糸と蜘蛛

犬若丸

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2章 ヒーロー活劇を望む復讐者

鬼ごっこ 13

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   逃げろと叫びたかったが腹から声が出ず、舌が回らない。冷えた体温では指一本も動かない。
   清音に狙いを定めた鬼は喉を鳴らす。清音も動けずにカンダタと鬼を交互に見つめる。逃げないと決めた覚悟が彼女の生存の邪魔をする。
   大口を開けて清音の頭に齧りついた。
   「その子は駄目」
   牙から垂れる涎が清音の頬に落ちる。清音は並んだ牙と喉の奥を見つめていたが、血は流れなかった。大きな顎は清音の頭を砕かず、開らいたままゆっくりと離れていく。
   鬼を止めたのはたったひと声。桜尾  すみれが廊下の真ん中に立っていた。
   「ごめんね。巻き込んでしまって」 
   放送とは全くの別人だと勘違いしてしまいそうな哀れみを含んだ声色。罪に押しつぶされそうな表情。
   「先生には放送室から出るなって言われたんだけど。清音だけは見殺しにできなくて」
   清音の前に立っていた鬼は離れていき、桜尾        すみれの隣で大人しく座り込む。彼女は労っているのか鬼の頭を撫でる。
   「その怪物を?どうして?」
   何を言えばいいのか、清音にはわからなかった。人を食う怪物が頭を撫でられている。信じられない光景だ。
   「懐けば可愛らしいものよ。犬と一緒。清音は幻滅したよね。でもね、放送で流したあれが私の本心なの」
   桜尾  すみれは鬼から手を離し、カンダタを向く。
   「お兄さんすごいね。色々とビックリしたよ。血を流し続けても動けているしね」
   彼女に言いたいことはたくさんあるが、睨むしかできない。そんな歯痒さがカンダタを支配する。
   「あなたに直接的な恨みはないよ。でも、先生が必要なんだって」
   鬼が立ち上がるとカンダタに近寄り、鋭い爪を肩に食い込ませる。
   「清音も一緒に行こう。私といれば安全だから」
   「どこに?この人どうするの?」
   「長野先生のところ。校庭で待っているの。この人はラストステージに必要なんだって」



  暗い学校を支配するのは陰影からやってきた静寂でそれは私を震え上がらせた。
   本来、主犯格を前にしたら理不尽な現状と命を弄ぶ行為に怒るべきなんだろうな。
   なのに、私は黙ってすみれ先輩と共に校庭へと向かっている。私が怒らないのはすみれ先輩の優しさを知っているからで彼女の言っていた本性を未だに信じたくないから。
   頼りにしていたカンダタさんは鬼の鉤爪で肩を刺されて両手足を引き摺られながら運ばれている。声1つあげないていないし、顔は俯いているから気絶してしまってたようだ。大丈夫、じゃないよね。
   「あの、その人をひどく扱わないでください。助けてくれたんです」
   勇気を振り絞ってすみれ先輩に言ってみる。すみれ先輩は私を見てくれたけど、聞き入れてくれなかった。
   「この人、自分のことを何も言っていないの?」
   彼の素性については聞いていない。 互いのことを話せる状況ではなかったし、カンダタさんは心強くて心身ともに追い詰められた私を助けてくれた事実が彼の素性を疑わせなかった。
   「この人はね、数日前まで地獄に行ったのよ」
   地獄。現実味のない単語。私が連想する地獄は血の沼があって針山があって鬼がいる。そして、悪い人たちが行くところ。
   「たくさんの人を傷つけて地獄に落ちた罪人。なのに、どこかの馬鹿が彼の脱獄を手伝って今に至る。こいつは自分の悪行を償わず、逃げたのよ」 
   「そんな人には言えないです。私が先に逃げても許してくれました」
   「私、清音の優しいところ好きよ。でも、厳しいこと言うけど、時には分別しないといけないのよ。悪い人まで優しくしていると清音が後悔する」
   「そしたらすみれ先輩にも優しくできません」
   「そうね」
   すみれ先輩は自分を責めるように笑った。
   私は鬼に引き摺られているカンダタさんを見つめる。
   私にはわからない。同じ痛みを持っていたすみれ先輩は人を貶める復讐者になっているし、カンダタさんは罪人だと言う。
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