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雨は女の涙
第百七十四話 鷹の心
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「そう緊張するな」
男は前に出てきて体の輪郭は辛うじて見えてくるが、顔は相変わらず建物の影に潜んで分からない。
闇が蠢めく声が響いてくる。
足下から泥沼に沈んでいくかの如く体も思考も鈍くなっていく。
此奴が黒幕に違いない。此奴が下っ端であってたまるか。此奴以上の悪党なんぞ俺の手に負えるものじゃない。
兎に角予定より早いが黒幕を引っ張り出すことに成功してしまったようだ。
だが、どうする?
ここで終わらせようとクイックドロウしたところで、残念ながら俺の腕では当てられる可能性は低い。
足にでも当たれば上々。
当たり所が悪くて殺してしまったとして中々。退魔官の特権で不問に出来るし、何よりもこんな奴に恨みを抱えられるよりはずっといい。
だが、外れたらどうなる? 恨みを買った上に逃げられるという最悪の結果になり、もう二度と黒幕を引っ張り出すことは出来なくなる。そして俺は報復に怯える日々を過ごすのか。
当たれば天国外れれば地獄、賭の要素が強くて好みじゃない。
なら確実な手段を選んで、今すぐ工藤達に検問を張るように指示したとしても誰を捕まえればいいのか指示できない。
ちっ俺は何をテンパって焦っている。
見事黒幕を引っ張り出したというのに、王手をかけるどころか追い詰められている。
声だけで恐怖し、心が折られ掛かっている。
折れてしまって、はいはいと相手の要求を飲んでこの場から逃げたいと思っている。
駄目だ。
折れた心じゃ今日は良くても明日は来ない。
ならば壊れてしまった心で活路を見出す。
人間に感情を捨てることは出来ない。
だから心を鷹にする。
大空に舞い上がらせ恐怖も喜びも俯瞰で捕らえて判断する。
二次元なら袋小路でも三次元なら飛び越せばいい。
すーーーーーーーーと心が冷えていき、クールに合理的に一本の道が導き出せる。
まずは顔の確認が第一優先。
こんな当たり前過ぎることすら恐怖に飲まれ掛かり判断出来なくなっていたのか。
心を鷹に、ここからが本番クールな綱渡りの始まりだ。
「おやおや、渋い声のダンディーは一体誰なんですかね」
おどけた態度で焦らず自然に顔を拝んでやろうと一歩踏み出そうとして首筋に焼けるような感覚が走った。
慌てて振り返れば、さっと二階の鉄骨の裏に回り込む人影が見えた。
「ほう、良く気付いたな。おかげで弾が一発無駄にならないで済んだぞ。
忠告しておこう、俺の顔を見ようなどと思うな」
手強い。こんなチンピラ合谷達など最初から護衛にも成らないと相手にしていない。鉄壁の布陣で、上部にスナイパーを陣取らせていた。遮蔽物のない一階のほぼ中央部にいる俺はこれでほぼ詰みに近くなる。顔が見れても生きて帰れなければ意味が無い。
もはや作戦は最低ライン、生きてここから帰ることに注力するべきか。
「貴方の顔と命では釣り合いませんから忠告に従いましょう。
それで何の用ですか、ななしさん」
俺は両手を挙げながら言う。
恐怖を揺り起こす声だが、会話をしなければ活路も見いだせない。
恐怖に捕まらないように高く高く羽ばたかせ挑んでいく。
「くっく、意外と根性が太い。合谷君よりよっぽど肝が据わっている。
褒美だ。
私の名はフォン、覚えておくといい」
褒美と言いつつ、どう聞いても偽名じゃないか。いや、これは闇では知られる通り名なのかも知れない。
フォン、この名を知れただけでも大収穫、ここで逃げてもお釣りが来る。
「フォンさんですか、それで肝心の用件は何ですか?」
「私と契約しろ」
「上納金を納めろと」
完全に見下された対応、初対面で命令かよ。
むかつくが、要求自体はフォンはこれでメシを食っているんだ、予想通りと言える。
何があったか知らないが、合谷め俺を新しい生け贄としてフォンに差し出したな。命の恩人でも自分が助かる為なら躊躇いなく平然と弾除けに出来る。
いやはや、俺なんぞより実に合理的。
いやいや、俺の知る実に人間という生き物だ。
時雨と出会わなければ俺は人間とはそういう物だと思っていたんだ別に今更驚くことじゃない。
それでも胸の奥から気持ちが湧き出して、銀髪の少女に協力したくなる。
「その言葉は正確じゃない。
コンサルティング料だ。
いいか、二度は訂正しないぞ」
例え捕まったとしてもコンサルティング料を貰っていただけと主張する訳ね。
こんな悪党しか居ないような場所での会話でもこの気の使いよう。大物は剛胆で細かいことを気にしないというのは、映画などに毒された偏見。
細部にこそ神は宿る。大物ほど細かいところにまで神経を行き届かせてくる。
「コンサルティング料と言うからには、私に一体どんな得があるのでしょうか?」
其方が拘った細部を逆手に取らせて貰う。上納金じゃ、この返しは出来ない。
「そこの合谷君も私のアドバイスのおかげでトラブルもなく順調にビジネスを続けられている。
この意味が分からないほど馬鹿でないことを祈る」
断れば、お前自身がトラブルとなって襲ってくるんだろ。ヤクザが払わせるミカジメ料と何ら変わりが無い。この場で断れば、容赦なくヘッドショットされそうだ。
分かりますよ、空気を読む日本人らしく全て察している。
「そうですか?」
それでも俺は敢えて疑問を呈した。
ここで承諾してしまえば、この場においては一先ず俺は助かるがフォンはまた闇に潜っていまい、次の機会が訪れかすら分からない。
勝負は、次じゃない今。
引き摺り出すには、ここで命を秤に乗せてでも勝負するしかない。
もはや工藤とかどうとか関係ない。
俺には分かる、此奴は関わった周りの人間全てを不幸にする悪という毒。合谷達も庇護でもして貰っているつもりだろうが、逆だ。それとなく気付かないうちに地獄に行進させられているだけ。今回の結果は当然の帰結とも言える。
関わってしまった以上、もはや俺が不幸に沈むかフォンが消えるかのどちらかしかない。
「何がだね」
フォンの口調こそ丁寧な紳士然だが、一気にトリガーに指が掛かったように空気が緊張した。
「現に合谷さんは、トラブルがあったからと私と商談をした。
貴方で無く私を選んだ。
コンサルティングとして信頼されてないんじゃないですか?」
「おっおい、鏡剪」
合谷が自分に火の粉が飛びそうになって慌てて俺の口を閉じさせようとするが俺は無視する。
「ふむ、下らない虚勢だったら聞く価値も無かったが、中々興が乗る。
もう少し囀ることを許そう」
どこまでも上からの目線で来るが、それしか出来まい。ここで激昂でもしてしまえば己の信用の無さを認めたことになる。合谷の前じゃ死んでも出来まい。
「トラブルが起きるのはしょうが無い、トラブルのないビジネスなど無いですからね。
大事なのは起きたときにどう対応するか、それこそが有能か無能かを分ける。
是非、あなたが有能であると示して欲しい。
そうすれば喜んで払いましょう。私もそれでビジネスを続ける上で降りかかってくるトラブルが避けられるのなら安いものです」
俺は当たり前のことを当たり前に要求している。
こんな当たり前のことすら恐怖に飲まれた奴なら出来ずに、唯々諾々とサインをする。
「どう示せと? 具体的に言ってみろ」
こんな要求をする奴は初めてなのか、怒るどころかどこか面白がっている響きがある。
「合谷さん達を襲撃している犯人を一週間で私の前に生きて連れてきて下さい。
死体では駄目ですよ。死体じゃ真実は分からないし、そこらで簡単に調達出来てしまいますからね」
俺は指を一本立ててフォンの方に見せ付けつつ、適当な物言わぬ死体では騙されないと念押しておく。
ビジネスらしくきちんと期限を切って明確な条件を出す。いい仕事をした。
「正論を振り翳していい気になっているかも知れないが、それは私を試すことだと気付いているのか?」
「勿論。ビジネスなら当然のことかと、妥協はありません」
吟味でもするのか白い輪の穴が閉ざされ完全な闇が表れる。
しばしの静寂。
しばしの命の猶予。
どんな判決をしたのか天意を伝えるかの如く白い輪が表れる。
「いい根性だ、興が乗った。
なら私を試す資格があるのか試させて貰おう。
ここから生きて帰ってみろ、さすればその賭け乗ってやろう」
やった、歓喜に心が躍る。
俺はフォンを闇の底から俺の土俵に引っ張り上げた。
ビリッと首筋を振るわす殺気に合わせて俺は無駄にならなかった仕込みを起動させた。
男は前に出てきて体の輪郭は辛うじて見えてくるが、顔は相変わらず建物の影に潜んで分からない。
闇が蠢めく声が響いてくる。
足下から泥沼に沈んでいくかの如く体も思考も鈍くなっていく。
此奴が黒幕に違いない。此奴が下っ端であってたまるか。此奴以上の悪党なんぞ俺の手に負えるものじゃない。
兎に角予定より早いが黒幕を引っ張り出すことに成功してしまったようだ。
だが、どうする?
ここで終わらせようとクイックドロウしたところで、残念ながら俺の腕では当てられる可能性は低い。
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だが、外れたらどうなる? 恨みを買った上に逃げられるという最悪の結果になり、もう二度と黒幕を引っ張り出すことは出来なくなる。そして俺は報復に怯える日々を過ごすのか。
当たれば天国外れれば地獄、賭の要素が強くて好みじゃない。
なら確実な手段を選んで、今すぐ工藤達に検問を張るように指示したとしても誰を捕まえればいいのか指示できない。
ちっ俺は何をテンパって焦っている。
見事黒幕を引っ張り出したというのに、王手をかけるどころか追い詰められている。
声だけで恐怖し、心が折られ掛かっている。
折れてしまって、はいはいと相手の要求を飲んでこの場から逃げたいと思っている。
駄目だ。
折れた心じゃ今日は良くても明日は来ない。
ならば壊れてしまった心で活路を見出す。
人間に感情を捨てることは出来ない。
だから心を鷹にする。
大空に舞い上がらせ恐怖も喜びも俯瞰で捕らえて判断する。
二次元なら袋小路でも三次元なら飛び越せばいい。
すーーーーーーーーと心が冷えていき、クールに合理的に一本の道が導き出せる。
まずは顔の確認が第一優先。
こんな当たり前過ぎることすら恐怖に飲まれ掛かり判断出来なくなっていたのか。
心を鷹に、ここからが本番クールな綱渡りの始まりだ。
「おやおや、渋い声のダンディーは一体誰なんですかね」
おどけた態度で焦らず自然に顔を拝んでやろうと一歩踏み出そうとして首筋に焼けるような感覚が走った。
慌てて振り返れば、さっと二階の鉄骨の裏に回り込む人影が見えた。
「ほう、良く気付いたな。おかげで弾が一発無駄にならないで済んだぞ。
忠告しておこう、俺の顔を見ようなどと思うな」
手強い。こんなチンピラ合谷達など最初から護衛にも成らないと相手にしていない。鉄壁の布陣で、上部にスナイパーを陣取らせていた。遮蔽物のない一階のほぼ中央部にいる俺はこれでほぼ詰みに近くなる。顔が見れても生きて帰れなければ意味が無い。
もはや作戦は最低ライン、生きてここから帰ることに注力するべきか。
「貴方の顔と命では釣り合いませんから忠告に従いましょう。
それで何の用ですか、ななしさん」
俺は両手を挙げながら言う。
恐怖を揺り起こす声だが、会話をしなければ活路も見いだせない。
恐怖に捕まらないように高く高く羽ばたかせ挑んでいく。
「くっく、意外と根性が太い。合谷君よりよっぽど肝が据わっている。
褒美だ。
私の名はフォン、覚えておくといい」
褒美と言いつつ、どう聞いても偽名じゃないか。いや、これは闇では知られる通り名なのかも知れない。
フォン、この名を知れただけでも大収穫、ここで逃げてもお釣りが来る。
「フォンさんですか、それで肝心の用件は何ですか?」
「私と契約しろ」
「上納金を納めろと」
完全に見下された対応、初対面で命令かよ。
むかつくが、要求自体はフォンはこれでメシを食っているんだ、予想通りと言える。
何があったか知らないが、合谷め俺を新しい生け贄としてフォンに差し出したな。命の恩人でも自分が助かる為なら躊躇いなく平然と弾除けに出来る。
いやはや、俺なんぞより実に合理的。
いやいや、俺の知る実に人間という生き物だ。
時雨と出会わなければ俺は人間とはそういう物だと思っていたんだ別に今更驚くことじゃない。
それでも胸の奥から気持ちが湧き出して、銀髪の少女に協力したくなる。
「その言葉は正確じゃない。
コンサルティング料だ。
いいか、二度は訂正しないぞ」
例え捕まったとしてもコンサルティング料を貰っていただけと主張する訳ね。
こんな悪党しか居ないような場所での会話でもこの気の使いよう。大物は剛胆で細かいことを気にしないというのは、映画などに毒された偏見。
細部にこそ神は宿る。大物ほど細かいところにまで神経を行き届かせてくる。
「コンサルティング料と言うからには、私に一体どんな得があるのでしょうか?」
其方が拘った細部を逆手に取らせて貰う。上納金じゃ、この返しは出来ない。
「そこの合谷君も私のアドバイスのおかげでトラブルもなく順調にビジネスを続けられている。
この意味が分からないほど馬鹿でないことを祈る」
断れば、お前自身がトラブルとなって襲ってくるんだろ。ヤクザが払わせるミカジメ料と何ら変わりが無い。この場で断れば、容赦なくヘッドショットされそうだ。
分かりますよ、空気を読む日本人らしく全て察している。
「そうですか?」
それでも俺は敢えて疑問を呈した。
ここで承諾してしまえば、この場においては一先ず俺は助かるがフォンはまた闇に潜っていまい、次の機会が訪れかすら分からない。
勝負は、次じゃない今。
引き摺り出すには、ここで命を秤に乗せてでも勝負するしかない。
もはや工藤とかどうとか関係ない。
俺には分かる、此奴は関わった周りの人間全てを不幸にする悪という毒。合谷達も庇護でもして貰っているつもりだろうが、逆だ。それとなく気付かないうちに地獄に行進させられているだけ。今回の結果は当然の帰結とも言える。
関わってしまった以上、もはや俺が不幸に沈むかフォンが消えるかのどちらかしかない。
「何がだね」
フォンの口調こそ丁寧な紳士然だが、一気にトリガーに指が掛かったように空気が緊張した。
「現に合谷さんは、トラブルがあったからと私と商談をした。
貴方で無く私を選んだ。
コンサルティングとして信頼されてないんじゃないですか?」
「おっおい、鏡剪」
合谷が自分に火の粉が飛びそうになって慌てて俺の口を閉じさせようとするが俺は無視する。
「ふむ、下らない虚勢だったら聞く価値も無かったが、中々興が乗る。
もう少し囀ることを許そう」
どこまでも上からの目線で来るが、それしか出来まい。ここで激昂でもしてしまえば己の信用の無さを認めたことになる。合谷の前じゃ死んでも出来まい。
「トラブルが起きるのはしょうが無い、トラブルのないビジネスなど無いですからね。
大事なのは起きたときにどう対応するか、それこそが有能か無能かを分ける。
是非、あなたが有能であると示して欲しい。
そうすれば喜んで払いましょう。私もそれでビジネスを続ける上で降りかかってくるトラブルが避けられるのなら安いものです」
俺は当たり前のことを当たり前に要求している。
こんな当たり前のことすら恐怖に飲まれた奴なら出来ずに、唯々諾々とサインをする。
「どう示せと? 具体的に言ってみろ」
こんな要求をする奴は初めてなのか、怒るどころかどこか面白がっている響きがある。
「合谷さん達を襲撃している犯人を一週間で私の前に生きて連れてきて下さい。
死体では駄目ですよ。死体じゃ真実は分からないし、そこらで簡単に調達出来てしまいますからね」
俺は指を一本立ててフォンの方に見せ付けつつ、適当な物言わぬ死体では騙されないと念押しておく。
ビジネスらしくきちんと期限を切って明確な条件を出す。いい仕事をした。
「正論を振り翳していい気になっているかも知れないが、それは私を試すことだと気付いているのか?」
「勿論。ビジネスなら当然のことかと、妥協はありません」
吟味でもするのか白い輪の穴が閉ざされ完全な闇が表れる。
しばしの静寂。
しばしの命の猶予。
どんな判決をしたのか天意を伝えるかの如く白い輪が表れる。
「いい根性だ、興が乗った。
なら私を試す資格があるのか試させて貰おう。
ここから生きて帰ってみろ、さすればその賭け乗ってやろう」
やった、歓喜に心が躍る。
俺はフォンを闇の底から俺の土俵に引っ張り上げた。
ビリッと首筋を振るわす殺気に合わせて俺は無駄にならなかった仕込みを起動させた。
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