俺嫌な奴になります。

コトナガレ ガク

文字の大きさ
323 / 328

第321話 潜入

しおりを挟む
 黄昏の時間は終わり空に星が輝き出すにつれ暗くなっていき、闇が恥部を覆い隠すばかりにいけない大人達がいけない遊びを始める。
 一台の車がライトアップで輝く一日市ホテルの門の所で止まった。直ぐさま門に控えていた警備員が駆け寄って来て車の窓を開けさせ手抜き無く車内と中にいる者の顔を確認する。
「富山様と運転手、確認。門を開けろ」
 警備員が警備室に合図を送ると細緻な彫刻が施された柵状の鋼鉄の門が開かれていき黒塗りの高級車が一日市ホテル敷地内に入っていく。
 車体が完全に敷地内に入り門が閉じられれば世界から隔離されたと言ってもいい。
 敷地内への物理的侵入は警備員や高い塀が防ぎ、塀に施された電波装置で携帯や盗聴器のたぐいの電波は妨害され、ホテルの建物内に入れば電波は完全に遮断されてしまう。一日市ホテルと外部を繋ぐのは有線電話のみで今の時代にネットに繋ぐことすら出来ない。
 不便かも知れないが代わりに情報漏洩のリスクは格段に減り安心して羽目を外せる、そこが上級国民の信頼を勝ちとっているのだろう。
 敷地内に入った車はゆっくりと進んでいき、まずはホテルのロビー前に横付けされる。そうすると待機していたボーイがさっと駆け寄り車のドアを開ける。
「いらっしゃいませ、富山様」
「うむ」
 対応は一流ホテルのボーイと遜色は無い。仰々しく車から降りる富山の荷物をベルボーイが自然に受け取る。
「ではご案内します」
 富山がボーイに案内されていくと慣れたもので車は静かに発進して一日市ホテルの裏側にある地下駐車場に向かう。運転手はそこに車を駐めた後は従者用の控え室で主人のお楽しみが終わるまで一泊だろうが待つことになる。
 ホテルの外周をぐるっと廻るようにゆっくりと走って行く車。
 一日市ホテルは門や塀の各所には監視カメラや巡廻の警備員がいて厳重に警備されているが一旦敷地内に入ってしまえば、そうでもなくなる。まあ外周でキッチリ阻止していまえば問題ないわけでリソースの集中というものだろう。
 一日市ホテル本館の外壁にも監視カメラは設置されているが幾つかの死角が存在している。これは一日市ホテルは丘の上にあり周りに一日市ホテルより高い構造物などが無いことから超望遠カメラを備えた空中ドローンを使い発見されないように遠くから地道に偵察を行うことで分かったことだ。
 ゆっくりと走る車がもう直ぐその死角に入り込む。その車のトランクが中からゆっくりと開けられていく。

 ふう~やっとこの狭くて暗くて臭い空間から解放される。
 トランクの隙間から見える外の世界は広々として閉鎖感から解放してくれるが、流れていく風景が意外と速く開放感が早くも恐怖感に塗り潰されそうになる。
 本当は止まって貰うかもっとゆっくり走って欲しいが、いつもと違う速度で走れば疑われる可能性がある。これは俺が直具にいつも通りと念入りに指示した結果で、自業自得とも言えるが、やはり思っていたより速く感じる。
 打ち合わせ時に聞いたスピードなら出来ると思ったんだが、やはり計算で知るスピードと実感するスピードは違うと言うことか、死角に入ると同時にここから飛び出さなければならないが、下は堅いアスファルト。下手すれば大怪我する。
「びびっているの~」
 背後から熱い吐息が挑発的に耳元に吹きかけられる。
「俺をお前等みたいな超人と一緒にするな。普通の反応だよ」
 常人らしく睡眠時間を削ってでも訓練でもしておけば良かったか。いやそれより耐ショック装備を金を惜しまず用意するべきだったか。
「ここでしくじられても困るのよね~、怖いなら手を引いて引いてあげましょうか?」
 鎖府はここぞとばかり俺を馬鹿にしている。ここで対応を間違えると舐められ、しいては命令を聞かなくなる。
 ここは男を見せなければならない。
「いらん」
「あっそう。なら尻を叩いてあげるわね」
「何を言って・・・」
 台詞を言い切る前にトランクルームから蹴り出された。
 空に放り出され流れるアスファルトが顔面に迫る。
 このままでは顔面を削られてしまう、咄嗟に体を丸めて防御態勢を取ろうとした俺を柔らかい体が後ろから絡みついてきて、娼婦に指導される童貞のように手玉に取られる。流されるがままに主導権を委ねれば、優しく手ほどきされてアスファルトの上を落下の衝撃を感じること無くコロコロ転がっていく。
 ホテルの壁に当たる寸前で勢いは消えて止まった。
「どうだったかしら私のテクニック」
 いち早く立ち上がった鎖府がドヤ顔で訪ねてくる。
「良かったよ。おかげで怪我をしないで済んだ。
 お前意外と面倒見がいいな」
 悪ぶっている割には命令外のことも率先してやってくれる。助かっているので文句は無いが、聞いた鎖府 泉璃澄が闇に落ちた理由に説得力が生まれてきて嫌な予感が漂ってくる。
「勘違いしないでね、一応雇用主だからしているだけよ」
「まあサービスがいいことはいいことだ。
 さてと」
 鎖府といつまでじゃれあっている余裕は無い。何時予想外の巡廻の警備員が来るか分からない。俺は目の前のホテルの外壁を見上げる。
 ホテルの見栄えを気にする正面と違って突起物は少なく、俺にはそそり立つ断崖絶壁にしか見えない。
「じゃちょっと登ってくるから、あなたはここで大人しく待ってなさいよ」
 なのに鎖府は軽いハイキングにでも行くように言う。
「ああ頼むよ」
「まったく潜入だけなら私だけで十分というか、私だけの方が楽なのに」
 ぶつくさ鎖府は言いつつロープを肩に担ぐ。
 余計な手を掛けさせている自覚はあるが、やはり大事な局面は自分で確認しなくてはいられない。
 つくづく俺は現場の人間なんだな。
 それにこの女は後ろでふんぞり返っている男にいつまでも従うたまじゃない、いざとなれば契約書なんか鼻をかむくらいしか役に立たなくなる。
「まあその分報酬には色は付けてやるよ」
 鎖府は既に俺の言ったことなど耳に入らないほど集中して壁を見ている。
「行くわっ」
 鎖府は掛け声と共にホテルの壁に出ている突起物を足掛かりにするすると猫のように登っていく。ホルダリングの選手にでも転向すれば一流を予感させるほどに見惚れる。
 やがて上まで着くとロープが垂れて来た。
 ハーネスにビレイデバイスなどとネットでの俄知識で揃えた装備は待っている間に装着しておいた。
 墜ちたら終わりだが、ここで尻込みするわけにはいかない。
 余計な感情思考を停止してマニュアル通りイメトレ通りに行えば何の問題も無い。
 俺はロープを握る腕に力を込め足を壁に一歩踏み出し登り出すのであった。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【電子書籍化】ホラー短編集・ある怖い話の記録~旧 2ch 洒落にならない怖い話風 現代ホラー~

榊シロ
ホラー
【1~4話で完結する、語り口調の短編ホラー集】 ジャパニーズホラー、じわ怖、身近にありそうな怖い話など。 八尺様 や リアルなど、2chの 傑作ホラー の雰囲気を目指しています。現在 150話 越え。 === エブリスタ・小説家になろう・カクヨムに同時掲載中 【総文字数 800,000字 超え 文庫本 約8冊分 のボリュームです】 【怖さレベル】 ★☆☆ 微ホラー・ほんのり程度 ★★☆ ふつうに怖い話 ★★★ 旧2ch 洒落怖くらいの話 ※8/2 Kindleにて電子書籍化しました 『9/27 名称変更→旧:ある雑誌記者の記録』

GATEKEEPERS  四神奇譚

ホラー
時に牙を向く天災の存在でもあり、時には生物を助け生かし守る恵みの天候のような、そんな理を超えたモノが世界の中に、直ぐ触れられる程近くに確かに存在している。もしも、天候に意志があるとしたら、天災も恵みも意思の元に与えられるのだとしたら、この世界はどうなるのだろう。ある限られた人にはそれは運命として与えられ、時に残酷なまでに冷淡な仕打ちであり時に恩恵となり語り継がれる事となる。 ゲートキーパーって知ってる? 少女が問いかける言葉に耳を傾けると、その先には非日常への扉が音もなく口を開けて待っている。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

都市街下奇譚

ホラー
とある都市。 人の溢れる街の下で起こる不可思議で、時に忌まわしい時に幸いな出来事の数々。 多くの人間が無意識に避けて通る筈の出来事に、間違って足を踏み入れてしまった時、その人間はどうするのだろうか? 多くの人間が気がつかずに過ぎる出来事に、気がついた時人間はどうするのだろうか?それが、どうしても避けられない時何が起こったのか。 忌憚は忌み嫌い避けて通る事。 奇譚は奇妙な出来事を綴ると言う事。 そんな話がとある喫茶店のマスターの元に集まるという。客足がフッと途絶えた時に居合わせると、彼は思い出したように口を開く。それは忌憚を語る奇譚の始まりだった。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

感染

宇宙人
ホラー
福岡県北九州市の観光スポットである皿倉山に航空機が墜落した事件から全てが始まった。 生者を狙い動き回る死者、隔離され狭まった脱出ルート、絡みあう人間関係 そして、事件の裏にある悲しき真実とは…… ゾンビものです。

かなざくらの古屋敷

中岡いち
ホラー
『 99.9%幽霊なんか信じていない。だからこそ見える真実がある。 』 幼い頃から霊感体質だった萌江は、その力に人生を翻弄されて生きてきた。その結果として辿り着いた考えは、同じ霊感体質でパートナーの咲恵を驚かせる。 総てを心霊現象で片付けるのを嫌う萌江は、山の中の古い家に一人で暮らしながら、咲恵と共に裏の仕事として「心霊相談」を解決していく。 やがて心霊現象や呪いと思われていた現象の裏に潜む歴史の流れが、萌江の持つ水晶〝火の玉〟に導かれるように二人の過去に絡みつき、真実を紐解いていく。それは二人にしか出来ない解決の仕方だった。 しかしその歴史に触れることが正しい事なのか間違っている事なのかも分からないまま、しだいに二人も苦しんでいく。 やがて辿り着くのは、萌江の血筋に関係する歴史だった。

処理中です...