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時価マイナス1000万
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しおりを挟む――と、いうノヴァとの会話を思い出したアオイは、目の前に座った美しい男に尋ねた。
「旦那様は僕を抱きたいですか?」
昨日に続き、今夜はいの一番にサロンにやってきた男と別室に移動したアオイは、じっと男の様子を伺っていた。
注意深く男を観察して、気づいたことがある。
男から性の匂いをまったく感じないのだ。
美の権化と言っても差し支えないほど美しい顔に誤魔化されてる可能性はもちろんある。あるけど、聡いアオイがここまで気づかないのだから男はそういった欲求が希薄なのだろう。
だからかな、とアオイは思った。知り合って日の浅い男に対して随分気を許している自覚はあったが、男から性の匂いを感じないのも大きな理由の一つなのだろう。彼からは純粋な好意しか感じない。アオイは、男と過ごす時間を好ましく思うようになっていた。金払いの良い良客というとこもポイントが高い。というかそこが1番重要だ。
なので絶対に男の機嫌を損ねる訳にはいかないのだが、敢えて言葉を選ばず直球で聞いたのは面倒だったからだ。
異世界生活3ヶ月目、未だ初心者マークが外れないアオイの常識は周りとちょっとずれている。するとどうなるか、意図せず失礼をぶちかましてしまうのである。もうしょうがないから失言があっても愛嬌でどうにかする愛されキャラの方向に持って行ったほうが楽だな、というのがアオイの出した結論であった。しっかりしてそうなのに意外と抜けている、というのもまあキャラとしては悪くない。はずだ。
たぶんいけると踏んでこの居心地の良い関係をぶち壊しかねないギリギリの発言を放り込んでみたわけだが、アオイの予想通り、男は少し驚いた程度で不快には思っていないようだった。
男は「あー……」と言い淀むと、視線をアオイからグラスに滑らせた。中の氷を揺らしながら、男は考え込んでいる。ややあって、男は唇を湿らせるとゆっくりと話し始めた。
「……ここが、そういう場所なのはもちろん知っています」
カラン、と氷が音を立てる。アオイは男を上目遣いで伺いながら小さく頷いた。
「ロージーとは昔からの知り合いだという話はしましたっけ?」
「詳しくは聞いていません。でも、知り合いなんだろうな、とは……」
「はい、私たちは古い知己になります。彼女がこの娼館を立ち上げる以前からの付き合いになるのでもうはちじゅ……」
「はちじゅう?!」
男の言葉を遮るようにアオイは素っ頓狂な声を上げた。アオイの声に男がしまった、という顔をしたが、アオイの意識は既に娼館の女主人、不朽の魔女で埋め尽くされてる。いや、マジであのババア本当に何歳なんだよ!
「失礼、今のは聞かなかったことにしてください」
「今日イチの衝撃なのでちょっと無理そうです」
「あはは、まあそうですよね。彼女、そんな歳には見えませんし」
それを言うなら目の前の男もそうなのだが、アオイは敢えて言及せずに「そうですね」と相槌を打った。心を落ち着けるために酒に口をつけ、顔を顰めた。うげえ何これ苦い! 最悪!
アオイの百面相を見ていた男が目を細める。
「ふふ、今日の酒は口に合いませんでしたか?」
「……旦那様は好きですか?」
グラスを両手に持ちながらアオイは首を傾げた。男は不思議そうな顔をしながらも頷いた。
「私は好きですよ」
「じゃああげます」
アオイは男の手に堂々とグラスを押し付けた。男が堪えられないというように吹き出す。
「ふっ、くくっ……、君はほんとに……」
「旦那様?」
「なんでもありませんよ、どうもありがとう。それじゃあもらいますね」
「はい。ところで話を戻しますけど旦那様は僕のこと、抱きたいですか?」
「君、意外と遠慮がないんですねえ」
「……こんな僕は嫌いですか?」
「いいえ、どんなアオイも可愛いですよ。それで、そう、アオイを抱きたいか、ですよね」
そうですねえ、と男はアオイから渡されたグラスを置くと、足を組み替えた。
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