糸と蜘蛛

犬若丸

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2章 ヒーロー活劇を望む復讐者

蜘蛛の脚 14

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   あたしは左腕を庇いながら立ち上がり、ケイの隣へと移動する。
   「糸を切ったね。残念。今日はここまでのようだ。桜尾さん、行きましょう」
   無数の黒蝶からあいつの声が重なり聞こえ、すみれは黒蝶の群に囲まる。流血して潰れた両眼であたしを睨む。
  「まあだあ!終わらないからなあ!」
   憎しみで染まった声で喚く。そして黒い群れに攫われるように姿は隠され、黒蝶が霧散して消える頃には誰もいなくなっていた。
   すみれが気になることを言い残して、噛まれた左腕が激痛を訴え頭がおかしくなりそう。
   ケイはカンダタに刀を向け、あたしも向き直る。独りで足止めしていたハクは一旦、離れるとあたしまで駆け寄ってくる。
   黒い糸が切れた虫の脚は支えを失くしたみたいで無造作に転がり、ドロドロの液体になって崩れていく。
   「何した?」
   カンダタにも応戦するものだと警戒していたケイは予想外の反応に驚きを隠せない。
   「糸を切っただけ」
   ケイの真似をしたわけではないけれど、あたしの答えは端的で脈絡のないものになってしまった。
   あたし自身も理屈がわからないからそんなことしか言えなかった。
   蝶男の指に巻いてあった黒い糸とカンダタに絡まる糸。それが白鋏で切れるものだと判断したのはただの直感だった。
   でも、糸を切るだけで済んでしまう程、話は単純ではない。
   虫の脚が全て黒い泥になってて消える。すると、カンダタが起き上がった。痛みで消耗した体力では身体を支えられるず、千鳥足になり、叫び続けた声は枯れても掠れた唸り声を鳴らす。
   糸が切れて、操る人もいなくなった人形は痛みと憎しみを心に残し、赤い瞳が夜の雨に濡れて光る。
   ケイよりもハクよりも、あたしが先に前に出た。
   危険なのは承知でのことだ。
   「べにがべにはどこだどこ」
   カンダタの混濁した意識が呻く声と一緒に漏れていた。
  あたしは白鋏を用いて10㎝ほどの裂け目を作り、身体を突っ込めると用意していた水バケツに掴む。
   右手で取っ手を握り、バケツの底を左手で掴む。左手は動かすだけでも痛い。でも、痛いだけなら平気。
   今夜、起こったことを振り返ってみる。早めに終わった授業、血反吐して気絶して、怪物に追われた。
   本来なら、16時30分学校終了後、駅前にてケーキ屋のミルフィーユを買った後帰宅。19時までに夕食・風呂を終え、20時30分までに少ない課題を終わらせる。21時までに皿洗い・キッチン清掃をして、冷蔵庫に仕舞ってあったミルフィーユを温かい紅茶と一緒に堪能する。
   それが今晩の予定だった。
   現在時刻、0時35分。
   キッチン清掃していない、課題も終わってない、風呂にも入っていない。何より、ミルフィーユを買えてない。あたしの癒し、唯一の嗜好。台無しにされたこの恨み辛み、カンダタに八つ当たりしてやる。
   バケツに入った冷水をカンダタの頭から叩きつける。
   あたしからの冷水を浴びせられてカンダタは1、2歩を退くとあたしを睨む。
   「どこいったどこにあったらべにを」
   「知らないわよ!」
   呟き、憎しみを垂らすカンダタはあたしに不当な怒りを訴える。またあたしもカンダタと同じような怒りをバケツに込める。
   振りかざした空のバケツはカンダタの頬を打つ。
   「あたしだって!」
   間髪入れずにもう一発。カンダタの反論・反発の隙もない。
   狂わされた予定。食べられなかったミルフィーユ。雨でびしょ濡れになるあたし。
   これらの怒りを全て込めた恨みのバケツ。その大穴をカンダタに向けて覆い被さる。
   「ミルフィーユッ!」
   カンダタの頭がバケツを被り、暗いバケツの中であたしの声が反響した。
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