俺嫌な奴になります。

コトナガレ ガク

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雨は女の涙

第百八十四話 我を通す代償

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「そこまでだ」
 俺は表に回り平屋の工場の入口から堂々と入るなり重く告げた。
 下半身丸出しの歯っ欠けはお預けを食った犬のように、ニット帽は楽しみを邪魔された子供のように、会計士は助かったように、三者三様で一斉に俺に視線を向けてくる。
「女を渡して貰おう」
 三人の問い掛ける視線に応えることなく要求だけを動じることなく告げて、一歩一歩三人を盾にして雨女から隠れるようにさり気なく場所取りしつつ前に進んでいく。雨女に余計なことを言わせない為の小細工。言われたとしても対応は考えてある。
 万全だ、恐れるな。恐れが挙動に不信を生みしくじりの元になる。それに例えしくじったとしても、修羅場を潜ってきた俺なら最悪三対一でも何とかなる。だから恐れる必要など全くない。一歩一歩自信に満ちて歩み、策が成ることを祈る。
「ファンさんの使いですか? 随分と早いですね」
 会計士が俺が期待する問いかけをしてくる。問い掛けられなかったら自ら名乗るつもりだったが、向こうから自然に思ってくれた方が信頼の雰囲気が上がって、この後がやりやすい。
 やはりフォンの部下なら偉そうな方がそれっぽいだろうとした演技が功を奏している。 
「何か不服があるのか?」
 誤解してくれた波に乗って、とことん傲岸不遜で行く。
「いえ、ないです」
 元々女をいたぶるのに乗り気でなかったような会計士は素直に引く。三人の中では此奴が比較的まともか、取っ掛かりには丁度いい。
「ちょっと待ってくれよ。今いいところ何だからさ~」
 歯っ欠けが不満たらたらで文句を言ってくる。どうでもいいがズボンを上げてその汚いモノをしまって欲しい。
「それがフォンさんと何の関係がある?」
 冷たく突き放すと歯っ欠けは諦めたようにズボンを上げ始めた。此奴は基本強い者に従うタイプか、徹底的に強気で対応するのがベストだな。
「フォンさんは迎えが来るまでは好きにしていいって言ったぞ」
 今度はニット帽が錦の御旗を掲げたの如く突っかかってくる。
「だから俺が来る前のことなど何も咎めてないぞ?
 ご苦労だったな、後は俺が引き継ぐ帰っていいぞ」
 ここで此奴等を帰らせてしまい、俺がフォンの部下に雨女を引き渡す。ファンの部下への引き渡しは何とか誤魔化すしかない、会計士に化けるとか。荒唐無稽で上手くいくはずないと思うかも知れないが、此奴等は今日即席に集められた連中だ、顔をしっかり互いに認識しているかかなり怪しい。そこに付けいる。
 分かっている。それでも綱渡りのような策で、やらなくていい危険を犯しているのは自覚している。
 だがこれしか、この感情を痼りを解消し手柄も手に入れる方法は無い。我を貫くのならどちらかを諦めるじゃなく両方手に入れるやる気概無くしてどうする。
 ならば出来る出来ないかじゃない、やってやり切る。
「ぐうぅぅぅ」
 ニット帽は納得がいかない顔をして歯軋りをしている。
 ニット帽の心の中では昂ぶった下半身とフォンに反逆することのリスクを秤に掛けた天秤が揺らいでいるのだろう。
 っというか釣り合うのか? こんな仕事をさせられるような弱みと雨女をいたぶりたい気持ちが。恐怖と欲望、俺なら合理的にリスクを回避すると言いたいが、こんな事をしている身じゃあまりニット帽のことは言えないか。
 天秤を揺らす不確定なニット帽は作戦の不安要素以外のなんでもない、作戦を遂行していく為にも天秤をどっちかに振り切らせたほうがいいな。
「ご苦労だったな。まあ帰ってオナニーでもしてくれ」
 俺はニット帽の左肩を右手でまるで上司の如く偉そうにぽんぽんと叩く。
 とことん上からの態度で挑み此方が格上だと徹底的に自覚させる。
「てめえっ」
 これには頭の回路がぷっつん天秤が振り切れた。そうかニット帽の天秤はそっちに傾いたか、逆に振れてくれればお互い無駄なことをしないで済んだというのに残念だ。
 ニット帽は怒りのままに右手を振り上げるが、それに合わせて俺はニット帽の左肩を掴んで前に引き倒す。
「えっ」
 驚く顔するなよ、この程度。作用反作用、相手が右手を力一杯引く反動を利用した初歩の柔術技。狙った嵌め技が予想通り決まり面白いようにニット帽は前に倒れ、その顔が倒れる先には俺の左のニーキックがお出迎えする。
「がっ」
 俺の膝がニット帽の鼻を砕き、追撃の肘が崩れるニット帽の脊髄に決まる。
 ニット帽は悲鳴も上げずに床にドサッと崩れ落ちた。暫く入院生活下手すれば後遺症が残るだろうが、先に手を出したのは其方の公務執行妨害じゃしょうが無い。
 ふう~すっきりしたぜ。
 じゃなくて、三人の中で反抗心が高い上に不安定だったニット帽を合理的判断でまず排除した。これで今後の仕事がスムーズになるはず。
「おい、追加の仕事だ此奴をどこかに片付けろ」
 唖然とする二人が何か言い出す前に気勢を制す。
「はっいえ、あの」
「何か文句でもあるのか?」
 逆らえば殺すくらいの重い気持ちの乗せた台詞を吐いて睨み付ける。
 決まった。俺は役者でも喰っていけそうだと思えるほどの感情が乗った名俳優にも劣らぬ出来映えだった。
「なっないです」
 会心の出来の台詞の効果とニット帽がいい見せしめになってくれたようで、予想以上に俺を怖がり従順になってくれる。
 これならこの後もすんなりいくか。
「あとスマフォを渡せ」
「えっ」
「フォンさんと連絡を取り合ったスマフォを渡しておけるわけ無いだろう。
 回収だ」
 此奴等とフォンとの連絡手段をそのままにしておけるわけがない。この場で何としても回収する。渋るようなら仕方が無い、残りの二人も潰す。二人はニット帽と違って荒事に慣れていない様子、だがここで油断はしない。二人同時に相手にする愚は避けて一人づつ潰していく。
 その布石としてまずは会計士だけと会話をし、歯っ欠けには自分は関係ないと錯覚させておく。
「じゃあ、この後の連絡は」
 会計士は至極まともな質問をしてくる。
「そんな心配をする必要は無い。必要なら此方から連絡をする。
 まあ、もう連絡が無いことを祈るんだな」
 連絡が無いのはフォンからの解放と詭弁を言うが、あながち詭弁でもない。
 仮にこの仕事を果たしたとして、フォンが約束通り解放しようなんて連絡をするはずがない。フォンは一度食らい付いたご馳走を逃さない。それこそ破滅するまで骨の髄までしゃぶり尽くして楽しむ。
 この先フォンから連絡が無いのは、本当に破滅から解放された証なのだ。
「分かった」
 会計士が大人しく俺にスマフォを渡そうと、懐に手を入れた時スマフォが鳴った。
 幻聴だろうが試練の始まりを告げるラッパに俺には聞こえてしまう。視界がぐらっと歪むのを感じた。
 この見計らったようなタイミング、偶然なのか?
「はい」
 俺が止める間もなく会計士はスマフォに出てしまった。
 これはもうフォン以外から掛かってきた奇跡を信じるしかない。
「はい」

「はい」

「分かりました。
 あんたにだ」
 会計士は連絡相手と二三言葉を交わすと俺にスマフォを差し出してきた。
「俺に?」
 俺は会計士からスマフォを受け取り耳に当てる。
『やあ鏡剪君』
 スマフォから悪魔の声が呼びかけきた。
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