売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹

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過保護な主

過保護な主(1)

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 ラインハルトの屋敷で働き始めてから、二日目の昼下がり。
 ユリウスはエレナたちが午睡のために部屋に引き上げたのを見届けると、前日同様に食材を届けに来たトマスに頼みこみ、市民街まで連れて行ってもらった。
 反対されると思って外出の許可はもらっていないが、ラインハルトは「市民街に一人で行くのは危険だ」と言っていたから、トマスと一緒なら問題ないはずだ。

 王都に来た際にも馬車で市民街を通ったが、実際に自分の足で歩くのは、あのとき以上の高揚があった。
 そこかしこに焼きたてパンの香ばしい匂いや香辛料の香りが漂い、道端の屋台では布や陶器を並べた行商人たちが威勢のいい声を張り上げている。
 摂政だった王太后が退いてからの十年のあいだに、王は王宮にも貴族にも倹約を命じ、浪費を改めさせたという。
 数年かけて王国の財は徐々に立ち直り、やがて民に課す税も軽くされた。
 おかげで民の暮らしも楽になり、商業も以前より活発になったと聞く。

 現王は民からは賢王と称され支持を得ているが、民を顧みず私欲に走った王太后の息子でもある。「イェーガー家に借りがある」と言いながらユリウスに弟の動向を探らせるあたり、打算的な人でもあるのだろう。
 選定の儀の後に差し向かいで話をしたときの、弟の謀反を疑いながらその状況を楽しんでいるかにも見えた陛下の含みのある表情を思い出し、浮き立っていた気分は落ち着きを取り戻した。

 トマスには地図を描いてもらおうと思っていたが、地図を描くほうが面倒だからと遠回りして薬草屋の看板が見えるところまで案内してくれて、礼を言って彼とはそこで別れた。

 扉を押し、カランと鈴を鳴らして薬草屋に足を踏み入れると、中は外よりもひんやりとしていて、乾いた草と樹脂の匂いが満ちていた。棚には瓶や木箱がぎっしり並び、天井からは束ねられたハーブが吊るされている。
 白髪を後ろで一つに束ねた店主はどこかイェーガー家の家令のゲオルクに似ていて、初対面の気がせず、つい色々と話し込んでしまった。

 故郷に帰る際、ゲオルクは自分たちの路銀を最低限にして、残りを全てユリウスに渡してくれた。無駄遣いをする気はないが、しばらくは侍従としての給金は貰えないため、ひとまずそれを使わせてもらうことにした。 
 湯浴み用にラベンダーとローズマリー、打ち身の軟膏用にアルニカの花、それに薬草茶としてリンデンの花とセージ、タイムを購入した。

 店の外に出ると、通りを歩く人が増え、喧噪が増していた。
 人を避けながら、来た道を逆に辿る道すがら、店先で果実を売る少女にふと目が止まる。
 幼な子が店の手伝いをしているのだろう。野菜も果物もトマスが届けてくれるが、林檎一つくらい買ってあげようか。
 そんなことを思い、店へと近づいたとき――。往来を歩いていた通行人が林檎を並べていた棚にぶつかり、積んであった林檎がいくつか転げ落ちる。少女が「あっ」という顔で林檎を追いかけていくが、すぐ先の十字路は馬車も通る大通りになっている。
 近づいている蹄の音を耳にし、ユリウスは反射的に走り出していた。
 
 大通りの向こうから近づいてくる二頭馬車を視界の端で捉える。
 林檎を追いかけて大通りに飛び出した少女は、そこで初めて迫りくる馬車に気づいたようで、恐怖で身動きが取れなくなっていた。立ち竦むその姿が見えているはずなのに、馬車は勢いを緩めない。

「危ない!」

 ユリウスは夢中で少女へと手を伸ばした。


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