俺嫌な奴になります。

コトナガレ ガク

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雨は女の涙

第百八十七話 ハイエナの群れ

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 おどけて見せた俺は右手を砲丸投げでもするかのように掌を上にして構え、その上にどんと荷重が掛かる。
「以外と重いな」
「男なら女の子の一人くらい笑って支えなさい」
「はいはい、よっ」
 俺の掌に乗った涼月、それを俺は砲丸でも投げるように平屋の屋根に向かって投げ、涼月は小鳥のように舞い屋根に飛び乗った。
「それで女だけでも逃がした積もりかですか?」
 山田のこの余裕裏にも兵を配置、いや工場を包囲して逃走路を潰しているな。
 願ってもない。それだけ正面に配置されている兵が少なくなってくれ各個撃破が出来ると思えば悪い状況じゃない。
「俺がそんなタイプに見えるか?」
「確かに身を呈して女を逃がすタイプには見えないですね。
 貴方は何を犠牲にしても自分だけは生き残るタイプ、私と同じだ」
「正解だ。ならこれの意味は分かるかな」
 俺がおどけて天を指差せば、涼月が踊り出す。
「天にあっては雲」
 さっと指先まで神経を研ぎ澄ませ伸ばした右掌が天に仰ぎ。
「地に墜ちては水」
 くるっと体ごと返して左掌が地を掴む。
「天の地の狭間の一時だけに雨はある」
 天を仰いで地を掴み、そのまま体を倒しつつ地を掴んだ腕一本で体を水平に保持する。
 微動だにせず水平に保持される体幹、天を掲げた腕はそのままに天と地の狭間に生きる人間を表現するかの如く体を大きく旋回する。
 美しい、こんな状況だというに魅入ってしまった。
 おっといけない。思考を戻せ。
 逃げるでもなくいきなりコンテンポラリーを踊り出す少女、どう反応をする? その反応次第で俺の付けいる隙が広がる。
「何だ、気でも狂ったのか?」
 山田のこの反応。此奴は魔を知らない。闇が浅い、人間社会のまだまっとうな闇の中で生きる悪なのか。
「だが胸騒ぎがする。さっさと男を片付けるぞ」
 だが勘はいい。修羅場を相当潜っているな。
「野郎は、まずは死ね」
 下品なオッサンが閉じた高枝鋏を槍のように俺に向かって突き込んでくる。
 速いが対応出来ないほどじゃない。辛うじて反応して後ろに飛び退いて躱したつもりだったが、俺の反応に合わせて速さが増して飛び退いた以上に穂先が伸びてくる。
「ぐっ」
 肩を突かれるが貫かれはしない。防刃防弾コートが刃から肉を守ってくれるが、肉に金属がめり込みねじ込まれる激痛は防いでくれない。だがそれで痛がるようでは生き抜けない。激痛を歯を食い縛って押さえ込み、動きが止まったチャンスに高枝鋏を掴む。
「それでどうする?」
 武器を抑えられたというのに俺を嘲笑うが、その答えは直ぐ分かる。
「きえええええええええええええええええええ」
 横手から鎌を振り上げ男が襲い掛かってくる。サムライの一対一の決闘じゃない、相手の動きを止めても自分の動きが止まれば多対一では意味は無い。
 咄嗟に俺はナイフを懐から引き抜き鎌の刃を受け止め、そのまま押し込む。
「なにっ」
 ナイフはそのままに鎌の刃を切り裂き、その勢いのままに鎌男の顔面を切り裂く。
「ぎゃあああああああああああああ」
 此奴等技はプロ並みかも知れないが道具は本当にホームセンターで買ってきたような量産品。武器から足が付かないようにした工夫かも知れないが、此方は遠慮無く武器の差を見せ付けてさせて貰う。そんな俺の過信を諌めるように手首に痺れが走り、ナイフを落としてしまった。
 何事と見れば、ホースを鞭のようにビュンビュン振り回している奴がいた。
「お前等大道芸人にでも転職したらどうだ」
「それが遺言か」
 ホース男はガラ空きとなった俺の胸元に入り込むと同時に俺の首にホースを巻き付ける。
「がっ」
 男は俺の首を絞める寸前迸る雷光に崩れ落ちる。
「悪いが男と密着する趣味はない」
 此奴等一人一人が俺より少し上、出し惜しみをした途端押し潰される。
「スタンガンか。
 お前本当に警官なのか?」
 山田が問い掛けてくる。
「びっくり人間と渡り合うんだ、色々と用意するさ」
「それは我々のことを言っているのか?」
「もっとおっかない奴らのことさ」
「?」
 虎とハイエナの群れ、どちらがより恐ろしいかは明言しかねるが、物理法則を曲げ何をしでかすか分からない魔を相手するなら手数は多いにこしたことはない。
 油断しているとでも思ったか、しゃべっている間に別の男が間合いにしれっと入り込んでくる。そっちから話し掛けておいて、おしゃべりの時間稼ぎはさせないつもりか、少しくらい休ませろ。
 熊手の如何にも皮膚を引き裂きそうな鋭いニードルの爪が眼球に迫ってくる。
「こなくそが」
 咄嗟に掌で受け止め食い込んだニードルから血が溢れるが気にせず蹴りを放つ。
「おっと」
 熊手を離し男は余裕で蹴りを躱す。
「三文手品は品切れか、よっ」
 眼球が飛び出すほどの衝撃に視界に砂嵐が走る。熊手男のハイキックが俺の横っ面にヒットしたのだ。
 足腰に力が入らない、根性でどうにもならなく崩れ落ち、気付けば口に土の味が広がっている。
「まあ、頑張った方じゃないの」
 熊手男が俺に止めを刺そうとしたとき、その頬に雨粒一つ墜ちる。
「雨か。こりゃさっさと終わらせないと」
 忌々しげに天を見上げた熊手男の視界に涼月が映る。
「善になっては天使と成り。
 悪に落ちては鬼となる」
 地上の喧噪など気にする様子など無く清冽に涼月は踊っている。
 包囲している余裕か、下手に戦力を分断しないでまずは俺を倒してからと涼月は放置されている。
 まあ至極まともな判断を山田がした結果が俺の窮地に繋がっている。
「彼氏が危ないってのに何踊ってるんだ?」
「勿論俺の為さ」
「お前っまだ意識が」
 正確にはもうだ。熊手男が雨に気を取られている内に何とか意識は戻っていた。熊手男の俺の見下ろす目が驚愕に広がるがもう遅い。
「バンッ」
 俺は引き抜いた銃口を熊手男の足に密着させると引き金を引いた。これなら外しようがあるまい。
「がやああああああああああああああああ」
 生暖かい液体が顔にべっちゃりと纏わり付いてくる気持ち悪さが気付け代わりになる。
 視界がまだうまく定まらない気を抜けば二重にぶれる。それでも寝ていては殺られるのを待つだけ生き抜くため立ち上がると山田が水の入ったバケツをぶんぶん振り回しているのが目に入った。
「窮鼠かと思えば手負いの虎でしたか。料金を見誤りましたですね」
 己を戒めるように呟く山田に悪寒が走り銃口を向けるより早く胸に衝撃が走った。
「がはっ」
 カランばしゃーころころころーーーーーーーーーーーーーーーと水を吐き出したバケツが地面を転がっていく。
 倒れた俺も地面をはひゅーーはひゅーーと打ち上げられた魚のようにのたうち回る。
 痛みより呼吸が苦しいのが辛い。酸素が回らなければ脳が働かず筋肉が動かない。
 ハイエナの群れも恐ろしい。
 今までのように一対一なら格上相手でも奇策の嵌め技を一回決めれば逆転とは行かなくても逃げるくらいなら何とかなった。だが同格の複数人を相手にしたとき連続で奇策を決めていくのは神業に近い。かといって俺が獅子神や音羽のように複数人を同時に真っ向相手取れるほどの実力をこれから修行したところで身に付けられるも思えない。
 やはり正解はこんな状況に追い込まれないだな。
 そもそも情に流され迂闊に動いたのが躓きの元とは言わない、保険が足りなかった。想定が甘かった。やはり切り札に切れるカードをもう一枚用意する周到さが足りなかった。
 反省は終わりだ。この轍を次に活かすためにもここで終わるわけにはいかない。
「はふゅー」
 立ち上がろうとするが息が抜けて力が入らない。
 誰かが助けにでも来てくれなければ確実に殺されそうだが、俺にそんな都合の良い展開が巡ってくるわけがない。
 こんな俺を助けてくれた奇跡は時雨のただ一度。
 奇跡は一度でもあれば身に余る。
 二度を期待するは愚か者の乞食。
「終わりですね。良くやった方ですよ、ほら天も健闘を称えて涙してますよ」
 山田は意外とロマンチストなのか釣られるかのように雨が段々と降り出してきている。
「止めを差させて貰います。安心して下さい、貴方の検討に敬意を称して豚の餌は辞めてちゃんと山に埋めてあげますよ」
 いらぬ気の使いよう。人間死ねば終わり、死んだ後の俺の亡骸などどうなろうと興味は無い。後は興味は無いが、どう死ぬかは納得させて貰う。
「俺は俺のもの。俺の命他人になんかに奪わせはしないぜ」
 根性で上半身だけでも起き上がればスコップを掲げた山田が見る。あれが振り下ろされれば俺の頭はスイカのように割れる。
「自決でもするのですか?」
 嘲笑う、直ぐにはスコップを振り下ろさない強者の奢り。
「半分正解。一人じゃ寂しいんでな死なば諸共よ」
 俺は最後の手品、手榴弾を取り出すと同時にピンを外し目の前に放り投げた。
「そんなものまで用意していたというのかっ」
 慌てて逃げ出す山田の背に湧き上がる爆風と爆炎が襲い掛かるのであった。
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