俺嫌な奴になります。

コトナガレ ガク

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雨は女の涙

第百九十話 幕内の話

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 果無の忠告に従い自首でもするのか思えば会計士は警察が集まる騒がしい喧噪から離れるように歩いて行く。
 その足取り。
 何かから逃げるように早くもなく。
 別に罪に耐えかねるように重くもない。
 ごく普通に歩き、深夜残業をしたサラリーマンの会社帰りに思えてしまう。
 家への近道か会計士は住宅街のエアスポット公園に入り込む。
 そこは中央に大木がある公園だった。この大木を切るのが忍びがたくて残されたような公園で、大木以外には特になにもない。
 会計士は公園に入り大木の手前まで歩くと振り返った。
「尾行が下手ですね」
「そっちは警察署じゃないぜ」
 会計士が呼び掛ける先、コートを失いボロボロとなったスーツを纏った果無が闇から表れるのであった。

「生きていたのか。
 あの死体は身代わりか? 酷いことをする」
 咄嗟に足下で気絶していたホース男を盾にすることで俺は助かった。
      生きている人間を盾にして自分が助かる。
 ここを指摘して俺の人間性を非難しているのは分かるが、俺は全く痛痒を感じない。
「互いに命を奪い合っていたんだ非難される覚えはないな」
 殺し合いをしていて、俺が勝っただけのこと。
 しかも殺しに来たのは向こうの方、何を非難されることがある?
 世の中、自分の方から仕掛けてきておいていざ同じように反撃すると途端に此方をさも悪人のように非難する輩がいる。あまりの厚顔無恥の自分勝手に呆れ果てる。
 そしてもっと信じられないのが、殺し合っていた相手でも殺してしまえば罪の意識に心を痛めるのが普通の人であると世間一般は言う。
 阿呆らしい。
 まあ心が壊れる前なら、そう感じたかもしれないが今は違う。教え込まれたあまりに加害者に強者に有利な社会通念は破棄して、俺は俺が導き出した信念で生きている。
 多分人の肉体構成というハードは同じでも、マックOSとWindowsくらいソフトという心は違うのだろう。
 もはや現代日本の社会道徳が再インストールされることはない。
 俺は己のために生きる。
「そこまで割り切れる男とは意外だな、少女を助けに来たのは演技か?」
「おいおい何を見ていたんだ。正真正銘少女を助けに颯爽と現れる正義漢だぜ」
 ほんと何のメリットを求めることなく、ただ己の正義漢だけで行動したんだ。
 これを正義のヒーローと呼ばず、何と呼ぶ?
「心を無数の虚像で覆って隠すタイプか。そういう手合いにも慣れていたつもりでだったが見事に騙されたよ」
 騙したつもりはない。どれも俺の心には違いないんだが、ここで誤解を解く利は無く誤解されたままの方が読み違いしてくれる可能性がある。
 なら敢えて否定はしない。汚名は喜んで被っていよう。
「おいおい、それだけみたいに言うなよ。お前ほどの奴を騙すんだ、命ギリギリまでレイズしたぜ」
 手榴弾から破片と火薬を少々抜いておいたとはいえ、一歩間違えれば重体、下手をすれば死んでいても可笑しくなかった。
 生と死の谷に掛けられたタイトロープ。
 本来なら絶対に渡りたくないが、そこまでしなくては引きずり出せないと判断した。
 合理的に言えば命を賭けるのは割に合わない、引くのが正解。
 だが俺が長年合理的判断とは別に修羅場を潜って磨いてきた直感が、初めて遭遇したときから何を犠牲にしても潰せと覚悟させていた。
 そうでなけりゃ、工藤の頼み程度で採算度外視の作戦なんか実行するかよ。
 経費がリターンに全く釣り合ってない。
 利の為じゃない、これは俺の人生において出会う倒すべき敵の一人だ。
「まあ珍しく運が味方してくれたようでな数カ所の打撲と火傷で済んだけどな」
 俺のことだ最低でも骨の一本や二本は折れると予想していたのが我ながら意外だ。まあいい肉盾が落ちていたのが勝因かな。
「良く歩けますね」
 予想以上の軽傷で喜んでいるというのに、此方を気遣うように言われてしまった。
 もしかして客観的に見れば、そんなに痛々しいのか俺?
「痛み止めがなければ意識を保つのが精一杯だっかもな」
 痛み止めで痛みが引くんだ大したことない。
 おかげで今は宙に浮いているように体がふわふわ感じる。こんなんじゃ目で見えない体の部位は精密な動きは出来ない、格闘戦はおろか射撃だって怪しい。
 それでも俺は来た。
「大したもんだよ、あなた。
 それでそこまでして私に何の用だ?」
「勿論お前を消すためさ」
 会計士の問いに俺は今更とばかりに当然の答えを返す。
 今までみたいにここで手打ちにしよう何て思うほど俺に余裕はない。
「警官が言っていい台詞じゃないな」
「別に今の俺は警察じゃない、死人さ」
「サムライを気取った覚悟の話か?」
「いいや、社会的な話だ。
 鏡剪は山田清掃会社との死闘で死亡、フォンは逃げられないと悟って覚悟の自殺。
 これで舞台の幕は下りた。
 これ以降役者がどんな名演技をしようがクソ展開になろうが幕内では観客には関係ない」
「だからやりたい放題出来るとでも言いたげだな。確かに死亡したことになっている者達がもう一度死んだところで警察は動かない。法も及ばない。
 つまりお前は法が及ばなければ何をしたっていいと思っているクズ人間だと公言しているの自覚してるか?」
「カッカッ人間は社会の動物、法に触れないのならそれは罪じゃない。
 法無きところに罪の概念は無い。
 なら何を遠慮する?
 まさか道徳とか言わないよな」
 はっ仁・義・礼・智・信の五徳を守って何になる。
 五徳があの時俺を救ったか。
 救ったのは己の力のみ。
「くっく、壊れてる」
「はあ~?」
「お前は合谷君達とは別の意味で壊れているよ」
「おいおい、人を捕まえて壊れているとは随分だな」
「人を殺すに際して、問題は罪を問われるかどうかだけと言いきれるお前は十分壊れているよ」
「それが遺言でいいのか?」
「なぜ私を狙う?
 まさか出会ったときから直感で分かっていたとか言わないよな」
 さっさと始めようとした俺に待ったが掛かる。白けるがまあ分からなくもない。
「安心しろそれはない。出会ったときには横領したせこい奴くらいの認識だ」
「ならどこで」
「べらべらと種明かしをするのは負けフラグっぽいんであまりしたくないな」
「そう言わず」
「ギブアンドテイク。なら俺にも教えろ」
「何を知りたい?」
「あんた何者だ?」
 実を言えばそれは全く分かってない。ただ潰すべき敵だから潰すだけ。
「確かに知りたいだろう。だが知った途端逃げられても困るんでね。私に勝てたら教えてやろう」
「それを信じろと」
「信じないのなら、勝っても知ることは出来ないぞ」
「しゃーねえ、信じよう」
 元より此奴の正体を知ることなど期待していない。
 逃げられて厄介なのは此方も同じ。俺の存在をアピールして絶対に見逃せない、この場で消すしかない敵と認識して貰いたい。
「信じてくれて嬉しいよ」
 全く嬉しさが伝わってこないし、こんな奴全く信じていない。
「なーに種明かしは簡単だ。
 一、敵は俺なんかよりずっと頭が切れる。
 二、敵は人間の業に取り付かれたどうしょうも無いジャンキー。
 以上二つを俺は確信した」
 悲しいかな弱者の本能という奴かな。蛇に睨まれた蛙が本能で死を悟り動けなくなるように、被食者は捕食者に出会った瞬間に知る。
 別に恥じる必要は無い。現実は受け入れる。
 恥じるべきはそこで動けなくなる事で、俺は諦めず必死に足掻いて頭を働かした。
「あながち否定出来ないところが悲しいが、それがどうして私に繋がる?」
「一より、俺がどんな策を弄しようが生き残る。
 つまり倒されるような奴は除外」
「おいおい、随分自分を卑下するじゃない。それとも被害妄想と言った方がいいか。
 とても私にここまで食い下がった男の台詞とは思えんな」
 卑下でも被害妄想でもない、事実を受け入れる謙虚。
「二より、何があろうと愛憎劇を見届けなくは気が済まない。つまり舞台を最後に降りる奴こそが俺の獲物というわけだ」
 損得じゃない。人の愛憎苦しみ藻掻く姿にしか満足しない究極のいじめっ子。よく知る気配故に俺には直感で分かった。
「一見理屈が通っているようだが、そんな何の根拠もない考えを元に動いていたのか?」
「そうだぜ」
 理屈より勘に近いけどな。
「舞台を最後に退場する奴を見極める為に俺は途中で退場する必要があった。俺がいたんじゃ最後に成れないからな」
 そういった意味では山田清掃会社の連中の介入は都合が良かった。あれのおかげで気の迷いで舞台に上がってしまった俺は上手く退場出来た。
「そんなことで・・・。
 今回はたまたま私一人残ったが、山田やチョウバエ、そもそもフォンが生き残っていたらどうするつもりだったんだ?」
「知らん。何があろうと機械の如く、ただ最後に舞台を去った奴を追うのみ。
 暴論だろうが過程より結果。
 事実俺はお前に辿り着いたぜ」
 俺は指で銃をBANと会計士を撃ち抜く。
「あれだけ頭が切れるようで、その本質は馬鹿なのか。そんな暴論を信じて、信じ切ったというのか」
 馬鹿というか俺は人と少しベクトルが違う。それの所為で迫害も受けたか、そのベクトルのズレが直ることはなかった。
 違うか。
 ベクトルを修正する前に方向舵が壊れてしまって、もう直せない。
 もう普通の人は成れない。
「俺は誰も信じないし、誰も俺を信じない。
 だが俺は俺を信じる。
 そんな俺が出した結論を俺すら疑ったら俺が可哀想だろ?」
 まあ、正直言えばフォンが犬鉄に倒され此奴が最後に残ったのは意外だった。
 取引現場で出会ったフォンとは体型が違う。あれだけの悪意を出したフォンが影武者だったとは思えない。
 だが結果から推論すれば結論は一つ。
 工事現場で俺が恐れた悪意はフォン個人からでなく、あの場の役者舞台の総合悪意の中の意思、あの場を演出する者を感じ取ったのであろう。
 その細い蜘蛛の糸のような直感を信じて辿れば、此奴に出くわした。
 頭ではそう理解する。
 だが相対する此奴は未だ掴み所が無い。
 ただの小悪党くらいにしか思えない。
 しくじったか、妄想だったかとすら自分を疑い出す。
 だが。
 惑わない、引かない、貫く。
 決めた通り決めたことをマシーンになって実行していく。
 パチパチと祝福の拍手が響く。
 そんな俺の覚悟を読み取ったかのように突然会計士が拍手をし出したのだ。
「見事だ。敬意を称しよう」
 人間の皮を脱いだ。
 そう表現しか出来ない。
 此奴もハードは人間だが、ソフトはもはや人間とは別種。
「そりゃどうも」
 軽口を叩く背中には脂汗が滲み出る。
 此奴はあのフォンすら手駒にする男。いや違う。多分フォンに手駒になっている意識はない。知らず憑依でもされたかのように動かされていた。
 この男は自分の思い通りに動く手駒を作らない。その者が持つ、悪の素質を時に囁き時に甘い誘惑で伸ばしていく。
 あくまでNo2。主体性を持って悪を為さず、悪を助けるのみ。
 フォンも悪ではあったが、此奴がいなければあれほどまでの悪になれたかは怪しい。
 人間に取り付き人間を悪に導く、まさしく悪魔。
「だがここまでだ。本来なら私の正体を突き止め後日必勝の部隊を率いて私を倒したかったのだろうが。 
 現実は君一人だ」
 やはり勘違いしている。俺は今お前を消すつもりだ。後日も再戦もない。
「確かに今の俺は装備のほとんどを失っているが、相手はおっさん一人だろ。
 十分勝ち目はある」
 俺は我流で磨き上げている右手を前に出す構えを取る。
「キックボクシング、空手、強いて言えばジークンドー。どれとも似ているようでどれとも似てない構え」
 俺は昔から人から何かを習って必死に真似しようとして、何か違うと言われてしまうズレた男。
 我流でしか生きられない男。
 まあ有り体言えば才能の無い不器用な男なだけだけどな。
 だからこそ自分に合う自分だけのものを必死に磨き上げてきたんだぜ。
「我流の神髄をお見せしよう」
「多少腕に覚えがあるんだろうが、その思い上がり叩き潰してやろう」
 悪党のくせに会計士は正統さを感じる拳法の構えを取る。
「観客がいないのが俺達らしいぜ。
 決着付けようぜ、来いっ」
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