俺嫌な奴になります。

コトナガレ ガク

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らぶこめ

第百三十二話 妹来襲

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「にいさん、起きて。もう朝だよ」
 珈琲の香りに鼻を擽られ柔らかい手に揺らされる。
 もう少し寝かせてくれ。
 事件の後始末に関係各所を走り回って頭を下げて宥めて脅して交渉して足が棒になり腰が軋む。如月さんなら泣きつけば何だかんだで助けてくれただろうが、それじゃ借りが出来る。借りが出来ると言うことは、それだけ柵が増える。柵一つで自由が一つ消える。それが俺には耐えられない。自由に生きるも楽じゃない。
 幸い今日は任務も大学も無い。よって無理して起きる必要は全く無い。だらだら昼頃起きて近所の飯屋で済ませたい。仕事に疲れた中年サラリーマンみたいだが、それが出来るのも勝ちとった自由があればこそ。
「もう~兄さんは甘えん坊なんだから。折角の朝ご飯が冷めちゃうでしょ」
 俺が甘えん坊? 何を言う俺ほど自分に厳しい男はいないと自負しているというのに。まったくこうやって俺にじゃれついてくる妹こそ、甘えん坊だろうに。
 妹?
 深い眠りの夢の国から現世に浮き上がってくるにつれ、頭に血が周る。脳細胞が夢現の思考から現実の思考に変わっていく。
 俺に妹はいない。
「誰だ」
 布団を跳ね上げ起き上がると、そこにはショートのおかっぱ少女がいた。
「おはよう、にいさん。もうすぐパンが焼けるよ」
 ざっと見中学生くらい。ハーフのような顔立ち。ブラウンの髪に赤い目、そして白人種のように白く黄色人種のように滑らかな肌を持つ少女。間違いないクイオトコ事件で遭遇した魔の少女だ。
「何をしている?」
 学生との兼業でこの仕事を始めてから布団の下に隠してあるナイフにそっと手を伸ばす。流石に枕元に銃を置くのは暴発や寝惚けて引き金を引いてしまうのが怖く、そこまでの鋼の精神は獲得出来ていない。だがこのナイフとて伊達じゃ無い。帝都大学理系の叡智を結集した何でも切れる刀をコンセプトに、開発中の超合金の上に特殊コーティングをした一品。鋼鉄くらいなら木でも切るように切断出来る。
 魔人相手でも十分通用するだろうが、そもそも当てられるかどうかが問題だ。会話で糸口を探りつつの、不意打ちしか活路は無い。
「妹が兄さんのお世話をするのがそんなに不思議?」
 少女は小首を傾げつつ、どこか素っ気ないようにも聞こえる感情の起伏が乏しい口調で答える。
 本当に妹ならな。いや本当の妹ならそんなことありえない。現実に妹がいる奴から聞いた話じゃ、二次創作の妹は妹がいない奴が描いた幻想に過ぎないと断定する。
 それにしても少女、少女か、それも何だか呼びにくい。油断を誘うためにも少しは茶番に乗っていくか。
「なら妹の名前を忘れてしまった寝坊助兄さんに名前を教えてくれないか?」
「そう。しょうがない兄さんね。
 私は早乙女 燦、忘れないでよね」
「俺の名前は果無 迫。いきなり名字が違うぞ」
「血の繫がらない妹設定なの」
 俺の指摘に焦ること無く棒読みに近い平坦さで答える。
「悪いがそんなデリバリーサービスを頼んだ覚えは無い」
 これで間違えましたと帰ってくれたら、俺も今朝のことは忘れてまた寝れる。
「そう。妹は好みじゃ無い? なら幼なじみの方が良かった。それとも幼妻」
 小首を傾げる燦の姿は子犬の様で、取り敢えず俺を闇討ちしに来たようには感じられない。感じられないが油断は出来ない。ユガミや魔人の思考回路は常人とは違う、互換性の無い別OS並みに違う。何が切っ掛けでバグるか分かったもんじゃ無い。死にたくなければ油断はするな。
「よーし、その設定については後で相談に乗ってやるから、取り敢えず何をしに来た?」
「朝ご飯を作りに来た。愛する妹の手作りご飯が冷めるわよ」
「兄さんはもう少し前の理由が知りたいな。
 だからなぜ作りに来た?」
「だって、全然会いに来てくれないんだもん」
 腰を捻って流し目で此方を見つつ恋人が会いに来てくれないと拗ねた感じで燦は言う。
「なぜ俺が会いに行かねばならない」
 そんな義務は無かった思う。工場で見付けて保護はしたかも知れないが、その後はしかるべき人を通して施設に預けられたのを確認して義務は果たした。悪いがその後の幸せは自力で勝ちとって欲しい。
 まあ今は少し後悔している。調査報告書くらい取り寄せて読んでおくべきだった。
「あら見逃してあげたじゃない」
 油断はしない、してなかったはずなのに、ナイフを構えることすら出来なかった。
 気付いた時には俺の懐に入り込んだ燦に俺の心臓の辺りを愛おしそうに撫でられ、全身の鳥肌が立つ。
 思い出されるは此奴の怪力、今その気になれば俺の肋は砕け心臓が握り潰される。抵抗どころか反応すら出来ずに命を掴まれる、つくづく俺は凡人だな。
 そして、少しは自信がある頭脳だが寝惚けていたようだ。此奴はこれが欲しいと出会ったときから言っていた。そんな大事なことを忘れていた。
 さて命を掴まれどうするか、下手な対応はクソゲー並みのデットエンド。
「会いに来てくれても罰は当たらないと思うけど。 
 まあ、今は可愛い妹設定なので、笑って許してあげるわ」
 燦は俺を見上げる顔は台詞とは裏腹いまいち笑ってない。人形のようにどこか作り物めいた可愛い顔だが無表情、だがその無表情の仮面の下に親愛があると信じるしか今は無い。
「可愛い妹で良かったよ」
 乗った俺は今全力でこの茶番妹設定に乗った。俺は震えを抑える手で燦の頭を撫でてやる。
「あれから考えたわ。
 どうしたら貴方が私にくれるのか。色々考えても考えても思い付かなかったけど、ある時親切な職員のおねーさんが退屈しのぎにどうぞってマンガを貸してくれたの」
 撫で続ける指が梳くブラウンの髪は柔らかく気持ちいい。
「そうなんだ」
 何でマンガを読むと妹になるんだよ。理系にはその整合性が分からない。
「そうしたら真理が書いてあったわ」
 空いたもう一方の片手で背中をぽんぽんと叩く。
 う~ん、この体勢この心地良さ。昔飼っていた犬を抱いている時を思い出す。良くこうして犬が満足するまであやしてやったものだ。
「そりゃ凄いな。どんな真理だ?」
「愛は全て。
 愛する者のためなら命すら捧げる」
 まあマンガアニメ小説、物語全般によくある月並みな話だ。
「そこまで愛せたら幸せ者だ」 
 俺はこの自我が失われるなんて、考えただけで気が狂いそうになる。愛も愛する自我が合ってこそじゃないのか? 
 俺がそこまで人を愛したことが無いだけかも知れないが、俺には狂気にしか感じられない。だが一方でそこまで狂えて死ねことこそ、死を克服する方法にも思える。
「それで世の男性の人気ナンバーワンの妹になってみることにしたの」
「世の男はシスコンだらけか」
 それとも俺がシスコンに見えたのか? 
「どうグッときた、愛した?」
 設定はいいかもしれないが演技は大根、いまいち台詞に感情が込められてないな。可愛い妹と言うより一時期流行の無表情ヒロインに近い。
「残念。愛とはそんな簡単に得られるもじゃない。積み重ねこそ大事なんだよ」
「おおっその台詞、どっかのマンガにあった」
「そうか」
「積み重ねるため、食事にしましょ、にいさん」
「はいはい」
 燦は俺の懐から離れ台所に向かう、ほっと一息タイトロープを渡り切った開放感に包まれる。
 ここで窓から飛び出し逃げるべきか?
 いや追ってくる。確実に怒りを買う。まともにやっては逃げ切れない。
 ここはもう少し茶番に付き合うが吉だな。
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