、結婚相手が女だろうが男だろうがどちらでも良かったのだが、さすがに8歳下の子供に欲情するようなクソ野郎じゃない。その子だって男の婚約者なんて嫌だろう。どうにかしてなかったことにしてやりたかったが、大学を卒業したばかりの、まだ子どもの領分を抜けきれていなかった俺の立場は弱かった。俺にできたのはせいぜい釣書用の写真をできるだけ印象が悪くなるように映るくらいだった。
仕方ないから行くだけ行ってさっさと断りを入れて帰ってこよう。それがお互いのためだーー最初は、本気でそう思っていたのだ。
「ごめんね、学生は握手なんてしないよね」
「い、いえっ、すみません…」
そう言って直巳くんは視線を下に落としてしまった。さらり、と髪の毛が流れて細い項が顕になる。真っ赤に染まったそれを見て、俺は目を細めた。ほんの少しだけ彼の手を握る力が強くなる。
直巳くんは蚊の鳴くような声で名前を名乗ると、そろりと顔を上げた。
「よろしくお願いします」
「…………」
震える語尾で、それでも俺の顔を見ようとするところが堪らなくいじらしかった。直巳くんと俺はかなり身長差があるから、俺の顔を見ようとすると彼は必然的に上目遣いになる。
うっすらと膜を張ったその瞳を見て、俺は潔く認めることにした。
一目惚れだ。絶対結婚する。
俺は煙草の煙を肺にたっぷりと吸い込み、ゆっくりと吐き出した。シーツはとうの昔に冷え切っていたが、未練がましく空いた手があの子が居たはずの場所を何度もなぞる。
世界でいちばん可愛くて、大事に大事にしてきた子だった。待ち続けて、ようやく籍を入れる日が来たのだ。
ぐしゃりと髪をかき回す。ふーっと長い息を吐き出すと、俺は低い声で言った。
「絶対に、見つけて結婚する」
俺、神崎恵は対外的には神崎家本家の長男、ということになっている。対外的、という時点でお察しだが本当の俺の母親はどこかの娼婦だった。なかなか子宝に恵まれず、周囲の圧力に負けヤケを起こした父が抱いた女が一夜で孕んだのが俺である。物心着く頃にはその事実を知っていて、優しい母が本当の母親ではないことを悩んだこともあったけれど、実子ではない俺を慈しんで育ててくれた母のおかげで家族仲は概ね良好だった。
問題は本家の爺さん――俺から見れば祖父にあたる――と、その取り巻きである。
血縁を重んじる神崎家にとって俺の存在は恥そのものだった、らしい。これが一部の人間しか知らないようであればまた違ったのだろうが、幼い俺が自分の出自を知っているということは、当然周りの大人も知っているのである。
爺さん達は妾の子である俺が神崎家を継ぐことに難色を示していた。
俺が高校生になり進路の選択を迫られる頃になってなお、父さんと爺さん達は跡継ぎ問題で散々揉め、最終的に大学進学後まもなく、弟が産まれた。今度はちゃんと父と母の子だ。父からは申し訳ないと頭を下げられたが、母も含め彼らが大変だったのは傍で見ていた俺が1番よく知っているし、もとより俺自身、地位や金にそこまで執着があるわけでもなかったから、それならそれで構わなかったのだ。しかし、面倒なことにそうは問屋が卸さなかった。
神崎家の業績がいよいよまずいところまできていたのである。
加えて、自分で言うのもなんだが、俺は能力だけはやたらと高かった。
爺さんにとっては業腹なことに、神崎の者の中で俺より優秀な人間が存在しなかったのだ。
と、いう経緯があって俺が神崎家を継ぐことになった訳だが、俺の子供は求められていなかった。何なら爺さん達は俺が子供を作ることを恐れている節さえあった。乗っ取られるとでも思っていたのだろう。そんな面倒なことはしないというのに。
しかし俺が何度神崎家に興味はないと言おうが頭の硬い爺共が心の底から納得するはずがない。俺を恐れた爺さん達は、俺の結婚相手に男を宛てがうことにしたのである。
白羽の矢が立ったのが、小鳥遊家の今年15になる末っ子だった。
爺さんたちの筋書きはこうだ。俺に神崎家を一時的に継がせ、同時に小鳥遊家からも援助を得る。弟が育ってきた頃に俺は引退し弟が跡を継ぐ。妾の子であるお前なんかには男がお似合いだ、という意図もあったのだと思う。社交界では未だ旧時代のように血統が持て囃されているから。
クソの掃き溜めのようなシナリオだな。俺の友人が放った一言である。概ね同意する。
小鳥遊家からは相当な抗議があったという。そりゃそうだ。まだ15歳の子どもを20代とはいえ8歳年上の男に嫁がせるなんて普通の感覚ならさせるはずがない。そもそも末っ子を目に入れても痛くないほど可愛がっていると噂のあの家にとっては考えられないことだろう。そうでなくても俺の微妙な立場は社交界では有名で、そんな男の元に嫁ぐことになればその子が苦労するのは目に見えていた。
俺に関していえば幸か不幸か恋愛対象に性別は関係なく、結婚相手が女だろうが男だろうがどちらでも良かったのだが、さすがに8歳下の子供に欲情するようなクソ野郎じゃない。その子だって男の婚約者なんて嫌だろう。どうにかしてなかったことにしてやりたかったが、大学を卒業したばかりの、まだ子どもの領分を抜けきれていなかった俺の立場は弱かった。俺にできたのはせいぜい釣書用の写真をできるだけ印象が悪くなるように映るくらいだった。
仕方ないから行くだけ行ってさっさと断りを入れて帰ってこよう。それがお互いのためだーー最初は、本気でそう思っていたのだ。
「ごめんね、学生は握手なんてしないよね」
「い、いえっ、すみません…」
そう言って直巳くんは視線を下に落としてしまった。さらり、と髪の毛が流れて細い項が顕になる。真っ赤に染まったそれを見て、俺は目を細めた。ほんの少しだけ彼の手を握る力が強くなる。
直巳くんは蚊の鳴くような声で名前を名乗ると、そろりと顔を上げた。
「よろしくお願いします」
「…………」
震える語尾で、それでも俺の顔を見ようとするところが堪らなくいじらしかった。直巳くんと俺はかなり身長差があるから、俺の顔を見ようとすると彼は必然的に上目遣いになる。
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