糸と蜘蛛

犬若丸

文字の大きさ
84 / 644
2章 ヒーロー活劇を望む復讐者

黒猫の探し物 13

しおりを挟む
   黒く細い脚はコンクリを蹴って大きな顎を広げる。
   青年は私から手を放して、身を翻すと白い刀身を大きく振り被った。化け物の肩から脇腹まで白い一線が引かれる。
   純白な一線は赤い血を化け物から流したけど、重傷とまではいかなかった。
   化け物は1、2歩退いて自身に受けた傷に耐えながら喉を鳴らす。金切り声の不気味な鳴き声だった。
   私たちに敵意を剥き出しにするも敵わない相手だと見切ったみたいで、私たちに背を向けて逃げ出す。
   青年は逃げる背を追いかけようとするも、私の手がそれを止めた。
   無意識に伸びた手は青年の手首を捕まえる。軽く振り払えれば放せる程、弱々しいもので青年がそれをしなかったのは私の手が震えていたからだった。



   信じられない事実だけど、黒猫のケイは言葉を発して、人間にも姿を変えられた。
   パンクしてしまった私の頭はなんとかその事実を受け止めて自宅のドアを開けた。
   「清音!よかったわ!」
   びしょ濡れになった私と腕の中に収まる黒猫が帰ってきて、お母さんとお父さんは安堵の声を漏らす。
   「今、警察に電話しようとしたんだぞ。危ないだろ」
   少し大袈裟な気もするけど、2人の顔を見ていると本気で心配させてしまったようだった。
   「ごめんなさい」
   「猫が心配なのもわかるが次からは考えて行動しなさい」
   「わかったならお風呂に入りなさい。びしょ濡れじゃない」
   私は頷いて抱えていたケイをお母さんに託す。
   「ケイをお願いね」
   「名前を決めたのね」
   「うん、そう。ケイって名前にした」
   目を泳がせながら答える。まさか、猫本人がそう名乗りましたとは言えなかった。
   「可愛い名前ね。ケイちゃんもびしょ濡れね。体を拭きましょうね」
   お母さんはケイを雌だと勘違いしているようだった。その修正は後回しにして私は一つの疑問を投げる。
   「ねぇ、お母さん。ケイの顔なんだけど」
   そこで言葉が詰まる。ケイは猫の姿で大人しくお母さんの腕の中にいる。でも、小さな丸い顔には奇妙な仮面がつけられている。
   そのことに関してなんて説明したらいい?
   お母さんはケイの顔を怪訝に眺める。
   「顔に何かついてる?」
   「普通の、猫の顔?」
   「そうよ」
   なぜそんなことを聞くのか。お母さんには不思議にしか思えない。
   「なら、いいの」
  どういうわけか2人には仮面が見えていなかった。
   何かが起きようとしている。違う、かな。すでに起きている。あの遺体がニュースになる前から。
   シャワーを浴びながらその何かについて考えてみてもその何かは掴めない。
   なんでこんなことになったの?怪我をした猫を拾ったから?奇妙な仮面を指摘したから?安斉先生の遺体を見つけたから?
   項垂れてぬるま湯のシャワーを頭から浴びる。ただ頭だけを濡らす行為に数十分もかけている。
   無駄に流れたお湯は透明な川になって排水口に流れていく。
   この流れに似たものをついさっき見た。安斉先生の血の流れ。生きていた赤が雨水と混ざってコンクリの上を滑り、私の足元に辿り着く。風に乗った生臭ささが鼻を掠める。
   実際には血の流れも臭いも私には届かなかった。でも、目に焼き付いた映像はなかったものをあるように錯覚させて現実感を帯び、幻は胃袋に収まっていた夕食を逆流させる。
   湧き上がった衝動に従う私はお風呂の片隅で胃液とご飯が合わさった流動物を吐く。透明だった川は黄色系の汚水と合流して排水口に流れる。
   お風呂場に漂う生臭さや舌に残る酸味も流れてくれればいいのに。これらはしつこく私の五感にこびりついて吐き気を強くさせた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。 そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。 「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。 時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。 多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。 この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。 ※医学描写はすべて架空です。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...