売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹

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過保護な主

過保護な主(4)

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「馬車の人物に、心当たりはあるか?」

 ユリウスは返答に困り、目を泳がせた。
 馬車に乗っていたのは、第一王弟殿下だった。ラインハルトの母親違いの兄だ。弟である彼に、そのことを話してよいかわからなかった。

「馬車には家色や家紋を示すものはなかったし、御者が荷台の人物を『殿下』と呼んだのを見物人が聞いている。ただ、その人物を目撃した者までは探せなかった」

 この国では、王族や貴族が平民を殺したり傷つけたりしても、罪に問われないことのほうが多い。直接危害を加えたのが御者であったため、もしかしたら、御者には何かの罰が下されるかもしれないが……。

「ライニ様……。あの御者は、幼な子なら馬車で轢いても構わないと申しておりました。でも……、そのように先を急いでいたのも、僕を鞭で打ったのも、きっと主人が怖かったからです」

『子供だけなら止まる必要はなかったんですが』と御者が荷台の主人に言い訳しているのを聞いたときは、生まれて初めて全身が熱くなるほどの怒りを覚えた。
 でも、冷静になって思い返せば、鞭で打ち付ける瞬間の御者の表情には、どこか苦痛が滲んでいたようにも思える。命令した主にはお咎めがなく御者だけが罰せられることに、何か意味があるとは思えなかった。

「その方のお名前をお伝えしたら……、何かが変わりますか?」

 その瞬間、ラインハルトの切れ長の目が軽く見開かれ、直後、キッと眉尻が上がり、眼差しが力強い光を帯びたかに見えた。

「今すぐには無理でも、いつか必ず変えてみせる」

 美しくも精悍なその造形に一瞬見惚れたユリウスは、答えを促すような視線に気づき、慌てて答えを口にする。

「……第一王弟殿下です。銀色の長い髪で……。選定の儀の折、国王陛下の隣に座っておられた方だったので、おそらくそうかと……。ライニ様のお兄様なのに、すみません……」

 王族の兄弟の情がどの程度のものかは想像もつかないが、誰だって身内のことを告げ口されるのはいい気はしないはずだ。

「やはりそうであったか」

 小さく嘆息し呟いたラインハルトは、聞く前から予想していたようだった。

「詳しくは話せぬが、陛下も、第一王弟の蛮行には頭を痛めておられる。いつまでも野放しにされるおつもりはない。謝るべきはこちらだ。俺の兄が、許されぬことをした。本当にすまない」

 深々と頭を下げられ、ユリウスは焦る。

「い、いえ! いっ……」

 彼に頭を上げてもらおうと慌てて動いたら、背に痛みが走り呻き声を上げることになった。

「ライニ様のせいではありません! 頭をお上げください!」
「そうだな。小言と謝罪はこれくらいにして、褒めるべきところは褒めねばならぬ」

 顔を上げたラインハルトが、珍しく、唇の端にかすかな笑みを浮かべていた。
 褒められる理由のないユリウスは、ぱちぱちと目を瞬かせる。

「ユーリ。よく頑張ったな」

 ヘーゼルナッツ色の瞳がわずかに細まる。口元にはかすかな笑みを浮かべたままで、どこか困ったような、何かをこらえているような、痛ましげな微笑みだった。

「大勢の人がいた中で、子供を助けに走ったのはお前だけだったと聞く。鞭で打たれていたときも、泣き言一つ洩らさなかったそうだな。あの子は、お前のおかげで助かったのだ。……よく頑張った」

 その瞬間――、胸の辺りがじんと熱くなり、今まで感じたことのない喜びが込み上げてきた。
 誰かに褒められたかったわけではない。条件反射で動いただけで、後先を考える余裕があったなら、怖くて動けなかったかもしれない。
 でも、無意識の行動であっても、それを言葉にしてもらったことで、自分の中にあった気持ちに気づかされた。

 オメガだとわかり、自分が庇護される立場で、将来は王族に嫁ぎアルファの子を産むことしか期待されていないと知ったときから、叶わぬ夢は抱かぬようになった。けれど、できることなら、ラインハルトのように騎士として国を守ったり、父のように領主として領民を守ったり。自分も、そんなふうに誰かに頼られ、誰かを守れる存在になりたかった。

「あのあと騎士団が話を聞きに行ったときに、あの子の母親が……泣いてお前に謝っていたそうだ。本当なら、鞭で打たれるべきは、子供から目を離した自分なのに。勇気を出せず見殺しにしてしまってすみませんと。……これは、あの子からだ」

 ラインハルトが足元に手をやり、そこに置いていたらしい林檎を持ち上げ、ユリウスの前に掲げてみせた。
 気づけば、視界がじわりと滲んでいた。

「ライニ様のおかげです……。ライニ様が、僕をこの屋敷に置いてくださったから……。これからやりたいことを探せばよいと仰ってくださったから……」

 目頭から眉間、こめかみへと伝い落ちた涙が、耳を押し付けたシーツをひんやりと濡らす。
 第一王弟殿下の馬車に乗っていたオメガの青年のことを思い出した。もし、自分もあのまま貴族に下賜されていたら、人を助ける心の余裕などなく、未来に希望も持てず、あんなふうに虚ろな目をすることになっていただろう。
 そのことを思うと、嬉しいと同時に胸が痛み、次々と涙が零れ落ちた。

「ユーリ、泣くな。俺はお前に泣かれると……」

 ラインハルトの、林檎を持っているのとは逆の手が伸びてきて、ユリウスの柔らかな髪に触れる。
 剣だこのできた大きな手は、オメガの自分には生まれ変わらないと手に入れられないものだ。でも、そんなアルファ騎士の掌が、髪や肩を撫でるときは随分とぎこちなく、恐々といった感じに動くものだから、その不器用さがおかしくて、いつしか涙は止まっていた。

 自分のままでいいのだと思った。
 家の後継ぎにも、騎士にもなれないけど。オメガの自分にも、誰かのために役に立てることはきっとある。だから今は、ライニ様の言うように、時間をかけてやりたいことを探そう。そう思った。


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