見捨てられたのは私

梅雨の人

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「やあ、亮真君。」 

「こんにちはお義兄さん。と…一宮殿?」 

「ああ、なぜここにという顔だな。私と亮真は昔馴染みだ。小雪の可憐さはそのままだが東吾はずいぶんと様変わりをしているのですっかり小雪に忘れられていたようだがな。くくっ」 

 「うるさいぞ孝一朗」

「そうですか…。今日は突然押しかけて申し訳ございません。お義兄様、小雪がお世話になりました。小雪…そろそろ帰ろう。私と一緒に。」 

「別に君に礼を言われる筋合いはない。それで小雪はどうしたいんだ?」 

「今日はこちらでおでお世話になります。」 

「なぜだ小雪。一緒に帰ろう。」 

「私が何も知らないとでも?先ほども口づけておられる間、私と目があったではありませんか。」 

「私からではなかった。」 

「そうですか。」 

「小雪」 

「小雪、先に部屋に戻っていていいぞ。…仕方ないな。東吾、頼む。」 

「任せてくれ」 

「…不安だが…まあいいだろう。また後でな、小雪。」 

 

◇◇◇◇ 

 

「さて亮真君、君は小雪をさんざん傷つけてくれた自覚がないようだな。」 

「そういうつもりではありませんでした。」 

「そういうつもりがなくても事実だ。とにかく小雪は中途半端に物事を放棄することはないから後日そっちに戻ると言っている。きっちりとけじめをつけるためだと思ってくれ。それでは私も失礼する。おい、亮真君のお帰りだ。見送りを頼む。」 

「畏まりました。では亮真様こちらへ。」 

「…見送りは不要だ。また明日小雪を迎えに来ると伝えてください。では失礼。」 

 

窓越しに亮真様がお帰りになるのを眺めておりますと不意に亮真様がこちらを振り返られて視線が合ってしまいました。 

亮真様の強い視線に目をそらすことが出来ませんが、ようやく踵を返すとそのまま車に乗って帰っていかれました。 

 

「良かったのかい?」 

「ええ、一宮様。」 

「そうか」 

 

一宮様から亮真様が去っていった方に視線を戻すと、すでに亮真様の車は見えなくなっておりました。 

 

これまでの亮真様との思い出が走馬灯のように脳裏を駆け抜けます。 

婚約者時代に約束を無碍にされてまでお義姉様と仲睦まじくお出かけを楽しんでいた亮真様を。 

初夜を終えて私ではなく琴葉義姉様のそばにいることをお選びになった亮真様を。 

慈しむようにご自身の外套にお義姉様を入れて温めていた亮真様を。 

常にお義姉様に寄り添っておられた亮真様を。 

雨の中、私ではなくお義姉様のお手を取られた亮真様を。 

お義姉様に口づけをされて拒絶されなかった亮真様を。 

 

亮真様に確かに大切にされている瞬間もございましたのに、どうしても思い出したくない記憶ばかりを思い出してしまって胸が締め付けられます。 

壊れてしまわないように胸の底にしまい続けていた亮真様への愛情が、諦めのような何とも言えない白けた気持ちに塗り替えられて来ております。 

邪魔者はそろそろ退散しろと、そうすれば亮真様も琴葉お義姉様もお幸せになれるのだと、そうすれば皆が幸せになるのだと、どこからともなく声が聞こえて来るようです。 

 
ふと、背後から一宮様が壊れ物を扱うようにふわりと私の体を包み込みます。 


「今だけこうさせてくれ小雪さん。」 


一宮様の体がとても大きくて暖かくてざわざわしていた心がすっと落ち着いていくのを感じておりました。 

静寂の中、それはまるであるべき場所に戻ってきたかのような安心感を与えてくれたのでした。 
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