売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹

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舞踏会の夜に

舞踏会の夜に(5)

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 まるで水底に沈められたかのように空気が重く、息苦しさを感じる。
 それは自分だけではなかったようで、ラインハルトに剣を向けた兵士たちも、ユリウスを羽交い絞めにした男も、騎士団長も、微動だにしなかった。
 ラインハルトが放つ、アルファの威圧感オーラによるものだろう。
 それは騎士団長の殺気をも、完全に圧倒していた。

「確かフリードリヒ・グートマンといったな。辺境伯軍部隊長の。その者を離せ。お前たちが家族を人質に取られ、辺境伯に従うしかなかったことは知っている。人質が別の城の地下牢に囚われていることも突き止めた。今ならお前たちの罪は問わない」

 怒りを堪えているような、押し殺した低い声だった。
 フリッツからは、逡巡する気配が伝わってくる。

「で……。殿下はご自身の置かれた状況をまだわかっておられないようですね」

 騎士団長が声を引き攣らせる。

「あなたは王族であっても、騎士団の副団長にすぎない。彼らの罪を減ずる立場にないあなたの言葉を、この者たちが信じるわけないでしょう? それに殿下とこの者を殺せば、罪自体なかったことになる」

「はははは!」

 ラインハルトの高笑いが、空気をビリビリと振動させた。

「ご自身の置かれた状況をわかっていないのは、貴殿のほうだ」

 ラインハルトが足を踏み出す。
 辺境伯軍の兵たちは、剣を下げもしなければ、斬りつけようともしなかった。
 構わず、彼はこちらに向かって歩いて来る。
 兵士たちは剣を向けたまま、一歩、また一歩と体の向きを変え、自然とラインハルトの前に道ができていった。

 彼は剣を構えた騎士団長の前で足を止めた。

「犯した罪は、決してなかったことにはならない!」

 怒りに満ちた眼差しが、団長を見据える。

「陰謀を察した前任の副団長を亡きものにし、自分たちの罪をなかったことにできたと思ったのだろうが、それは明るみに出なかっただけで罪がなくなったわけではない! 辺境の地で騎士団副団長が突然姿を消したことを陛下は不審に思われ、俺をここに派遣された。宮廷からの持ち出しが禁止されている軍用地図や火器の設計図の写しをお前に託したのが第一王弟であることも、それを手土産にウェルナー辺境伯がケースダルム王国に帰属しようとしていることも、陛下はご存知だ!」

 ただ命令に従っていただけの兵士たちはそのことを知らなかったようで、兵士たちの間に動揺が走る。
 驚いたのはユリウスも同じだった。
 騎士団長が『殿下』と結託して国と辺境伯領を我が物にしようとしていることは想像していたけど、それがまさか隣国に帰属するという話だったなんて。

「ここ数日、俺が領内を視察していたのは、警備状況の確認のためじゃない。舞踏会の参加者の身元の確認と、そのついでに周辺の辺境伯にある頼みごとをしていた」
「頼みごとだと?」

 騎士団長が声を上擦らせる。

「あぁ。この舞踏会が、ケースダルムの使者に我が国の防衛情報を渡すためのものだと踏んでいたからな。参加者の中に訛りの強い身元のあやふやな貴族が紛れ込んでいるのを確認し、そいつは腹心の者たちに見張らせている。陽が落ちる前にのろしも上げておいた。今頃、のろしを見た周辺の辺境伯軍の兵が、城を取り囲んでいることだろう。ケースダルムの使者も、我が国の防衛情報も、この城から一歩も外に出ることは叶わない!」

「ば……、馬鹿な!」

 廊下の奥から聞こえてきたしゃがれた声は、よろよろとした足取りで部屋から出てきた、ウェルナー辺境伯のものだった。部屋の中で、外の会話にずっと聞き耳を立てていたのだろう。

「私とカッシーラー公は旧知の中だ。彼らだって、辺境伯領にまで奴隷制度を廃することを強要した国のやり方に、納得していなかった。我が領がケースダルムに帰属すれば、彼らだって後に続くに違いない」

「聞いたか?」

 ラインハルトが背後にいる辺境伯軍の兵、それに前方のフリッツを見回す。

「これが、この男の本音だ。時代を逆行して、奴隷制度を復活させて、貴族だけが富を得る世の中に戻れば、それが領民のためだと信じてやがる」

 その瞬間、後ろから羽交い絞めしていた腕が離れた。
 フリッツがその場に片膝をつく。
 それを見て、殿下に剣を向けていた兵たちも、一斉に剣を収め、跪いて頭を垂れた。

「くっ……。使えない奴らめ!」

 謀反を起こそうとしていたのはライニ様ではなかったと安堵しかけていたユリウスは、ふいに首に冷たいものを感じた。

「ユーリ!」

 ラインハルトが顔色を変える。
 ユリウスの喉元に突きつけられていたのは、剣の切っ先だった。


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